正史B

アクシデントバレンタイン

 バイスは自室でこそこそとチョコを溶かしていた。
 マーク先生にバレたくないのだ。
 艦内の空調は万全なので匂いが漏れることはないがドアが開くと漏れてしまう。
 ガッチリとロックしてブラフェティスから産み落とされた触手の塊にも門番をしてもらう。

「異物混入はしません、ええ、普通の。普通のチョコを作りますとも…」

 お父様の幻影に苦しみながらもバイスは頑張っている。
 ちょんちょん、と足をつつかれて視線を落とすバイス。
 ブラフェティス(小)が何やら触手をうねうねさせて主張している。
 バイスは抱き上げて触手をにぎにぎして可愛がる。

「どうしました?味見ですか?」

 ちょっとぐらいならいいかな、と鍋に近づけるとブラフェティス(小)はぬるんとバイスの手から滑り出て鍋に突撃する。

「ブラフェティス!!?!?!?!?」

 悲鳴を上げるバイス。
 ブラフェティス(小)が熱で死ぬことはないだろうが、なんか変な出汁が出るだろう!
 引き上げようとしたが鍋の中がもこもこと膨張しはじめている。
 バイスは刀を掴んでさっさと部屋から脱出した。錬金術失敗時によく爆発したので癖で思わずの行動だ。


 ばちゃん


 鍋がひしゃげる金属音と水音。
 チョコ色の物体が部屋から飛んでくる。ブラフェティス(チョコ)だ。
 ブラフェティス(チョコ)は体をうねらせて人の形をとり始める。人というよりロボであるが。

「一体何を…?僕わかんない」

 バイスは困惑している。
 可愛い触手がチョコを取り込んでなにをしたいのか解らない。
 ブラフェティス(チョコ)は触手(チョコ)で移動を始める。早い。
 向かう先は―――医務室。

「あっ、待って、待って待って!」

 顔を真っ赤にするバイス。

「まだバレンタインじゃありません!!!」

 しかしブラフェティス(チョコ)はバイスの悲痛なる叫びは届かなかった。
 医務室に突撃したブラフェティス(チョコ)。
 まっすぐマークに向かっている。

「え?なに?ブラフェティスの小型?」

 ブラフェティス(チョコ)から触手が伸びてマークに絡みつく。口の中に触手が入る。

「んぅー!?!?」
「ブラフェティスのばかばか!違うんです!違うんですー!!!!」

 真っ赤になって涙目で鞘に納めたままの刀でブラフェティス(チョコ)の背を叩きまくるバイス。

「なにこれ」

 ドン引きのインサニアに誰も答える者はいなかった。


   ◇◇◇◇


「胃もたれしてる…一生分を流し込まれた気がする」

 マークは胃をさすりながら呟く。
 ブラフェティス(チョコ)は主の望みを叶えたと満足したらしい、消滅した。本体は格納庫にいるのでまた会えるが。

「本当にすみません、ブラフェティスはたまに悪魔的曲解をするので…。」
「どうしてこんなことに?」
「おそらくなんですが」

 バイスは手をもじもじさせ視線を彷徨わせる。

「僕がこっそりチョコを作っていたので、地味なチョコより喜びそうなロボチョコでいけば相手はもっと喜ぶだろうと判断したのかな、と…」
「ああ、まぁ…?そうかな?どうかな?」

 さすがにマークも困惑だ。
 チョコにしてはデカい触手ロボに迫られて喜ぶ人間は少ないと思う。

「あとバレンタインのことも理解していなくて…」
「俺のために作ってくれてたの?」
「お恥ずかしい…。ちょっと、作ってみようかな、と思い至って…やめておけばよかった」
「ええ、今のは事故だよ事故。作ってくれて嬉しいよ?」

 マークはバイスの手を優しく握る。

「流し込まれたチョコは美味しかったし」
「は、はい…」

 照れているのかまだバイスは顔を伏せぎみで笑みを張り付けていない。

「バイスくんさえ良かったら、また作って?」
「はい…」

 ぎゅっとマークの手を握り返すバイス。

「誑しこんでる」
「人聞きの悪いこと言うなよ!誑しこんでないよ!」

 インサニアに叫ぶマーク。

「バイスくんが俺のためにチョコ渡してくれようとしたんだよ?その気持ちは大切にしたいじゃん」
「……」

 恥ずかしすぎてバイスは視線を彷徨わせる。
 どうしてこんなに恥ずかしく思ってしまうのだろう、笑って流すことができない。
 それぐらいに、本気でチョコを作っていた…ということ?
 気づきに余計狼狽えるバイス。
 チョコの匂いで興奮したのかも。そう、チョコとか今まで食べたことなかったから身体が慣れずにいるんだ。
 そう思うバイス。チョコ以前に様々な興奮剤を投与されていた身体であることは棚上げである。

「がんばって、作り直しますね、チョコ…」
「うん?うん!楽しみにしてるね〜」

 嬉しそうに笑うマーク。
 インサニアは「男から貰って嬉しいか?」といった疑問はあったが、口に出すとまた煩いので何も言わず飲み込んだ。
 インサニアも成長しているのである。