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 早朝、花梨たちは手配した馬に跨った。

 このまま線路沿いを走りその途中で聖騎士団と合流し、街へと攻めるのである。

「とても危険だけど、ガルバさん本当に手伝ってくれるの?」

「借りがあるしね。それにここまで来たんだから最後まで付き合うよ」

「ありがとう」

「僕はどうでもいいんだけどな…」

「飛剛君は不死身だから重要戦力!」

「別に不死身ってワケでもないんだけど…」

 肩を落とす飛剛。

「行こう」

 花梨の後ろに座るインフェルノが呟く。

 彼はどうしても馬を上手く扱えず、結局花梨の後ろに乗ることになったのだ。

「そうね」

「待ってインフェルノさん!」

「ラクリマ!?」

 ラクリマが走ってくる。

「どうしたんだ?」

「……見送りがしたかったんです」

 肩で息をしながら答えるラクリマ。

「帰ってきますよね」

「あぁ、帰ってくる。また、会える」

 その言葉に胸がギュっとなるラクリマ。

(どこかで聞いたような…)



  「また、会える?」



 少年は問う、黒い瞳をまっすぐに向けながら…不安げに。

(あ……!)

 顔を上げた時、もう馬は走り出していた。

(インフェルノさん…テネブレに似てる…?)

 遠い昔の記憶だ。

 色んな所を渡り歩いているうちに思い出の奥底に沈んでしまった記憶。

 つかの間の出会いだったけれども、鮮明に思い出せる。

(まさか、偶然よ…でも…)

 インフェルノとテネブレが重なった瞬間、彼だと思えて仕方が無くなる。

 出会った街の名前も場所も覚えていないけれど。

 少年と約束した、「また会おう」と。「会いに行く」と。

 ラクリマは思い立ち、引き返した。







 朝食を済ませたラクリマが向かった先はマークの家であった。

 墓に書かれていたフルネームを頼りに村人に聞いて教えてもらったのだ。

「どちらさま?」

 中年の女性が出てくる。

「あ…あの、私ラクリマ=カンツォーネと言いまして、マークさんの…」

「友達かい?はいんなよ」

 微笑んでラクリマを招く女性。

「え?あ、いえ…はぁ失礼します」

 コクンコクン頷きながらお邪魔するラクリマ。

 中は小ざっぱりとしていた。

「マークの友達にも綺麗な子がいるんだねぇ」

「そ、そんな…あの、マークさんのことですけど…」

「あぁ…あの子も可哀想にね…何もあんな酷い殺し方…」

「…一体、どんな…あ、すみません変なこと聞いてしまって!」

 慌ててパタパタ手を振る。

「いいんだよ、事情の知らない子はみんなそう言ってね。まぁお座り」

 ラクリマは椅子に腰掛ける。

 女性…マークの母親はコーヒーをカップに注ぎ、ラクリマに差し出すようにテーブルに置く。

「自殺だったんだよ。自分の舌を噛み切ってね」

「舌を…?」

「暴行されていたって…追い詰められたんだ…殺されたも同然だよ」

(…インフェルノさんもそれを自覚してたのね)

「マークは良い子だったのに……なんて酷いことを」

「ごめんなさい、イヤなことを思い出させてしまって…。」

「気にしなくてもいいんだよ」

「ここには一人でお住まいで?」

「そうだよ、一人は寂しいからアンタみたいな来客があると楽しいわね」

 微笑む母親。

「あの、マークさんのお部屋って見れますか?」

「あぁ、いいよいいよ。なかなか片付ける気が起きなくて散らかってるけど」

 立ち上がりながら階段を上っていく。

 ラクリマもその後を追った。

「ここがあの子の部屋。何か欲しいものがあったら持って行ってもいいよ」

「失礼します」

 部屋に入るラクリマ。

 本棚が多い。

 医学書や小説が並んでいる。

(あ、これ恋愛小説だわ。あ、このパンフレット…私が出てた映画)

 机の引き出しを開く。

 大量の手紙が入っていた。

「そこにはマークがくれた手紙を入れてあるんだよ」

「読んでもいいですか?」

「構わないよ」

 ラクリマは一つを手にとって、手紙を取り出した。

 学校の話、家族へ当てた文章…。

(あ…!?)

『――というわけで新調した最新のカメラで撮った写真を送ります。

 カメラの操作よりインサニアが中々笑わなくて苦労したけど。』

「インサニア…あの子の名前も…」

 封筒の中に残っていた写真を取り出す。

 赤い髪の男が黒髪の男の頬を引っ張っているコントみたいなカラー写真。

 その黒髪の男…髪型も雰囲気も違うが、目がインフェルノそのままであった。

 むしろ、あの少年をそのまま大きくしたような姿であった。

(やっぱりインフェルノさんはテネブレ……)

「…あ、ありがとうございました」

 ラクリマは手紙を戻しながら言う。

「ごめんなさい、私もう行かないと」

「そうなの?ゆっくりしていけばいいのに」

「急にお邪魔したのにもてなしをしてくださってありがとうございました」

 母親に礼をして家を出るラクリマ。

「だったら、私はどうすればいいの?」

 自問するラクリマ。

 テネブレは…インフェルノは理由はともあれ自分を探していた。そして出会った。

 でもそれで約束は果たせたことになっていない。

 『必ず会いに行く』と約束したのは自分の方…このまま待っていていいのだろうか?

 テネブレは帰ってくる?

 解らない…そう、解らないのだ…生きて帰ってこれるかどうか解らない。

 それを待てというのか、現状の助かる方法は自分の『歌』しかないというのに。

(一人ぼっちはイヤ…)

 走り出すラクリマ。

 会いに行こう、そうだ会いに行かねばならない。

 じゃないとインフェルノは恐らく死んでしまう、そんな気がする。

 気がするだけで死なないのかもしれない、けれども不安が拭えない。

(確かインフェルノさんが乗らなかった馬が残っていたはず…)

 馬のもとへ辿り着くラクリマ。

 縄を解き、馬に跨る。

「走って!」

 馬は一声嘶いて、走り出した。



   ◆◆◆◆



「久しぶりです花梨様」

「元気そうね薊アザミ」

 握手を交わす花梨と聖騎士団団長である薊。

「先行した兵からの連絡によると事態は深刻です」

「でしょうね…行きましょう」

「はっ!」

 聖騎士団と合流した一行は前へと進んでいく。

「あの車両だわ」

 インフェルノが切り離した車両が線路上にまだあった。

 モンスターの姿は見当たらないが、車掌の死体があのままドアに張り付いていた。

 触手が飛び出しているということはモンスターが潜んでいるということ。

「酷い…とにかくあの車掌さんを降ろしましょう。気をつけてね」

 聖騎士たちは槍を構えながら近づき、一人の兵が剣を手に持ちながら車掌に歩み寄る。

 手を伸ばす…その瞬間、車掌の目が見開いた。

『ギィィ…!!』

 車掌が騎士に飛び掛る。

「こいつら死体に寄生しやがったのか!」

 剣で車掌を斬りつけると中から不気味な肉が湧き上がる。いや、溢れているのだ。

「浄化魔法を!」

 一斉に呪文を唱え、大地に十字の聖なる光が浮かび上がり車掌の死体を巻き込む。

『ギャアアア…!!!!』

 光が収まると、車掌の死体だけが転がっていた。

「…許せないわ、死者を冒涜する行為は絶対に許せない」

 花梨は唇を噛み締めながら呟いた。






 街に辿り着く。

「魔物が見当たらないわね」

 氷りついた駅を眺めながら呟く花梨。

「青水の氷が結界になってるんだ。氷のフィールドの中にモンスターは入って来れない」

「ということはその外へ出たら激しい戦闘になるってわけね」

「そういうこと」

 花梨に頷く飛剛。

「それじゃあ私たちはエリザベスを打つわ、聖騎士団はその援護をして!」

 馬から降りて槍を手に取る花梨。

「インフェルノ、エリザベスの場所はわかるわね?」

「あぁ、なんとなくだが」

「行きましょう!」

「ユーグ隊、クラオン隊は街の浄化に向かえ、私と残りは花梨様に続け」

 薊が指揮し、それぞれ進軍し始める。

 完全に形になっているモンスター達が近づいてくる。

「上はどうにかする、いくぞ飛剛くん」

「はいはい」

 飛び上がるガルバと飛剛。

 そして飛行タイプのモンスターと戦闘をし始めた。

「エリザベスはどこに!?」

「わからん、だが離れているのは何となく解る」

 インフェルノは銃を撃ちながら答える。

「恐らく、エリザベスの屋敷だ」

「遠い?」

「少しだけな」

 モンスターを撃退しながら進む。

 その数は多くなっていく一方だ。

「このままじゃやられるぞ花梨」

「ええーい仕方が無いわ!薊、あとは任せた!」

「花梨様!?」

 花梨はインフェルノの手を掴むと呪文を唱えて姿を消した。






 街が見えてくる。

(あそこはモンスターで溢れかえっている…)

 あの光景を思い出して身震いするラクリマだが、キっと前を見た。

「テンクウ、私を守ってください…」

 呟きながら馬を走らせ街の中へ入った。

 モンスターたちは聖騎士団に惹かれてそこへ向かったのか見当たらなかったが、

 少し走るとモンスターが1、2匹現れ始めた。

 不意に手綱を握る手に手が添えられる。

「ひゃっ!?」

「怯えず、そのまま走って!」

「テンクウ!?」

 いつの間にかテンクウがラクリマの後ろに乗っていた。

「ど、どうして!?」

「貴女を守る為です」

 微笑みながら答えるテンクウ。

 そして漆黒の鎌を構える。

「インフェルノがいる場所まで案内します、化物は私に任せて!」

「はい…!」

 ラクリマはテンクウの指示に従って馬を走らせる。

 その途中、聖騎士団と遭遇した。

「お前は…!」

 薊は通り過ぎていくテンクウの顔を見て絶句し、して我に帰って叫んだ。

「死神一族!!!」

「うぐぁぁ…!?」

「テンクウ!!!?」

 テンクウの背中に鎖のついた鉄杭が突き刺さり、そのまま馬から落ちる。

 ラクリマは慌てて馬を止めて振り返った。

 テンクウを突き刺した杭の鎖の先はは薊の手の中であった。

「おのれ死神一族!よもやこんな所で会おうとは!」

 怒りに満ちた声で叫ぶ薊。

「来てはいけませんラクリマ…行って下さい」

「そんなテンクウを置いて…!」

「行きなさい!」

「!」

「早く!」

 ラクリマは馬を走らせる。

「本来ならば、貴方たちなんか一瞬で殺せるんですが…今はそういう状況じゃありませんね」

 見下ろす薊に笑みを浮かべるテンクウ。

「よくわかってるじゃないか。…さらばだ死神!」

 槍を突き刺す薊。

「なっ…人形!?」

 テンクウの姿から人形に変わった。

「おのれ死神一族…舐めた真似を…!!!」



   ◆◆◆◆



 突然、花梨とインフェルノは姿を現せる。

「ここは…?」

 見回すインフェルノ。

「インフェルノの感覚を頼りに飛んでみたの…どうやらエリザベスの屋敷の前みたいね」

 屋敷を見上げる花梨。

「あぁ…この中にエリザベスが待っている」

 腰に下げていた氷牙剣を鞘から抜くインフェルノ。

「行こう」

「えぇ」

 屋敷の扉を開く。

「ようこそ、お待ちしておりました」

 召使が一礼する。

 二人は武器を構えるが、召使は無表情のまま直立していた。

「エリザベス様はインサニア様のみを通せとおっしゃっていました」

「なるほど…花梨、あいつをまかせた」

「インフェルノだめよ」

「大丈夫、私には青水がいる」

「…気をつけて」

「あぁ」

 インフェルノは召使の横を通り過ぎ、階段を上っていく。

「さて、貴女を倒してエリザベスの元へ向かわせてもらおうかしらね」

「……」

 ジャキンっと太く鋭い爪を生やす召使。

 同時に間合いを詰めた。



  ガキィッ・・・!



 ギチギチと槍と爪が音を立てる。

「貴女は何?魔族?」

「答える義務は御座いません」

「そう」

「!」

 花梨の蹴り。

 召使は後ろに飛んで交わすが花梨はそのまま槍を回転させ突き出す。

 しかし召使はしなやかに身体をくねらせてその攻撃も避けた。

「はっ!」

 召使は地を蹴って素早い動きで爪を振るってくる。

「くっ!」







「エリザベス…」

『お帰り、先生』

 部屋に入るインフェルノ。

 エリザベスは冷たい笑みを浮かべて椅子に座っていた。

『随分と人間くさい顔つきになってきましたわ。あの女のせいかしら』

「お前を倒す、私の帰る場所はココではない」

 駆け出すインフェルノ。剣を握り締めて。

「でりゃあああ!」

 剣を振るう、しかしエリザベスの姿は掻き消え、座っていた椅子が真っ二つになるだけであった。

「どこだエリザベス!?」

『インフェルノ後ろだ!』

「何!?」

 青水の声に振り返るインフェルノだがそのまま何かに殴られ床を転がる。

「げほっ…!」

『良い剣を生かすのは腕の良い騎士だけだとリリが言っていたわ…貴方には宝の持ち腐れね』

「…!」

 顔を上げ、絶句するインフェルノ。

 エリザベスの前に男が立っていた。

 病院の白衣を着た赤い髪の男。

 しかしその顔は死者の顔であり、口からは止め処なく血が流れていた。

「マーク…!?」

『私のお気に入りよ。貴方にとっても、ね?』

「…」

 立ち上がるインフェルノ。

 マークは微笑んでいた。

 あの明るく人懐っこそうな笑みではなく、狂った笑みであった。

『…どこを切ってほしい?腕?足?それとも縛られたい?インサニア』

 マークの両手が包帯のような形をした無数の刃に変化する。

「どれもイヤだな」

『じゃあ斬ってやるよ!痛いけど後で繋いであげるから!』

「くっ…!」

 無数の刃がインフェルノに襲いかかる。

 インフェルノは剣で刃を牽制しながら逃げるように走り出す。

「邪魔をするなマーク!」

『ヒャハハハハハ!!!!』

「!」

 飛び掛ってくる。

『斬れインフェルノ!!』

「くそ!」

 剣を思いっきり振るう。

『ギャアアア!!!』

 刃ごと身体を斬られ姿を消していくマーク。

『走れ!』

「エリザベス!!!」

 エリザベスに向かって走り出し、再び剣を振るうインフェルノ。

 その刃はエリザベスの肩から入り、そして腹の辺りで止まった。

「なっ!?」

 一瞬の出来事に驚きながらも剣を引くがびくともしない。



  バンッ!



「ぐあ!?」

 電流が走ったかのような衝撃に、柄から手を弾かれるインフェルノ。

『忌々しい剣。お前が邪魔なのよいつもいつも』

 呟くエリザベス。

「青水を返せ!!」

 銃を抜いて発砲するが、弾はエリザベスを通り抜けて後ろの壁に穴を開けるだけだった。

『ここは地獄、わたしのテリトリー…貴方は私を殺せない。私は貴方を殺せるけれどね』

「うぐっ!」

 後ろから首に何か巻きつき、そのまま後ろへ倒されるインフェルノ。

「…!」

 マークであった。

 マークの袖から伸びた包帯のようなモノがインフェルノの首に巻きついたのだ。

『そういうのはいくらでも蘇るわ。さて、そのまま首ネジっちゃおうかな?

 それとも引きずって遊ぼうかしら』

「くっ…うぅ…!!」

 包帯に爪を立てながらもがくインフェルノ。

『時間は永遠にあるわ、永遠に……』








「ね…ねこ、だったの…」

 花梨は膝を突きながら槍の先に突き刺さった黒猫を見つめる。

 召使は猫が化けた姿だったのだ。

「き、キツいわね…もう魔力がないわ…」

 わき腹を押さえながら倒れる花梨。

 勝負は短時間で決まった…というよりも双方持久戦は不利だと判断したのだ。

 全ての力を一瞬に使い果たし、花梨が勝利した。

「花梨さん!?」

「え?どうしてこの声が…」

「花梨さん!!!!」

 ラクリマが駆け寄り花梨の身を揺する。

「ら、ラクリマ!?どうしてこんなところに!?」

「テンクウさんに途中まで…」

「テンクウさんが!?テンクウさんは!?」

「その…騎士の人たちに襲われて…」

 涙をぽろぽろ流し始めるラクリマ。

「……ラクリマ…イタタタタ」

「大丈夫ですか!?」

「だいじょーぶ、もう少し休めば魔法が使えるから…」

 キョロキョロ周りを見回すラクリマ。

「インフェルノさんは…?」

「エリザベスのもとに向かったわ」

「いけない!!」

 ラクリマは立ち上がる。

「花梨さん、エリザベスはどこに!?」

「いけないわラクリマ、一人でなんて行かせられない」

「行かせてください!もうテンクウさんみたいな悲しいめに会いたくない」

「…二階に行ったわ」

「ありがとう花梨!」

 去っていくラクリマ。

「…結局私、なにもしてあげられなかったわ」

 呟きながら、花梨はゆっくりと再び倒れた。






 ラクリマはその部屋に辿り着く。

 中ではインフェルノがマークに首を絞められながら腹を何度も踏みつけられていた。

「ぐっ…ぅっ…」

 血を吐きながら呻いているインフェルノ。

「やめてぇぇ!!!」

 叫びながらラクリマはマークに抱きつく。

「お願いやめて!死んじゃう、インフェルノが死んでしまう!!」

『邪魔だよ』


  ゴッ


 マークに殴られ倒れるラクリマ。

『あら、丁度良かった。殺したかったのよ貴女』

 エリザベスが立ち上がって言う。

『インサニア先生、意識まだあるわね?』

「う…」

 エリザベスに顔を蹴られるインフェルノ。

 その目は虚ろであるが、まだ意識はあるようだ。

『絶望を味あわせてあげるわ。…さて、ラクリマさんでしたっけ?死んでね』

「ひっ…」

 青ざめた顔でラクリマは腰が抜けたまま後ろへ後ずさった。

 このままでは殺される。

 死にたくない、死にたくはない…歌わないと。

 滅びの歌はだめだ、インフェルノも死んでしまう。

 インフェルノが死なないですむ歌…自分達とそいつらとの決定的に違う部分は……

 歌を口ずさみ始めるラクリマ。

『!?』

 エリザベスは足を止め、マークを見る。

 マークは狂気の笑みから一変し、悲しげな表情を浮かべていた。

 ラクリマは立ち上がり、その歌声もより強く、よりはっきりとなってくる。

『レクイエム…!』

 スッ…とマークの姿が消え、解放されるインフェルノ。

『何なのこの歌!忌々しい…忌々しいわ!やめなさい!!やめて!』

 耳を塞ぎながら叫ぶエリザベス。

『イヤ…引っ張られてる…!?違う、この女わたしを地獄に押し込もうと…!!』

 エリザベスはラクリマを睨むが、ラクリマは怯えることもなく強く歌う。

(もう人が死ぬのを見るのは見たくない…貴女は悲しい存在だけれど…

 こっちにいればもっと悲しいだけなのよ…)

『お前も連れて行ってやるわ!お前もインサニア先生も!!!』

「!」

 視界が真っ暗になる。

 闇の中に浮遊しているような、落ち着かない感覚。

 歌っているのかどうかさえ解らない。

 だがエリザベスにインフェルノが連れ去られてしまう、そう思った瞬間身体が動いていた。

『インフェルノさん!』

『なっ…!』

 ラクリマはエリザベスに体当たりをする。

『離して!』

 二人は闇の中へ中へと落ちていく。

『インフェルノさんの代わりに…私でいいでしょう…?』

『バカじゃないの貴女…!』

『見たくないの、好きな人が死ぬ姿…』

 涙を流しながらラクリマはエリザベスを抱きしめる。

『……』

 エリザベスは黙ってそれを受け入れた。





  涙の日、その日は


  罪ある者が裁きを受けるために


  灰の中からよみがえる日です。


  神よ、この者をお許しください。


  彼らに安息をお与えください。





「ラクリマ…!」

 インフェルノは崩れ倒れるラクリマを抱きとめる。

 エリザベスが消えると同時にラクリマも倒れたのである。

「ラクリマ!?おい返事をしろラクリマ!!!!」

「……」

 ラクリマは魂が抜かれたような表情で歌を口ずさんでいた。

 たどたどしく、消えそうな声で。

「どうしたんだ…ラクリマ…なぁ、返事をしてくれ……」

 ラクリマを抱きしめるインフェルノ。

「インフェルノ…」

 花梨が駆けつける。

「ラクリマが…ラクリマが返事をしないんだ」

「…」

 花梨は歩み寄り、ラクリマに手を翳した。

「…意識だけがないわ。もしかしたらエリザベスに持っていかれたのかも」

「なに…!? どうにかならないのか」

「……」

 首を横に振る花梨。

「ラクリマ……」

 インフェルノは、涙を流しながらラクリマの頬を撫でた。



   ◆◆◆◆



 ノルトラインの駅。

 そのホームで花梨たちはインフェルノを見送りに来ていた。

 インフェルノは普段どおりの格好で、その前には車椅子に座るラクリマがいる。

「どこに行くか決めてるの?」

 花梨はインフェルノに問う。

「ない。…適当に大きな街に行って医者をやるつもりだ」

「そうなんだ」

「お前達はどうするんだ?」

「私は調べたいことが出来ちゃったからその調査の旅かな」

 にこやかに答える花梨。

「僕はこいつを知り合いの所に預けに行くよ。邪魔だから」

『テメー…』

「その後は、まぁ本来の目的を果たす為に旅をするよ」

 飛剛は氷牙剣を振りながら答える。

「本来の目的?」

「秘密」

「そうか。ガルバは?あいつはどうしたんだ?」

「私と一緒に旅しようって誘ったんだけど一人旅の方がカッコイイとかいって行っちゃった」

「何を考えてるのかさっぱりわからんヤツだったな」

「ガルバさんらしいといえばらしいかな?」

 クスクス笑う。

「それじゃあ元気でね」

「あぁ…ありがとう、世話になったな」

「ちゃんとお礼言えるようになったのね!エライ!」

「褒めることでもないんじゃないの」

 飛剛にツッコまれる花梨。

 インフェルノは苦笑しながら車椅子を押しながら汽車に向かう。

「これでよかったのかしら」

「良かったんじゃないの?青水なんか死んだ彼女の体を冷凍保存してるほど未練がましいよ」

「まぁ悪趣味。ちゃんと供養しないと化けて出ますよー」

『人の勝手だボケ!…ま、ハッピーエンドじゃあなかったが、バッドエンドじゃなかったんだ。

 よかったじゃねーか。皆が皆ハッピーエンドだったらこの世に悩みなんか生まれねーわな』

「そうね……」

 しゅんとした顔で呟く花梨。

「インフェルノのこと好きだった?」

「やーねぇ、私の好みの男は金髪の王子様なんだから♪」

「はいはい…」





 エリザベスが消えたお陰で街は浄化するのみとなった。

 それは教会が全てやるだろう。

 そして何事も無かったかのように街が出来上がり発展していくのだ。

「…」

 インフェルノはラクリマの横に座り、窓の外を見る。

 ゆっくりと動き出す汽車。

 花梨たちがホームから手を振る。

 振り返したほうがいいのだろうかと迷ったが、振らないでおく。自分には似合わない気がした。

「ラクリマ…」

 インフェルノはラクリマの髪を摘んで弄る。

 彼女は意識を戻す気配すらなく、ただインフェルノのために歌を歌い続けている。

 いつか、いつか意識が戻るかもしれない。

 だから一生彼女の面倒を見ると決めた。自分が死ぬまで一生をかけて。

「そういえば…」

 ふと思い出すインフェルノ。

「凄く昔だが…私が小さい頃にお前に似てじゃじゃ馬な娘がいたんだ。

 一回しか会ったことがないけれど、お前と同じ歌が上手くてな…あれお前だったのかな?」

 インフェルノは苦笑しながら言うと、ラクリマを抱き寄せた。

「その時は嫁にしようと思い立ってまた会えるか聞いたんだが、それ以降会わなかったから忘れていた。

 お前だったら傑作だな。あぁ…これがロマンティックってヤツじゃないのかラクリマ?」





 汽車は走る。

 線路の上を。







END

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