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わたしはここにいる わたしはここにいる
暗い部屋の中にいる 誰か助けて、私を助けて
わたしはここにいる 暗闇なの中、涙を流して
――唄ってはなりませんと、人が言う……
こじんまりとした酒場にその悲しげな歌が流れ、そして後は旋律のようなハミングに変わる。
「これ、誰の歌?」
黒髪の、大層変わった格好をした剣士がレコードプレーヤーを見つめながら呟く。
「あぁ?それか、確かどっかのオペラの歌手だとよ」
酒場のマスターが答える。
「オペラ歌手?」
振り向く剣士。
その目は死んだような魚の目をして、薄笑いを浮かべていた。
これが彼なりの愛想のある笑みらしい。
「あぁ、知り合いがその歌手のファンで楽屋に通ってたんだと。
で、その歌はこっそり蓄音機で録音したそうだ」
「いい趣味してる…」
「辛気臭い歌だけどその後が良いんでな、まぁ録音したくなるのもわからんでもないが。
気に入ったのか?」
「心臓を鷲掴まれたような感覚がするね。この歌手の名前わかる?」
「何だったかな…確かレコードに書いてたと思うんだが」
マスターはプレーヤーを止めてレコードを見る。
「劇団コッペリウス…ラクリマ・カンツォーネ…」
肩越しに覗き見しながら呟く剣士。
「よし、覚えておこう。この劇団にいるんだね?」
「そうなんじゃないか?なんだファンになったのかガルバ」
「興味が湧いただけさー」
剣士…ガルバはそういって酒場を出る。
(コッペリウス…全然聞いたことないんだけど、まぁ大きな町に行けばわかるかな)
そう考えながら歩いているとフッと影が差す。
「!?」
ザッとその場を離れるガルバ。
ズドドドッ…!!!
ガルバが立っていた地面に紅い羽が無数に突き刺さった。
「ビシューヌ!」
天を見上げながら叫ぶガルバ。
「ガルバ=ツァーリ…今日こそは一族の仇、討たせてもらう!!」
空に鳥人がいた。
紅い羽と四本の腕を持つ紺の鳥人だ。
「しつこいねぇ…そんなんじゃモテないよ女の子にぃー」
バサァッと背中からビシューヌと同じ翼を生やすガルバ。
「やかましい!混血が!」
「ッ!」
飛んで羽手裏剣を避け、ガルバは羽ばたきながらビシューヌから逃げだす。
「逃げるなぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「まともに戦ったらお前が死ぬだろうが!」
「なっ…ナメやがって!!」
「違うっ!そういう意味じゃなくてだなぁ…!」
「黙れ!この鳥神族の恥さらし!」
(ダメだ、聞いてナイよぅ…また巻くしか…!)
ガルバはスピードを上げた。
◆◆◆◆
「お前らも遊ばないのかー!」
青水はバシャバシャと海に入りながら元気よく叫んでくる。
「私はいいわ、ゆっくり遊んできなさい」
答える花梨。
「インフェルノも行く?」
「趣味じゃない」
「そう」
飛剛は青水のもとへ駆けていく。
「いい年して…それよりもわたしは先を急いでいるのに」
「いいじゃない。息抜き息抜き」
ニコニコ微笑みながらインフェルノに言う花梨。
「それに青水の体力も回復させてあげないとね」
「あれで回復できるのか?」
「出来るんですって。変わった体質なのよ彼。もう身体がガタガタだから海の精霊の力を分けてもらうんだそうよ」
「精霊…?」
「物には魂が宿ると言われてるわ。それと同じでこの自然の中にも魂…精霊が宿るの。
青水も精霊のような身体…詳しくは聞いてないから解らないけれど…」
「人間なのか?あいつは?」
「さぁ」
即答する花梨。
「……あいつらとどうやって知り合ったんだ?」
インフェルノは座り込んで問う。
「とある島でちょっとね。それ以来一緒に旅してるの。私は目的のない旅だけど、彼らは後継者探しだって」
「後継者…」
「詳しくは知らない」
ニコっと微笑む。
この笑みが、彼女の心情を読めなくして凄く不安になる。
「天使、見つかるといいわね」
「あぁ……」
「とにかく…次は~」
ポケットからゴソゴソと地図を取り出し広げる花梨。
「今この海岸…ここら辺かしら。ここがマクベスで、貴方の住んでいた街っていうのは…ここ」
指で指していく。
「何…?戻ってきたのか私は」
「だいぶ離れてるけどね。南に行ったんでしょ貴方。ぐるりと回って来たんだわ。半島だものここ」
「…なんか損した気分」
「あははは、北に行けばいいのよー。しっかし当てずっぽうもここまでくると楽しいわねー」
「まさか住んでいた街から出るハメになるなんて思ってもみなかったんだ!」
顔を赤くして反論じゃない反論をするインフェルノ。
「…母さんに言われたとおり周りのこと知っておけばよかった」
「親の言うことは聞いておくモノよ~。…それじゃあ次はここにある町にしましょう。
結構大きいし商業も盛んだから、何かヒントが見つかるかもしれない。」
山岳地帯を指差しながら花梨は言う。
「ここのビールは美味しいわよ」
「そ、そうか…」
「あーあー花梨ったらインフェルノにベッタリだよ」
飛剛は呆れた顔で花梨たちを眺める。
「趣味悪いね花梨って」
「いや、普通に助けたいだけだろ。あいつは男にとことん尽くすタイプだ」
自信たっぷりに言う青水。
「はいはい…で、身体の方はどう?」
「もうこのまま海に住みたい」
言いながら沈んでいく青水。
「住めば?」
『女がいねぇ』
声だけが聞こえてくる。
『大体、不公平なんだよな!お前は風さえ吹いてりゃ大丈夫だしアヤカは火がありゃいい、んでユウカは太陽の光、
レイなんか地面がありゃOKだし反則反則。俺だけ海だもんよ』
「自分からそういう身体になったくせに文句いうな」
『仕方がないだろ』
顔を出す青水。
「海が相性良かったんだから」
「あんまり海に溶け込んでたらその内融合しちゃうんじゃない?」
「それでもいいけどな…」
答えながら飛剛の横を通り過ぎていく。
「もういいの?」
「あぁ、もう全快」
(ホントか…?)
振り返る青水。
「信じてないだろ!」
「うるさいよ、わかったわかった!!!」
呆れた顔をしつつ、飛剛は青水を浜へ押す。
「あ、もう済んだの?」
地図から顔を上げる花梨。
「あぁ。で、行き先は決めたのか?」
「えぇ、ここから西の山岳方面に向かうわ。大きな街があるの」
「よっしゃ、じゃあ行くか!」
「その前に着物着てね♪」
◆◆◆◆
商業都市トリエスティ。
街は城壁で囲まれ、出入りのための門はそれぞれ三箇所ある。
そこで旅人や商人のチェックをするのである。
過去に運送業者を装った盗賊団がいたそうで、それ以来チェックが厳しくなったらしい。
人が多く運送の多い街なので治安維持のため仕方がないといえば仕方がない。
「この街にはどれぐらい留まるの?」
門番が花梨に聞く。
「ちょっとわからないけど2,3日かしら。長くて…何週間?」
「一週間でいいじゃない」
突っ込む飛剛。
「一週間ですって」
ニコニコ微笑みながら答える花梨。
「解った、じゃあ期限は一週間にするよ。じゃあどこの門から出るの?」
「決めてなかったなぁ…。どこからでもいいってことに出来ない?」
「ダメ」
「適当でいいじゃねーか。どうせ外にでりゃどこ歩いたっていいんだしよ」
早く終わらせたそうに言う青水。
「そうね、じゃあ東門で」
「はいはい」
門番は紙に何か書き込み始める。
「はいこれ、通行証。期限は一週間、東門からしか出られないからね。期限が切れたら罰金か牢屋行きだから気をつけて。
一時的に外に出る場合は中で許可証取ってください」
「はぁ~い」
通行証を受け取る。
「やっと中に入れるわねー」
ワモッカを引きながら呟く花梨。
「面倒臭い町だな」
門をくぐりながらボヤくインフェルノ。
「仕方が無いわよ。人の出入りが激しいんだものそれなりに警戒はしておかないと…ってね。
久しぶりに美味しいご飯が食べれるわ♪ここは何でもあるから…インフェルノは何が好きー?」
「パスタ」
「うわ、意外と普通だ」
思わず声に出して呟いてしまう飛剛。
インフェルノは少し頬を赤らめて、
「…茹でるだけで簡単だから」
「パスタって…何味のパスタ?」
「塩だ」
「それって茹でるときに入れてる塩のことじゃないでしょうね」
「そうだが?」
「本当に茹でるだけかよ!!!」
「独りぐらしだったから仕方ないだろ。他人の作ったメシなんか食えんしな!
今は妥協して断腸の思いで我慢し食べてるが」
「それでも酷すぎる…」
金は使わず溜め込んでしまうタイプのインフェルノは生活面では凄く質素だったのである。
潔癖症が祟ってか、熱処理した料理の類しか食さなかった。他に食べていたものといえば栄養剤ぐらいだ。
「インフェルノのために美味しい料理を食べさせてあげるわ!」
「別にそこまでされる筋合いはないんだが」
「何言ってるの!料理は心を癒してくれるとてもステキな癒し系アイテムなの!」
「アイテムかよ。…どうでもいいから先に宿決めようぜ。今とっとかないと取れなくなっちまう」
呆れ顔で青水は花梨にいう。
「そ、そうね」
結局食事は宿の一階にある食堂になった。
食事の時は至って静か…というか、喋るのをやめて皆黙々と食べている。
青水も飛剛もそんなに慌てなくてもいいのに必死に食べるのだ。
インフェルノはただ淡々と食べ、花梨はニコニコしながらマイペースで食べている。
「ぬんっ!」
伸びてきた飛剛のフォークの気配を察知し、狙われていたオカズにナイフを突き刺してガードする青水。
「あぁっ!?セコイよ青水!一個ぐらいいいじゃないか!」
「そんな余裕ねぇな!これは全部俺のモンだ!」
「飛剛くんったら、おかわりすれば良いじゃない」
「わかってないよ花梨は…他人の料理の方が美味しそうに見える心理を」
「わかってたまるか。とにかく意地汚いことはやめなさい」
「ちぇっ」
「面白くねーの」
大人しくなる飛剛と青水。
ふと急にインフェルノがガタリっ…と立ち上がる。
「どこいくの?トイレ?」
「情報収集だ」
花梨に答えるインフェルノ。
いつの間にか綺麗に食べ終えている。
「一人だと道に迷っちゃうわ。私もついていく」
花梨も立ち上がる。
「ゆっくりしてこいよ。俺らもゆっくりしてるから」
「えぇ、じゃあいってくるわね」
青水に手を振りながら花梨はインフェルノと共に食堂を出る。
「どうして…」
「え?」
「どうしてお前はわたしに付き纏う」
インフェルノはスタスタ歩きながら問いかけた。
「私お節介さんだから。嫌がってもダメよ、ほっとけないもの」
「エリザベスに殺されても私を恨むなよ」
「恨みませんよ~」
ニコニコ笑って言う花梨。
「貴方がしたこと、誰かが裁かなくちゃいけないけれど…それはエリザベスがすることではないわ。
死者はもうこの世の者ではないんですもの。生きている人間に手を出すことはタブーよ」
「神がわたしを裁くと?」
「そう、地獄でね。それまでに神は様々な試練をお与えになるわ」
「何様のつもりなんだか・・・」
「うふふふ、神様を恨んでないで天使を探しましょ♪
あそこの角を曲がった先に酒場があるの。そこのマスターに聞いてみましょう。
酒場って旅人が集まって情報交換をする所だから色んな噂が耳に入ってきてるわよ~」
「マスター久しぶり♪」
「お、花梨じゃねーか。また連れが変わってるな、これで何人目だ?」
「さぁ」
いつもの笑みを浮かべて、花梨はカウンターの席に座る。
インフェルノも黙って花梨の横に座った。
「いつものちょーだいっ…インフェルノは何飲む?」
「え……ジュースでいい」
「せっかくなんだからアルコール取りなさいよ!よし、マスターこっちにはカンパリ。オレンジで割ってあげて」
「ちょっ…勝手に決めるな。なんだカンパリって」
「カクテル。それぐらい飲めるでしょー」
「……」
頭を抱えるインフェルノ。
「ねーマスター」
「なんだ?」
花梨に酒を差し出しながら返事をする。
「天使の噂とか耳にしない?」
「天使だぁ?」
「ちょっと天使探ししてるのよ。何か天使にまつわる場所でもいいから」
「それだったらここから北にいった山奥に天使を奉ってた神殿があるって話は聞いたことあるな」
インフェルノのカクテルを作りながら言う。
「神殿…」
「でももうトレージャーハンターに宝持って行かれてるだろうし、行っても無駄じゃないか?」
「宝物じゃなくて天使に用事があるのよねー…んー神殿ねぇ…」
「洞窟を通らないと行けないらしいし、オススメしたくはないな。ほらよ兄ちゃん」
カクテルを置く。
「何だって天使なんか探してるんだ」
「神様が探せって♪」
「いっつも思うがお前の神様は偉くアバウトだな」
「試練です試練!…ねぇインフェルノ、その神殿に行ってみ…インフェルノ?」
インフェルノの顔を覗きこむ花梨。
「どうしたの?」
「あ……?」
インフェルノの目から涙が流れていた。
「違う、これは…歌が……」
「歌?」
店内に流れている歌に気づく花梨。騒がしい店内で微かに聞こえるハミング。
インフェルノは頭を抱えて震えだす。
わたしは ここにいる
助けて
殺 し て わたしを 殺 し て わ た し は 魔 女
「うあっ…あぁぁぁ……」
泣きながら銃を抜いてこめかみに銃口を押し当てる。
「止めなさい!!!」
ぐいっとインフェルノの銃を持つ手を掴み上げる花梨。
「エリザベスの気配はないのに!?」
「歌のせいだな」
マスターがレコードを持ってくる。
「今コレをかけてたんだ」
「レコード?…劇団コッペリウス…ラクリマ・カンツォーネ…?」
「ラクリマの歌を聴いた者は死ぬって話さ。実際このレコードの持ち主は自殺してる」
「そんなモンを店でかけるだなんて悪趣味~…」
花梨はレコードを見つめるが、首を傾げる。
「別にコレといって何も憑いてないし呪いもかかってないけど…こんなに大勢が歌を聴いててもインフェルノのようにはなってないし…」
「そこらへんはしらねーよ。ただ自殺するヤツがいるからラクリマは魔女って呼ばれてるらしいぜ。」
「魔女…」
「なんだ今の歌は…」
正気に戻ったらしいインフェルノは、涙を拭いながら呟く。
「どうしてあんなことを」
「違うんだ、わたしの意志じゃない。あの歌が頭の中で響いてきて…『殺してくれ』って声が響いて…
それでわたしも死にたくなってきたんだ。今は全然、そんな気分じゃない。死んでたまるか」
「ハハハ。…何かしら、ハミング部分のリズムが特定の人間に悪影響を与えちゃうのかしら。専門外すぎてわからないわね…
ともかくマスター、これ流すの禁止!」
「しょーがねぇなぁ…面白かったのに」
「相変わらず悪趣味なんだから…」
お酒を一気に飲み干す花梨。
「インフェルノ、北に天使を奉っていた神殿があるんですって。行ってみる?」
「あぁ、虱潰しに行くしかないしな。」
◆◆◆◆
「マスターが言うにはこの洞窟を抜ければ神殿らしいんだけど…」
「真っ暗だな…」
「洞窟だしね」
花梨は短い呪文を唱えて槍の刃を指差す。
ポゥ…っと弱い光が灯る。
「これで灯りは大丈夫。あとは飛剛君にお任せするわ」
「了解っと」
飛剛は前に出て紅い篭手をつけた右腕を軽く振るう。
ゴウッ…!
「うわ!?」
よろめくインフェルノ。
一瞬の突風が洞窟に向かって吹いた。
「OK,いこう」
歩き出す飛剛。
「何をしたんだ?」
「風の精霊を操って洞窟の通路を調べたのよ」
「そ。この飛心剣は風を操れるんだ」
右手の篭手を見せながら言う。
「便利なモンだな…しかしどうみても『剣』には見えないが」
インフェルノの鋭いツッコミ。呻く飛剛。
「なんでこんなデザインしたんだよ青水!」
「あ?お前が邪魔にならない方が良いって言ってくるから篭手型にしたんじゃねーか」
どうやら青水がデザインしたらしい。
そんな会話をしながら一行は洞窟の奥へと進んでいく。
「…僕らの前に誰か来てるね、空気が違う」
「どう違うんだ?」
「人が通った後は独特の『気』が流れてるから解るの、僕にはね」
インフェルノに答える飛剛。
「トレージャーハンターかしら」
「さぁ…」
「グエッ」
『………?』
飛剛は自分の足元を、後続の面子は飛剛の足元を見る。
腹を思いっきり飛剛の足で踏みつけられている男が……いた。
「うわああああ!?何でこんな所で寝てるの!?」
慌てて足を上げる飛剛。
「ぐぅぅぅ…」
男は腹を押さえて身悶える。
「怪我してるわ」
駆け寄る花梨とインフェルノ。
「骨には異常ないな、腹はどうか知らんが…なんだこれ」
男の脚に突き刺さっている羽に気づく。
「うへぇ、何それ…」
「とにかく回復魔法かけるから、羽を抜いて」
ぶつぶつと呪文を唱え始める花梨。
インフェルノと飛剛は羽を抜いていく。何本も深く突き刺さっていた。
淡い光が男を包み込む。
「うう…助かった…死ぬかと」
回復魔法をかけられて痛みが薄らいできたらしく喋りだす男。
「なんでこんな所で寝てるんだよ」
「ちょっと追われてて怪我しちゃって…ここに逃げ込んだのはいいけど動けなくなっちゃったってワケ。
貴女のような美しい女性(ひと)に助けられるだなんて光栄です、わたしの名はガルバ=ツァーリ…貴女は?美しい方」
「元気ネェー…私は花梨よ」
苦笑しながら答える花梨。
「今夜お暇でしょうか?ぜひお礼に食事を…」
「青水みたいなヤツだね」
「俺とコイツを一緒にするなよ」
「まぁー元気で良かった良かった。とりあえず悪いけれど暇じゃないの。
この先の神殿を見に行かなくちゃいけないから。」
「神殿?」
起き上がりながら首を傾げるガルバ。
「わたしもついていって良い?何かお宝あるかな??」
「その望みは薄いかもねぇ…」
「……貴女一人をこんな洞窟に置いていくなんて出来ません」
スっと花梨の手を取っていうガルバ。
「僕たちがいるじゃない」
「男なんぞ見えん!さぁ行きましょうね花梨~」
「ほほほほほ、ガルバさんって冗談が得意なのねー」
ガルバに押されながら歩き出す花梨。
「…変な格好」
呟く飛剛。
「あぁ、変な格好だ」
頷く青水。
「インフェルノの背中の赤十字もどうかと思ったけどガルバの背中の方が壮絶だね」
「モロ出しじゃねーか、露出狂か?」
前から見るとぴっちりした鎧に身を包んだ剣士風のガルバなのだが、背中の部分が大きく露出していた。
わざとそういうデザインにしているようである。
「……お前らも人のこと言えない。変さは」
インフェルノは静かに二人にツッコミを入れた。
迷路のような洞窟を抜けると、底なし谷が待ち構えていた。
「うわ…落ちたら死ぬね、底が見えないや」
覗きこみながら呟く飛剛。
「狭い山道と…なるほど向こうに釣り橋があるわ」
「渡った先に神殿か…」
「いきましょー♪」
ルンルンと歩き出す花梨。
「どうした飛剛?」
青水は空を見上げている飛剛に問いかける。
「来る…」
「何が?」
ごぉぉぉぉぉぉ…!!!
「キャー!?」
「なんだ!!!?」
突然の突風に全員身を伏せる。
「何だ飛剛!」
「誰かが来た!」
「誰って誰だよ!」
「知らないよ!」
急に飛剛の表情がハッとなり、飛心剣を振るって風を操る。
ガギィッ
擦りあう音を立てながら紅い羽が空中で止まる。飛剛の風の壁が羽を押し留めたのだ。
「ガルバに刺さってた羽!?」
「ビシューヌに見つかった!?」
立ち上がって周りを見渡すガルバ。
「見つけたぞガルバ…!」
ごうぅ…と風を吹かせながら鳥人が降りてくる。
「逃げていないで戦え!私は何も恐れない、たとえお前がその我が一族に伝わる伝説の剣であったとしても!
私はお前を倒しその剣を取り返す!」
「…盗んだの?」
「サイテー」
冷たい視線がガルバに集まる。
「ははは、人聞きの悪い」
ガルバは生気のない笑みを浮かべながら、
「だいたいわたしと母を苛めたのはどこの誰だ、お前達鳥神族だろう。これは復讐、わかる?復讐なの。
人間の母と混血のわたしを苛めた責任を取らせて何が悪い」
「……」
奇妙な感覚になるインフェルノ。
「くっ…やはりお前の父を追放すればよかった!異端児は災いしかもたらさん!!!!
人間は悪の塊だ、お前の父は人間に誑かされて……」
「人間を下に見るのはやめろ!」
吠えるガルバ。
「我々は神の血を持つ、人間より上の存在だ」
「お前らも人間も全然変わりない!混血ってだけで除け者にする、全然かわんない!
それに関係ない母さんと父さんの悪口いうしっ…お前ら嫌いなんだよ!」
「何故お前を産み落としたのか…!災いの種め!」
「走れ!」
ガルバは花梨の手を引っ張って駆け出す。
「ちょっと!どうして私も一緒に逃げなくちゃ!?戦ってあげなさいよ!」
「戦ったら殺してしまう!できれば殺したくないんだ、もう鳥神族は俺とあいつしかいない…!
この剣たちが他の者を殺した」
「そうなの…」
「……」
インフェルノは走りながら銃を抜いて振り返る。
バンバンバンバン!!!
「くっ!?」
ビシューヌは急上昇して銃弾を避ける。
「インフェルノなにやってんだよ!!!」
足を止めて叫ぶ青水。
「あんなヤツ死ねばいいんだ…あんなヤツ!」
「お前、全然当たらないんだから無駄だってーの!」
インフェルノの肩を掴む。
「母親は…母さんは子供を愛してるから産んだんだ!母さんは悪くない!悪く言うヤツは死ねばいい!!」
「落ち着けインフェルノ、目がイってるぞ!」
「喧しい人間めがぁ!」
呪文を唱えながら腕を振るう。
ギュンッ
「!?」
空気が軋んだ音を立てる。
ボゥッ!!!
「ぎゃああ!!!?」
足元が爆発しその凄まじい突風に吹き飛ばされる青水とインフェルノ。
「うあああああ!!!?」
「青水たちが!?」
谷に落ちていく。
「お前達も仲間のもとへ行かせてやる!」
ビシューヌは再び同じ呪文を唱え腕を振るった。
ギュンッ
「クッ…!」
爆風を押しとどめる飛剛。
「精霊使いか」
「役に立ってるわよ飛剛くん!」
声援を送る花梨。
「そりゃどーも…でも僕は防御サポート専門だよ、一撃必殺が無いんだ。青水がいないと…
青水が上がってくるまで持ちこたえれるかどうかわからないね…」
「……わたしが変わりに」
腰に刺した四本の剣から二本抜いて前に出るガルバ。
「もともとはお前が原因なんだけど!」
「う!?仕方ないだろー!まさか二人が谷に落ちるだなんて…!」
「フフ…やっと戦う気になったようだなガルバ。
しかしその剣はもともと鳥神族のもの…腕が2本しかないお前には使いこなすことはできん!」
「二本で十分」
ばさっ…とガルバの背から翼が生える。
(あ、背中の露出はこのためだったのか…趣味かと思ってた)
心の中でコッソリ納得している飛剛。
「はぁぁぁぁ!!!」
飛ぶガルバ。
「はっ!」
突きを避けるビシューヌ。
「お前の攻撃パターンなどバレバレだ!」
「くぅ!」
ビシューヌの蹴りを剣で受け止める。
二人は空中で激しい攻防戦を繰り返す。
ガルバの方が防御に回っていた。ガルバは突きしか繰り出さないので軌道が読まれているのだ。
「…目潰ししてもいいかな?」
「怒られるんじゃない…?」
飛剛と花梨は二人の戦いを見上げていた。
「生きてるかインフェルノ」
「あぁ……なんとか…」
二人はなんとか助かっていた。
空中で青水が片手でインフェルノを抱きかかえ、氷心剣を崖に突き刺し足も踏ん張ってブレーキをかけながら滑り落ちていったのである。
今やっとその滑りも納まった。。
「…上に上がるのは無理だな、落ちすぎた」
「足…ハマり込んでいるが大丈夫か?」
インフェルノは青水の足を見つめながら呟く。
崖にめり込んでしまっている。不思議なことに血はでていない。
「あぁ、全然大丈夫。…仕方がねぇな、このまま底までいくぞ。ここに留まってても俺がしんどいだけだ」
ずぼっと足を引き抜いて言う。
「インフェルノ、不本意だが先に落ちているか俺と降りるか選べ」
「馬鹿かお前は」
「チッ…しっかり捕まってろよ」
「え!?」
剣を引き抜く青水。
「うわぁぁぁぁぁ!!!?」
◆◆◆◆
「我が一族が憎いなら殺せぇぇぇぇ!」
「くっ…!」
押されているガルバ。
スピードもパワーもビシューヌが上なのだ。
「ガルバさん!相手もそういってくれてるんだから本気だしなさい!」
叫ぶ花梨。
「できない!」
「ならばそのまま死ね!」
「なに!?」
腰に下げている残った二本の剣を引き抜かれる。
慌てて逃げるガルバ。
「はぁぁぁぁ!!」
剣を振るうビシューヌ。
イィィィィィン!!!
「きゃあああ!?」
「音波!?」
音とともに発生する衝撃波に膝を突く二人。ガルバは剣で中和したらしい。
「何故この剣を抜かなかったガルバ!コレさえあれば私を叩き落せたものを!」
「くそっ…!」
斬り合う度に硬質な音が響き衝撃が生まれる。
「なんなのよあの剣…!」
「どういう仕組みか知らないけど小さな音でも衝撃波として変換してるんじゃないの!?あーうるさい!!」
「ガルバさん!貴方は相手に失礼なのよ!」
叫ぶ花梨。
「復讐で剣を盗んで一族を滅ぼして、その復讐で追ってきたその人から逃げて…勝手すぎるわ!
真面目に戦って決着つけちゃいなさい!相手は覚悟決めてるんだから!貴方も覚悟決めなさい!」
「花梨……」
「もらったぁー!!」
「あぐ!?」
ガキィ…ン!!!!
「ソドムが!」
ビシューヌに弾かれた剣が谷に落ちていく。
「ガルバぁぁぁー!!!!」
「ぐっ!」
腹に剣が突き刺さる。
「うぉあああああああ…!!!」
「!」
剣を振るうガルバ。
身を捩るビシューヌだが、刃は彼の翼の根元を深く切りつけた。
「ぐぁぁぁ!!!?」
羽をやられ、谷へ落ちていくビシューヌ。
「がはっ……」
地に落ちるガルバ。
「ガルバ!!!」
花梨と飛剛は駆け寄り、剣を引き抜く。
「今魔法かけるから!」
「悪い…ね…二回、も…」
「喋っちゃダメ」
「大丈夫、骨は傷ついてない。腸に穴が開いてるだけだ」
「二人がかりで癒せば間に合うわ」
「お前さん、母親にコンプレックスでもあるのか?」
谷底に降り立った青水はインフェルノに問う。
「…別に」
「俺は父親にコンプレックスがあってなぁ」
「え…?」
顔を上げるインフェルノ。
「殺しちゃった。階段から突き落としてやった」
「悪いことしたのか?その父親は」
「別に。気に入らなかったから殺したんだよ。子供は親を乗り越えていくんだろ?だから殺して乗り越えたのさ」
微笑む青水だが、どこか狂気じみていた。
「もう昔の話だ。何千何万…もう俺たちは時間なんて無意味なぐらい生きている気がするな。…なんだあれ?」
「なに?」
二人は上を見上げる。
真っ直ぐに何かが落ちてくる。
「剣だ、ガルバの」
「上で何か…!?」
ザクッと剣が大地に突き刺さった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!
「地震!?」
「違う、逃げろインフェルノ!なんかあの剣ヤベェ!!!」
剣とは反対方向へ走り出す青水。
「なにがヤバいんだ!?」
つられて走りながら青水に問うインフェルノ。
背後で異様な音が立ち始める。
「なっ…」
後ろを振り返りながら目を見開く。
地面が割れ音を立てながら剣を中心に地面が波のように突き上がってくる。
「岩の槍だぜあんなの足元から生えられちゃ串刺しだ畜生、いくら俺でも身体がもう持たねぇ!!」
「追いつかれる!」
「死ぬ気で走れ!!」
「うわっ」
倒れるインフェルノ。
「医者は体力勝負だろう!」
「無茶をいうな無茶を!」
ビシシシシ…
なんとか、インフェルノの手前で収まる。
「た、助かった……」
「剣のところに行こう、拾いに来るだろうし」
「あぁ…」
二人は剣のもとへと歩み始める。
「恐ろしい剣だな…もし血で手が滑って落としたりしたら街が崩壊するな」
「血…血の匂いがする」
呟くインフェルノ。
「…本当だ。あっちか」
駆け出す青水。
槍のような岩の柱の間をすり抜け、足を止める。
「……ヘタしたら俺達もこうなってたのか」
「…串刺しか」
見上げて眉を寄せる。
二人の視線の先には、岩の柱に串刺しになったビシューヌがいた。
「ぐっ…ぬっ…ぅぅ」
剣を持たぬ方の手をついて、じたばたもがいている。
「今助けてやる」
氷心剣を抜く青水。
「がはっ……」
血を吐き、項垂れるビシューヌ。力が抜けた両手から剣が落ちる。
片方の剣が地面に突き刺さるとイィィィィンッ…と耳障りな音を立てながら周りの岩にヒビを走らせた。
「死んだか…可哀想にな、あっけない最後でよ」
柱を斬り倒す青水。
「死とはそういうものだ。実にあっけない」
「医者がそんなこというなよ…」
「事実だ」
ふいに風が吹く。
「生きてる?」
飛剛がスっ…と姿を現す。
「俺達は生きてるが…」
「…死んじゃったか」
ビシューヌを見下ろしながら呟く飛剛。
「ガルバは?」
「今花梨に治療されてる。腹に穴開いちゃったんだ。」
ガルバの剣を回収しながら答える。
「ガルバは花梨に任せて僕たちは神殿を見よう」
「あぁ、そうだな。すっかり忘れてた」
「忘れるなよ!!!」
「他人事だからな、ハハハハハ」
◆◆◆◆
街の門を出る一行。
「結局神殿は荒らされて廃墟になってたし、何も収穫なかったわね」
ため息を吐く花梨。
「ガルバさんもちゃんと安静にしてるかしら」
「散々花梨を口説いてたからな…悪趣味な野郎だったz ぐはぁ!!」
花梨の蹴りが青水の顔面に命中する。
「人間よりは丈夫だし大丈夫だよきっと。」
「そうだと良いんだけど…ナンパで体力使い果たして死んじゃわないかな…心配だわ」
「いくらなんでもそんな器用な真似できるかッ…」
後ろから馬の足音が響いてくる。
「すみません旅のお方、劇団コッペリウスの馬車が通ります故、背後にお気をつけください」
馬に跨ったシルクハットに黒マントの金髪の男が一行の横に止まるとそう告げた。
「劇団の馬車?」
「はい、もう間もなく…ひっかからないようご注意を。美しい方」
ポンっと手から薔薇を出して花梨に差し出す。
「まぁありがとう♪ 魔法?」
「手品です、それでは」
男はクスっと微笑みながら走り去る。
「劇団コッペリウス…あ、あのレコードの」
「レコード?」
「うん、それが…」
「あ、来た」
大型の馬車が二台、スピードを出しながら横を通り過ぎていく。
「あ……」
声を上げるインフェルノ。
その目は馬車に乗るものを凝視していた。
二台目の馬車の後ろに腰をかけて外を眺めている女性…紅い薔薇を持った金髪の女性を。
どこかで会った。
どこかで観た。
知っている。
わたしは知っている。
「インフェルノ!?」
走り出すインフェルノ。
「待て…!ちょっと待てぇ!!!」
追うが馬車の方が早い。
すぐに見えなくなってしまう。
「ハァッ!ハァッ!ハァッ!」
肩で息をして膝を付くインフェルノ。
「どうしたのインフェルノ!?」
「天使が…天使がいた!」
「なんですって!?」
「さっきの女だ!さっきの女が天使だ!!!」
指を指しながら花梨に噛みつかんばかりに叫ぶ。
「どうしてわかったの?」
「わからない、けどアレだ、アイツが天使なんだ!」
「デンパ飛び始めたんじゃねーの?」
「そんなんじゃない!わたしは真面目に…!!!」
「…貴方が天使だと思うのだからそれが天使なのよ」
優しくいう花梨。
「多分、その女性にインフェルノを救う何かがあって、その力にインフェルノが反応してるのよ」
「あの馬車は劇団だったな…」
立ち上がるインフェルノ。
「えぇ、劇団を追いましょう…」
END
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