フレッド=クラレンスの日記 -前編-
紅い…全てが紅い世界。
血の赤さと夕日の赤さが混じった世界だ…。
そこで私は立っている。
これは夢だ、良く見る夢………
「うぅ…」
無意識に呻き声を上げながら、私は目覚めた。
視線を這わせる。本と医療器具が並び薬の匂いが染み込んだ部屋。
もはやその匂いにも光景にも慣れてしまった。
魔道医を始めて数年が立つ。まだまだ私は若い方で経験も浅く、訪れる患者は少ないといっていい。
それでもやっていけるのは無欲なせいであろうか。
古びた建物内にあるこの自室兼診療室の中で必要最低限の生活。
―――私は外に出るのが恐ろしい。
私の目はおかしい。歪んで見えるのだ。
弱視だとか、そういうことではない。
物や内臓は普通に見える。ただ人間の姿が歪んで見えるのだ。
奇形の者から全く人間の形を留めてない者まで姿は様々で、子供の頃はそれが普通だと思っていた。
私の脳にはどこかしら障害があるのかもしれない。
『クラレンスさーん寝てるー?』
よく通った声とともにノック音が聞こえてくる。
「レーキか、待て。今あける」
私は立ち上がりすぐそこの玄関のドアを開く。赤髪の剣士が立っていた。
彼の名はクリムゾン=レーキといって元患者。たまにこうしてやってくる。
彼の姿は普通に見えるので貴重な人間だった。
「あぁ、寝起き?」
大きな目で私を見上げながら問いかける。
その視線の先に気づいて、私は髪を撫でた。寝癖が付いていたようだ。
「寝起き」
髪を撫でながらそれだけ答え、私は彼を中に入れた。
彼が鍋を持っているのに今頃気づく。
「差し入れか?」
「うん、暖めてくださいってさ」
鍋をテーブルに置きながら言う。
「礼を言っておいてくれないか…」
「感激してたって伝えておくよ」
「いやそこまで言われると私が極貧のようじゃないか?」
「似たようなモンじゃん」
「……」
私は言い返すのが面倒くさくなって黙り込んで椅子に座った。
レーキは勝手に紅茶を入れ始めている。
…恥ずかしいことだが私はまったくといっていいほど自炊といったことが出来ない。
人間には得意不得意というものがあるのだから仕方が無い、と割り切っている。
掃除も苦手だが職業上頑張るしかない。
ともあれ、レーキの相部屋の友人が料理上手ということでよくこうやってお裾分けを頂くことがあるのだ。
結構助かっている。食費が浮くし。
「クラレンスさんって起きてる時は何してんの?」
「遊んでいるように見えるか?」
「結構見えてるよ」
「おい」
「ははは、冗談冗談」
人懐っこい笑みを浮かべて紅茶を渡される。
「患者がいない時は医学の勉強だな。いない方が多いからずっと勉強しているわけだが…」
「外に出たりしないの?」
「あぁ…ここにいるほうが落ち着くんだ」
「ふぅーん。でも外に出たほうがいいんじゃないかな?気が滅入って病気になっちゃうんじゃない?」
「今度な」
「そればっかし」
レーキは苦笑しながら紅茶を飲み干し二杯目を注ぐ。
私はゆっくりと紅茶を飲む。
レーキとの会話は心が安らいだ。レーキの姿が化け物に見えないからかもしれない。
このままの生活でも私は満足であった。
なのに……私の『目』は悪化していくばかりだったようだ。
『…レーキ、いますか?』
「サティ?」
「誰だ?」
聴いたことのない声に私は戸惑う。
何故戸惑ったのか、『彼』を見たときにその理由がわかるのだが。
「俺と一緒に暮してるクヌム=サティスっていう子。」
「あぁ、料理を作ってくれる…」
「そうそう」
レーキは無邪気な笑みを浮かべてドアを開けにいく。
「どうしたんだサティ?」
「これも持って行くの忘れてる」
包みを持って入ってくる青年の姿を見て私はカップを落としてしまった。
カップが割れる音に二人が同時にこちらへ視線を向けてくる。
私は真っ青な顔で彼を見つめていたに違いない。
サティという青年は全身を濡らし、水を床に滴らせていた。
その肌の色と相俟って、まるで水死体のようだ。
「大丈夫か!?」
レーキとサティが駆け寄って、レーキはカップの破片を片付け始め、サティが私の肩に手を置いた。
その冷たさにゾクっと嫌悪感が走り抜けて、私は思わず彼の濡れた手を払ってバランスを崩し倒れてしまった。
払った感触が気持ち悪い。
―――なんだ、見えるだけではないのか?感じてしまうのか?
―――なんなんだ?私の目は………!
「クラレンスさん…」
「ひっ…」
サティが顔を覗かせに来て、私は情けない声を出してしまう。
「……」
黙って、彼は指を指す。
その方向へ導かれるように、私は視線を向けた。
古い鏡が立てかけてある。
新しい鏡と取り替えて、捨てようと思ってそのまま放置してしまっていた鏡。
そこに映るサティと何か。
私がいない。
私がいるはずの場所に、血を流した醜い奇形がいた。
飛び出しているような二つの眼球が私を見ている。
まさか…
まさか…… ?
私は手で顔を探る。奇形も同じように探っている。
「貴方は見えてはいけないものを見てしまう、可哀想な人ですね」
頭を掻き毟って悲鳴を上げている私の耳に、サティの声が流れ込んできていた。
見えてはいけないもの…具体的には何のことだろう?
鏡を見つめながら私は考える。
今映っている姿は正常な姿であった。
どうして化け物に見えたのだろう。やはり私はどこかおかしいのか?
…正常ならばこんなことにはなっていない、どこかがオカシイのだろう。
治し方が分からない。
精神的な問題なのだろうか?しかし薬を使う気は起きない。
軽い安定剤を使うことにしよう…。幾分か落ち着くかもしれない。
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落ち着いてはいるが不眠が続く。
現実で抑えられているモノが夢で爆発しているかのようだ。
眠れない。
睡眠薬を使うことにする。
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薬、もっと薬が
欲しい
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化け物を殺した。
内臓は人間と同じものだ。
化け物だったのにしばらくすると普通の人間に戻っていた。
あぁ、患者だったのにどうして殺してしまったのだろう。
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睡眠薬代わりに麻薬を使ったのは不味かったかな。
どうしてそれを選んでしまったのか。いや理由はわかっているのかもしれない。
そうだ、死体をどうにかしなくては。
どこかへ捨てに行くのは面倒だからここに捨てておこう。私がどこかへ行けば良いだけだ。
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わたしの名前が思い出せない。なんだか考えることが億劫。
新居は無事に手に入れた。前と同じ広さだけれど職業に必要だった道具がないので広すぎる気がする。
大家も化け物だった。
もうぜんいん、おれもふくめて、ばけものなのかもしれない。
身体がダルい。薬が切れ始めているようだ。
薬の量はあとわずか、さてどうしよう
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気持ちイイ。
おんなの血で、全身を汚しながら黄昏の中を歩いた。
夢と同じ光景。
夢はこれを暗示していたんだな。
なんだか酷く眠いので少し眠ることにする。
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↓↓↓当時のあとがき↓↓↓
ジャックの過去でしたー。一人称でなくても良かったような?まぁいいか。
アヘン中毒になると便秘になるんですか。
恐ろしい…なんて恐ろしいんだ…………(ぉぃ
↑↑↑ここまで↑↑↑
変な表現を修正しました。それ以外の変更はないです。