バイスはフライパンにバターの塊と牛肉、豚肉、鶏肉を突っ込んで炒め始める。
今日はバイスがご飯を作る。
食材の買い出しはマークと行った。なので材料の手抜きはない。
味付けし炒め終わってほどよく冷ましてからミキサーで砕き、そこに追加で一般的に売られている肉厚なソーセージを刻んだものとエミリア産の細切れにしたモルタデッラを入れて再びミキサーにかけて中身をフライパンに戻して炒めなおす。
そんなバイスの後ろではインサニアが生地を練ってくれていて、今はその生地を薄く伸ばしていた。
マークはニコニコしながらインサニアの手元を見ている。
インサニアの手の動きを眺めるのが楽しいと言っていた。バイスもちょっと気持ちが解る。
色気があるのだ…。
バイス一人で全部出来るのだがどうも両親は手伝いたい盛りで任せてしまう。
肉のペーストとなったものをボウルに移してナツメグ、卵、チーズをぶち込んで混ぜていく。
インサニアは伸ばした生地をメスを使って正方形になるよう切っていく。
メスはもう見慣れた。マークはそのメスを見るたびに遠い目になる。
軍の備品をかっぱらったわけではないだろう、管理が厳しいので。
病院でパクってきたのだろう。融通が利くので。
このメスはちゃんと料理用にしているらしい。
生地の準備が出来たのでバイスの作っていた肉を包み込むだけだ。
三角形に閉じて鋭角を合わせリング状にしていく。
バイスはこの形をちょっと可愛いと思っている。
3人がかりでやるので仕上がりが早い。それら全てを事前に用意していたチキンスープにぶち込んで煮詰まるのを待つだけだ。
(“お父様”の邪魔が入らなかったなぁ…)
ふと、気づいてバイスはぼんやりと考える。
たまに聞こえる“お父様”の囁きが恐ろしかったのに、最近は恐ろしさに襲われない。
料理も普通に仕上げることが出来る。幻聴に苦しむこともないしフラッシュバックもない。
自分は、“お父様”の“インサニアの代わり”ではなく、この世界の両親の“息子”になってきているのだ。
そう思う。
ちょっと愛情表現が一般的ではない両親ではあるけれど。
「おいしそうだよね、肉の味が濃そうだし」
「薄味の方がいいぞ、私たちは」
「騙されないからね。」
マークのインサニアに対する食への恨みが深い。
「マーク先生…いえ、ママは大学時代は自炊していたんでしたっけ?」
「んー、まぁ、サンドイッチだよ作ってたの…。」
ちょっと照れながらマークは答える。
「そうなのですか。“お父様”がアレでしたけど料理はしていたので大学時代からできるのだと思っていました」
「今の俺も出来てるのは料理本を読んだからだよ。読めば普通にできるようになるから」
マークの回答にインサニアの顔が「こいつマジか…」となる。
バイスも本を読めばある程度できる身なのでそういうこともあるかなぁと思ったがもしやそれは普通ではないのかもしれない。
我々が器用すぎるのかお母様が不器用すぎるのか、他の家庭を知らないのでイマイチ判断できないバイスだ。
「もう茹で上がったんじゃない?」
「あ、はい」
火を止める。
スっとインサニアが器を差し出してくる。
「ありがとうございますお母様」
「ん」
面倒くさがりのインサニアであったがマークの躾のおかげでお手伝いできるようになっているのだ。
偉いねぇ〜と調子の良いマークのお褒めの言葉と満足そうにしているインサニアを背にバイスはみんなの分を注ぎ入れてテーブルに並べ、残り物のオカズやパンを並べる。
「う〜ん…白にしようかな」
ワインを出してくるマーク。
それぞれ食べ始める。
インサニアは食事中おしゃべりをしないタイプなのでマークとバイスの会話が続く。
「美味しい」
マークが笑みを浮かべながら感想を言ってくれる。
それが嬉しい。
自分が作ったものを、笑顔で。
強制して美味しいと言わせていた“お父様”はそれで何故満足できていたのだろうか。ふと疑問に思う。
―――満足できていなかったのかもしれない。
何もかも、上手くいっていなかったのだろう。バイス自身はそう思う。“お父様”自身のことなので、本当は満足している可能性だってある。
でもバイスは今まさに本物に触れているので。
“お父様”も本物は知っているはずで。
「バイス」
インサニアの声にハっとして顔を上げる。
暗い瞳が真っすぐ見つめてくる。あの冷たい“お母様”の目ではない。
根拠のない自信に満ち溢れている目。
「男のことを考えているより女の方が良いぞ」
「良くないけど!?それあれでしょ?えっちな感じの話してるでしょインサニアは!」
「お、お気遣いありがとうございます…?」
「バイスくん困ってるじゃん。」
「まだガキか…」
やれやれといった感じのインサニア。
バイスは気づく、そう、“お父様”の内情を妄想している場合ではない。
この両親の自分に対しての5歳児扱いを脱却しなくてはならない―――
チキンスープのカペレッティ