正史B

The Passion of Regulus -01-

 邪教団の教祖部屋は壁一面アクアリウムである。
 そこに魚は泳いでいない、何もおらず水だけが入っている。
 見えないところで、水槽入りした幹部たちが泳いでいるだろう。
 まだ水槽入りしていないルツィアンとグスタフはそれを憂うこともなく教祖が離席しているので広い玉座の間となっているこの場所で楽し気にくるくる踊っていた。
 お互い別にダンスを習っていたわけではないので見様見真似の雑なものであるが、楽しいからいっか〜!というメンタルである。

「ハンスと坊やがやられちゃったけど構わなかった?」

 グスタフはルツィアンに問う。

「ああ、別に問題ないぞ?ハンスをここから出してやりたかったんだろ?
 次はラミレスか?すまんな、どうしても適合者は生体コアにしないと気が済まないんだ父さんは。
 欲張りだからな、なんでも食べたがるんだ」
「ルツィアンが怒られたりしない?」
「しないぞ。心配するな、ただの人間の仲間ひとりふたり失ったところでどうにもならん。
 いかに効率よく人間を殺すかが課題だ。クーデターも美味かったな、あぁいう風に一気に始末できるのは美味い」
「なるほど、なんとなくわかった」

 ごつん。

 楽しい会話を遮る鈍い音が響く。
 音がした水槽に目をやれば、ラミレスが水槽のガラスにぶつかっていた。
 ガラスに手をつき額を押し付け漂いつつもめちゃくちゃ睨み、口をはくはくと動かしている。
 黒い髪はもう真っ白になっていた。

「すごいな、意識あるんだ」
「良い精神力だ、長持ちする人間は好きだよ」
「「こんにちわー♪」」

 こっちの声が聞こえないだろうという配慮でルツィアンとグスタフはニッコリ笑顔で手を振って応えてあげる。
 ごんっ!とラミレスが怒りの拳をガラスに叩きつけてくる。

「元気なうちにコアに移してやるか。」
「どこに落とすんだい?」
「んふふ、おっきい首都かな?」
「なるほど?」

    ◇◇◇◇

 海上に巨大な魔法陣が浮かんだ。
 そこから射出される無数のミサイル。それは上昇しきれば一気に某国首都へ落下する。
 迎撃ミサイルと対応する軍の機体が出撃していくが、相手のミサイルの合間を縫って特機が走ってきた。
 獅子の形をしたロボは空中に生み出す魔法陣を足場にして駆け抜け迎撃ミサイルを打ち落とし軍の機体に体当たりしながら地に落ちる。
 続く様にミサイルの雨が降り地上は炎上する。
 獅子の咆哮。人間の声帯を使ったような声色であった。
 そうして獅子は人型に変形する。両手にそれぞれ燃える剣を握り、吹き上げる炎を巻き散らし歩み始める。

 ―――パッションオブレグルス

 ラミレスを生体コアにした獅子座の星座機である。
 ある程度炎を巻いたところで剣を天に振り上げる。
 無数に浮かび上がる魔法陣から邪教団の機体が出現していった。

    ◇◇◇◇

 ラグナロク部隊が到着したとき、都市は半壊滅していた。

「好き勝手してぇ許さない!」

 艦長が叫ぶ。

「ハンスくん、これ報告にあった例の特機?この機体について解る?」

 艦長はモニターに映るラミレス機を指でつんつんしながら通信先にいるハンスに問いかける。
 ハンスの視線が動く。

『…リチャードおじさんだ』
「誰ぇ…?」
『シャドーに繋いでくれ。あいつに教えないと』
「シャドーって誰ぇ?」
「…インサニア先生のことらしいです艦長」

 オペレーターがこっそり耳打ちしてくる。

「キュルテン家の人たちって魂の呼び名で個人を呼称するの?」
「さぁ…でも目つきが尋常じゃないですもんね、あり得ますよ」

 オペレーターとひそひそ話す艦長。ともあれペラペラ喋ってくれそうなのでインサニアを犠牲にしよう!ということになってインサニアとも通信を繋ぐ。

『シャドー!あの星座機にリチャードおじさんが乗ってる!早く助けないと干からびて死ぬぜ!』
『リチャードって誰?』
(それはそう)

 真っ当なインサニアの反応に艦長たちはインサニアと同じ気持ちになった。
 ハンスのことは何と言うかこう…元から人の話を聞いてない男だなーというのは皆戦闘でのやり取りで感じていた。
 本当に人の話を聞かない人であった。そのためにルカが横にいたんだなぁ、という納得感だけがあった。
 しかしルカという頭脳を傍に置くと脱走しそうなので二人は個別に監禁されている。

『リチャードおじさんはお前のオヤジだよ!同じ匂いだから間違いねぇな!』
(判別方法がマーク先生と同じなのなんなんー?)

 心の中で艦長は突っ込む。
 たぶんこの通信を傍受している者たち全員そう思っただろう。

『グスタフ叔父さんに教団に連れ込まれて俺と一緒に水槽に投げ込まれたんだ。
 なんかごちゃごちゃ言ってたが、あぁやって暴れさせるための機体の燃料になれってことだった。
 シャドー、親父を殴るためにはあそこから引きずり出さないと、放置してたらそのまま死ぬ。
 なんかそれって嫌だよなぁ!親父はボコボコにしてぇよなぁ!』
「ハンスくんの情緒がぐちゃぐちゃ」
「元からアレな感じでは…。自分のお気持ちと他人のお気持ち一緒にしちゃうタイプだ…」
『…父、あの中に、父』

 地団太踏んでるであろうハンスと暗い目になってぶつぶつ呟いてるインサニア。
 このようなやり取りの裏でちゃんと他のパイロットの出撃は行われていた。

『おい女ァ!俺も出撃させろ!』
「ハンスくん、君に回せる機体はないです。こっちはカツカツ運営なんだからね?」

 キッパリと断れる大人の艦長。
 実際本当に回せる機体なんぞなかった。
 なんだか特殊な立ち位置のこの部隊、みんな特機や専用機持ち。

    ◇◇◇◇

『どこカシラここ…?』

 ラミレスの意識はぼんやりとしている。
 身体が動かない、動かぬ頭だが視界を動かすのが精いっぱい。
 青天の空に崩れた高層ビルたちが入り込んでいる。どこかでみた。どこであったか。
 水に浸っているのか、水の含んだ服が肌にくっついて不快である。
 このまま寝てしまったら楽になれるかもしれない。
 ふとそう思ったら眠気が出てきた。瞼が重い。

『リチャードくん、眠ったら死ぬよ』

 嫌な人物の声が聞こえた、フレッド=クラレンスの声だ。
 ラミレスの意識が覚醒する。

「!?」

 水の中にいる。
 不思議なことに息苦しさもない、呼吸を忘れているこの身体に恐怖を覚えた。
 ぼやけた視界が定まってくる、この中は薄暗いが外の様子が解るのはコアとしてこの機体と繋がっているからだろうか。
 上空から真っ白い機体が紅色のブレードを突き出しながら高速で突っ込んでくる。
 自分の機体はそれを迎い討とうと火炎剣を振るい白い機体と打ち合う。
 紅色のブレードは炎を打ち消し腕を一太刀する。
 しかし大振りすぎて隙がある、ラミレスだったらこのまま薙ぎ払って真っ二つにするところであるが―――
 ラミレスは強引に、強い意志でもって、もう片方の火炎剣を手放させた。
 相手のブレードが胸部を貫いてくる。
 ラミレスのいるコアに当たったらしくコアはひび割れて水が外に溢れていくのが解った。
 命が漏れ出していくのが、解る。パッションオブレグルスが吼える。
 誰の命だというのか?

 ―――それはお前の命ではないだろう。それはこのワタシの命ダロうがッ!

 解った気がする、こいつら人の命を吸わないと何もできないバカなのだ。
 人の魂を集めてなんだかんだと理由を付けているが、ただ集めないと動けないだけのバカ野郎ども!
 このバカ野郎どもに腹が立つところは人様の魂は自分のモンだと普通に思っているところ!
 ラミレスは一切の身動きをさせなかった。
 コアを破壊させてパッションオブレグルスを道づれにしてやる、それしか考えてなかった。

     ◇◇◇◇

「リチャードくん、眠ったら死ぬよ」

 クラレンスに揺り起こされ、ラミレスは目を開く。
 腹が痛い、圧迫して止血しているはずの傷口から血の滲みが止まらない。
 戦火に巻き込まれ襲撃を受けたこの街は壊滅。地形が替わったのか街は海水に浸っていた。
 海水に濡れる体が不快だった。
 ラミレスは傭兵で戦闘により負傷、クラレンスはたまたまこの惑星に来ていて巻き込まれた。

「晴れてよかった」

 クラレンスはそう言いながら晴天に向かって信号弾を撃つ。
 この空なら信号弾は目立つだろう。救援が来てくれるに違いない。
 救援にくるのが銀河連邦軍か、敵対組織のいづれかは解らないが。

「……」

 息苦しい。

「大丈夫だよ、すぐ助けが来て手当だってしてくれる」

 クラレンスが優しい声色で話しかけ、俯くラミレスの背を撫でる。
 いつも子供のような扱いで接してくる男。優しくしてきて、気遣ってきて、尽くしてくれる。
 それが堪らなく――ラミレスにとっては苦痛そのものだったのである。

 だからこの記憶は叔父との綺麗な記憶ではなくて、苦々しく忌々しい記憶だ。