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「森林に囲まれた街エミリアは綺麗なところなのよ
街の住人の半数はハーフエルフだし自然を大切にするのね」
花梨は街中を歩きながらインフェルノに説明する。
街の住人はエルフの特徴をもった者たちが大半で、賑やかというよりは静かな街だ。
しかし何故だか視線を向けられる。特にインフェルノを見ているようである。
「…なんか見られていないか」
「なんでかしら…」
「アンタたちグラディエフから来たの?」
声の方を向くと、エルフの耳を持った淡い金髪の少女がムッとした表情でインフェルノを見ていた。
背はそれほど高くもないし、目が茶色がかっているのでハーフであろう。
「ううん。砂漠の方から来たの」
「でもそこの医者はグラディエフのベレッツヘム病院の白衣を着てるじゃないか」
「昔はそこの医者だったが今はもう違う」
「じゃあなんで着てるんだよ」
食って掛かる少女にインフェルノはまったく動じず、
「カッコいいじゃないか、デザイン」
呆れた空気が漂う…。
「ベレッツヘムは嫌いか」
「グラディエフの名物の一つだから嫌いだね。
私らエミリアの住人はグラディエフが嫌いなんだよ。その服脱いでくれない?見ててムカつく」
「人の好みを他人にとやかく言われる筋合いは無いな」
「じゃあとっととこの街から出ていきな!近代かぶれの阿呆ども!」
「待った待った待った」
「ウンウン、君の主張は良くわかった」
飛剛と青水が割ってはいり、青水は何気に少女の肩を持って宥める。
「追い出されちゃ敵わないわ、インフェルノ…少しだけガマンして?」
花梨がインフェルノに言う。
しかしインフェルノはイヤそうな表情を浮かべた。
「気に食わないな。そもそもグラディエフが嫌われる理由がわからん。都会だからか」
「自惚れてんじゃないよ!アンタたちが森を切り開いたり空気汚したりするからエルフたちの住むところが
なくなってるんだ!何が近代化だ!ふざけんじゃないわよ!」
「この街に住ませたらいいんじゃないか、エルフ」
「あんたバカじゃないの!?自分の住んでるところを人間に侵略されてんのよ!?
森はもともとエルフ族のモノなんだよ!」
「知らん。私が線路を引いているわけじゃない」
「キィィィィッ!!!!」
「あーもう、インフェルノ~」
花梨はため息を吐きながらインフェルノの白衣を強引に脱がす。
「何を…」
「郷に入っては郷に従えって言葉知ってる?
それに服を脱ぐぐらい良いじゃない。しばらく預かりますからね」
「……」
ふてくされた顔をするインフェルノ。
「ごめんなさいね、この人は融通が利かないの。
それにずっとグラディエフに住んでいたから周りのことがよくわからなくて」
申し訳なさそうにいう花梨に、少女はフンっとそっぽを向きながら、
「なんだいそれ?まぁいいよ、白衣さえ脱いでてくれればね」
そういうとスタスタと去っていく。
「本当にエルフの血混じってるのかってぐらいに気の強い娘だったね」
呟く飛剛。
「そりゃあ半分人間の血が混じってるからな」
『うわぁぁぁ!!』
いきなりの声に飛びのく一行。
「ガルバさん!なんでここに!」
びっくりする花梨。
ガルバは可笑しそうにクックックっと低く笑いながら。
「空をピューっと飛んできたんだ。昨日出て、さっき着いた所」
「なるほど…直線だから道に沿ってのらくら歩いてる私たちより早かったわけね」
納得する花梨。
「そういうこと。ただちょっと疲れちゃったかな」
「傷はもう良いのか」
「あぁ、おかげさまで。」
インフェルノに答えるガルバ。
「しかしアンタたちがココにくるだなんて…わたしはてっきり北に向かうとばっかり」
「ちょっといろいろできちゃって♪ そうだガルバさん…劇団コッペリウスってどこに向かってるか解る?」
「それならこの街にいるけど?」
素っ気無く答えるガルバ。
「えーーーーーー!!!?」
「わたしも劇団追って来たクチだから…ってあんた達も劇団追ってたのか!?」
「いろいろあって…っあ!?インフェルノいねぇぇぇ!!」
「なにィ!?」
全員慌てて辺りを見回す。
「もう!!慌てんぼうなんだから!みんな手分けして探すのよ!」
馬に乗って走っていく花梨。
「…何?どゆこと?」
キョトンとしてるガルバ。
「いろいろあってインフェルノが劇団に用事できたんだよ」
「劇団の女に用事があるんだけどね」
「…よくわからないが、劇団の鑑賞目的じゃないってことは何となく解った」
「わりぃけど探すの手伝ってくれねーか?あいつ何を仕出かすかわからん」
「OK、空から見てみるさ」
翼を生やし、空へと飛び上がる。
「そういや…気で追えないか?」
青水は飛剛に呟く。
「え、僕も探さなくちゃいけないの!?」
「テメー…」
「今の僕じゃ気を特定して追っていくのは無理だ」
「そうか、じゃあ歩くか」
「面倒くさいなぁ…」
トボトボと、飛剛と青水は歩き出した。
◆◆◆◆
エミリアの広場には劇団がせっせと作業に追われていた。
本来は劇場などを借りることが多いのだが、広い施設が無い場合こうやって野外ですることも少なくない。
その場合は簡易の舞台を立てるのだ。
裏方たちはその作業に追われ、残りの団員は楽器の音合わせをしていた。
その中でテンクウはヴァイオリンを演奏していた。
「テンクウ、大分上手くなったじゃないか」
演奏を終えると団長が歩み寄ってくる。
「団長…」
ヴァイオリンを肩から下ろすテンクウ。
「初めの頃は酷いものだったがなぁ…」
「ははは。弾けないと劇団に置いてもらえませんからね。でもまだまだです…」
「もともと手先が器用だから大丈夫よ」
ラクリマがやってくる。
いつもの黒いドレスではなく、青色をベースとした煌びやかなドレス衣装を身に着けていた。
「団長ー!舞台を見て欲しいんですけどー!!」
裏方の一人が団長を呼ぶ。
「あぁ!今行く!…それじゃあ続けててくれ」
舞台の方へと向かっていく団長。
ラクリマはテンクウの横に座る。
「貴方と出会ったのは…いつごろだったかしら…」
「満月の夜ですね。どうしたんですかいきなり」
「ううん…なんだかこの街にいると思い出しちゃうの…雰囲気が似てるせいかしら。
私、びっくりしちゃったわ…貴方、森の中で血だらけになって倒れてるんですもの…」
「驚かせてしまって申し訳ないです…」
苦笑しながら答えるテンクウ。
「一人旅をしていましたから…『魔物』によく襲われてしまうのです。
でも、劇団に拾われて良かった。わたしは手品しかできないのに」
「前座で頑張ってくれたじゃない」
微笑むラクリマ。
「私、貴方に出会っていなかったら今頃…悲しい歌しか歌えていなかった。ありがとう」
「ラクリマ…」
テンクウは再びヴァイオリンを構えて弾き始める。
それに合わせて歌い始めるラクリマ。
その様子を作業をしながら眺めていた裏方の一人が呟く、
「団長、ラクリマさんってテンクウさんのことが好きなのかな?」
「なんだ急に」
「良い歌を歌うようになったから」
「そうだな。随分と『深み』がある歌声になったもんだ。
…ラクリマがテンクウを拾ってきたときは厄介なことが起きると思ったが。
テンクウは物覚えがいいし素質がある。この劇団は素質がある者だったら拒まん
ほらさっさと仕事仕上げてしまえ!時間が迫ってるぞ!」
「はーい」
歌が聞こえる。
「はぁ…はぁ……」
インフェルノは広場に出た。
足をとめ、息を整える。
「いた……やっと、見つけた……」
ラクリマを発見し、歩み寄るインフェルノ。
「何だ?」
弾くのを止めるテンクウ。
「お前!私の為に歌え!」
「きゃあ!?」
インフェルノに肩を掴まれ悲鳴を上げるラクリマ。
「私の為に歌うんだ!!!」
「な、何なの貴方!?何を言って…!」
「私の為に歌えと言ったんだ!お前の歌が必要なんだ!私にはわかる!」
叫びながらブンブンラクリマを揺するので、ラクリマは半泣きだ。
「ラクリマから手を離せ!」
「うるさい!うぐっ!?」
手に激痛が走り、ラクリマから手を離す。
見れば手の甲にトランプが突き刺さっていた。
「邪魔をするな!」
トランプを引き抜いてテンクウを睨むインフェルノ。
「ラクリマに乱暴は許さん」
「一刻を争うんだ、とにかく私はこの女に歌って貰わないと殺される」
「意味が解らないな、それ以上ラクリマに近づくな!近づいたら容赦しない」
トランプを切りながらいうテンクウ。
「説明したって理解できんだろう、この女が必要なんだ、邪魔をしたら撃つぞ」
銃を抜いてテンクウに向ける。
「そんな紙切れより銃弾の方が早いだろう?ヘタに動くな」
「いやっ…!」
インフェルノはラクリマの腕を掴んで引き寄せる。
「何なの貴方は!」
「お前が必要なんだ」
「いやっ!いやです!」
暴れるラクリマ。
「ラクリマから手を離せ!」
「ぐぁぁぁ!!!」
無数のトランプがインフェルノの腕に突き刺さり、インフェルノは膝をついて腕を押さえる。
「ぐっ…ぅぅ……」
白い服が染み出した血により紅く染まっていく。
「ラクリマが嫌がることをするな…貴様に死を招待するぞ…」
歩みながら呟くテンクウ。
インフェルノはキッとテンクウを睨んだ。
「死だと…?ふっ…お前に私は殺せない、私の魂は…地獄に捕らわれている」
「地獄…?ならば好都合」
テンクウの青い瞳がギュッと閉じて黄金色に変色する。
コォォ……と異常な空気が溢れ始めた。
「テンクウ…?」
「地獄に落としてやろう」
手を振り上げる。
「だめ…」
寒気がする、酷く空気が冷たい。
テンクウが手を振り下ろすと全てが終わってしまう―――
本能的にそう感じた。
「ダメよテンクウ!!」
「!」
テンクウに抱きつくラクリマ。
冷たい空気が一瞬にして消え、テンクウの瞳も澄んだ青い色に戻っていた。
「ラクリマ…!?」
「だ、ダメ…乱暴はダメよ…ダメ…」
「……そう、ですね。役人に突き出してきます」
テンクウは宥めるようにそう言い、インフェルノの両手を縛り上げて立たせる。
「くっ…!離せ!!」
「うるさい、ついて来なさい」
「断る!」
「…」
テンクウはため息を吐きながらインフェルノを引きずっていく。
(怖かった…お婆様が死んだときの冷たさだった…)
身震いをするラクリマ。
テンクウを良くは知らない。優しいテンクウしか知らない。
知らない部分のテンクウを見そうになって、咄嗟に………
「まだいたんだねぇ」
「え?」
振り返るラクリマ。
団員はホラ、と言いながら
「昔よくラクリマの追っかけがいたじゃない。」
「あぁ……」
「テンクウさんが来てからそういうのなくなってたのに…油断大敵ってヤツね」
「……」
そうなのだろうか、彼もタダの…?
あの目は違うような気がした。
真っ黒いあの瞳は本気の目だった。怖いほど。
「ほらほら、そんな顔しないで…」
「えぇ…」
◆◆◆◆
「もー何やってるんだか…」
「こうなるとは思ってたけど…」
「本当になるやつがいるのか」
花梨と飛剛、青水は呆れる。
「知るか。邪魔が入ったんだ」
ムスっとした顔で、牢の中から答えるインフェルノ。
「一部始終を上から見てたけど、ありゃーただの誘拐だぞ?」
ガルバがインフェルノに言う。
「…そういうつもりではなかったんだが。興奮した」
「そこでしばらく頭を冷やしてなさい。私たちが掛け合ってみるから」
「頼む…」
しょんぼりしてるインフェルノ。
「私はいつ出れるんだ?」
「丸一日そこで反省してろって」
「こんな汚いところでか!?」
「自業自得ですっ」
「くっそー…」
「じゃあ私たちはいくわね?お腹すいたら看守さんに言うのよ」
花梨たちは行ってしまう。
(…あいつめ、何なんだ…)
インフェルノはベッドへ横になりながらテンクウを思い出す。
ただのトランプを武器に使ったり、目の色を変えたり…。
普通じゃない。
(そういえば最近エリザベスが出てこないな…)
青水から受けたダメージがまだ癒えていないのか、それとも何か企んでいるのだろうか。
できればこのまま出てこないで欲しい…。
歌が聞こえる。
暖かい歌。
気持ちがとても暖かくなる歌。
歌詞が素晴らしいとか、曲が素晴らしいとかではなく、その歌声の旋律が心地よい。
「インサニア、少し眠る?」
不意にマークの顔がアップになって目を見開くインフェルノ。
「マーク…?」
「あ、もしかして寝てた?」
「え…」
視線をあたりに向ける。
大学だ。大学の中庭。
いつもマークと二人で昼食を食べるベンチにマークは座り、インフェルノは彼の膝を枕にして寝ていた。
「まだ時間あるから寝たら?気分悪いんだろ?」
「…恋人同士みたい」
「それは辞退したいな。お前の恋人だと身が持たん」
「頭撫でて」
「いきなり甘えはじめるなよっ!恋人は辞退するって言ってるだろっ!」
マークは何だかんだいいながらインフェルノのいう通りに頭を撫で始める。
すぐに眠気が襲ってくる。
このまどろんだ感覚が心地よかった。
「なぁマーク…」
「ん?」
「どうして空は青いんだ」
「…どうしてって」
マークは空を見上げながらしばらく考え、
「落ち着く色だからじゃないか?」
インフェルノを見下ろし、微笑みながら言う。
「…そうか」
ポロポロと涙を零し始めるインフェルノ。
「お、おいどうしたんだよ」
「わたしは…今まで空を見たことが無かった…」
「……」
優しくインフェルノを撫でるマーク。
インフェルノは目を閉じた。
歌が聞こえる、遠くから。
優しく心を包み込むような、優しい音色。
深夜過ぎ。
公演も終わり、ラクリマとテンクウは後始末を終えると団長に呼ばれ、宿の一室に呼ばれた。
そこには風変わりな格好をした男3人とシスターが1人。
花梨たちだ。
「初めまして」
挨拶をする花梨。
「すげー美人じゃねーか」
「だろー?インフェルノが血迷うハズだよー」
ひそひそ話す男だっちをスルーしつつ、花梨はまず謝った。
「私たちの連れがラクリマさんに迷惑をかけたようで…ごめんなさい」
「はぁ…」
「改めて、私たちからお願いしたいの」
花梨はラクリマを真っ直ぐ見つめて、
「彼…インフェルノは悪魔に取り憑かれています。それを祓えるのは『天使』だけなんです」
「天使……」
顔を伏せるラクリマ。
「私たちは、貴女の歌声こそその『天使』だと思っています」
「わたしは…天使なんかじゃありません」
ラクリマは肩を震わせながら、
「私は、魔女です…呪われてるんです、私の歌声は…人を救えるものではない…」
「ラクリマ…」
テンクウはラクリマを抱き寄せる。
「確かに貴女の歌声には力がある。」
呟くガルバ。
「しかしその歌声は破壊ばかりではないと思うんだ、今日の歌だって良かったよ?
ようは貴女の心の持ち様だと思うんだが」
「でも…あの人をどうやって救えと…見ず知らずの、あんな乱暴な人を…」
「うっ」
「そういわれると…」
「も、もう一度インフェルノに会ってくれないかしら!?きちんと話し合えばいいと思うの!
…それに無理に歌えとは言わないわ。インフェルノは言うだろうけど…
あの人も死にたくないのよ、死にたくないから今まで旅をして貴女を探していた」
「…でも、私は天使じゃありません」
立ち上がるラクリマ。
「私は魔女…いきなり天使だといわれても、困ります。…それでは、お先に失礼します…疲れているので」
出て行くラクリマ。
「やっぱりムリだったわね」
ため息を吐く花梨。
「どうも、ご迷惑をおかけしました…私たちも帰ります」
「ん、んん…彼にも宜しくな」
団長は花梨たちにそういいながら外まで送っていく。
「……私の力でもどうすることもできないな」
残ったテンクウは一人、呟きながら首にかけたペンダントを握る。
「死神は生きている人間を狩る能力はあっても、死者を狩る能力はない…」
◆◆◆◆
ラクリマはこっそりと部屋を抜け出し、牢獄のある小さな建物へと向かった。
「何かあったら声を上げてください」
「すみません、こんな夜更けに…」
看守から灯りを受け取りながら、ラクリマはインフェルノがいる牢へと向う。
(あ…寝てる……)
昼間とは打って変わって、結構可愛い寝顔である。
「うん…?」
灯りに気づいたのか、目覚めるインフェルノ。
「誰だ?」
「私です…」
「!」
ベッドから落ちながらも鉄格子のところまで詰め寄ってくるインフェルノ。
「………何で来た?」
随分と間の抜けたセリフであるが、彼なりに状況を把握したいのであろう。
「貴方のことが知りたかったからです…」
「早く歌え」
「…私は天使じゃありません」
「なに?」
「私は魔女です、私の歌声は滅びを呼びます…小さい頃、悲しいときがあったときよく歌いました。
すると、花は枯れ森は朽ち果ててしまったのです。天使がこんなこと出来ますか?」
涙を浮かべながら呟くラクリマ。
「人だって…殺そうと思えば殺せる…」
「それでも!…それでも私はお前が天使だと信じている」
「え…」
「私の中にいるエリザベスを殺してくれ…!頼む、私はもう苦しみたくない…!」
「……でも、私が歌えば……貴方も殺してしまうかもしれない」
ラクリマは顔を伏せる。
「人を、もう殺したくありません…」
「………」
「諦めて。私は天使ではないのよ…」
そういって、ラクリマは引き返し始める。
「それでも…それでも!」
叫ぶインフェルノ。
「私はお前が天使だと信じている!お前は私のために生まれて来たのだと!」
「……」
灯りが消える。
「…やっと、会えたのに」
インフェルノは膝をついて、項垂れた。
「私の天使…私の……」
END
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