正史B

The Will of Acubens

 水しぶきを上げながらキュルテンの搭乗する機体から機体と同じ大きさの12枚の長方形型電磁ブレードが展開し宙を舞う。
 それは機体をビームの砲撃の雨から守り、そして雨が終われば攻撃へと転じる。

Kacke(クソ)

 右手で操縦桿を動かしながらブレードをコントロールする左手で『反転』の指示を出す。
 金属と金属が擦れ合う音とともにブレード2枚と突っ込んできた戦闘機が落ちた。
 兄ルーカスの捨て身の突撃であった。
 キュルテンは左手を突き出す動きと共に握りしめた。
 引き返していたブレードは再び前進する。
 対象は目先にいるはずの兄ハンスの機体だ。
 突然警告音が鳴る。
 操縦席が揺れる。突き上げられるような衝撃と金属がひしゃげる音。
 目の前にいるはずのハンスの機体が足元―――海面の下から飛び上がりキュルテンの機体を両手のブレードで突いていた。
 レーダーは機体が2つあると捉えていた。
 そういえばパイロットがハンスともう一人、邪教団幹部のクソガキだったのを思い出す。
 クソガキ生体コアの補佐用にハンスが突っ込まれていると思っていた。

 ――― 一つの機体は分離できるのでは?

「え?(カンケル)だから挟み(・・)撃ちってこと?」
『死ィィィねぇぇぇぇペェェタァァァァ!!!』
「やばぁ…」

 操縦桿はいうことを聞かないが左手はかろうじて動く。
 自分を巻き込んでブレード全てをこちらへ突っ込ませ、二つの機体は海へ落ちていった。


 邪教団LoDの幹部を倒して戦闘終了後、キュルテンは生きていた。
 ハンスも生きていた。決死の特攻のように見えたルカはちゃっかり脱出していて無傷であった。

『カルロ、手伝え』
「あのさぁ!俺もう軍医じゃないんだけど!」

 艦長室へきたインサニアの通信にカルロは訴える。

「まぁまぁカルロ司令、暇なんだし行ってあげなよ。というか基地破壊されて行き場失った司令官がここに居られると艦長困っちゃうナ」
「それは大変ご迷惑をおかけしていると思っております…」

 基地を破壊されたのはカルロの失態ではないのだが、クーデターを起こした裏切りバカ部下たちのせいだが。
 同じ権力者が二人、戦艦にいるというのもややこしいわけで。
 無論カルロは艦長に全て委任するという体でテッペンは艦長ということにしている。カルロは面倒ごとが嫌だったので。
 治療ポッドにポイすればなんでも治せる時代だが、バール方式になるとちょっと違う。
 治療ポッドでの治療時間と重症を手術してからポッドに入れての治療時間を比較して早い方で処置を決める。
 年がら年中戦争をしている国は兵が怪我で寝ているのが許せないのだ。
 鬼畜の所業である、人の心はない。
 洗浄をし処置室に入る。一番重症だったキュルテン兄弟が寝ている。
 カルロは電子カルテを流し見て現状を把握しハンスの傍に立って両手を組み祈るように集中し始める。
 先端恐怖症であるカルロがやれることは魔術である。
 これもバール式、輸血する血も惜しんだバールの医者共は回復魔法を併用してどうにかすることをやってきた。

「キュルテンさんの処置は終わり、そっちが終わったらすぐにでもヤれるよ」

 マークが平坦な声で報告する。
 インサニアの返事はない、既にハンスの処置をし始めているから集中しているのだ。
 潜り込んでいる金属片や焼けた肉を摘出していく。
 回復魔法で生命を維持する。院内でカルロだけだった、まるで聖職者のような回復魔法を行えるのは。

「カルロ、抑えろ。」

 集中しすぎて回復させ過ぎたらしい。
 自分の生命力がゴリゴリ減っているのに気づく。それぐらいに今のハンスは瀕死であったということだ。
 聖職者のような回復魔法は相手に生命力を流し込んで生きながらえるから。

「マーク、あとは任せる」
「うん」

 終わったらしい。次はキュルテンだ。
 そちらはすぐ終わるだろう。

   ◇◇◇◇

「しんどかったぁ…」
「おつかれカルロ。危なかったもんねキュルテンさんのお兄さん」

 マークが労う。

「私が一番褒められるべきだが?私の腕がいいからだが?」
「それはそうだね、えらいねインサニア」
「もっと敬え。あぁカルロ、最後にハンスへ投薬しろ。暴れられても困る」
「せん妄でいい?」
「ああ」

 カルロはインサニアの指示に従ってハンスに投薬し始める。点滴に混ぜて行う。

「艦長たちへの報告してくるね」

 マークはカルテ用のタブレットを持って出ていく。

「カルロも戻って良いぞ」
「いやここに居るよ、なんかあったらいけないし」
「そうか?追い出されたのか…?」
「……」
「……」

 沈黙。医務室は静けさに支配される。

「お荷物…」
「お、お荷物じゃないもん…ちょっと次の勤務地がないだけだもん…」
「クーデターに気づかなかったのが不思議なんだが?お前大丈夫か?」
「…あれなー。」

 ―――洗脳魔術の耐性があったから俺だけ正気だったのかも

 という言葉は飲み込んで何も言わずインサニアに目だけで色々ありますという。
 破壊されてしまって恐らく残っていないだろうが、そういう類の魔法陣かなにかがあったはずだ、あの基地に。
 軍も焦っているはずだ、そんなものがどうして基地に?となるわけだ。証拠もないし。
 なのでカルロは別の基地へ所属させるのではなく曖昧にこの部隊に置いて保留という形を取らされているのだろう。

「…あれ?」

 ちょっと抜けた感じの第一声のキュルテン。目が覚めたようで黒い瞳をぎょろりと周りに向けている。

「生き残った…良かったー」
「溺死しかけてたがな。どこか違和感はないか?」

 インサニアが対応する。

「大丈夫だと思う…。」
「お前の機体はオーバーホール中らしい、それまでゆっくり療養しろ。」
「はい…ハンスは?」
「生きてそこで寝ている。ルーカスは無傷で今拘留している。」
「……無傷!?」

 ちょっと悔しそうなキュルテン。

「アロー兄さんなら死んでる所だぞ!」
「そりゃあ、ご愁傷様。立てるか?」
「あぁ、たぶんいける」

 ゆっくり身を起こして床に足をつける。

「…兄と喧嘩しそうなので先に出ていきます、ありがとうございました。
 兄は殺してくれてもかまいません」
「それは上の判断次第だな…」
「そーですか…」

 残念そうにしながらキュルテンは出ていく。

「まともじゃないよ」
「どうでもいい」

 カルロの呟きにインサニアは答えながらハンスの様子を見るため近づく。
 ハンスも気づいた。薬を入れてあるのでぼんやりとした目だ。

「……あ、リチャード…おじさん?」

 ハンスが手を伸ばしインサニアの袖をつかむ。

「……おじさん!?」
「インサニア、俺らの歳はおじさんだぜ。いやぁハンスもおじさんだとおもうけど」
「私はまだおじさんじゃないと思う!」
「というかリチャードって誰だよ」
「…」

 ハンスがくいくいと袖を引っ張る。

「なんだ?何か言いたいことがあるのか?まずおじさんを訂正しろ」

 インサニアが顔を寄せるとハンスは首に腕を回し抱き着いて離れない。

「なぁにこれぇ…おい正気になれ」
「お前が投薬指示したんだからな?…あれ?男平気?」
「ん?あれ?なんで?」

 戸惑うインサニア。確認のためにインサニアはハンスを抱き寄せる。

「…マークみたいに嫌悪感が湧かない」
「マークのライバル現る…」
「ただいまー」

 運悪くマークが帰ってくる。

「……は?」

 真顔のマーク。

「浮気…?」
「お前と私は付き合っていないが…?おいそろそろ離れろ暑苦しい」
「やだやだ!リチャードおじさんと一緒にいる!親父のところに帰らない!」
「なんか記憶がごちゃっとしてるっぽいな。幼児退行系の」
「え?なになに?変なお薬ヤった?」

 マークも心配そうな顔になる。

「一時的なものだろ。困った、せめて胸の大きな女であれば」
「浮気…」
「付き合ってないが」

 ハンスが正気に戻るまで不毛な会話は続いた。