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汽車は走る。
赤い空の街から逃れる為に。
「酷い…」
花梨は唇を噛み締めながら変わり果てていく街を見ていた。
忌まわしい気が、瘴気が街を包み込んでいっている。
たった一人の少女の力で、街は一変してしまったのだ。
「すまない、もう大丈夫だ」
インフェルノに治癒魔法を施されていたテンクウは身を起こしながら呟く。
「本当に大丈夫なの?よくあの攻撃を受けて無事だったわね」
「あ、あぁ…咄嗟に…ね」
歯切れ悪く呟きながら誤魔化すように苦笑するテンクウ。
「あ、そうだ。テンクウさんのペンダントを返さないと…」
花梨はごそごそとスカートのポケットからペンダントを取り出す。
何かの拍子でポケット内で開いていたらしく蓋が開いた状態だった。
「あら、ロケットペンダントだったの?」
「!」
花梨が蓋を閉めようとした時だった、ペンダントの中から淡い光が伸びて花梨の目に当たる。
それは網膜から脳へ伝わり―――大量の情報を花梨へ提供する。
理解できない文字や設計図…その中で唯一解った古代語があった……
「これは…何…?ユミル…?」
呟く花梨。
「なんでもありません」
テンクウは花梨からペンダントを奪う。
「頭の中にいろいろ入ってきたわ。」
花梨はテンクウを見る。テンクウは暗い顔をしながら後ずさった。
「あの文字はルーン文字ね?…そうだわ聞いたことがある、魔道兵器ユミルの話」
「やめてください」
「いいえ、これは重要なことだわ。貴方はまさか、死神一族 …?」
「死神一族って…?」
ラクリマは首を傾げながら花梨とテンクウを見る。
「死神一族は死神の血が混じった人間の一族のことよ。
神の血が混じっているけれどもその性質上の関係で闇の中で生きていく影のような一族。でもその一族は……」
「貴方達、神殿の手により一族は絶えた、となっています。私は、その一族の数少ない生き残りですよ」
小さく呟くテンクウ。
「なぜ神殿が…?」
「およそ1000年前、とある大陸で巨大魔道兵器が開発された。
でも強すぎた故に神、人間、そして魔族の三つの勢力が手を合わせて封印したというわ。
でも封印後、死神一族はその製造データを手に入れたの。理由はわからない。
それに怒った神々は神殿の者に命じ、死神一族は断罪されたと聞いている…。
まさかテンクウさんがその生き残りだったなんて…」
「…このデータは不完全です、逃れているときに一族は情報を分けてバラバラに逃げたと聞いています。
だから、わたしには関係の無い話です…」
ペンダントを握り締めながら呟くテンクウ。
「じゃあそのペンダントを渡して」
「お断りだ。これは我々の一族がこの世に存在するための理由だ!」
「災いを生む種にしかならないわ!」
「確かにそうでしょう、けれども私は世界をどうこうしようという意志はありません。
ただ…普通の人間として生きていただけ…貴方が見逃してくれれば、私は…」
「あ…テンクウが血まみれで倒れていたのはまさか」
ラクリマは悲しそうな顔をする。
初めてであった、あの森の中でテンクウは血まみれで倒れていた。
魔物に襲われたといっていたが…まさか…。
テンクウは、ラクリマに目もあわせようともせず、そのまま小さく頷いた。
「神殿の人間に追われていました…。ユミルがどうのこうのじゃない、あなた方は死神一族が邪魔なんだ。
問答無用で一族は殺されていった。そう…我々は貴方方から見れば脅威だ。
死神の鎌に狩られたらどんな聖者でも冥界にしかいけないから」
テンクウは花梨を睨む。
「確かに貴方の一族は危険だわ、不条理な死しか与えないもの。聖職者として貴方を放っておけません」
「……」
手を翳すテンクウ。
スっと黒い大鎌が現れ、それを握る。
今まで使っていた不可視の武器の正体であろう。
「貴方を斬って、生き残る」
「やめてテンクウ!お願い」
花梨の前に立ちはだかるラクリマ。
「わたし…貴方のそんな姿みたくないの…優しい貴方が好き。お願い、お願いよ…」
「ラクリマ…」
ポロポロと涙を零し始めるラクリマに、テンクウは顔を歪める。
「花梨」
飛剛が花梨の肩を掴む。
「見逃してやりなよ。悪さをしたのは1000年前の人間でしょ。テンクウじゃない」
「う…うーん…。不本意だけど、仕方が無いわね」
槍を下ろす花梨。
「…すまない」
鎌を消すテンクウ。
「私はラクリマを悲しませてばかりだ。本来のわたしは、こっちだから」
「テンクウ…」
テンクウは不意に厳しい表情になる。
微かだが悲鳴が聞こえ始めた。
「この気配は…?」
花梨もハッとする。
「いけない!車両の中にあのネズミが潜んでいたのかもしれないわ!いくわよ!」
槍を手に取り、後部の車両へ向かう花梨。
「インフェルノ、こいつ使って。僕には邪魔だから」
飛剛は青水の刀をインフェルノに渡す。
「使えるのか?冷凍人間になったりしないか?」
「インフェルノは不適合者だから青水にはならないよ。不適合者にはこの剣はただの魔法剣。
氷心剣ではなくただの氷牙剣だ」
『丁寧に扱えよ!』
「煩い魔法剣だな…」
「わたしと飛剛くんは空の敵を殲滅した方がいいかもね」
ガルバは窓から外を見ながら呟く。
赤い塊が空を飛んでこちらに向かってきていた。あの化物だろう。
「じゃあガルバと僕は外に行くから、インフェルノは花梨の後を、テンクウは前の車両をお願い」
「わかった」
頷くインフェルノとテンクウ。
「じゃあ行ってくるね」
ガルバと飛剛は外へ飛び立つ。
「ラクリマ、何かあったらいけないからお守りの蛇を…」
「へ、へびぃ!!?」
何やら懐から蛇を出してくるテンクウにビビりまくるラクリマ。
これがあの時テンクウを守ったのである。
「噛まないよ。わたしのペットだから。大丈夫大丈夫」
「お前は服の中に何を飼ってんだ」
さすがに引いてるインフェルノ。
「死神一族は守護獣としてペットを一匹飼う習慣があるんだ」
「それに蛇を選ぶお前のセンスが問題なんだな…」
「ラクリマ、これがお前を守る。何かあればわたしにも知らせてくれるからすぐにかけつけられるんだ」
「は、はぃ……」
涙ぐみながら蛇を受け取ると、蛇はラクリマの肩に乗って腕に絡んだ。
(重い…)
「さ、行こう」
テンクウとインフェルノはそれぞれの車両へ向かった。
「皆早く前の車両へ移って!!!」
花梨は乗客を誘導しながら化物のいる車両に向かう。
(狭い…槍はちょっと不利ね)
『ギシャアアア!!!』
「!」
目の前に化物が現れるが花梨は容赦なく串刺しにするがその化物を貫いて触手が向かってくる。
「しまった後ろにもう一匹――」
花梨の顔に直撃するはずだった触手が宙を舞う。
「大丈夫か花梨!」
インフェルノは叫びながらもう一匹の化物を倒す。
『インフェルノ後ろへ飛べ!』
青水に言われるがまま後ろへ飛ぶと、上から槍のように硬化した触手が天井を破って突っ込んできた。
車両が大きくゆれ、触手が消えた。
上でガルバか飛剛かが倒したのであろう。
「上にもいるのね!?」
「ガルバたちが応戦しているハズなんだが、漏れてきてるのかもな」
「ある程度街からの距離が取れれば力も失って消えるだろうけど…とにかく車両内の掃除!」
血でぬるぬるする車両内を駆けていく花梨とインフェルノ。
数はそんなにいなかったのだが、後ろに向かうにつれてその数が増えていく。
「あ!」
次の車両に向かおうとドアを開いたとき、その車両の先に血まみれの車掌が立っていた。
いや、ドアを押さえていた。
「この先には乗客は、いません……」
ドン…ドン…と不気味に響く音がする。
どうやらまだ変化しかけのネズミが体当たりしているようであった。
「離れて、今退治を…」
「いけません!二人で退治できる数では!このまま連結器を外してください!」
「そんなことできないわ!!」
「レッブリカ鉄道の最優先事項は円滑な運行と乗客の安全確保です、早く―――」
言い終わる前に車掌の身体から無数の触手が飛び出る。
「がはっ…」
「花梨、お前は正々堂々としすぎる」
インフェルノは氷牙剣で連結部分を簡単に切断する。
「凄い切れ味だな、この剣」
『当たり前だ』
答える青水。
後部の車両はゆっくりとスピードを落としていく。
「あの車掌さんを助けないと!」
「……諦めろ、化物もついてくるぞ」
花梨を車両内に引っ張り込んでドアを閉めるインフェルノ。
「車両を切り離したのもあの車掌を見捨てたのも私だ、お前は何も悪くない」
そういって引き返し始める。
「インフェルノ…いけないわそんな考え方」
「別にお前を庇ってるわけじゃない。事実を言っているだけだ」
「……」
ゴトン
「…?」
花梨とインフェルノは武器を構えて辺りを警戒する。
ゴトゴトゴト…
足音は遠ざかっているようだ。音からしてネズミ。
「天井!しまった前に向かってる!」
「ネズミぐらいの大きさだと飛剛たちは気づかないかもしれない、煙のせいで」
駆け出す花梨とインフェルノ。
****
古びた人形や古い時計などが並ぶ狭いアンティークショップ。
そこでテンクウは祖父の人形劇を見るのが楽しみの一つであった。
古びたマリオネットをまるで生きているかのように操る祖父の手を眺めるのが好きだった。
母は既に他界していたが、温厚な祖父や優しい父に育てられたテンクウは父の才能を引き継いで奇術に長けた少年に成長していた。
このまま何事もなく家族と一緒に暮らしたいというのが、テンクウの望みである。
しかしそれも叶わないと、ベッドに横になっている祖父に呼ばれたときに思った。
「天空、我々の一族を探し出しなさい。」
「お爺様…」
「普通の人生を送りたかったんだがな…やはり闇に生きる者は闇でしか生きられん」
ベッドに横になっている祖父はテンクウに呟く。
「お前にまだ話していないことがある。我々は大きく分けて三つに分かれたのだ。
遺産を分けて…な。探し出せ、我々の血を絶やしてはならん」
「探し出してどうすればいいのですか」
「それは老人ではなくお前達若者が考えれば良い。
遺産を神に返すのもよし、己の力にするのもよし…」
ペンダントを差し出す。
「これが我々の存在する理由だ天空よ」
「これは何でしょう?」
戸惑いながらも受け取るテンクウ。
普通のロケットペンダントだ。
「父上、もはやここまで」
テンクウの父が慌しく入ってきながら祖父に言う。
父親はテンクウに向き合って、彼の肩に手を置いた。
「天空、おそらくお前は神武家の中で一番術を使いこなせている。
探すんだ、神代家と神宮家を。」
「探し出して、どうしろと!私はここでずっと住んでいたい!」
「無理だ、神殿の人間に見つかってしまったからここで住むことはできない。
私と父上であいつらの相手をしている隙にお前は生き延びるんだ、いいな?
このままでは神殿に我々の遺産が奪われてしまう。」
「……」
ペンダントを握り締めるテンクウ。
「お父様…お爺様……」
二人の顔を見ていくテンクウ。二人は覚悟を決めた表情でテンクウを見つめていた。
「冥界でお逢いしましょう」
「あぁ、待っている」
****
テンクウは走る。
化物を切り裂きながら前へ進む。
それほどの数ではないが、油断はできない。
(数は少ない…しかし機関士を殺されてしまえば終わりだ)
機関室へと向かう。
「後ろどうなってんスかね」
「黙って作業してくれ」
完全に参ってる表情で言う機関士。
機関助士はため息を吐きながら石炭をスコップで掻き入れる作業を続ける。
「化物から逃げ切れても油断できないんだぞ、エルフやゴブリンに襲われてみろ…。」
「そんなこと言わないでくださいよ、マジで出てきたらどうするんスか。…ん!?」
「どうした!?」
『ギギ…』
ネズミが現れる。
「でかっ…なんでこんなところにネズミが?」
『ギギー!!!』
「うわぁぁぁぁ!?」
飛び掛ってくるネズミに思わずスコップを振り回す機関助士。
ガッとスコップに弾かれるが、ネズミは構わず飛びついてくる。
「なんだよこのネズミ!!!」
「外へ出せ!早く!!」
「無茶な!ひぃっ」
ネズミの皮を突き破って骨のようなものが飛び出し始める。
「離れて!」
ドアが勢いよく開いた瞬間、ゾブッと鈍い水音を立てながらネズミにトランプのカードが突き刺さった。
『ギィィー!!!』
消滅していくネズミ。
「ま、間に合ったか…」
ドアのところで、テンクウはホっとした顔をする。
「大丈夫ですか?」
「な、なんとか……」
腰を抜かしたのか座り込みながら答える機関助士。
「さっきのネズミがこの汽車に潜んでいます、なんとか我々が駆除しているのですが…
とにかくもっと遠くへ離れなくてはいけません、街からある程度離れればネズミも消えます。」
「……」
機関助士は顔を青ざめさせながらも立ち上がる。
「お、俺ら頑張るから駆除の方宜しく…」
「えぇ」
頷きながら、ハッとするテンクウ。
(ラクリマが危ない!?)
ラクリマがいる車両はラクリマ以外に乗客が数名おり、隣の車両からは後ろから逃げてくる乗客の足音や
子供の泣き声が聞こえてきていた。
ラクリマは悲しそうな顔で座席に座りつつ蛇を見つめていた。
蛇は銀色の鱗をした、どこか不思議な雰囲気の蛇だ。
「蛇さんはずっとテンクウさんに飼われていたの…?」
ラクリマの呟きに、薄っすらと目を細める蛇。
なんとなくだが、「そうだ」と返事をしているような気もする。
「私、テンクウさんのこと何も知らなかった…。
本当のテンクウさんを知って行くうちにね、なんだか怖くなってきちゃった…
ううん、段々と私から離れていくようで不安なの…」
涙を零し始めるラクリマ。
「劇団の皆も…死んじゃって…私も死ぬの…?」
「……」
蛇はラクリマに寄り添う。
「ギャアア!!!」
悲鳴が響きハッとするラクリマ。
『ギギ…!』
倒れる乗客の腹からネズミが飛び出てくる。
乗客は悲鳴を上げながら隣の車両へ逃げ始めた。
「テンクウ…!」
立ち上がり、ラクリマも逃げようとするがネズミがじりじりと歩み寄ってきていた。
ネズミはラクリマを狙っているのだ。
「ひっ…」
「シャー!!!」
威嚇する蛇。しかしネズミは怯むこともなくラクリマに飛び掛っていく。
「きゃああ!」
伏せるラクリマ。
蛇はラクリマから離れネズミに噛み付く。
『ギー!!!』
ネズミと蛇が絡み合い、激しく暴れあう。
その間にネズミは変形していき、締め上げてくる蛇よりも量を増していく。
「「ラクリマ!!!」」
テンクウとインフェルノたちが前後から同時に飛び込んでくる。
「おのれぇ!」
テンクウの鎌が迫ってきていたネズミを貫き、インフェルノはラクリマを押しのける。
「……ッ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
倒れたラクリマはインフェルノを見て絶叫する。
インフェルノの腹からあの触手が飛び出ていた。
「なっ…」
ラクリマが座っていた席の窓に張り付いてる化物に絶句するテンクウ。
天井を這っていたネズミが変形し、ラクリマを狙い…そしてインフェルノがラクリマを庇ったのだ。
「……!」
インフェルノは貫かれたまま振り返って氷牙剣で化物を刺す。
『ギ…』
消滅する化物。インフェルノはゆっくりと崩れるようにラクリマの上へ倒れた。
「インフェルノ!」
花梨も到着し、インフェルノを見て顔を歪ませる。
「いやっ…死なないで…お願い…!!」
泣きながらインフェルノに抱きつくラクリマ。
血が床を流れ始める。
「血を止めるのよ!」
花梨はラクリマからインフェルノを引き剥がして寝かせ、傷口に布を押し当てる。
「テンクウさんは回復魔法使える?」
「すみません、治癒魔法しか…」
「じゃあ押さえててくれる?」
テンクウは花梨に替わって傷口を押さえる。
布を通り越して血が溢れてきた。
インフェルノの顔色は酷く悪い。
「リザレクション…!」
両手を合わせ祈るようなポーズで呪文を唱える花梨。
強くも淡い光がインフェルノの傷口を包む。
目の前を『矢』が通り抜け化物を貫く。
「なんだ?」
呟くガルバ。
矢が来た方向を見れば汽車に向かって無数の群れが近づいてくる。
一番近づいている者たちを見てみれば、馬に乗ったエルフたちであった。
駆ける馬の上から弓を構え、矢を放つ。
ただの矢ではなく魔力が込められているらしい、威力が半端ではない。
「退け!邪魔だ!!」
女エルフがガルバたちに叫ぶ。
容赦なく放たれ始める矢の雨。
矢の軌道から離れたところの汽車の屋根へ降り立つガルバと飛剛。
不意に化物たちは引き返し始めた。
「結界か」
「結界?」
首を傾げるガルバ。飛剛は座りながら、
「どうやら結界があるらしい、この近くにエルフの里でもあるんだろうね。悪魔よけの結界の領域に入ったのさ」
「飛剛くんって敏感肌だねー」
「………敏感肌?」
「お前達!」
さっきのエルフが声をかけてくる。
「事情を聞きたい!もうすぐノルトライン村だ、そこで話を聞こう!」
そういって離れていく。
「一方的に決めちゃったね」
「エルフだから仕方ないよ」
****
「母さん…母さん……」
インサニアは冷たくなった母の手を握り締めていた。
ベッドに眠る母の表情は穏やかであった。まだ生きているようにさえ見えるほど。
「僕は一人で生きなくてはいけないの…?」
コンコン、とドアのノックする音。
ふらっとインサニアは立ち上がり玄関に向かった。
ドアを開くと、見知らぬ男が立っていた。
聞けば母の母親…インサニアの祖母の使いらしい。
「インサニア様は貴方を迎え入れたいとのことです」
事務的に淡々と説明していく。
そのほうがインサニアにとっても良かった。妙に同情されるよりは。
祖母は孫を引き取ってやろう、といっているらしい。
「お断りします」
「しかし…」
「その人は、母がわたしを産むことに反対して追い出したんでしょう?
今更身内顔されても不愉快なだけです。」
「今より豊かな生活ができるのに?インサニア様の遺産も全て貴方が受け継ぐことになるのですが…」
「いりません…母が命を削って稼いでくれていたお金で十分、あとは自分でどうにかします。
他人の財産なんていらない。もう帰ってください。」
「……」
「あれー?インサニアどうしたの?髪スッキリしたじゃん」
明るいマークの声に、現実に引き戻されるインサニア。
インサニアの顔を隠す前髪はバッサリと切られていた。
「あぁ…もう顔を隠すこともないかなって思った」
「?」
マークはインサニアの横に腰をかけて、不思議そうな顔をする。
「わたしは父にそっくりだから、母がわたしの顔を見て哀しむ姿を見たくなかった。
でも、もう母さんはいないから…」
「インサニア…ごめん」
「なぜ謝る」
「だって…」
申し訳なさそうな顔をするマークに、インサニアの方が困ってしまう。
「俺ちょっと無神経な所あるじゃん…」
「どこが無神経なのかわからないが…」
「………お前の方が無神経か」
「おい」
「元気出せよ、な!泣きそうな顔してるお前は変だ」
マークは微笑んでインサニアの肩をぱしぱし叩く。
「泣きそうな顔してるのか?」
「うん」
「…泣いて良いのだろうか」
「良いよ、それは泣いて良いよインサニア」
「そっか…」
インサニアはマークを抱きしめる。
「……」
マークはいつものようにうろたえる事はなく、黙ってぽんぽんとあやす様にインサニアの背を叩いた。
インサニアは黙って静かに泣いていた。
―――泣いていた?
あの時泣いていただろうか?
違う、こんな記憶はない。
だって自分は、この時マークを――――犯したのだ。
マークは苦しそうにしていたが、笑って赦してくれた。
苦しかっただろうに。
どうして自分はそんなことを。マークに当たって、酷いことを。
本当は泣きたかったのだ、自分は…こうやって泣きたかった。
歌が聞こえる
そんなに悲しく歌を歌わないでくれ
葬式みたいじゃないか、なぁ………
汽車は無事にノルトラインに停車し、インフェルノは村の小さな診療所に運び込まれ手当てを受け、その後は宿に移された。
「インフェルノは?」
テンクウはインフェルノの部屋から静かに戻ってきた花梨と飛剛に問いかける。
「血が足りてないからしばらく目覚めないかもしれない。
彼の気力次第ね…その点は大丈夫でしょう、生への執着は半端ないから。
今ラクリマさんが面倒みてるの。彼女責任感じちゃってるんだわ」
ため息を吐く花梨。
「そうか…あの時もう一匹に気づいていればこんなことには…」
「助かったんだから思いつめることないのよ、ね?」
花梨は微笑んでテンクウに言う。
「取り込み中のようだが、宜しいか?」
エルフの女がやってくる。
「あ、わたしたちを助けてくれた美人エルフさん」
ガルバが妙に嬉しそうに呟く。
「また会えて光栄だなぁ」
「そうか。生憎半分鳥神の血が混じっていても人間は苦手なんだ、口説くのは止めておけ」
きっぱりというエルフに肩を落とすガルバ。
「どうぞ座ってください」
「あぁ、すまない」
花梨に進められて椅子に座る。
「まず言っておくがお前達を助けたわけではない。邪なる存在が近づいてきたから撃退しただけだ。
勘違いされると困る。」
「そ、そうですか…でもお礼は言わせてください。助かりましたから」
微笑む花梨。
「で、どういうことが起こっているのか知りたいわけ?」
飛剛がエルフに問う。
「そうだ…あの数は尋常じゃない。あの街は今度は一体何を仕出かしたんだ」
「説明するのが難しいんですけど、あの街で地獄の門が開かれたんです」
「……」
エルフの表情が俄かに変わる。
「人間は、バカか?」
「人間じゃなくて悪魔化した死霊が地獄の門を開いたんです。」
「悪魔化した死霊だと?…あの街の北には我らの同胞が住むエミリアもある…どうしてくれるんだ。
一刻も早く地獄の門を閉じなければならないぞ。策はあるのか?」
「マクベスにサーシアム聖騎士団の出動要請をしておきました。数日後には到着するでしょう。」
「そうか…」
厳しそうな表情で呟くエルフ。
「大体の事情は把握できた。」
立ち上がる。
「人間たちに門を塞ぐことができるかどうか不安だが」
「手を貸してくれないの?」
「ふざけるな、なぜエルフ族がお前達の手助けをしなくてはならないんだ。」
「そうハッキリ言われちゃうと困るわね…」
「…失礼する」
出て行くエルフ。
「なんかあのエルフはインフェルノに似てるなー、性格が」
「あはは、そうね~」
飛剛の言葉に苦笑する花梨。
「この地域のエルフは苦労してるみたいだし…仕方がないといえば仕方が無いんだけど…
さて、どうしたものかな…聖騎士団で門を塞げるかどうか…」
「塞ぐって具体的にどうするの?」
ガルバは花梨に問いかける。
「地獄の門が開くっていうのは地獄へ穴を開けた状態なのよね、その穴の開いた地域一帯を浄化してその上に特殊な建物を建てるの。
城だったり塔だったり神殿だったり形は様々だけど。
特殊な配置をして結界を生み出すってことかな。そうやって少しづつその土地の穢れを薄めていくわけ」
「へぇー」
「でもその開けた者をどうにかしないと開いたまま…エリザベスを倒すか、地獄へ押し込むかしないと…。」
「インフェルノってさ、今もエリザベスに取り憑かれてる状態なの?」
「恐らくそう。
インフェルノの憎悪で形を保ってきたけれど、そのインフェルノは少しずつ変化してきてエリザベスも力を失いかけていた。
でも何かのきっかけで今のエリザベスは地獄から力を吸収してその存在を保っているんだわ。
それでも二人はまだ繋がったまま。
…どうにかしないとインフェルノもタダじゃすまない」
****
「ラクリマ!歌ってはいけないとあれほど言ったでしょう!」
「ごめんなさいお婆様、ごめんなさい」
泣く少女…ラクリマ。
「お前の声は人を惑わす恐ろしい声なんだよ、私はお前のために言ってるんだからね?」
祖母はラクリマの頭を撫でる。
(嘘つき。お婆様の嘘つき)
「ラクリマ!?」
ラクリマは祖母の手を振り払って駆け出す。
「お待ちなさいラクリマ!」
(お婆様はわたしのために言ってるんじゃないのよ、周りの皆の目が気になるだけなんだわ)
ラクリマは細い路地を通りぬけていく。
振り返ると祖母の姿は小さくなっていった。
老人の足は子供の足に追いつくのも大変らしい。
「ここどこ…?」
おろおろしながら歩むラクリマ。
この街に引っ越してきたのは数日前、またすぐに引っ越すのでラクリマは街の隅々まで知らなかった。
汚れた路地を進んで路地を出ると、異臭が強い水路に出た。
水路にそって歩いていると、前方に黒髪の少年が屈みこんで何かしているようであった。
「あの…ねぇ、聞きたいことがあるの」
歩み寄って話しかけるラクリマ。
振り返って、顔を上げる少年。
怖いほど無表情で見上げてくるので思わずラクリマは後ずさった。
「なに?」
「道…聞きたいんだけど…きゃあああああ!!!!?」
少年の手元を見て叫び声を上げながら尻餅をつくラクリマ。
「なにそれなにそれ!!!?」
「…ネズミだけど」
首がもげ、潰れた身体から骨が飛び出たネズミの尻尾を掴んでラクリマの前に突き出す。
「きゃーきゃーきゃー!!!!!!」
「煩い」
「だって、だってネズミさん可哀想…!なんでそんなことするの!」
「なんでって、したかったから。ネズミが好きなの?君」
ネズミを水路に投げ捨てる。
「ネ、ネズミさんは好きじゃないけど!汚いのよ!いっぱいバイキン持ってるのよ!」
「そうなの?」
「そう!」
少年は血で汚れた手を眺める。
「…汚い」
「うん、だからもうネズミさんいじめちゃだめ!」
「そうする…」
「約束だからね」
ラクリマはハンカチを取り出して少年の手を拭い始めた。
年は同じくらいだろうか?いや、少し年下かも…と、ラクリマは少年の顔をチラチラ見ながら思う。
「君、金持ちの子なの?」
「え?どうして?」
「ここらじゃ見ないし、綺麗な服だから」
「この間引っ越してきたの。家はわかんない、迷子になっちゃったから」
「ふーん」
「貴方って変な子ね。…割と綺麗になったかしら」
ラクリマは少年の手を眺める。
「私の家知らない?」
「知るわけないよ」
「そうだよね」
ため息を吐きながらラクリマは座り込む。
その横に少年も座った。
「ねぇ聞いてよ」
「なに?」
「お婆様ったら酷いのよ。私、歌いたいのに歌うなっていうの」
「それは君がオンチなんだろ」
「違うわよ!」
「じゃあどうして?そのおばーさんが歌が嫌いなだけじゃないの?」
「貴方は好き?歌」
「よくわからない」
ラクリマに答える少年。
その少年の手をラクリマは握り微笑んだ。
「一緒に歌おうよ!わたし一緒に歌ってくれる友達いないの」
「友達?僕がいつ友達に?」
「いいじゃない!ねぇ何が歌える?」
「学校で習ったものなら…」
「じゃあ―――」
ラクリマは強引に推し進め、結局少年は一緒に歌うことになってしまった。
一緒に歌い始めるが、ラクリマのその歌声に少年は次第に惹かれていく。
小さな天使が目の前にいるような錯覚がした。
結局最後はラクリマしか歌っていなかった。
「上手だ」
「そう?」
頬を赤らめるラクリマ。感想がシンプルすぎてお世辞に聞こえなかったせいもある。
少年もお世辞ではなく本心の感想を言ったのだが。
「声が綺麗だね、歌ってるときだけ」
「それどーゆー意味!?」
「ラクリマ、迎えに来ましたよ」
ラクリマと同じ金の髪を持つ女性が声をかけてきた。
「お母様!…ごめんね、もう帰らないと」
「そう。迎えが来て良かったね」
「うん」
ラクリマは母親の元へ駆け寄る。
「また、会える?」
少年はラクリマに問う。
ラクリマは少し困った顔をして母を見上げ、そして少年を見た。
「わからないわ。いつ引っ越すかわからないの」
「そう…」
残念そうな顔をする少年。
「私ラクリマ、貴方は?」
「テネブレ。インサニア・テネブラルム」
「テネブレね、引っ越しても必ず会いに行くから一緒に歌おうね!」
「こらラクリマ、歌っちゃダメだって言ってるでしょう」
「はぁーい…バイバイ」
ラクリマは少年に手を振りながら、母親に連れられていった。
****
「インフェルノさん…」
ラクリマはインフェルノの頬に手を添える。血色の悪い頬は冷たかった。
「ごめんなさい…ごめんなさい、わたしのために…」
すがる様にインフェルノに被さり泣き始めるラクリマ。
「歌え…って言ってましたよね。歌い、歌いますから…」
涙を流しながら、歌を歌い始めるラクリマ。
泣いているせいでまともに歌えていないが、彼女は彼のために歌った。
そうだ…自分は誰かのために歌ったことが無い。
自分の思いを歌うばかりだったから、他人のために歌うという行為は新鮮かもしれない。
しかし今歌っているが、やはりこの歌はインフェルノためではなく自分の為かもしれない。
自分のせいでインフェルノが傷ついてしまった…謝罪のために歌うのだから。
「……」
目をゆっくりと開くインフェルノ。
そしてラクリマの頭に手を置いた。
「…葬、式…か……?」
かすれきった声で呟く。
「インフェルノさん!?」
顔を覗き込むラクリマ。
「喉…渇いた…」
「は、はい、今お水を…」
慌ててラクリマはコップへ水を入れ、インフェルノの頭を持ち上げて飲ませ始める。
「…看病、してくれていたのか」
「はい…」
「なぁ、ラクリマ…もう歌えとか、言わないことにする」
「え…?」
「お前とこうして一緒にいるだけで何だか落ち着くんだ…何かが満たされてるような…不思議な感覚がする。
もう歌とかそういうの、どうでもよくなってくるぐらいに、心地が良い」
「インフェルノさん…」
インフェルノは微かに微笑みながらラクリマの髪を撫でる。
「変だな…お前の歌のせいかな」
その言葉に胸が詰まるラクリマ。
「私が歌わなかったら貴方は…一体どうする気ですか」
「わからない。でも、お前を危険な目に合わせたく無いんだ。
だからもういいんだ、もういい……」
「貴方を見殺すことになりませんか…?」
「お前を巻き込んで死なせるよりはマシだ。
私はお前を死なせたくない、お前が死ぬんだったら私が死ぬ。」
「……」
ラクリマは顔を伏せて部屋を飛び出た。
「……」
小さく息を吐きながら前髪を掻き上げるインフェルノ。
『――なんだオメェ…大分丸くなったじゃねーか』
壁に立てかけられていた氷牙剣が呟く。
「なんだ青水いたのか…」
『この状態だと喋るの面倒くさいんだよ。…で、お前あの女に惚れてるな』
「私がか?…ふん、どうだか」
『俺には解る。…お前はラクリマの歌を聴いてから変わって来たぞ。』
「そうか…そうかもしれないな。で、私がラクリマに惚れてるからどうだというんだ。」
『どうもしねーよ』
「…青水」
『ん?』
インフェルノは天井を見つめながら、
「ラクリマのことを思うと胸が苦しい。このまま連れて行ったら死なせてしまうかもしれないと考えてしまう。
…苦しい、母さんが死んだときみたいに苦しい」
頬に涙が伝い始める。
『それはな、お前がラクリマのこと好きだからだよ。大切な女を失うのは辛いもんだ』
「お前、失ったことあるの?」
『あるよ』
「そうか……なぁ、私はエリザベスを倒せるだろうか?」
『さぁな…『奇跡』を起こすしかねぇな』
「奇跡か…」
◆◆◆◆
「テンクウ、そこにいたのね」
村はずれにある木の木陰に背を預けて月を眺めていたテンクウに声をかけるラクリマ。
「ラクリマ…インフェルノの看病はいいのですか?」
「えぇ、花梨さんに頼みました」
ラクリマはテンクウの横に立つ。
「私はこれからどうすればいいの…?劇団も無くなって、私とテンクウ二人だけ…」
「ラクリマ、貴女に言わねばならない」
「え?」
「私はここから去ろうと思います」
「どうして!!?だったら私も…」
「いけません!」
テンクウの叫び声にビクっと肩を震えさせるラクリマ。
「私とくれば…貴女を不幸にさせてしまう…。
私は死神一族だから…貴女を巻き込みたくない。
私は一族を探し集め、この呪われた運命を終わらせたいんです。
私たち一族がいる限り神殿は追ってくるでしょう…ラクリマを連れていけません」
「でも私…テンクウと離れるのイヤ…」
「私もです、けれども…貴女のことを愛しているからこそ、巻き込みたくないんだ」
ラクリマを抱きしめるテンクウ。
「どうか私のことを忘れてください。じゃないと辛すぎる」
「テンクウ……」
キスを交わす。
「さようならラクリマ」
「テンクウ…!!!!!!」
テンクウは森の中へと走り、そして闇に溶け込んでいった。
「……」
ラクリマはその場に座り込む。
(私…いつも一人ぼっち)
せっかく幸せを掴んでも、遠のいてしまう。
(テンクウのこと、好きだったのに…)
「女を置いて行くだなんてけしからん。女の子は泣かせちゃいけないんだよね」
「ガルバさん!?」
突然現れるガルバ。
「テンクウも悩んでいたみたいよ?それで導き出した答えがこれ。最悪の選択を選ばなかったってわけ」
「最悪の選択?」
「一緒に神殿から逃げるっていうのは大変なことなんだよ。ロクな死に方もできないしね。
辛い目に遭わせたくない…貴女にはもっと幸せになって欲しいんだよ、テンクウは」
言いながらガルバは膝をついてラクリマの頬を手で拭う。
「泣いてばかりじゃ幸せになれないよ」
「…ありがとう。でも私、一人でどうすれば」
「ゆっくり考えよう、ね?」
「はい…」
「ここは冷える、宿に戻ろう」
「テンクウさん行っちゃったんだ」
残念そうな顔をする花梨。
「そりゃ懸命だ。あのままいたら花梨に殺される」
「ひっどーい!私はそんなに鬼畜じゃないですよーだっ」
「どーだか…」
喚く花梨にため息を吐く飛剛。
「ラクリマさん、男は星の数ほどいるからめげちゃダメよ。」
「は、はぁ…」
「どういう慰め方だ」
胸を押さえた状態でインフェルノがドアを開けながらツッコむ。
少々苦しそうな顔だ。
「あらインフェルノ、寝てないとダメじゃない」
「空腹を感じる、栄養を欲している」
「そっちに持って行ってあげるから寝てなさい。ラクリマさんインフェルノをお願い。
宿の人に何か食べやすいの作ってもらうよう頼みに行ってくるわ」
部屋を出て行く花梨。
「僕らはもう部屋に戻ろうか?」
「そうだね」
「それじゃラクリマさん、あと宜しく」
「はい」
出て行く飛剛とガルバ。
「んっ…」
「大丈夫ですか?」
「あぁ…」
ラクリマはインフェルノに肩を貸しながら、インフェルノをベッドまで連れて行き寝かせた。
「腹と足に力が入らん…」
「痛みますか?」
「いや、痛みはない。ちょっと違和感が残ってるだけだ。その内馴染む」
「……」
包帯の巻かれた胸を撫でるラクリマ。
穴は開いていない、しっかりと肉がついている。
それを実感するように擦るラクリマ。
「お前、これからどうするんだ」
「わかりません…」
「そうか」
「わたしは…いつも一人ぼっち」
ぽろぽろと涙を零し始めるラクリマ。
「みんな私を置いていくんです…」
「ラクリマ」
「!」
インフェルノに引き寄せられ、そのまま抱きしめられる。
「帰ってくる。必ず帰ってくるから…また会おう、なぁ?」
「帰ってきてくれるんですか…?」
「あぁ。帰ってきたら一緒に暮らしてくれないか」
「え…」
「私も一人ぼっちだ」
「…インフェルノさん、失恋して弱っている女性に告白するだなんて悪い人です」
「そうか。別に慰める気も無い、ただ本音を言っただけだ」
「……」
ラクリマはぎゅっと、インフェルノに抱きつく。
「あら、お邪魔しちゃうわね」
「!」
バっと離れるラクリマ。顔が真っ赤である。
花梨は苦笑しながら果物を持って来た。
「今作ってるところ。これ食べて待ってて」
「は、はい…」
「じゃあ続きをどうぞ」
パタン、とドアが閉まる音が気のせいか妙に響いた。
「えっと…り、リンゴ剥きますね!」
「あぁ、指切るなよ」
「……」
頬を赤くしつつリンゴの皮を剥き始める。
「食べさせてくれないか」
身を起こしながら言うインフェルノ。
「図々しい人」
「そうか?」
「そうです。はい、あーんして」
身を乗り出し、ラクリマはフォークに刺したリンゴを運ぶ。
「ん…」
◆◆◆◆
「あった、マークの墓だ」
インフェルノはそう呟いて、墓の前に花束を添えた。
村の墓地の一角…日当たりの良い場所にマークの墓があった。
翌日、動けるようになったインフェルノはマークの墓参りがしたくなったのである。
「親しい人だったんですね」
「あぁ」
ラクリマに頷くインフェルノ。
「大好きだったのに殺してしまった…好きだと気づくのが遅すぎた」
ラクリマはインフェルノを優しく抱きしめる。
この人は不器用なんだと、ラクリマは思った。
不器用で子供っぽいから失敗ばかりしてしまうのだ、と。
人を殺した罪は消えない。
今の彼はその罪を知って悔やんでいるのだ。他者の命をその手で絶った後悔の念に苦しんでいる。
自分と一緒なのだ…自分の歌声で他人を死に追いやってしまった、その苦しみと。
「お前は殺したくない。好きだから殺させたくない」
「インフェルノさん…」
インフェルノに抱きしめられるラクリマ。
「好きだ、お前は私のことが嫌いでも私は好きだ!」
「私はまだわからない、貴方の事は…今は嫌いじゃない」
「それで十分だ。これから好かれようと思う、そうだな…帰ってきてからゆっくり語り合おう」
「ふふ…貴方って変な人ね。こんな所で告白して、そんな話をして」
「そうか…変なのか」
困った顔をするインフェルノが可笑しくてクスクス笑うラクリマ。
「もっとロマンティックな場所が良かったです」
「ロマン…よくわからないな」
「いいんですよ、無理しなくても」
「…帰ろう」
ラクリマの肩に手を置いて歩き出すインフェルノ。
「いつ街へ向かうんですか?」
「明日早朝に出発するそうだ」
「……」
「帰って、来るから」
NEXT
長すぎたので当時ここでぶつ切りにしました前編です。
テンクウのお話はいらんやろ…の部分なんですが花梨とテンクウさんが関わるザンの過去話の(省略)
マークをレイプした話を追記しておきました。
今までのなんだか柔らかいマークとの記憶は実はラクリマさんの歌の影響による幻覚なのでした。
実際は母の死で錯乱状態のインサニアが宥めようとしたマークを強姦しています。
当時掲載した第九話原文→こちら
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