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 俺は壊れてしまったかもしれない






 スネークはシャドーにぽつり呟いた。
「…壊れてしまっても拙者、スネーク殿を慕っておるよ?」
「ありがとうシャドー」
 涙が出ない。
 枯れ果てたのだろうか、それとも心が本当に壊れたのだろうか。
「ジェミニ殿と、その…アレでござろう、無理やりされているのでござろう?嫌なら嫌と…」
「ちょっと変ったプレイと思えば」
「スネーク殿!」
「いや…なんか、あいつがおかしくなった原因が俺にあるとしたら多分、ある程度付き合ってやらないといけないなって思うんだ。」
「スネーク殿が限界じゃないか!」
 スネークを抱きしめるシャドー。
「言ってくれれば、拙者はジェミニ殿を討てる」
「言う…?」
「救ってくれ、と」
 シャドーは朱い瞳でスネークを見つめる。
 そうだ、心の中で何度も言っていたじゃないか「助けて」と。





 何故だろう




 何故

 言葉が出ない?



 簡単なはずなのに




「シャドー…」
 スネークはシャドーの腕を握る。
「た、たす、け………」
「スネーク」
「!?」
 スネークは咄嗟にシャドーから身を離す。
「ジェミニ殿」
 シャドーが神妙な面持ちで、スネークの名を呼んだ声の主を見た。
「スネークは俺のものだ。触るな」
 スネークの腕を掴んで引き寄せるジェミニ。
「ジェミニ殿、拙者は許せないでござる。スネーク殿を苦しませて」
「だったら助ければ?いいんだよスネークがいいっていったんだからな!」
「スネーク殿はジェミニ殿ではないぞ、他人だぞ!」
「スネークは俺だ!お前、ぶち壊すぞ……!!」
「ジェミニ…」
 スネークが二人の間に入る。
「やめてくれ、シャドーは仲間じゃないか。仲間が仲間を思うのは当然だろう?
 なぁシャドー、ジェミニの言うとおり俺から良いって言ったから…な?もう、いいんだ」
「……それでも拙者は」
「シャドー…いいから」
「……」
 シャドーは一歩下がり、そのまま影の中へ消えていった。
「…もうあいつと喋るな」
「……無理だろ、俺たち友達だし」
「お前は孤独なんだ」
「!?」
 ジェミニの虚ろな目がスネークを見る。
「お前は孤独、そうだろう?だってお前は醜いから。お前を好きになるやつなんているのかなー?」
「……」
「ねぇスネーク?俺の部屋にいこうか?」
「あ、あぁ……」




 ジェミニの部屋は落ち着かなくて好きじゃない。
 所々に鏡がある。全体的に白い。明るい。

 醜い俺の姿が、くっきりと見えてしまう。

「あぁぁぁもう!俺の言いつけぐらい守れよお前は!!」
「ごめ、んなさいっ…ごめん、じぇみに、痛い、ごめんっ…許して…!!」
 ジェミニに何度も蹴られながら必死に訴えるスネーク。
「俺は誰にも媚びない!シャドーなんかと触れ合わない!」
 腹を踏みつけられてグギッ…と嫌な音が鳴る。
 痛い、痛い…痛みが思考を犯して考えを鈍らせる。
 もう、何も考えたくない。
 辛い。
 ジェミニの人形になってしまったら、楽になれるかもしれない。
 そして、ジェミニが元に戻ってくれるかもしれない。
「…スネーク、スネーク」
 ジェミニは名を呼びながら愛しそうにぐったりしているスネークを抱きしめる。
「お前は俺だ。醜い俺だ。憎い、憎い……でも少し愛しくなったよ」
 微笑むジェミニ。
 あぁ、嫌だ見たくない。
 心から純粋に笑う彼の顔は、見たくない。
 愛しいといって微笑まないで欲しい。
 俺もジェミニに対してそうなんだと錯覚してしまうから―――



   ◆◆◆◆



 スネークはジェミニの部屋にいることが多くなった。
 性行為の回数も最初よりは随分と減り、ただ同じ空間を共有するだけになることが多くなった。
「…―――」
 変化はそれだけでなく、スネークが変ってしまった。
 虚ろな目で鏡の前でしゃがみ込み、ずっと自分を見ている。
 そしてぶつぶつと独り言を呟いているのだ、まるでジェミニのように。
 ただジェミニとの違いは、彼の場合その呟きが呪うような呟きであることだ。
「醜い…俺は醜い…俺は醜い……」
 ずっとそう呟いている。
「なんだスネーク、いたのか」
 ジェミニが任務から戻ってきた。
 日常生活においてホログラムが出せなくなっただけで、任務時は問題がなかった。
 やはり心が原因というわけなのだろう。
「ふふ、お前は醜いなぁー」
 スネークを後ろから抱きしめて言うジェミニ。
「俺は、醜い…」
「そうだな、お前は醜いよ」
「…ジェミニは、美しい」
「あぁ、俺は美しい。見ろスネーク、俺の美しさを…あぁ、美しい」
 鏡に視線を向けながら言うジェミニ。
「スネークと並ぶと俺の美しさが栄える、好きだよスネーク。
 醜いお前の姿をもっと見せてくれ、そしてお前は俺の美しい姿を見ていればいいんだ」
 ジェミニはスネークを押し倒す。

 あぁ、辛い―――

 これ以上自分の心を殺すのが辛い―――

「ジェミニ…ジェミニ…」
「なんだスネーク?」
「俺は、お前を好きになっちゃいけないのか?」
「お前が、俺を?」
 スネークは苦しそうな表情を浮かべてジェミニを見上げる。
「もう、限界だ…本当に、壊れそうだ…もう嫌だ、ジェミニを好きにならないといけないぐらい、もう自分を殺すのが辛い―――」
 衝撃が走った。
 後頭部を強く打つ。
 ジェミニがスネークの頭を掴んで床へ叩き付けたのだ。
「だったら壊れればいいだろう!俺はもう壊れているんだぞ!」
「何も考えなければ楽になると思ってた…でも、お前は自分のことばかりで…俺の心のこと、考えてくれよ…」
「誰がお前の心のことなんか考えるか!壊れてしまえ! …壊れてしまえば、俺と同じだろう?」
 ジェミニの態度が急変する。
「スネーク…壊れていいんだぞ?」
 優しい笑顔で、優しく囁く。
「壊される方が好きか?そうだなお前マゾだもんな」
 ヴン、と音を立ててホログラムが姿を現す。
 ホログラムは喋らない、動作も機械的で人形のようだ。
 スネークは抵抗する力もなく、ホログラムに組み敷かれてしまう。
「壊れるまで見ててやるよ。いつ壊れるかな?」
 ジェミニは楽しそうな笑顔でスネークを見下ろしながら言う。
「いや、だ…ジェミニがいい、ジェミニが…!!」
「俺も私もどっちも一緒だろう。」
「違う!」
「一緒なんだよ!!」
「ちがっ…う、あぁぁ…!!」
 無理やりねじ込まれ、声を上げるスネーク。
「ふふ…醜いなぁ…」
 そう呟くジェミニの目は暗かった。
 しかし蛇を嫌悪する目ではなく、視線はホログラムに向いているような気がした。



   ◆◆◆◆



 久しぶりに任務があった。
 久しぶり、というのはマグネットが気を使って極力スネークを任務に当てようとしなかったのだ。
 しかし今回の任務はとある研究所を襲撃し、データと特殊な金属を強奪するというマッピングが必要な任務だったため
 やむなくスネークを編入したのである。
「ごめんねスネーク」
 謝るマグネット。
 何に対して謝っているのか…全部ひっくるめてなのかもしれないが。
「……」
「……」
 ジェミニとシャドーの空気が重い。
「あの二人いつもあんな感じでねー。仕事はちゃんとするんだけどねー」
「俺のせいかな…俺のせいだな…」
「違うよ、違う。お願いだから自分を責めないで、辛いから。ごめんね?」
 ぐりぐりとスネークの頭を撫でるマグネット。
 そして任務開始の時刻になった。








 スネークはまずマッピングを行い、それを各サードナンバーに転送する。
 その後は警備ロボの動向を逐一伝え、こちらで出来うることを行う。
「…あれ?」
 ジェミニからの連絡が途絶えている。
「ジェミニ?」
 彼は陽動役をよく任される。
 敵を翻弄するには確かに彼が適任であるがその分危険度も高まるのだ。
「ジェミニ?どこだ、どこで消えた?」
『スネーク殿?どうした?』
「ジェミニの反応がなくなった。俺が見てくる、シャドーはそのまま続行してくれ」
『しかし、スネーク殿…』
「いいから!」
 スネークはジェミニが消えた地点へ移動する。
 施設内だが、戦闘があっただけあってひどい有様だった。
 ジェミニのレーザーは物質を反射するので恐らく警備ロボの武器でボロボロになってしまっているのだろうが―――
「ジェミニ!!」
 倒れているジェミニを見つけて駆け寄るスネーク。
「あ……」
 思わず足を止めてしまう。
 ジェミニの姿が変っていた、片腕と下半身が吹っ飛んだらしい、下半身へ送り込むはずのオイルが漏れて水溜まりを作っていた。
「スネ…ク…?」
 ジェミニの唇が動く。
「あぁ、失敗した……敵の誘爆が予想範囲を越えてて…あぁ、もう俺はだめかもしれない」
「ジェミニ…」
 ジェミニに歩み寄るスネーク。
「留め、刺してもいいんだよ?」
 ジェミニはスネークに視線を向ける。
 その目は暗くも虚ろでもなく、意志のある目だった。
「お前は俺が憎いだろう…ひどい仕打ちをしてきたし。もういいんだ、俺は美しくない」
「ジェミニは、綺麗だよ」
「止めろ」
「帰ろう、直してもらおう」
 スネークはジェミニに応急処置を始める。
「殺したいほど憎くはないのか…」
「お前のことは憎い、理不尽すぎる。でも殺したいほど憎んでない、俺は醜いって言われたってどうとも思わない。
 俺は蛇だから、慣れてる。ただジェミニが憎かったのは、お前の感情をそのまま俺にぶつけてくるからだ。
 どうすればいいのか、わからなかった」
「……何故泣く」
 ジェミニは手を伸ばしてスネークの頬を撫でる。
 ジェミニのオイルで頬が汚れてしまうが、スネークは嫌悪感を抱かなかった。
「俺、蛇は嫌いだけど…スネークのことは好きなのかもしれない」
「え…」
「羨ましかったのかもしれないな…お前は皆から慕われているだろう…醜いくせにって、思ってた。
 でも、違うな…俺が醜かっただけだ、お前に嫉妬してさ、ふふ、俺はバカだ。壊れている」
「……」
 スネークはジェミニを抱き上げる。
「…ジェミニを回収した。先に帰還する」
 サードナンバーに通信を送る。
「俺を直したらまたお前に酷いことをするかもしれないぞ」
「それで気が済むんなら、いいよ。俺は耐えれる、さっきお前は俺のことを好きだっていっただろ?」
「そうだったか…よくわからないな…」
「言った」
「そうか…ならそうなんだろうな…」
 ジェミニの目が閉じられる。
 スリープモードに移行したのだろう。
 ジェミニの身体は半分失っているから軽いはずなのに、重く感じて―――
 スネークは落とすまいとしっかりジェミニを抱きしめた。



   ◆◆◆◆



「ん…?」
 休息所のソファに横になって寝ていたスネークは、嗅ぎ慣れない香りに気づいて目を覚ました。
 向かいにソファにジェミニが座って、紅茶を啜っていた。
「ふふ、可愛い寝顔だったよスネーク」
『気持ち悪いぐらいに可愛かったよ』
 ジェミニと、ソファを挟んでジェミニを後ろから抱きしめるホログラムが呟いた。
 ジェミニが修復されてあれから少し経った。
 あれ以降ジェミニはスネークに対して酷い仕打ちはしなくなった。
 それと入れ変るようにホログラムの出現回数が増えていく。
 恐らく元に戻ってきているのだろう、とスネークは思う。
「…?」
 目の前のテーブルに紅茶の入ったカップが一つ置かれている。
「良ければどうぞ」
「紅茶よりコーヒー派なんだけどな」
「コーヒーは苦いから嫌いだ」
「あぁ、お前甘党?」
 スネークはカップを手にとって一口飲む。
 少し甘い味がした。そして、ジェミニの脚を舐めさせられたときの紅茶の味を思い出す。
(だめだ、思い出してはダメだ…)
 胸が、ドキドキしてしまう。そのときの恐怖からの鼓動なのか、興奮からの鼓動なのか、判断が付かない。
「別に甘党ではないと思う。あぁ、色も嫌いだ」
 ジェミニは眉間に皺を寄せて呟く。
「お前嫌いなもん多すぎだろ」
「仕方がないだろう、嫌いなんだから」
 立ち上がるジェミニ。
「横、座ってもいいか?」
「あ、あぁ…」
 ジェミニはスネークの横へ座りなおす。
 ホログラムが後ろから、スネークの頭に腕を絡ませてきた。
「今まで悪かったな、謝ってなかったと思って」
「気持ち悪いなお前」
「いや気持ち悪いのはお前だろうスネーク。俺は気持ち悪くない。
 あのな、スネーク」
「な、なに…?」
 ジェミニが目を向けてくる。
 その目は敵意もなく、無感情でもなく、普通の目だった。
 身構えてしまった自分が恥ずかしい。
「何だかお前とヤってるのが普通になってしまったようで、『私』とヤってもなんかしっくりこないんだ」
「……」
 思わず手にしていたカップを落としそうになるスネーク。
「え、なに…相手して欲しいの?」
「ダメなのか?いいだろう?お前そういうの好きだろう?」
「いや、うん…まぁ……。あ、でもヤってる最中お前に「ジェミニさまは美しいです」って言わないといけないんだろ?」
「当然だな」
「ちょっと嫌かも…」
「はぁ?美しいものに美しいといって何が悪いんだ。嫌がるどころか喜ばしいことじゃないか」
「声抑えるのに必死なのにそこまで神経使うの疲れるんだよ」
「……」
 ジェミニはスネークから視線を外し、紅茶を一口飲む。
「あれで、声を抑えているつもりだったのか。」
『バカじゃないの。無駄な努力ってやつだな』
「はぁー!?」
「ふふ、ふふふ…スネーク、お前は可愛いよ」
 クスクス笑いながら言うジェミニ。
 こんな笑い方をするジェミニは始めてみた。
「片付けておいてくれ、コップ一杯分飲んだだろ?もっと飲みたかったら俺の部屋に来てもいいぞ」
 これは遠まわしのお誘いなのだろう。
「気が向いたらな」
「あぁ、それでいい」
 ジェミニは立ち上がり、ホログラムと共に出て行った。

 ―――行くか、行かないか…どちらがいいのだろう

 まだ残っている紅茶を見つめながらぼんやり考える。
 そもそも『即興劇』は終ったのだろうか。
 いや、まだ終っていないのだろう、ジェミニが終らせていないから―――

 俺は一つ間違っていたな…

 スネークは目を閉じる。

 そうだ、『即興劇』なのだから、役を得なければいけない。
 なのに役を得ようとせず、ジェミニに与えられた役をそのまま得てしまった。
 役を、演じさせられてしまっていた。

 ―――恋人役も悪くないかな

 得られるのならば、その役を得てみようか

 スネークはそう考え、残った紅茶を飲み干した。


END

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