Ragnarok Online

幻影

 窓から海が見える。
 その美しさに…一枚の絵のようだ、と男は呟いた。
 その男は常にスマイルマスクをつけて、キャップを目深に被ったブラックスミス。
 外ハネの赤毛が風に揺れる。確か元々は金髪だったが、身体を乗っ取るとどうも『変化』してしまうらしい。
 彼は人間に寄生して生きる魔族。
 何十回とも繰り返しいつしか彼自身、記憶の中の本来の姿は薄らいでいる。
 その姿に実感が持てない。まるでおぼろげ、まるで幻影。
 彼を知るものはこう呼ぶ、『虚無の幻影』と。

「ん…」

 シーツの擦れ合う微かな音と、男の呻き声が聞こえた。

『起きたかぃ?テイパーくん』

 ブラックスミス――虚無の幻影はぐぐもった声と妙なアクセントで、ベットの上に寝ている魔導師テイパーに呼びかけた。


   ◇◇◇◇


 幻影はよく酒場に来る。
 別に酒目当てではない。色んな人間が集まるところが好きなだけなのだ。
 集まるだけではダメである。いろんな感情が犇めきあっていなければ。
 彼は人間の感情を糧としているし、商品として取り扱っている『感情屋』でもあった。

『おやテイパーくん』

 幻影は見知った顔を見つけて、横に座った。
 氷の魔導師テイパー。
 孤独を好んで、他人との接触を極度に嫌っている。なのにここにいるのはただ酒に溺れたいだけなのだ。
 幻影と会う時は大抵幻影が一方的にしゃべってテイパーは話を聞き流している形。
 そういう場合、大抵テイパーは酔いつぶれてしまう。
 今日もそうだった。

『テイパーくん、宿をどこか取っているかぃ?』

 揺すりながら問う幻影。

「うざい…消えろ」
『ははは。取ってないよぅだねぇ…仕方ない。とりあえず運ぶよぉー』

 幻影はテイパーを背負って店を出る。
 ふと、海の匂いがするのに気づくテイパー。
 どうして幻影から海の匂いがするのだろう。
 混濁する意識の中、ふとそう思う。
 けれども、自分には関係がない。そう判断した脳はそこで思考を断ち切る。
 ……関係あるのは、こいつが姉を殺したことなのだ。

「げんえい……」
『?』

 テイパーは据わった目で、

「姉さん返せ」

『…酔ってるね。もうその話は終わったでしょお』
「姉さんを返せ返せ返せ返せ」

 ぎゅうぅぅ…っと、幻影の襟を握り締める。

(寂しいんだねぇ……)

 孤独を望んでいるのに、寂しさに押しつぶされる。酒を溺れるほど飲むのはそのせいなのだろう。

「姉さん……」
『私は殺してないよぉ…』
「姉さんの魂返せ。俺のモノだ!」
『テイパーくん!』

 幻影は裏路地に入り、テイパーを下ろす。

『私は魂を持ってはいないよぉ。彼女は私に感情だけくれたんだよ…』
「殺したくせに!」
『殺してはいない…あれは事故だ…事故なんだよ……私が君の姉を殺すはずがない』

 テイパーは幻影を睨んでマスクを奪う。
 彼の表情は分からなかった。だが、いつも笑っているその口元が引きつっている。

「もっと悲しそうな顔してみせろよ!」
『……』
「姉さんはココにいるのか?」

 幻影のギラギラ輝く紅い瞳に触れる。人間の目がついているはずのその部分は宝石のようなモノがついていた。
 仮面をつけるのはこの目を隠すためなのだ。そしてその目は冷たく、硬かった。

『君に全て渡した…』

「嘘だ…まだいるはずだ。お前の食った分…返せよ」
『…じゃあ、孤独をくれる?』
「……」

 首を振るテイパー。

「金でもアイテムでもなんでもくれてやる…」
『感情じゃないとイヤだよ…』

 胸が苦しい幻影。
 どうしてこの男は、姉と同じ顔をするのだろうか。


   ―――また会いましょう、幻影。


 そういって会えなかった、テイパーの姉…。
 すれ違い…そう、いつも自分はすれ違って……。


 人魚に恋をした王子は海に沈み、王子に恋をした人魚は陸へと上がる。


『寂しいんだろう…テイパーくん…』

 幻影はテイパーを抱きしめる。

『私と一緒に来るかい…?』
「……」

 返事はない。

「俺が寂しがっていると…?」
『寂しいのを紛らわせるために酒を飲むんだろう?』
「………満たされない」

 涙を流しながら呟くテイパー。

「そんなんじゃあ満たされないんだよ……」

 幻影にしがみ付く。

「…しばらく、こうしていてくれ………」



    ◇◆◇◆



『テイパーくん、寝ちゃった?』
「…どこ?」

 ベットに寝かされて、テイパーはうめく。

『アルベルタの、私の家さぁ…』
「家、あったのか…」
『昔買ったんだよ。海の眺めが綺麗でねぇ…今は夜だから、月が綺麗――』

   ぼす。

『………?』

 テイパーにベットに押し倒される。

「海の匂いがする」
『…そうかい?』
「…家の中ぐらい…帽子とマスク取れよ」

 幻影から奪うテイパー。
 けれども、部屋は月明かりぐらいなので顔が分からない。

「…どうして姉さんはお前に惚れたんだ」
『テイパーくん…』
「わかんねぇよ…」

 テイパーは幻影にキスをする。
 酒の味が濃い。

『酔ってるねぇ…』
「姉さんを抱いたか?」
『いや…そういう関係までは行かなかったよ…私の身体は借り物だからね…』
「お前の身体はどこにある?」
『海の底』
「今度、引き摺り上げてやる」
『んぅ…』

 うなる幻影。
 テイパーは角度を何度か変えて幻影にキスをする。

『だめだ…借り物だよ?この身体は君の知らない男の身体だ…』
「でも今はお前の身体なんだろ。好き勝手に感情を売りさばいてるくせに……」
『テイパーくん!ち、ちょっと待った!!!』

 幻影が慌てている。
 それでも笑みを絶やさない男。口が裂けてしまっているだけなのだろうが。
 思うように表情が変えられないのは辛いかもしれない。

「なんだよ…」

 据わった目でテイパーは幻影のズボンのファスナーを開き、中身を取り出す。

「俺だって…これぐらいできる」
『そうじゃなくて…!なんでこうなるのかなぁ!?』
「るせぇな、俺は俺の好きなようにやるんだよ」
『だからって…この身体は私のじゃあないんだよぉ?』
「でも、中にいるのはお前だろ」
『いっ……』

 舌先で、先端を舐め始めるテイパー。

『ま、待っておくれ…』
「るせぇよ」

   くちゅ…

『ひぁっ……』

 テイパーの頭を押さえ込むように、悶える幻影。

「ん……」

 裏側も舐め上げ、先端から零れ始める蜜を指の腹で拭う。

「なんだ…バケモノでも感じるんだな…。人間の身体だからか?」

 幻影の顔に詰め寄り、紅い瞳を舐める。
 冷たかった。

『テイパーくん…だめだよぉ…こんなことしちゃあ』
「子供扱いすんじゃねーよ。」
『っ…』

 再びのキス。

 しかし、今度は拒まずに、幻影はテイパーを抱きしめた。

「ん、んっ……」
『はぁっ…テイパーくん…』

 幻影はテイパーを押し倒す。

『私はね…私は…トリアを殺してはいないよ…』
「姉さんの魂を喰ったくせに…」
『私は魂を食さない。それに…トリアを食べるだなんてできないよぉ?私は…本当にトリアを………』
「バケモノが姉さんに恋するから、姉さんは死んだんだ!」

 テイパーは幻影を殴る。
 それで一気に思いが爆発したのか、何度も何度も幻影に拳を打ちつけた。

『君にトリアの全てを返した』
「嘘だ…どうして…どうして姉さんは俺よりお前を選んだ…?どうして…バケモノなのに……」
『人魚姫の話をしっているかい?』
「あ!?」

 幻影は乱暴にテイパーをひっくり返し、手首を締め上げる。

『お伽話も実話かもしれないよぉ…。』
「な…に…?」
『……私のモットーはギブ&テイク。一方的な快楽はいらないよ…。

 私が与えてやるから…その快楽に染まる感情をおくれ…テイパーくん………』

「なっ………」

 秘所に幻影の舌があてがわれ、指が侵入してくる。

『怖い…?君の感情は美味しいね…トリアも美味しかったさ……』
「んくっ…」

 必死に声を出すのを堪えるテイパー。

『大丈夫……』
「げんえ…い……」
『大丈夫だから…』

 耳元で優しく囁かれる。
 いつものからかうような声色ではない。真摯的な声。
 そうやって姉と語り合ったのだろうか?

「…あっ」

 押し開くように入ってくる。
 ゆっくりと―――

『大丈夫…』
「あっ…あぁ……」

 身を捩るが、幻影が許してくれない。
 しっかりと、逃さないと言わんばかりに強く押し付けられる。

『入ったよ…』

 動きが止まる。

「はぁ…はぁ……うあ!」

 身体を持ち上げられるテイパー。
 ずんっと、もっと奥に入ってくる。

「く、くるしい……」
『あ・・・ちょっと中で切れたかな…血が出てるねぇ…』
「ぁ…」

『これから気持ちよくなるんだよトリア』
「んぐ」

 ムリヤリ顔を向けられて、キスをされる。

(俺は―――姉さんの代わり?…いや、それは俺が望んだこと………)

 多分、幻影に恋をする女は稀であろう。
 よぼどの他人を観察する目をもっていないと、幻影の見えていない部分に気づかない。
 そして、姉と…自分はそれに気づき…惹かれたのだ、この王子様に。

「げ・・・んっ!あぁぁぁぁぁ!!」

 激痛とともに、快感が押し寄せてくる。
 ベットの軋む音と自分の喘ぐ声がイヤに耳にこびり付く。
 その耳に幻影の舌が這うのだ。
 舌があったのか、とどこかで冷静な自分がいる。
 いつも…自分は熱中などしなかった。ただ、氷のように冷たく、何かを観察するようにしていた―――
 この行為も…熱に翻弄されながらも、どこか冷めた自分がいる。

「ぜ…んぜん、気持ち、よくなっ…イ!」
『…?』

 テイパーは幻影を睨む。

「もっと…気持ちよくさせろよ……あぁぁ!」
『……分かりました。お客様』

 からかうように答えて、幻影は動きを早めた。



    ◇◆◇◆



 「私はヴィクトリア。あなたは?」

  女剣士が、ふいに問うてきたのだ。
  顔見知りの客。幻影はいつも通りに名のる。

 「そうじゃなくて、本当の名前よ。あるんでしょ?」

  その時の笑みが、愛して愛して…生まれ変わってくるのを待っているほど愛した女と同じだった。




『あぁ……』

 幻影は顔を手で被う。
 横でテイパーが両手首を縛られたまま、ぐったりと倒れている。

 コンナ感情イラナイ。欲シクナイ。

「泣いてんの…?」

 テイパーは呟く。

『泣いてはいないよぉ……悲しいだけさぁ……』
「なんだよ……ノって犯しまくったクセによ……」
『…私はどうすればいい?君に詫びねばならないのかな?……君からお姉さんを奪ってしまった償いを』

 幻影はテイパーの手首を解放する。

「姉さんは…アンタに惚れてたんだろ」
『あぁ……素敵な女性だったよ…』
「……俺、この家にしばらくいる」
『え?』
「いるっつってんだよ」

 それだけ言って、テイパーは眠ってしまった。




 幻影は主にプロンテラで露店を開いている。
 だから朝食を共に済ますと、すぐ幻影は出て行ってしまう。
 テイパーはずっと家の中で過ごした。
 窓も開けようとせず、ただベットに寝そべって酒を飲みながら幻影の部屋から勝手に拝借した本を読んでいる。
 別にこれといって面白い本はなかった。

(あんな男がこんなモン読むんだなぁ……)

 もちろん、ただ置いてあるだけかもしれない。
 一度聞いてみたら、人間だった頃に愛した女のモノを買い揃えたらしい。
 それを読んで何を思っていたのかを考えると楽しいらしいのだ。
 姉のことは? と聞き返すと黙り込んだ。

 ―――本当に姉のことが好きだったのだろうか?

「…幻影」
『?』

 テイパーは時たま品物を確認している幻影に後ろから抱きつくことがあった。

『ちょっ…テイパーくん…!』

 テイパーの手が幻影の胸元に滑り込み、片方が股間に触れる。

「抱け」

 それだけ言って、ベットでコトを済ませる。
 酒に溺れているよりも、こっちの方が良かった。
 終えた後の気だるさが思考をストップさせてくれるからだ。
 抱かれた後はいつも幻影は泣いているようだった。
 涙なんか見たことないが。

(抱かれてるの…こっちなんだぞ……)

 バケモノの考えなんて分からない。
 一ヶ月くらい、繰り返していると日常化してきた。
 身体の方も幻影に慣れてきたらしく、快楽を引き出そうと勝手に身体が動くようになる。

「はぁっ…幻影…!!」

 幻影は黙って相手をしてくれる。
 全部分かっているのだ、幻影は。
 寂しさを紛らわせるのを手伝ってくれているのだ。
 でも、もうこんな行為じゃ満たされなくなってきた。

「…もう、そろそろお前のところに行く」

 ぐったりとした身体…掠れた声で小さく呟くテイパー。
 幻影には聞こえなかったらしい。彼はまた泣いていた。









 アルベルタの海は綺麗だ。浜辺がないのが惜しまれる。
 イズルード行きの船に乗って…テイパーは海を覗き込んだ。痩せ細った自分が映る。
 ここまで痩せたのか…部屋からでず、酒しか飲まず、セックスに溺れていたからか。

「そっちに行くからな……」

 テイパーは海へ倒れこむように落ちていった―――



    ◇◆◇◆



『むちゃしないでおくれ…』
「げん…えい?」

 びしょ濡れで、二人はアルベルタの港にいた。

「おかしいな…お前じゃなくて、海の底にいるお前の所にいこうとしたんだが」
『バカをいうんじゃないよ……海は広いんだからねぇ』
「…俺の時は助けてくれるんだな」
『もう、繰り返したくないものなんだよ……』

 幻影はギュッとテイパーを抱きしめる。

「あったかいな…お前」
『何を今更…』
「抱かれてる時…あんまよくわかんなかった」
『え…? そうなの?』
「もう一度だけ…抱いてくれ」

 テイパーは幻影にしがみ付いた。



   ◇◆◇◆



 窓から海が見える。
 その美しさに…一枚の絵のようだ、と幻影は呟いた。
 スマイルマスクをつけて、キャップを目深に被った幻影。
 窓から流れてくる風が彼の髪を揺らす。

「ん…」

 シーツの擦れ合う微かな音と、男の呻き声が聞こえた。

『起きたかい?テイパーくん』

 幻影はぐぐもった声で、ベットの上に寝ているテイパーに呼びかけた。
 テイパーは疲れた顔で幻影を見る。

『おはようテイパー』

 幻影の横に姉が見える気がした。
 光が生み出した幻なのだろうか―――
 幻影に抱けといったのは…姉の感情を全て幻影から奪ったからだろうか。
 等価交換…それが幻影のモットウ。自分は奪ってばかりだった。

『もう少し寝てなさい』

 幻影の手が姉の手のように思えて、テイパーはその手を握った。

「…俺が女だったら…お前の嫁になってたかもよ」
『…ありがとう。でも、私と人間の時間の流れは違うんだよね……』
「俺は魔導師だ」

 テイパーは幻影を見る。

「何百年も生きてやる。そう、必ず……」
『テイパーくん……』
「姉さんの感情を持ってるのは俺だけだ。だから、だから……」
『私のために生きてくれるな…私にはなんの価値もない。』
「そんなこというんじゃねーよ!」

 幻影に抱きつくテイパー。

「お前に姉さんは惚れたんだぞ!そんなこと言わないでくれ…!」
『ごめん…ごめんね…ごめん…………』

 幻影はあやすように言いながら…テイパーを抱きしめた。優しく――――




END


↓↓↓当時のあとがき↓↓↓
教会のカップリングの中では割とまともな二人なんじゃないでしょうか。
ほら、なんかテイパーも幻影も常識的ですし…!
↑↑↑ここまで↑↑↑
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