惑星シュテルプリヒ、バール連邦共和国ハンゼシュタット州にある中心都市グラディエフ。
 そこにベレッツヘムという名の国一の総合病院がある。
 その病院の一室にエリザベスは入院していた。

「お母様……今日もエリィをお守りください…」

 タリスマンを握り締めて愛しい母へ祈りを捧げる。
 母は亡くなった。エリザベスと同じく心臓が弱かったからだ。
 そしてエリザベスは常に恐怖に駆られていた。いつ死ぬか解らぬ恐怖に。


 ****


「手術の成功は君の意思にも関わっているからね」

 エリザベスの担当医であるインサニアは優しい声色でエリザベスに言う。

「先生。わざと手術を失敗したりしません?」
「面白いことをいうね」

 微笑むインサニア。

「手術を失敗してどうするんだい?私は治すための手術をするんだよ?
 大丈夫、成功するから心配しなくて良い」
「そうですね。良かった。お父様が先生に私を殺すよう頼まれているんじゃないのかと疑ってますの。
 頼まれてもお断りくださいね」
「どうしてそんなことを…?」

 笑みを貼り付けたままの顔で問いかけるインサニア。
 微笑んでいようが、優しい口調だろうが、エリザベスにはそれが中身のない空っぽな代物だということに気づいていた。
 初対面の時は素敵な先生だ、とても魅力的だと思ったけれど。
 今は鋭利な刃物を突き付けられていると感じている。

「財産が欲しいんですよ、お父様は。お母様の財産を。遺言で全部私にあげちゃうってことになりましたから。
 私が邪魔なんでしょう。…先生にだけ、秘密を教えようかしら」
「秘密?」
「私のお爺様は、錬金術師でしたの。だから隠し財産がまだどこかにあるはずなんですよ。
 …先生は欲しくありません?」
「どうして私に?お父さんに話したらいいんじゃないか?」
「私を殺さない、という約束をしてくれるのでしたら差し上げますわ」
「…エリザベス、いいことを教えてあげよう」

 インサニアはエリザベスの艶を失っている髪をすくい指先で撫でながら、顔を近づける。

「子供は嘘つきが多い。デタラメなことをいう虚言癖ばかりだ。私をからかわないほうがいい」
「……」

 エリザベスは顔をインサニアからそむける。

「後悔しますよ」
「…手術は必ず成功させる」

 インサニアは病室を出た。

(糞ガキめ、隠し財産?ばかばかしい。)

 苛立ちながら廊下を歩く。
 子供の言葉より大人との契約の方が現実味があっていい。
 エリザベスが死ねば膨大な財産が入るのは確かな話なのだろう、報酬金額が気前の良い金額であった。
 金は欲しいが、しかし仕事に見合う以上のものは欲しいと思わない。
 方法はどうあれ仕事をして金を手に入れるという形じゃないと落ち着かない、信用できないのだ。

「あ、インサニアくーん」

 白衣を着た中学生ぐらいの外見をした女性がぱたぱた手を振る。
 アンナ=マリ。発育不全だったのかそれとも遺伝なのかこう見えてインサニアと同年だ。

「…なんだ?」
「イライラしてるみたいだから声かけたの」
「そういう場合はほっとくものだろうが」
「うん、そーだね」

 にこにこ微笑んで頷く。

「…私は忙しい」

 アンナを押しのけて早足で歩く。

「少しは休んだらいいのにー。手術失敗しちゃうよ〜」

 後ろからアンナの声がする。

「ご心配なく」

 それだけ呟く。
 休んでたまるものか。
 お金が欲しいのだから。
 不自由しない暮らしができるほどのお金が。


 ―――母さんのためにも。


 ぐらり、と視界が歪む。
 違う、世界そのものがぐにゃりと歪んで別のものへ変化していく。暗闇へ変化を遂げる。


 ―――ここは…ああ、夢なのだ。全てが終わった後。



『テネブレ』

 美しい女性が浮かび上がる。
 金髪で青い瞳、太陽のような女性。この世界を照らしてくれている唯一の光。

「母さん…あぁ、母さん」

 インサニアは目を細めて笑みを浮かべた。
 彼にとって母は神よりも崇高な存在。

「母さん、僕は母さんのためにたくさんのお金を集めたんだよ…ねぇ母さん、見て、ねぇ…」

 母は慈愛に満ちた笑みを浮かべながら何も答えてくれない。

「もっといる?もっと必要?ねぇ母さん、もっと集めたら許してくれる?母さん、許してくれる?」

 何も反応してくれない母親対して、インサニアは子供が浮かべるような表情で涙を浮かべる。

「僕の存在を許してくれる…?ねぇ、母さん……」

 インサニアは崩れ、母の脚にしがみ付く。

「許して母さん、僕を許してよ…お願い…」



 母が歪む。

 世界が歪んでいる。



 そうして再び暗闇の世界に戻る。
 光を失う絶望。
 焦燥。
 心が黒く塗りつぶされていく。
 インサニア、名を呼ばれた気がして目を開いた。




「インサニア、起きてインサニア」
「あ…?」

 ラグナロク部隊の戦艦、その医務室だ。
 首が痛い。どうやらテーブルに伏せたまま眠ってしまったらしい。
 健康児の多いラグナロク部隊だが別部隊の大尉が乗っていた機体が爆発するという事故で妙に患者が多かったせいで疲れたのだろう。
 顔を上げて周りを確認するとマークがコーヒーを差し出してきた。

「起こすの悪いなって思ったけどそのまま寝てるのも悪いと思って。これ飲む?」
「あぁ…」

 コーヒーを受け取るインサニア。
 妙に脳がまどろんでいるような感覚がして不快だった。
 どうしてあんな夢を見たのだろう。
 忘れていたことなのに。

(エリザベス…エリザベス=ピエロニ…。私が殺した患者の一人)
「やっぱり怒った?」
「は?」
「顔が怒ってるからさ」
「いや、夢見が悪かっただけだ」
「そっか」

 マークは小さく苦笑してコーヒーを飲む。

「どんな夢だったの?」
「患者の夢だ」
「インサニアが?珍しい」
「最悪だ。どうして患者の夢なんか見なくちゃ…」
「インサニアって名医で有名だったからじゃない?ホームシックってやつ。
 んー、勿体ないよね人気者だったのに連邦軍に転職しちゃって…。」
「あの星では私はトップにまで昇れないからな、カルロと違って」

 じろり、とインサニアはお菓子を食べていたカルロを見る。

「ふぇ!? おい、俺はお前になんもしてねーぞ!?」
「当たり前だ。それぐらいわかっている」
「?」

 首をかしげるマーク。

「どーゆーこと?」
「あー、マークは知らないのか。
 一応インサニアはスラム出身ってことになってるから。ただでさえスラム出身者が医者やってるという異常事態…。目上の方々はそれはもー…俺みたいな貴族出身者は何をやっているんだとなるワケね。
 まぁ、これだけじゃないんけど…いや、この問題だけでいいですハイ」
「インサニア、カルロにスタンガンは止めて!何、何なの?」
「チッ…。」

 インサニアはスタンガンを懐へなおしながらマークに向きなおす。

「スラム出身はお前みたいな外国出身の者より下なんだ、あの国は。
 まぁそれはいい。私はそれを補う知能と技能を持っている」
「自分でいうなよ。事実だけど。で?」
「インサニアの家の派閥と病院の派閥が合ってなかったんだよ」
「そんなこと知らんし」

 カルロに文句をいうインサニア。

「インサニアの家?スラムなんでしょ?どういうこと?」
「あぁ、そうか。話噛み合わないの解った。
 マークはインサニアって名前をよそで聞いたことあるだろ?鉄道好きだし」
「鉄道?…国鉄管理してるトコの?あれ…?インサニアと関係あるの…?
 苗字が一緒なんだなって思ってただけなんだけど……???」
「そのインサニア家の御曹司、こいつ」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?インサニアはスラム出身なんでしょ!?」
「母さんが、親と縁を切って何も持たずに出て行った。それでスラムに住むしかなかった。それだけだ」
「そういうことだったんだ…でもそれなら派閥とか、インサニアにはそんなの関係ないじゃない…どうしてそんな…虐めだよ」
「妥当だろう。別にあの星に未練はない。他のところへ行って稼ぐだけだ」
「結局お金なんだね…」

 呆れるマーク。

「別にお金に不自由してるわけじゃないんでしょう?どうしてそこまで…」
「お母さんに、お金を返さないといけない」
「…ごめん、余計なこと聞いちゃったね」

 インサニアの母が亡くなっていることは知っているマークは素直に謝った。
 母はインサニアのために骨身を削って働いた。
 それがインサニアにとっての嬉しさでもあり、苦痛でもあり、後ろめたさでもあるのだろう。
 自分のせいで母が死んだと―――大学時代、母が死んだときインサニアは自暴自棄になって引きこもってしまった。
 それぐらいに母親に依存し愛している。狂おしいほど。


   ****


 インサニアはエリザベスの病室に入った。
 エリザベスの手術は成功し、彼女は今ベッドの中で静かに眠っている。

「……」

 インサニアは手馴れた手つきで注射器に薬品を入れると
 エリザベスに歩み寄って彼女の細い腕を手に取る。

「……せ、んせい」
「!?」

 突然の声に驚いてしまうインサニア。

「お…止めに、なって…」

 青白い顔で、エリザベスが呟く。

「…は、はは…ハハハ…たいした精神力だな」
「おやめに、なってくださったら…お父様より多く、お金を支払いますわ…」
「子供のいうことは信用できない」

 注射針がエリザベスの皮膚を突き破る。

「…恨みます、たっぷりと怨んでやる。」

 エリザベスは低い声で言いながらインサニアをにらむ。

「先生が背負っている怨霊と一緒に怨んでやる」
「怨霊?」
「何人も殺してきたわね、こうやって殺してきたわね。
 いつか後悔しますよ先生。いつか地獄へ連れて行きますよ先生」
「さっさと死ぬがいい」

 インサニアは笑みを浮かべて言う。

「手術は成功したがお前の体力が持たなかった、ということになるんだ。
 怨もうがなんだろうが私は痛くも痒くもない」
「地獄は…素敵なところよ、先生…」

 目を閉じるエリザベス。
 このまま死へ沈んでいくのだろう。


 地獄は素敵。

 素敵なところ。

 地獄は素敵なところ。


    ****


 不快。不快だった。
 黒い空。
 赤い肉色の大地。
 地獄にある白色の機体に押し込まれた。
 その中はアウゴエイデスのため機械ではなく内臓のように触手と肉が絡まりあっていた、その中に。
 不快だった、自分の身体が内臓の一つのようになっている感覚が。
 触手が皮膚を突き破り、身体を蝕んでいる感覚が。
 とめどなく涙が溢れてくる。
 不快。

「ぅ…あ…」

 引っ張り出して欲しくて手を伸ばす。
 細い管のような触手が何本も絡まり刺さり、引きつった感覚がして不快だった。
 声はでない、首に色々刺さっているからか。
 不快。

「あは、普通こうなるんですねぇ先生(・・)」

 黒髪の青年がコクピットハッチを開いて覗き込んできた。
 自分と似た顔の、だがその瞳は黄金色だ。


「―――お母様の魂、ずっと欲しかったんです」



END

↓↓↓当時のあとがき↓↓↓
インサニアとエリィのお話。
↑↑↑ここまで↑↑↑
最後バイスのとこ加筆してみました。