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冷姫は激怒した。
必ず、かの化け蟹とかサラマンダーとかを除かねばならぬと決意した。
冷姫には政治は解らぬ、家来たちと遊んで暮らしていた。
けれども環境破壊に対しては人一倍敏感であった。(クソコピペ)
以下の文章を元に司さんが奇譚収録用の文章に書き起こしてくれたんです。みんな読んで→■
虫の声が遠くから聞こえる。
目の前の焚火からは投げ入れた薪が時たまパチリと音を出す。
いつもならそれだけの音しかしないのだが、今回は違った。
神父のような恰好をした猛黒は使い魔を布団代わりに眠っているし、普段着の禄はまだ眠らないのか書物に目を落としている。
「火の番なら私がする。神童は眠ったらどうだ」
「ありがとうございます正法院さん。でもいいんです、僕あまり眠れないので僕が火を見てますよ。
正法院さんも休んでください」
「いや、私も眠らなくても大丈夫だ」
「一緒ですね。巻に怒られそうですけど」
クスクス笑う禄。
「まっすぐ村に向かえばそんなに日はかかりませんね…。
でも、なんだか嫌な気配を感じます」
「そうなのか?」
「僕の眼はそんなに万能ではないのですけど嫌な気配を感じたときは大抵当たってしまいます。
正法院さんがおっしゃっていたあやかしの村も、前まで気配は感じていたんですよ。
遠くの場所で澱んでいるような、重たい雰囲気を感じていました。
でも今はそれがまったくないんです。まったくなくて、周りに散らばったようなおかしな気配…」
「それはどういうことだ」
禄は視線を本から奏へ向ける。
「以前も言ったかもしれませんが父は妖怪が住みやすい世界を探しています、それは最悪異界であってもいいんです。
異界とこの世界はどこかで繋がっている…奏さんの左腕もある意味異界への入り口。
入口はどこにでもある。
あやかし村に古代の神がいたとすれば、彼らは異界へ身を置いたのでは、と思うんです。
そして外であるこちらへ出てきて悪さをしていると…そのように視えます」
「村に戻っても、みこに会えないかもしれないと?」
「解りません。いってみないと…ただ、待っててくれているような気もするんです。正法院さんのことを」
「みこが…?」
「どうでしょう」
苦笑する禄。
「僕の眼は千里眼ではないので…物事の流れを視れるだけで相手の顔は視えないんですよ」
「良い能力(ちから)だと思う」
「ありがとうございます」
「…しかし、散らばってるような気配をかんじるのか」
奏は考えるように呟く。
「村に直接向かいたいが、もし立ち寄れるのであればそのあやかしたちは討たねばならない。
やつらは邪悪すぎる」
「えぇ、そうですね」
奏は火を見つめる。
旋次郎を思い出す。彼は鬼として蘇っていた。兄の後を追って自ら命を絶った彼が何故―――
可能性の一つに思い当たって奏は顔を顰めた。
あの付喪神が蘇っていたのだ、海難法師も同じかもしれない。それに準じて旋次郎の兄も呼び戻されていたとしたら…。
生と死はあやふやであってはならない。死にながら生きているなどと『虚無』である。
心の奥がざわざわとして落ち着かない。白神が苛立っているのが解る。
今まで意識したことがなかったし、存在も知らなかったのだが居ると知れば存在を感じ取れるようになった。
幼いころから声は聞こえていたのに気付かなかったのは自分が今まで関心がなかっただけなのかもしれないが。
◆◆◆◆
筒井水喞は畑で稲を育てながら手先が器用なので大工まがいのことをしつつ生計を立てている。
友人が城で務めているのでちょっとした修理などは呼んでくれるのでありがたかった。
ただ今回は貧乏くじを引かされたと思う。
川の水が澱みおかしな色になったのでそれの調べのために村人数人と城の使者たちが源泉である湖へ向かったのだ。
水喞もそれに同行したのだがそれがいけなかった。
湖は真っ赤に染まり、恐れおののいていた者たちに近づいてくる小坊主。
ニタニタ笑っているのがゾっとした。
そこで坊主は謎かけをしてきた。
それに答えでもなく質問でもなく、声を発した者から首が飛んだ。
水喞と、友人自慢の腕利きである城の使者の一人である功刃広直は震える足に力を込めて来た道を戻るように駆けた。
「功刃さん!!?アンタその妖刀であのバケモノ斬れんのか!?」
「俺のカタナは人専門だ!バケモノ退治はそういう者がするべきだ!!とにかく生き残って姫様にバケモノがいると伝えねばならん。
俺かお前かどちらか一人でも生き残って伝えるべきだ」
「侍としてそれどうなんだ…?」
「!」
功刃は振り返りながら抜刀しそれを弾いた。
小坊主は弾かれた警策を振り回しながらケタケタ笑う。
「頑丈な刀だなぁ!付喪神の刀のようだ、まぁ次こそその首落としてやろう!」
「バケモノが」
再び重い一撃を功刃は受け流すが赤い影が見えたが避けきれずに腹をかすめる。
蟹の脚のようなものが小坊主の体から生えて功刃の脇腹に伸びていた。
「ッ!!」
功刃は間接に刀を突き刺すと、小坊主はぎゃっと悲鳴を上げて身を引く。
「功刃!」
水喞は功刃に肩を貸しながら逃げだした。
◆◆◆◆
「バケモノにもよく通る刀で命拾いしたようだが、功刃は動けるのか?」
「骨には届いていないのですが、肉を少々。歩くのがやっとです」
赤烏陽光は冷姫に答える。
「しかし話を聞く限り、仲間をほりだして逃げてきたように聞こえたのだが…」
「…功刃ですから。功刃じゃなければ皆殺されていたでしょう」
「まぁ、そうだろうな…しかし困った。功刃も性格が難ありで人間を斬ることにしかやる気を出さない困った家来であるが…
その功刃があぁなるほどのバケモノか…どうすればいいのだ…」
「退魔の者を呼ぶしかないでしょう」
「あやしげなものしかおらぬではないか…本物はあれ以来見ておらぬぞ」
「雲水の子供ですね。彼も今頃立派な僧侶になってるのでしょうか」
「やはり引きとめておけばよかったのでは…!?」
「見送ろうって言ったの冷姫ですよ」
「ううー!だって!やらないといけないことがあるっていうもん!!!」
「まぁまぁ、ともあれ人が近づかないようにしておきます。あれが降りてきてここで暴れる可能性もあるでしょうし見張りを置く手配も」
「うむ、任す」
◆◆◆◆
化け蟹は湖の底でじっとしつつ、少々嘆いていた。
せっかく美しかった湖も今は赤く染まってしまっている。
どうも自分が住処にした湖は汚れていくのだ、だから転々と住処を移している。
汚れた水が我慢ならないからだ。
今は赤くなっているだけだが、次第に澱み黒くなっていくのだ。
『また探さねばならないか…いっそ白鬼に屋敷の中に池でも作ってもらおうか?』
器用に鋏で人間の肉を摘まみ口へ運びながら独り呟く。
なにやら脳裏で姫様が鯉の餌を撒いてる光景が浮かんだが、あの人ならちょっとやりそうだななんて思いながらとりあえず頼んでみようと考える。
どうせなら自分が思い描く理想の池なんてどうだろうか。
悪くないかもしれない。
ここがダメになったら作ってもらおう。その時に手土産は必要だろうが。
出来れば星映るあの輝かしいあの池を、もう一度―――
◆◆◆◆
「血の匂いがすると思えば、なんだこりゃ」
猛黒は川を見て呟く。
濁った川の水にしか見えないが、かすかに血の匂いがする。
「上流に何かいるね」
「じゃあさっさと上流に行こうぜ。ゴスペェル!!」
唸り声とともに猛黒の影から大きな狼が現れ、猛黒はそれに跨る。
「ちょっと猛黒!」
「お前も式神使えば?」
言って駆け出していく。
「もー。正法院さん、少し駆け足で追いましょう」
「…そうだな」
二人は走り出す。
「あの黒い狼は猛黒の式神なのか?」
「式神というか使い魔という表現が近いかな…?猛黒は西洋の術も使えるので…。
でもあぁやってすぐ使いたがるのはゴスペェルはお父上から貰ったものなので気に入ってるんですよ。」
ふふふと笑う禄。
「父親と仲が良いのだな」
「ケンカばっかりしてますけどね。あれ?こんなところに人だ」
「あぁ」
腰を抜かしている村人が数名いた。
おそらく猛黒のせいだろう…。
「大丈夫ですか?怪我はありませんか?」
「でっかい山犬が凄い速さで飛び越えて…」
あわあわと怯えた様子。
「怪我がなければいいんです、ご迷惑おかけしました…」
「おい、そっちへ行くのはよしたほうがいい!」
「バケモノがいるぞ!」
「バケモノ?」
「坊主の姿してるがありゃあバケモノだ、何人も殺された!近寄るなって城主様もいってる」
「坊主の、ばけもの…」
「大丈夫です、僕たちそういうの専門なので」
にこっと微笑みながら禄が進んでいくので奏もついていく。
「正法院さん、心当たりはありますか?」
「坊主の姿をする妖怪は多いからなんとも言えないが、あやかしの村には二人そのような格好した者がいた。
一人は海難法師、もう一人は手合せをしていないから正体がわからないが。」
最後は化け蟹と牛鬼に去れと言われて去ってしまった。今思えばあの時から既に心には虚無が巣食っていたのかもしれない。
去れと言われて去る自分ではないのだ…ただ去って良かったとも思う。
あの状態では命が尽きていたかもしれないのだ。
朽ちた自分の体をあやかしたちは弄んでいたかもしれない、大津兄弟のように。
『ウォォォォォンッ!!!』
ゴスペェルの遠吠えが響いてくる。
辿りつけば、真っ赤な湖の側で猛黒とゴスペェルがいた。
「どうしたの猛黒?入らないの?」
「ふざけんなよ。中にいると思うんだがゴスペェルが吠えても無視しやがる」
「寝てるんじゃない?」
「出て来い!俺様と勝負しやがれ!!!」
猛黒は石を投げ込む。
石はポチャンと落ちて、バンっと水しぶきが上がる。
中にいるものが石を跳ねのけたのだろう。
「…起きてはいるようだね」
「潜ってくる」
「え!?正法院さんが!!?」
禄の制止の間もなく奏は飛び込んでいく。
(…視界は最悪だな)
気配のおかげでどこにいるのかはわかるが、あまりよろしくない状況だ。
『…餌が来たと思えば、お前か』
(この声は…)
聞いたことのある声…。去れと告げてきた、あの巨大な蟹だ。
姿はぼんやりとしか見えないが、奏は浄化の光を放ちながら殴りかかった。
ガンッと硬い何かに防がれる。
やはり水中だと思うような力が相手まで届かない。
「!」
何かで腰を掴まれた。
『おひいさまが、なーんも言わないから俺もお前のことなんか気にもしていなかったが寝首を掻きにくるなら話は別だ。
このまま真っ二つにしてやろうか?それとも溺れ死ぬか?』
「ッ…」
奏は腰を挟んできた爪を掴んで無理やりこじ開けはじめる。
『馬鹿力だなぁ。このまま逝ね』
力を込める化け蟹に光弾が降り注ぐ。
『む、痛い痛い!焼ける!』
奏を離して下がっていく化け蟹。
奏は止めを刺せぬまま浮上していく。
「禄、すまない。助かった」
「正法院さん、せめて札を張らせてください」
「あ…あぁ」
「忘れてたな」
「あやかしは?」
「逃げてしまった。しかし収穫はあった、あやかしの村にいた妖怪だ」
湖から上がる奏。
「…結構、その…匂いがしますね」
「…確かに」
入る前は気にならなかった、いや微かな血の匂いは感じていたが、入ったせいでこんなにも匂いがつくのか。
この咽るような匂い、臭いは。
「うっ」
奏は口元を抑えて堪える。
「吐きそうですか正法院さん!?」
「潜ったとき水でも飲んだのか?」
「…すまない、すごく嫌なものを思い出してしまっただけだ」
「えぇ…その血を腐らせて煮込んだような臭いのするものを知っているんですか…」
「どんな場面だよ」
「……」
奏は黙って答えない。人間を煮込んだ鍋の話をして誰が喜ぶだろうか。
もしかすると、湖の底で人間を食べていたのかもしれない。
「で、どうする?川の水は全滅してるぜ?」
「手持ちの飲み水である程度流しておくとして、この辺に村があると思うからそこへ今日中にいこうか。」
なんて段取りを話しているとガサガサと草木を掻き分けてくる音がする。
「陽光!危険だって!」
「山犬がバケモノを食べてくれるかもしれないだろう?」
「お前が山犬に食われるという可能性を考えろ!!」
なにやら騒がしい。
「おや?」
男二人が出てくる。
「山犬なんていないじゃないか。そこの人たちはここで何を…あ!」
眼鏡をかけた男は奏の顔を見て声を上げる。
「…あぁ」
奏は困った顔をして曖昧な返事をする。
「知り合いか?陽光」
「お知り合いの方ですか?正法院さん」
同時に質問される。
「お前!あのときの雲水だろ!そのぶっきらぼうな顔変わってないぞ~~~!!!
うわなにその臭い」
「今、潜って殴ってきた」
「うわー、相変わらず突っ込んでるねーイノシシかな?
あ、筒井。こちら姫様が子供のころにえらいことになったときに助けに来てくれた退魔師です」
「そうか…ここだったのか…。あの者はとある城の家老で、姫に憑いた狐退治をしたときに縁が出来た」
「そうなんですね」
お互い挨拶をする。
赤烏陽光…氷北城の家老。奏とは面識がある。筒井水喞…陽光の親友らしく、城近くの村に住んでいる者だそうだ。
「お城にきてきて!ぜったい姫さまよろこぶから!」
「いや、こんな身なりなので遠慮しておく…」
「城で着替えも用意するから!風呂の用意ぐらいたやすい!」
「うぅ…」
奏は禄を見るが、禄は微笑むだけだ。
困り果てながらも奏は折れた。
◆◆◆◆
「すごいなぁ、猛黒のお店のお得意様じゃない?」
「しらねー。しかし疲れる城だな…」
並ぶ収集品を眺める禄と、興味なさげな猛黒。
奏は風呂で匂いを落としている。
「…正法院さんすごいよね、よくあれだけ穢れてる中へ飛び込んで」
「鈍いんだと思うけどな。あの中へゴスペェル突っ込ますの気が引けたぜ。
破邪の遠吠えも効果なかったし、あれは引きずりださねぇといけねぇな」
「そうだね。僕は視えすぎて飛び込めなかったし、猛黒は鼻が利きすぎて行けなかった。
正法院さんはすごいなぁ…」
「たぶん、あいつそういう風に育てられてるんだろ。次はあいつに縄付けて飛び込ませようぜ。で、ゴスペェルに引っ張り上げさせんだよ」
「釣りかな…?」
『奏!背中を流してやろうぞ!』
『姫様だめです~そういうのダメですから~』
風呂の外で騒がしい。
(…帰りたい)
湯船の中、奏は両手で顔を覆いながら心から思った。
この城の城主である冷姫はお転婆な姫であったが、歳を重ねた今でもそのままらしい。
「奏!」
家来を押し切って入ってくる冷姫。
濡れてもいいような格好に着替えて髪も結っている。
「小さい頃背中を流してあげたの思い出すな…懐かしい。ほら奏」
「姫~!」
「陽光うるさいぞ。お前は待たせてる客人を持て成しなさい」
「頑固なんだから…」
陽光は戸をしめて出ていく。
「奏!輸入した石鹸があるのだ!」
「うぅ…」
もはや逃れることはできない。
奏はしぶしぶ湯船から出て椅子に座った。
「…さすがに、大きい背中になったな」
「…まぁ、な」
「また、わらわ達を助けてほしい。今度は民までも被害が出ている」
「…無論、助ける。退治する」
「ありがとう…きっちり洗ってやるからな!全身!くまなく!」
「…えっ!?」
「姫様が奏さんで遊んでいるので私が代わりにご説明を。
まず、冷姫に仕える家老になります赤烏陽光と申します」
「光来神社の禄といいます。こちらは僕の友人の猛黒です。僕たちは奏さんと同行し退魔の旅をしています」
「ほう、それは心強い!実はあの池に住みついた化け物を追い払ってほしいのです。
この地はいくつか水源があるのでまだ飲み水や農業用水は確保できているのですが、あの勢いだとすべて汚されてしまう。
実際あの赤い水に犯された畑はダメになりましたね、すべて腐ってしまった。
魚の死体は浮いてこないので化け物が食べてるんだろうと思いますが、それでも人間を襲うので…家来も怪我をしました」
はぁ、とため息を吐く。
「解りました、きっと正法院さんも退治することに頷くと思いますので僕たちもそのあやかしを退治しに行きます」
「ありがとうございます。来て今すぐに、というのも心苦しいのでここで一晩旅の疲れを取ってください」
「心遣い感謝します」
「いえいえ、奏さんに大変ご迷惑おかけしてる最中だと思うので」
「一体風呂で何を…」
「まぁ、やましいことはしてないんですけどね…色々試したがるんですよ、色々」
夕餉。
戻ってきた奏はいつもの着物ではなく借り物の着物だった。自前の着物は洗濯されているらしい。
なぜか奏は顔を紅潮させて息を荒くさせながらよろよろと戻ってきたが。
「わぁ…正法院さんとてもいい香りがしますね…」
「何されたんだ退魔師…」
「色んなところを…洗われた……」
「いいじゃろー。新しい石鹸で洗った後に冷姫特別調合の軟膏で全身揉んでやったわ!
それで無事に立っていられる者はおらんぞ…」
扇子を広げて口元に当てながらクックックと笑う冷姫。
「按摩の技術は私からですけどね」
「それはいうな」
陽光の発言にムーっと頬を膨らませる冷姫。
「禄と猛黒も揉んでやろうか?」
「いえ、お気持ちだけで…猛黒してもらう?」
「振るんじゃねぇ」
「さぁさぁ奏さんと姫様が揃いましたし召し上がってください。」
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