惑星アマツにある豊かな自然が残る辺境地。そこには療養も兼ねている村上家が運営する病院があった。
 その病院の一室に初老の男がベッドに横になって本を読んでいる。
 それだけならば至って普通なのだが、本が重力に逆らって宙に浮いていた。

「父さん、病人ということになっているんだから大人しくしていてください」

 ノックもなしに病室に入ってくる黒服の男が初老の男に言う。
 手には花束を持ち見舞いに来たのだと一目でわかる。
 男は椰弓叶。椰弓重工の社長だ。
 そしてベッドに寝ているのは彼の父であり椰弓重工の会長である、椰弓響。
 病人とは程遠い雰囲気が漂っている。顔色もいいし目の輝きも強い。

「カナウか、別に来なくてもいいのに」

 身を起こしながら言う響の膝に本が音も無く落ちた。
 名前が同じ読み方「キョウ」のため、響は叶のことを「カナウ」と呼んでいる。

「そうも言ってられないでしょう、一応病人なんですから。それに暇してるでしょう?」
「暇で暇で仕方がなくてこうやって遊んでいる。…すると、息子に怒られる」

 いいながら手を不規則な動きで振るう。
 膝に落ちていた本が再び浮き、叶が持ってきた花束から数本の花が抜き浮かぶ。
 響は念動能力者なのである。

「誰かに見られたらどうするんですか」
「…『狐に憑かれた』とでもいえばいいだろ」
「またその話…それは大昔ならば認められたでしょうね」

 ため息を吐きながら、叶は花束をサイドテーブルに置く。あとで看護婦が生けてくれるだろう。

「こうやって能力を使ってないと…爆発しそうで怖い」
「私は爆発してませんけど?」
「ご先祖様の『翠弧』は爆発してコントロールができなくなったそうじゃないか。孫の青陽も、少しおかしい」
「あの子はもとからおかしかった、能力とは関係ない。父さんをここに軟禁状態にした理由をお忘れですか」
「解ってるんだけど…」

 しょんぼり顔で叶を見る響。
 若い頃は強気で厳しい父であったが、今では丸くなってしまった。
 いや、『アヤカ』からの束縛に解放されて心が落ち着いているのだろう。
 そうだ、父をこの病院へ療養という形で軟禁したのはアヤカから切り離しこの平凡で退屈な地で寿命が来るまで住まわせるためだ。

 ―――鬼に目覚めさせたくはないから。

 戦いも何も無い、この場所なら椰弓に眠る鬼の血が目覚めることはまずありえない。

「何か欲しいものは?」
「今度は孫を連れてきてくれ」
「アルテシアだけになりますけど」
「彰はどうした?」
「アイツに宇宙船を作ってやったらそのまま出て行きましてね。どこかで海賊ごっこでもしてるんじゃないでしょうか」
「バカ…親バカだな…。どうせ戦艦でも作ったんだろう?」

 疑惑の目で叶を見る響。

「言われたとおり作っただけで…まさか海賊になるのが本気だったとは思いませんでした。
 アイツのことですから、死にはしないと思いますけど」
「結局、お前達にアヤカ様を押し付けてしまう形になってしまったな」
「何をおっしゃりますか。椰弓家はアヤカ様の人形でしょう。父さんがそんなことを気にする理由はないです。
 それに、私の代で終わります」
「…何?」
「アヤカ様はこの宇宙の破壊を望んでおられます、私も望んでいますから、私の代で全てが終わります」
「そうか…」
「嫌がらないんですね、父さん」

 ちょっと意外そうな顔で呟く叶。

「お前には何もしてやったことがなかったからな…お前の望みを否定しないのが私なりの気遣いだ」
「親バカですよ、父さんも」


   ◆◆◆◆


「新しいエンジンの開発?」
「そうだ、できるか?孤立し物資の供給が途絶えた中でやっていくのを前提にしている」

 叶はユウカに資料を渡しながら問う。
 ユウカは資料を眺める。

「物資のある惑星を支配するのは?」
「…こっちにはアヤカ様がいるんだぞ?」
「あぁ…アヤカがいたな…」

 叶とユウカはため息を吐く。
 アヤカならば星ごと破壊してしまうに決まっている。止めたとしても破壊する、そういう女だ。

「レイにも聞いてみる。まぁそれなりの物を考えよう」
「頼んだ」
「…社長」

 ユウカは叶を見上げる。
 無表情というか無愛想なその顔からは何も読み取れない。

「いや…何でもない」
「そうか。」
「レイの元へ行く」

 ユウカは叶に背を向けて歩き出す。

「ユウカ」

 叶が声をかける。

「お互い不器用だ。不器用なりにやっていけばいい」
「そういってもらえると安心する」
「私の心配はしなくていい」
「…そうか、じゃあもう心配はしない」

 ユウカはそう答え、叶もユウカに背を向けて反対方向へ歩いていった。


    ◆◆◆◆


 人間の頃は何を言っているのか解らなかった。
 声のような、言葉のような、何かの囁きなんだとは理解できたが、何を言っているのかまでは理解できなかった。
 『神の肉』を食べた後からは何を言っているのか理解できるようになったし会話も可能になった。
 星と会話できる人間はそうそういないらしい。
 全ての人間が星と、自然と会話できればどんなに平和になることか―――

(暖かい……)

 まどろんだ表情で、レイは思う。
 心地よい、このまま身を委ねて眠ってしまいたい―――

「レイ!」

 頬に走る衝撃に思わず意識を取り戻すレイ。

「…良かった、戻ってきた」

 ユウカが呟く。

「あ…あー、またいきかけたんですね、わたし」

 レイはユウカに引っ叩かれた頬を撫でながら呟く。
 星の意識のもっと深く…深層意識にまで沈みこんでしまう。
 それは人間からかけ離れた生物となったレイの精神でも自己を保つことはできず、時間が経てば意識を失いやがて融合してしまうことであろう。

「自然と意識をリンクさせるのも大変だな…」
「はぁ…別に、嫌いじゃないですから良いんですけどね」
「そうか。ところでレイ、寝起きで悪いんだが仕事の話だ」
「解りました」






「我々の得意分野とアヤカの好みを考慮した結果、生体エネルギーで動くエンジンにすることにした」

 ユウカは叶に言う。

「生体エネルギーというと、魔力とは違うのか?」
「えぇ社長。生命力…解りやすく言うと精神力を機動エネルギーに変換するもので魔力とは違います。
 正直危険ですからわたしは勧めたくないんですけど…」

 レイは眉を顰めて言う。

「ユニットのエネルギーを初め、いろいろ応用は効くと思われる。兵器への流用は青水に任せよう、得意分野だ。
 パイロットの問題だがこれも解決できる。クローンを製造すればいい」
「もし孤立したときにクローンを製造するエネルギーはどこから?」
「必要ない、ある程度生産しておけばあとは私たち五人でどうにでもなる。あと保険をかけることもできるぞ社長」
「保険?」

 頷くユウカ。

「生体エネルギーのエンジンを販売する。今までのエンジンの改良版だといってな。
 普通のエンジンと生体エンジンを一つにしておけばいいだろう。
 で、『その日』が来たときにリミッターを解除すればパイロットが衰弱死するだろうな。
 問題はどこまで売れるか、だが。その辺の営業は私たちの専門外だ、社長に頑張ってもらわないと」
「…がんばる」

 項垂れながら呟く叶。

「宜しいですわ、とても良いですわよユウカ!レイ!わたくし感激よ♪良いお友達を持って幸せですわ〜♪」

 アヤカが目を輝かせてユウカたちに言う。

「これで青水が兵器を作り、ユウカちゃんたちがユニットを組み上げれば…あぁん、殺戮の日々!」
「アヤカ様…殺戮は最後の手段です、まず我々は人間たちを戦争へ導いていかねば…」
「わかっておりますわ、まったく…わたくしはそういうこと好きじゃ有りませんの。椰弓家の性格に合わせてあげてるのですのよ」
「ありがとうございます」

 無表情で答える叶。
 アヤカとは差し障り無く付き合っていけば何事も無く生き残れるのだ。

「さっそく青水にお願いしてきますわ♪エンジンが仕上がったらすぐに機体も作り上げて頂戴ね」
「はぁ…解りました」

 アヤカは話はもう済んだといった顔で会議室を去っていく。

「アヤカは大雑把だからな…」

 小さく呟くユウカ。

「クローンの母体は私と飛剛にするよ、その方が扱いやすいだろう?」
「任せる、お前達は好きなようにやってくれ」
「あまり気が乗りません…星を破壊するのは良くないですよ社長」
「星が「痛い」とか「生きたい」とか言ってるのか?」
「別に言わないですね、彼らは人間じゃないですから」

 哀しそうに微笑むレイ。

「わたしが心配なのは社長と銀さんです。二人とも人間なんですから、わたしたちに合わせなくてもいいのに」
「良い、私も宇宙を崩壊させたい、アルテシアもそれを受け入れている。青水はアルテシアの望みを叶えるだろう?もう決まったことだ」
「ここから逃げ出せばいいじゃないですか、そうすれば……」
「人間らしい暮らしに戻っても、アーシアは帰ってこないからな…」

 叶の目が虚ろになる。

「あ…すみません」
「アーシアが死んだ日から、私は人間じゃなくなったんだろう…『鬼』になった。
 理由もなく全てを壊したくなる時がある。今はまだ押さえ込んでいるがいつ爆発するかわからない」
「社長……」


    ◆◆◆◆


 研究室。
 その奥で、台にはり付けにされ色んなセンサーやコードを体中につけられた男と、白衣の美女がいた。
 その銀色の髪の美女は苦しんでいる黒髪の男の手を握っている。
 彼女は叶の娘である椰弓=アルテシア=銀。男は山本青水だ。
 実験はその者のトラウマを見せて極限まで追い込ませ個体の能力を引き出すというもので、かなりの負担がかかる。
 瞬発的に発生する念動能力の上限を計測していた。

「かはっ……」

 青水が息を吐きながら目を見開く―――同時にバンっとセンサーがはじけ跳んだ。

「青水……」
「…はーっ……はーっ………」

 目を見開いたまま青水は大きな呼吸を繰り返す。

「さすが本物は違うねー。毎回コンピューターの限界を超える」

 上元が呟く。

「やりすぎでは?」
「人間じゃないからいいんじゃないのかね、これぐらい」
「上元…」

 アルテシアは上元を睨む。

「被験者に情を移すのは研究者失格」
「………」

 アルテシアはムっとした表情のまま青水に視線を戻し、ハンカチで汗を拭い始めた。

「オヤジを…殺しても、殺しても…畜生……」
「幻覚よ青水」
「わかってる…」

 身を起こす青水。

「上元、テメェちょっとは加減しろよな!」
「加減しちゃったら実験の意味がないじゃないか、被験者は黙って大人しくしていなさい」
「てめー……」

 疲れているのかそれ以上は何も言わず、青水はアルテシアの肩を借りて立ち上がった。

「せっいすーい♪」

 突如バァーンっとドアを開いてやってくるアヤカ。

「何だよアヤカ」
「ちょっとこっちにいらっしゃい」
「おい待て!休ませろおい!!」

 アヤカに引きずられていく青水。

「何か始まるのかしら…」

 アルテシアは胸騒ぎを感じた。


 END

↓↓↓当時のあとがき↓↓↓
超初期設定。 椰弓の人たちはこんな感じだよっていう小説でした。
↑↑↑ここまで↑↑↑