同棲バイス時空

バイスの過去とマーク先生

 バイスも反抗期を迎えた頃は父親に従順ではなく、それなりに反抗をしていたこともある。
 本当に、短い期間だったが。父は全てに対して心を折ってくる。
 バイスの家庭では食事に薬を盛られるのは普通のことであり、酩酊状態のバイスは調教されるのが常であったが、身体が成長するにつれて薬の種類も増えた。精通を確認されてから特に身体の接触が増えたのだ。

「フーッ…フーッ…」

 ある日は興奮剤を盛られて、バイスは怖くなって部屋のドアの前に棚を置いて塞ぎクローゼットの中に立てこもったことがある。
 身体が熱い、下半身が不快だった、涙を流しながら口を塞いで声を必死に堪え興奮に耐えていた。
 父が来る。怖い。

『バイス?あれ?…ああ』

 父の声が恐ろしい。そのまま引き返してほしいと願ったが、願いは叶うこともなく。
 蝶番を銃で破壊してドアを退けた父は棚を蹴飛ばしたか何かしたのだろう、音だけで解ってしまう。
 足音がまっすぐこちらに向かってきて開かれてしまう。
 逆光で父の顔はよくわからない。

「どうして隠れてたの?俺と気持ちイイことするのに」
「嫌っ…お父様と、もう気持ちいいことしたくないです…」
「どうしてそんなこというの?『インサニア』」

 父に引きずり出され、父がバイスに馬乗りになる。

「僕は、お母さまじゃないぃっ…」
「『インサニア』だよ!俺の『インサニア』!!どうしてそんなこというのかな!?マークって呼んでよ『インサニア』!」

 ただただ父が恐ろしかった。
 服を剥がれ、手首を握り締められながら父が腰を落としてくる。
 薬のせいですぐに快楽に思考がもっていかれた。そこからの記憶はない。
 気づけば床の上に放置されたままだった。
 部屋もぐちゃぐちゃなままで、バイスは口の中の不快感に気づき思わず吐きそうになって手で口をふさいだ。
 吐いてはだめだ、怒られる。飲み込まなければ。身を起こす。
 手首は父の握りしめた痣が残って、太ももは爪痕がある。覚えていないが自分は暴れたのだろう。
 父が残していった口の中のそれを吐き気を堪えて飲み込んで、下半身が勝手に反応して絶望した。
 興奮したのだ、父の味で、匂いで、いつも教えられている行為をしてそれに身体が気づいて反射的に。
 しばらくショックで頭が真っ白になっていたのを覚えている。
 また、ある日。
 この時も興奮剤だったか前とは違って身体が動いたのだった。
 勢いで父を突き飛ばし、父は打ちどころが悪くて意識を失ったのだ。
 どうしたらいいのか解らなくて、母に助けを求めて走った。母の部屋に入った瞬間に、母を見た瞬間に、『助け』から『奪いたい』という思考に切り替わって、バイスは母に襲い掛かっていた。
 何故かわからない。本当に、急だった。
 母は父によって両手を鎖で拘束されて移動を制限されている。逃げられないように。
 襲い掛かってくるバイスに母は抵抗した、腕を振り回し、拘束具がバイスのこめかみに当たって切れる。
 今思うと目でなくて良かった。ただ出血はして、その血を見てバイスはより一層興奮してしまった。
 自分でも解らない、ただ高揚感がすごかったのだ。
 今思えば母に傷つけられて興奮したのだと思う。
 母の白い服を破り、あと少しのところで父に止められた。

「お、かあさ、まっ…おかあさ、ま…!たす、け…て!」

 母は冷たい目で見ていた。母は父にも同じ冷たい目を向ける、それを自分にも向けている。
 ショックだった、父と同じ存在になったことに。

「いや、おかあさま、ぼく、違ゥ、コんなこト、シたくなクテ…!!」
「バイス、ここに座ろうね?」

 母に使う拘束具の付いた椅子に座らされ張り付けられる。

「違ウん、デスっお父サマ、僕、僕…!」
「ふふ、インサニアって魅力的だもんね?襲っちゃうよね。俺を拒んで、さぁ…」

 父はバイスに猿轡を噛ませて黙らせる。

「バイスに愛し合ってるとこ見せちゃおうか、インサニア」

 父が逃げる母に言いながら重なり合う。
 バイスは泣きながら二人の交わりを見せつけられていた。
 頭の中はぐちゃぐちゃだ、父は自分をどうしたいのか解らない。『インサニア』を求める癖に母を奪われないように教え込んでくる時は『バイス』の扱いをして、バイスは父が解らない。
 乱れる母は官能的で薬で昂らせられている身体にキツいものだった。
 しかし母の黒い瞳はただただ冷たかった。
 全てを憎んでいる眼をしていた。父のことも、息子のことも。
 母をここから救い出せれば自分を見てくれるだろうか。
 バイスはふと、そう…ただ、小さなことを、虚ろな目で見つめながら思いついたのだ。
 いつか父を殺せば、母を救えるんじゃないか―――そうすれば、愛してくれるだろうか?
 そこからバイスは父に従順になった。
 いつか殺せる日が来るまで。


    ◇◇◇◇


 ―――現在。
 バイスはマークの部屋に転がり込んでいた。
 マークの部屋と言っても軍の基地内に用意されている部屋で、ちょっと趣味活動の多いマークは独身用じゃなく部屋数多めの部屋を貰っていた。自由すぎるがカルロがどうにかしてるのだろうと思う。
 そしてバイスはもともと住所不定無職、身分証明もなにもない身軽な者なのでちょっと一晩泊めてくれないかとお願いして、結果はこうだ。
 父と同じ顔を持つマークと何故一緒に暮らそうかと思ったのか、自分でも不思議なバイス。
 ただ、そう、父と違うと思っただけ。
 なぜ違うのか、どうして違うのか、マークの傍にいたくなった。
 父の爪痕はまだ残っている、もう20年も前の話であっても忘れられるものではない、幼少から刻み込まれている傷だから。

「マーク先生、どうぞ。ついでに入れたので」

 バイスはコーヒーをテーブルに置く。

「あ、ありがとう!」

 マークはお礼を言って微笑み、読んでいた本を横に置いてカップを手に取る。

「なんだかバイスくんって俺と同じ淹れ方してくれてる?」
「……ええ、まぁ」

 少し視線を横に流してバイスは曖昧に答える。
 父も、ちょっと趣味が多めというか、あれは拘ると突き詰める性格なのだろう、目の前のマークもだ。
 父もマークもコーヒーにハマっていた時期があるようだった。
 バイスは父に好みを教え込まれていたので普通に行ったが、これは父に感謝すればいいのだろうか?
 バイスにコーヒーの美味しさはよくわからない。
 父が、マークが、これが美味しいと感じているなら美味しいのだろう。
 こういう時に父は異物を入れてきたが。
 異物を思い出してバイスはグッと込み上げてくる吐き気を息を止めて耐える。
 ここでは違う、そう、ここに父はいない。
 目の前の男は父ではない。

「…美味しいですね」

 一口飲みこんでバイスは呟く。味がする。コーヒーの味が解る。苦い。異物の苦みではなく、コーヒーの苦みを感じられる。

「バイスくんコーヒー好き?俺も。昔ちょっとハマっちゃって―――」

 なんだか語り始めるマーク。

「ふふ、色々教えてくださいね、マーク先生」

 目を細めるバイス。

「え?うん、いいよ」

 マークも微笑む。

「バイスくんも柔らかく笑えるんだね、良かった。いつも気遣った笑顔だから。ここで寛いでいてくれて嬉しい」
「…そんな緩んだ笑顔でしたか?」
「気にしちゃう?別にいいじゃない?自然に笑ったほうがいいよ」
「そう、ですか…ではそうします…できる範囲で」
「うん」

 常に笑っているマーク。父もいつも笑っていた。でも違う笑顔に見えた。
 自分は常に父の笑顔を真似ていたのかもしれない…バイスは少し自分のことが解った気がした。


あとがき

幼少期トラウマ持ちがだぁいすき