インサニア視点
こちらに話を持ち掛けずにさっさと通報でもしていればよかったんだ、とインサニアは彼の行動を非難する。
お金が必要で、患者を殺す依頼を受けるようになって…バレやしないと思っていた。
マリサも使って、上手くやっていたはずなのにあいつは気づいた。
そのまま黙っていてくれればいいのに、妙な正義感からかこっちを責めてきて。
バレるのが嫌で咄嗟に殺してしまった。
依頼で殺したのとは違う、初めて自分の手で人を殺したという実感が生々しく感じられた。
その生々しさに妙に興奮を覚えたのだ。
その興奮に懐かしさを覚えて、どこでだったかな?と疑問を浮かべ。
強盗の犯行に見せかけようとして持ち去った財布の中にあった身分証から「マルク=レーニ」という名前だと知り、こういう顔だったのかとそこでやっと相手の顔をまともに見たのだ。
その日みた夢は、幼い頃にネズミをズタズタにしてドブ川に投げ込んで遊んでいた日の夢だ。
インサニアはあの興奮はこの時の興奮と似ていることを思い出した。
その遊びを止めたのは、母に叱られたからである。
インサニアは捕まった。
動機を聞かれたので「私のやってきたことで揺すろうとしてきた」のだと言ってみたがどうもそういうことをする男ではないらしい、ということが解った。
インサニアは「マルク=レーニ」という男をまったく知らないのだということに気づいて、少しざわざわと心が薙いだ。
言い逃れ、知らない振りは出来ない。
殺してしまったことは事実であり、目撃者がおらずとも証拠が残っていたのでどうすることもできないだろう。
バレたら叱られる、ということで頭がいっぱいになってしまう。
母に怒られる、母に怒られたくない、叱られている時が一番の苦痛だった、叱らずに甘い言葉を囁いていて欲しいのに。
「母さんには言わないでくれ、叱られてしまう」
インサニアの呟きに担当は首を傾げた。
母親はだいぶ前に亡くなっているのだ。
「叱られたくなくて殺したのに、それが余計な事だったのかもしれない。」
お前の母親はもう死んでいるはずだが?という担当の当然の問い。
「ああ、死んでいる。けど、母さんは僕を許してくれてないから僕は許してくれるまでお金を集めなくちゃいけない。
なのにあの男が、邪魔をしようとしたから…」
インサニアの目は暗いままだ。
急に雰囲気が変わったわけでもない。一人称が変わって少し声色が柔らかくなっただけ。
すべてを諦めたインサニアが素の状態になったからだ。
「もうおしまいだ、お金の集め方もバレてしまって。余計なこともしてしまって…」
毎夜夢に見る。
マルク=レーニを殺す夢。
心地よくて浸ってしまう、首を締め上げて死んだ顔は興奮するし、あえて顔を潰す様に何度も石を振り下ろすのも良い。
ナイフで滅多刺しにするのも気持ちが良かった。
色んな殺し方、色んな嬲り方、ずっと夢に浸って壊し続けたい。
時たま絡み合う幻覚を見るときもあるが、そちらは情報不足でふわっとしすぎていた。
どんな顔をするのかも、どういう話をするのかも、知らない。
彼のことを何も知らない。
どうやって殺したのかも、記憶にない。
頭の中が真っ白になっていて、どこをどうやったのか、解らない。
記憶に残っているのはドブ川まで引きずり、財布を抜いて投げ捨てたところだ。
ひどく興奮していたのを客観的な感覚で覚えている。
性的な興奮だ、殺したことに歓びを感じていた。
―――殺さなければよかった。殺さずに、家に連れ込んで監禁して、嬲っていればよかった。こんなに妄想では楽しいのだから!
「うっあ、あぁぁぁ…」
頭を抱えてインサニアは声を上げる。
苦しい。見ず知らずの男に苦しめられている。
もういない男に。母とは違って、何をすれば許してくれるのか。
そもそも赦しは必要なのか?
自分は、興奮を二度と得られないから苦しんでいるのではないか?
そうだ、それだ。もうあの男はいないのだから。
苦しい、もう一度、あの興奮を得たいのに恐らくもう得られることはないのだろうという絶望。
それが苦しいのだ。
ああ、どうして、どうして殺してしまったのだろう。
もう一度会いたい。
あとがき
殺し方とか捨てる所とかサクっとマイルド表現にしました。