「先天性の…遺伝的な病気じゃないのかと俺は思うわけだ。椰弓家のそれは薬屋の村上家が管理してるわけだし」

 椰弓=ルミア=(ショウ)は黒色の前髪をかきあげながら親友の天羽(あもう)竜に呟く。

「こういう閉鎖的な環境だからそれが生まれるんじゃないか…そう思ってる」
「親には話したんですか?」
「いや…妹に話したら『そんなことを言えるのはお兄様の中にがいないからだ』と言われた。父さんもそういうんだろうな。
 さっぱりわからない、というのは具体的に何なのか…」
「椰弓のことも知らない赤の他人の私に話されてもねぇ…」

 竜はシガーケースから煙草を取り出して口に咥える。

「誰かに話して発散したいんだ」

 顔を伏せて呟く彰。

「俺なりに考えてるんだ、どうやったら正常な家庭になるのかって。治せるのなら治したい。
 …治す方法は、『血』を薄めることだと父さんは言ってたけど、椰弓の歴史は長いぞ。薄まっているはずじゃないか。
 現に俺の中には『鬼』なんかいないんだから。父さんたちを普通にしたい」
「…。」

 竜は彰から視線を逸らす。彰の家庭は独特だ、一企業を経営する大きな家でもある。
 でもそれとは別に、まったく関係のない血筋の呪いがあるようであった。
 竜にそういったことを相談されても困るのだ。たぶん話を聞いてくれるだけでいいということだろう。
 じゃないと竜の助言は「経験上父親を殺して井戸に捨てればスッキリしますよ」としか言えない。

「…はぁ、この家と、村上は狂ってる」

 ギリッ…と拳を握る彰。その脳裏には少女の姿が浮かび上がってきていた。
 鴉天狗の面をつけた少女の姿。
 彰が恋した娘、村上家の長女、―――村上綾架。
 この世にはもういない。
 殺されてしまった。―――アヤカ様に。
 そういう仕来たりであった。昔から村上家の長女は『綾架』の名を授けられ仮面をつけて16歳まで過ごす。
 16の誕生日に殺されるのだアヤカ様のために。そしてアヤカ様が表の社会に出てくる。

 滅びてしまえと思った。

 こんな家、滅びてしまえと。
 『鬼』に怯える椰弓家、『アヤカ様』の言いなりである村上家。

 滅びてしまえ。

 ふつふつと、殺意にも似た憎悪が沸き起こってくる。

「――だめだ」

 声を吐き出す彰。

「何が?」
「現実逃避したくなる」
「はいはい」

 破壊、破滅への衝動を抑えるのには思考の停止が一番だと思う。
 父もそう考えているようだ。しかし、父はともかく自分には『鬼』はいない。
 だからこそ、だからこそ遺伝する精神面の病気なのではないか。
 彰はそう考える。
 この異常なほどの殺意の理由が欲しい―――


   ****


「―――ことを――」
(……?)

 ふと、目が覚める少年。
 もぞもぞと布団の中から這い出て耳を澄ます。

「―――なんてことを」

 父の声だ。
 酷く驚いているような、悲しんでいるような…少年は気になって部屋から出て父の声のする方へ歩んでいく。
 父の声がしたほうは屋敷の奥―――祖父の部屋からだ。
 祖父の部屋の扉は開いており、そこから明かりが漏れていた。
 少年はそっと中を覗く。
 まず目にはいったのは寝巻き用の黒い着物を着た父の姿。
 酷く狼狽した表情で視線をある方へ向けながら呆然としている。

「なんてことを…お父さん」

 ぽつりと呟く。
 何か異質な匂いも気になって、少年は部屋の中へ足を進めた。

「!?」

 父の視線の先を確認して思わず身を引く。
 まず目にはいったのは鮮やかな赤。
 そして膝をついて焦点の合わぬ目を父へ向ける血に濡れた祖父の姿であった。
 その祖父の下には人形のように力なくぐったりして動かない祖母がいた。
 祖母の腹は裂かれ内臓と血が零れている。

「おじー…さま…?」
「カナウ!?」

 息子の存在に気づいた父は咄嗟に息子を庇うように息子の前へ立った。

「カナウ、外へ出るんだ」
「お婆様は、お爺様が…?どうして、ねぇ父さん」
「カナウ!」

 怒鳴る父に体を震わす少年…叶。

「安心しろ響、お前たちは殺す理由がない。『鬼』の血が混じったお前たちを取り込んでも意味がない」

 しゃがれた声で祖父…京が呟く。

「お父さん、『鬼』になってしまわれたか」
「馬鹿なことを言うな!」

 響の言葉に怒鳴る京。

「鬼になってはいない!鬼にならないために私はこうやって血を薄めるために!」
「だからお母さんを殺したのか!?あぁ、使用人もそういえばいなくなることがありましたね。
 貴方か、貴方が殺していたのか。」
「他人のっ!椰弓以外の血が必要なのだ、鬼にならないためにこの血を薄めて」
「それが鬼になりかけているということに何故気づかないのですか、血を飲んだって意味はない!」
「そんなことはあるはずがない!!」

 手にしていたらしい血塗れのナイフを響の方へ向ける。
 言葉は激昂しているのに、その表情は無に近いほど感情が現れていない。なのに、酷く歪んで見えた。

「血が足りないだけだ!忌々しい血め、忌々しい!私を止めるというなら響、お前を殺す。」
「鬼になったものを止めない者などいませんよ」
「私は鬼じゃないぃぃぃぃ!!!!」

 飛び掛ろうと床を蹴るが、パンッという空気音と同時に京は後ろへ弾かれる。見えない何かが京を跳ね返したのだ。
 それが響の念動の力だと気づくのに時間はかからなかった。
 椰弓家にとって異能は普通なのだから。
 立ち上がろうとした京の周りの空気が重くなる。

「ぐ、うぅ…」
「柳に連絡します。病院へ行きましょうお父さん」
「わ、たしは…鬼では…」

 京は呻きながらも血溜まりへ手を伸ばす。
 ハッとする響。響は叶を後方へ突き飛ばす。

「お父さん!」

 響は京の元へ駆け出そうとしたがそれは叶わなかった。飛んできた『血溜まり』に体を飲み込まれ壁に打ち付けられる。
 血を京が操っているのだ。

「父さん!!?やめてお爺様!止めてください!!」
「止めるのか叶よ!貴様も邪魔するのだな!」

 ナイフが飛ぶ。

「きゃあっ」

 身を引く叶の目の前でナイフは止まり、見えない壁に押し付けられたかのようにぐにゃりとひしゃげてしまった。

「お父さん!」

 叫びとともに血が拡散し、響が飛び出して京に掴みかかる。

「貴方が鬼ではないというのなら狂人です!」
「あぁ、狂人、狂人でもいいさ、まだ人間なんだからな。そうだ、私は人間だぁぁぁ!!!」
「お父さん!!!」

 京は響を弾き飛ばし、叶の目の前を駆けて部屋から出て行く。

「カナウはここに…いや、」

 響は死体のことを思い出し、チラリと死体へ視線を向けながら屈んで叶の肩に手を置く。

「父さんはおじーちゃんを追うから、お前は誰かを…あぁ、柳おじさんを起こしてこのことを教えるんだ。できるな?」

 コクン、と頷く叶。

「柳おじさん以外に喋っちゃダメだからな?」
「うん」


   ◆◆◆◆
 

 ―――鬼ではない。

	―――自分は鬼ではない。


 京は薄暗い屋敷の中を走り抜けて庭へ飛び出ていた。
 鬼であるはずがない。
 まだ鬼は眠っている、自分の中でまだ眠って―――

「!」
「あら、京じゃない。服が乱れてますわよ」

 庭園にアヤカがいた。
 血まみれ(月明かりで血は黒く見えるが)の京を見ても驚くことなく話しかけて、不快だと言わんばかりに顔を顰めて扇子で口元を隠す。

「アヤカ様…アヤカ様……」

 力が抜けたようにその場に崩れる京。

「私は鬼ではない、まだ鬼ではないですよね!?」
「何のことを言ってるんですの?順序立ててお話しなさい」

 ムっとした顔で言うアヤカ。
 だが、京はそんなことを気にすることもなく狂気に引きつり歪んだ顔でアヤカを見上げる。

「鬼になりたくありませんアヤカ様…!私は鬼として死にたくない、人間として死にたい!!」
「じゃあココで今すぐ殺して差し上げましょうか?」
「!?」
「そうすれば人として死ねるじゃないの。」
「あ…あぁ、……アヤカ様」

 笑みの形に顔が歪む。


「お父さん!」


 響の声と同時に京の体が発火する。

「お父さん!!!!!」

 燃え上がる紅い炎、京の断末魔。

「ヒビク、京の後始末は任せましたわ。あぁ、柳志郎(りゅうしろう)に任せればすぐ済みますわね」
「は……はぁ」

 呆然とした状態でも、なんとかアヤカに返答する。

「何故、父を…」
「人として死にたいというから殺して差し上げたの。何か文句でもあるのかしら?
 文句は京に言うことね。私は望みを叶えてあげただけですわ」

 そういって肩に掛かっていた髪を払いながらアヤカは響に背を向ける。

「散歩もせっかく良い気分だったのに京で台無しですの。それじゃお休みなさい。」

 アヤカが去っていったあと、響はただその場に立ち竦んでいるばかりであった。
 あまりにも突然な両親の死に思考が追いついていない。
 いつまで呆けていたのだろうか、長いように感じたが実際短かったかもしれない。
 しかし叶に起こされた柳志郎が駆けつけてきたあとは時間が早く進んでいったような気がする。

「アヤカ様の対処は良かったんじゃないか」

 と、柳志郎は響に言った。言い聞かせるように。

「『鬼』は治るものじゃないだろう?二重人格と似てるようで違うモノだ。
 あのまま鬼にならなくても人間の方が壊れていくなら、壊れ果てる前に殺してあげる方が、ね?
 壊れたら鬼になってしまうのだから。…あぁ、村上家の無能さを感じるよ。すまない、響」


   ****


「ルミア、お前の言いたいこともわかるが治療なんか無意味だ」

 叶は彰に厳しい口調で呟く。

「長年いろいろと村上家が研究した結果、解ったことは血を薄めること…すなわち他人と交わって子を産み、子孫の血を薄めていくしか方法がないということだ。この世に存在したその時点で、既に鬼と共存しているから」
「じゃあ、薄まってきているから俺のような能力無しが?」
「そう、お前は成功例だルミア」

 微笑む叶。
 父の笑う顔を見たのは初めてなので少し戸惑う彰。

「椰弓家も、もう長い。気が遠くなるほど。だが確実に我々一族は人間寄りになってきている。
 知っているかルミア、椰弓の祖先は…鬼と姫の子は鬼寄り、化物だったらしいぞ。
 それに困った鬼と姫はたまたま出会った村上家の祖先に助けを求めたそうだ。」
「昔話は好きじゃない。」

 先祖は人間じゃなかったが今の我々が人間で良かったねという話は聞きたくなかった。
 彰は今が大事なのだから。

「そうか…」

 叶は悲し気に呟く。
 そこでふと、彰はあることを思いついてしまい不安になった。
 それを口に出すのははばかれた、これは自分にとっても父にとっても何のプラスにもならない。
 自分は…彰はたしかに何の能力も持っていない、鬼もいない普通の人間だが―――

 弟の青陽は?

 青陽は、鬼だ。本人は必死に隠している様子だが、あれは…あの気性は…、完全な鬼。

 まるで彰の分を吸収してしまったかのように完全な。

 しかしそれは口に出来ない。
 もし、父にそのことを指摘すれば…父の心が壊れてしまうのではないだろうか。
 もう父の心は壊れかけているのにそれをあえて自分の手で壊したくは、ない。

(…俺も、こいつの子なんだな)

 彰は小さくため息を吐いた。
 何もできない自分。ただただ悔しさが残る。愛する者たちを救うことができない、苛立ち。
 どうして家族は苦しまなくてはならないのか。

 この血は一体なんなのだ―――



 END

↓↓↓当時のあとがき↓↓↓
家系(世代分け)
椰弓夜叉姫と青藍(せいらん)、村上楸治良(しゅうじろう)
椰弓京(きょう)、村上梓郎(しろう)、村上綾架
椰弓響(きょう)、村上柳志郎(りゅうしろう)、村上綾架、村上綾音(あやね)
椰弓叶(きょう)、村上柳市郎(りゅういちろう)、村上綾架 椰弓=ルミア=彰(しょう)、椰弓=アルテシア=銀(ぎん)、椰弓=ミディリア=青陽(せいよう)、村上紫郎(しろう)、村上綾架
※この表でいう綾架はアヤカ様のことではないです。
↑↑↑ここまで↑↑↑
家系(世代分け)
――――――――――――――――――――
曾祖父世代
椰弓京(きょう) 村上梓郎(しろう) 村上綾架
――――――――――――――――――――
祖父世代
椰弓響(きょう) 村上柳志郎(りゅうしろう) 村上 綾架 村上綾音
――――――――――――――――――――
父親世代
椰弓叶(きょう) 村上柳市郎(りゅういちろう) 村上綾架
――――――――――――――――――――
子世代
椰弓=ルミア=彰(しょう) 椰弓=アルテシア=銀 椰弓=ミディリア=青陽(せいよう) 村上紫郎(しろう) 村上綾架
――――――――――――――――――――
椰弓家は青鬼の一族。鬼と人の二つの心(魂)を持つ人間として生まれる家系。
村上家は烏天狗の一族で、たまたま一族の中に焔の神「アヤカ様」が現れて支配されてる状態。