第6話

 月光で赤黒く照らされる血。
 その血は魔法陣が刻まれたタリスマンを濡らしていた。
 女は己の手首から流れる血を、濡れるタリスマンを見つめながら力ある言葉を呟き始める。

「魔界の常闇、黒き秩序の尊……闇を統べる不死の王よ…
 私の血を捧げます…私の娘に力を…私の娘、エリザベスにお与えください…」

 低い、憎しみの篭った声で呟く女。

「エリザベスに(不死王) の力を…!」



   ****



 バール連邦共和国ハンゼシュタット州にある都市、グラディエフ。
 その巨大な街にある処刑場は今も事件の爪跡が残っていた。

「嫌な匂い…」

 白かった石畳は血を吸ったかのように紅く染まり、まだ微かに生臭い血の匂いがするのだ。
 処刑場を眺めていた黒髪の女はハンカチで口元を覆いながらその場を立ち去る。

(エリザベス様…私がすぐにこの街へ帰ってきていれば、エリザベス様を旦那様からお守りできたのに…)

 彼女の名はリリ。エリザベスの家庭教師だった女である。
 諸事情で街を離れ惨劇を免れたが後悔の念が強い。
 病院へ入院することが決まったときのエリザベスのあの表情が今でも忘れられない。
 何故、あの時留まろうとしなかったのか。
 エリザベスを付きっ切りで看護していれば医者に殺されずに済んだはずなのに。
 リリはエリザベスの住んでいた屋敷に向かい、ピエロニ家の屋敷の門をくぐる。
 今はエリザベスの母と数人の使用人しか住んでいない。
 …どこか空気が重く、寂しい雰囲気がする。
 リリはエリザベスの母エレナの寝室に招かれた。
 案内をしたメイドは一礼して部屋を出る。
 ベッドから身を起こすエレナ。その姿は以前よりも酷くやつれている。

「奥様、お休みになられてください」

 慌てて駆け寄りいうリリ。

「リリ、もうエリザベスのことは聞きましたね」
「はい…」
「エリザベスが死んでから数ヶ月…まだ昨日のことのようです」

 エレナは手に持っていたタリスマンをギュっと握り締める。

「私がエリザベス様についていればこんなことには…」
「いいの、気にしないで。いずれ結果的にこうなっていたでしょう。主人は私とエリザベスが邪魔だったから…
 あの人は、この屋敷を奪おうとしていたの。
 リリ…私は先が長くないわ…だから貴女を呼び戻したの」
「奥様…」

 エレナはリリを見上げる。

「エリザベスが帰ってくるまで、この屋敷の管理をお願いします」
「えぇ!?」
「エリザベスはきっと帰ってくるわ、私の娘ですもの…」
「で、でも…。あっ…あの、まさか医者に取り憑いた悪魔って……」
「エリザベスに違いありません。
 あの子は私の娘…魔女の娘なのです、あの子も『魔女』の素質があった。
 …この街は良い街だわリリ…この新しい街に住む人間達は神への信仰心もなく土地には忌まわしい伝説もない。
 私たちにとって住みやすい街だった。
 貴女…私とエリザベスが魔女だと知って恐れますか?」
「いえ…恐れるというよりも驚きでいっぱいです…。」

 静かに答えるリリ。

「私にそのような大切な話をしてくださるということは、私を信用してくれているということ。
 とても嬉しいです…!エリザベス様が帰ってくるまで私、この屋敷を守ります!それがせめてもの償いです!」
「ありがとうリリ…貴女のような優しい人に出会えてよかったわ…」
「でも奥様、私わからないことがあるんです」
「なんですか?」

 リリは言いづらそうな表情をしながら、

「どうしてエリザベス様はあんな行為を…関係のない他人を…」
「残念ですが…死者というものはそういう性質なのです。
 あとは…そう、あの医者…あの医者のせいもあるでしょう…人間も死者も恨みがましい生き物なんですよ」

 優しくエレナは微笑んだ。



   ◆◆◆◆



「草が生えてきたわね。温度も低いし。いやー熱かったわねー砂漠は」

 花梨は苦笑しながら皆に言う。

「劇団はどっちに行ったんだろう」
「さぁ…でも大きな街に行きそうよね。とりあえずまだまだ街は先よインフェルノ」
「なに…早く風呂に入りたいのに…」

 ぐったりするインフェルノ。

「でもさ、インフェルノも丈夫になってきたじゃない。一日風呂に入らなくても気絶しなくなったし」
「妥協してるんだよ!!!」

 飛剛に叫ぶインフェルノ。

「もうここまで来たんだから川でもいい!服と身体を洗いたい!!!!」
「女かオメェは」
「あら聞き捨てなら無いわね青水、女の子でもそこまで言わないわよ」
「お前女だったっけ?うぎゃ」

 ワモッカの蹴りを腹に食らい、転がりまわる青水。

「オーバーなリアクションねー」
「水不足で弱ってるんだよ!」
「とりあえず川を探しましょうか。飛剛くん任せた!」
「はいはい」

 一行は飛剛を先頭に森の中へ入り川のあるところまで連れられた。

「あー生き返るわぁ♪」

 川の水を飲んで呟く花梨。
 インフェルノは黙って顔を洗う。

「近くに小さな滝があるのね。よし、今日はこの辺で休みましょう」
「ココから街へはどれくらいかかるんだ?」
「あと1日ぐらいかしら。」

 インフェルノに答える花梨。

「その街にあの女はいるだろうか…」
「そればっかりは行ってみないことにはわからないわね」
「でもさ、どうしてあの女が天使だってわかるの?」

 飛剛はうさんくさそうな目でインフェルノを見る。

「どこかで会った気がするんだ…知ってるような気がする」
「まぁロマンティック♪」
「一刻も早くあの女に会ってエリザベスをどうにかしてもらわないと」

 インフェルノはギリっと唇を噛み締めながら呟いた。








 夜も深けた頃、目を覚ますインフェルノ。
 横では飛剛と青水が寝息を立てていた。

「…水浴びしよう」

 寝ぼけた目を擦りながらインフェルノは川へ向かう。
 そこで顔を洗った後、ふと耳を澄ませた。
 遠くから水音がする。
 何も考えずに足を進めていく。滝つぼに近づいているらしく大きな水音がしてくる。

「あ…」

 思わず声を出してしまう。
 水浴びしていたらしい全裸の花梨が岩に腰掛けて夜空を見上げていたのだ。
 引き締まった白い身体は月明かりに照らされ寄り一層に白く輝いていた。
 まるで一輪の花を見ているかのような錯覚に陥る。
 だから花梨がインフェルノの方へ向いて微笑んでも反応できなかった。
 随分とマヌケた顔で花梨を見ていたかもしれない。

「あ…スマン、邪魔したな」

 背を向けるインフェルノ。

「水浴びしにきたんでしょ?一緒に浴びましょう」
「な…」
「夜中に女を一人にさせる気?」
「アンタなら大丈夫だろ…一人でも…」
「まぁ失礼ね。ほらほら脱いで」
「はぁ…?!」
「良いじゃない」

 ニコニコ笑って言う花梨。

「水浴びしたいんでしょう?泳ぐと気持ちが良いわよ」

 そう言って水の中へ飛び込む花梨。
 なんだか夢でも見ているのかと錯覚してしまうが、インフェルノは渋々服を脱ぐ。
 とにかく身体を洗いたい一心である。

「ズボンも脱いじゃいなさいよ」

 頭だけ出して言う花梨。

「えぇ?お前の前でなんで脱がなくちゃ」
「私の全裸を見たのに自分だけ半裸って不公平じゃないの」
「わかったわかった。向こう向いててくれ」

 ため息を吐きながら呟く。
 渋々全裸になり、インフェルノは川へ入っていく。
 その川の水は冷たく、心地よかった。

「石鹸があればなぁ…」
「水だけで我慢しなさい」

 苦笑する花梨。

「…なぁ…お前聖職者だろう?恥じらいとかそういうのはないのか」
「そりゃあ見られると恥ずかしいけど、貴方に見られても全然平気」
「どういう意味だ」
「どういう意味だと思う?」

 花梨はインフェルノに堂々と近づくとその手を握り締める。

「胸を隠せ…」
「興奮しちゃう?」
「誘ってるんだったら遠慮なく犯すぞ」
「あはは、男の子ね〜」
「うわ!?」

 無造作に花梨に引っ張られ、インフェルノは水の中へと引きずり込まれていく。
 水中の花梨の肌はもっと青白くなり、どこか人間離れした生物のような雰囲気がする。
 そんな花梨に魅入られたか、インフェルノは暴れることもなく花梨に引っ張られていく。
 花梨は微笑みながらインフェルノを引っ張るのを止めて抱きしめるとキスをする。
 ディープなキスであったが長かったのか短かったのかハッキリしない。
 そのまま花梨はインフェルノの手を掴んで上へと上がっていく。

「ぷはーっ …どうしたのインフェルノ?」
「……」

 黙って花梨を抱きしめるインフェルノに、花梨は首を傾げる。

「ヤりたい」
「随分と華のない言い方するのね…。キスで興奮しちゃった?」
「お前が誘ってるからだ」
「魅力的な女に誘われちゃ我慢できないわよね〜」

 ニッコリ微笑む花梨。
 そこでふとインフェルノは頭を抱え、花梨を押し離した。

「どうしたの?」
「やっぱりいい、ちょっとどうかしてた」
「優柔不断ね」
「おかしいな…なんだか夢をみているような…」
「月の魔力が私の魅力を倍増させてるのかしらね」

 揶揄うように言って笑いながら泳ぎ川から上がる花梨。

「お前は不思議な女だな。赤の他人の私に何故構うんだ」
「言ったでしょう、放っておけないの。苦しんでる人間と死者をね…迷惑?」
「助かっているが…見返りは欲しくないのか」
「別にいらないわよそんなのーあははは」

 全裸のままで岩に腰掛けて空を見上げる花梨。

「貴方、どうして人を殺していたの?楽しかったから?」
「別に。金が欲しかっただけだ。金があればある程度自由に生活できるから。
 冒険者が賞金のためにモンスターを狩るのと同じことだ」
「同じかしら。患者さんは貴方に助けを求めてるわけだし。」
「知らん。どうでもいいことだ、私が医者になったのは人間の肉を切る為だからな」

 ため息を吐く花梨。

「話を変えましょっか…えーと、貧乏な生活だったのね…」
「そうだよ…母さんは無理して働きすぎて死んだ。
 真面目に働いても貧しいだけ。だから私は暗殺の依頼を受けるようになったんだ。
 ただそれだけ、どこが悪いのかわからない。皆、私を悪にしやがる…」
「インフェルノ…」
「お前にはわからないだろうな…どうせ神殿で過ごして綺麗な部分しか見てきてないだろう」
「そんなことないけど。私、実は過去のこと覚えてないんだー」

 ニコニコしながらいう花梨。

「過去のこと…?記憶がないのか?」
「そう、私とクインスは森の中で倒れていたの。裸でね。
 目覚めたときはお互いに記憶も無くてどうしようかって途方にくれちゃったの。
 本当の姉弟なのかどうかもわからないわ。
 ただ神殿の人に拾われてそこで生活してるうちに自然とクインスが『姉さん』って呼ぶようになっただけだし。
 …あぁ、名前も神殿の人がつけてくれたのよ。
 私は恩返しのために旅に出たわ。布教活動の旅…宗教戦争が起こればそこに向かって戦ったのよ。」

 立ち上がり、服を着始める花梨。

「色々と黒い部分も見てきたけれど…うふ、考えてみるとやっぱり貴方と私は理解し合えないかもしれないわ。
 私は無償で善悪の区別をつけて何でも出来るけど、貴方は善悪の区別をしないものね」
「善悪…」
「貴方は『悪』を感じ取れないんだわ…だから平気で悪いことをしてしまうの」
「善だとか悪だとかは他人が決めることだろう」
「そうだけど、貴方そのままだと騙されてとんでもないことしちゃうかもしれないのよ?
 私そういうの見てられないなぁー…」
「勝手にしろ」
「素直じゃないわね」

 苦笑する花梨。

「人間誰しも罪を背負っているわ。インフェルノより悪いことをしている人間もいる。
 けれども今の貴方は異常なの。
 貴方の影はエリザベスのせいで地獄と繋がってしまっているから。
 貴方が悪事を働けば働くほど繋がりは強くなるの。それは異常な事なのよ。
 本来なら地獄の門を塞ぐためにそこに神殿を建てて地獄の門を封印しなくちゃいけないんだけど…
 人間の影に地獄の門が開くだなんて聞いたことないから、エリザベスを倒すぐらいしか方法が浮かばないわ」



   ◆◆◆◆



 コンコンっと軽いノックの後に男が入ってくる。
 手にしたトレイには飲み物とフルーツが乗っている。

「美しい夜空ですねラクリマ。
 ここに置いておきます」
「テンクウ…」

 窓際に座って夜空を見上げていたラクリマは振り返った。

「ありがとう…。今日は凄く綺麗な夜空だわ」
「この街…エミリアの空気が澄んでいるのでしょうね」
「ふふ…昔を思い出してしまったわ。夜にね、こっそり歌ったら怒られちゃったの」
「ラクリマ…」

 ラクリマはテンクウに悲しげな笑みを浮かべる。

「私はラクリマの歌が好きです、貴女の歌声には不思議な力がこもっている…」
「私の歌声を聴いて死ぬ人もいるの…私の声は呪われているのよ…」
「そんなことはない。ラクリマ…」

 テンクウはラクリマの頬に手を添える。

「貴女の歌声は魅力的だから団長は貴女を受け入れたんです…自分の歌声を信じてください」
「ありがとう、テンクウ…」

 テンクウの手に手を添えて涙を流すラクリマ。

「ゆっくり休んでください」
「えぇ…」

 テンクウは一礼して部屋を出て行く。

「……」

 再び窓から空を見上げるラクリマ。


  ―――歌ってはいけません


 祖母の声が脳裏に響く。

「……」


  ―――貴女は魔女なのだから……



「ごめんなさい…おばあさま……」



   ◆◆◆◆



「インフェルノと花梨がいない…まさか…花梨に養分を吸われてるのかな」

 飛剛は呟く。

「きっとミイラになって帰ってくるぜ」
「こわい」

 寝転がりながら、アホな会話をする飛剛と青水。

「…なぁ飛剛、多分俺はあと一回しかもたないと思う」
「あぁ凄く乱雑に扱ってたからね、そろそろ寿命でしょ」
「結構気に入ってたんだけどなぁこの身体…」

 天に手を翳す青水。

「気に入ってたんなら大切に扱いなよ」
「うるせー。俺流なんだよ。畜生、寿命が来ちまったのはレイのせいだ!」
「またレイのせいにする…そんなにレイが好きなの?」
「 大 嫌 い 」

 飛剛に詰め寄って述べる青水。

「あいつの目が気にいらねぇー!人をバカにした目だしよォ!俺よりカッコイイと思ってやがるし!
 頭脳も顔も強さも俺が上だってーの!」
「青水、被害妄想って言葉知ってる?」
「妄想じゃねぇ!」
「じゃあ、ストーカーって言葉知ってる?」
「あー止めた止めた。お前と話してるとイライラする」

 目を閉じる青水。

「僕らってとってもお人よしだよねー」
「お前のどこがお人よしなんだよ。ま、旅は派手な方がいい。おやすみ」
(物好き……)

 飛剛は青水の横顔を眺めながらため息を吐く。
 何でもかんでも頭を突っ込んでいくのは彼らしい。
 後先考えずとも無理矢理突破していく強運の持ち主だ。いつかは自滅しそうだが、それはそれで彼らしい。
 インフェルノがどうなろうと知ったこっちゃないのだが、青水は助ける気満々である。

(氷のクセに暑苦しいんだよなー…)









「夜中にお前ら何してたんだ?ナニか?」
「やーねー青水ったら!水浴びしてただけです」

 馬に跨った花梨は青水に言う。

「…そうだろうな、ヤってたら今頃インフェルノは…おっと」

 慌てて口を押さえる青水。

「なんだ?なんなんだ…?」
「誤解を生む言い方止めてよ。死んでるともいいたいわけ?」
「いや、養分を吸われてミイラ…うっ!」

 問答無用に馬に蹴られる青水。

「……」

 インフェルノは疑惑の目を花梨に向ける。

「ちょっと!そんな目しないでよ嘘よ嘘!」
「そ、そうか…お前ならできそうだと思って疑ってしまった…」
「あんた達私のことなんだと…」




 そんなこんなで一行は森林の街エミリアに辿り着くのであった…



END


↓↓↓当時のあとがき↓↓↓
なんかこう、花梨との絡みも書きたかったんです。
↑↑↑ここまで↑↑↑

この回は「なぜザンが裸族なのか?それは彼女のせい」という設定の説明回だったんです。
花梨は裸族なので全裸で接触してくるんだぜ、という話。
インフェルノが女性の身体に全く反応しなかったのは危機察知能力が働いてたんですねぇ…。
手を出してたら搾り取られてミイラだったよ。
花梨は植物系の人間なのであった。ドリアードの亜種みたいなやつ。全裸で獲物を誘う系。

当時掲載した第六話原文→こちら