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 まず目に入ったのは、鏡面仕上げのようなアーマーを装着したロボットだった。
 しかしその碧の瞳は暗い。
 己が壊していったスクラップの上に立って、顔を歪ませ叫ぶのだ。

「美しいって言えよ、俺は美しいんだ!だから美しいって!!」

 『思考』を破壊するレーザーを撃ちながら。
 なんとも理不尽なことをいう。
 美しいと感じることができるモノを破壊して、美しいと言えという。
 美しいと感じることなどできやしないモノしか残らないのに。


 お前は独りなんだ。



 ジェミニ、お前は孤独だ―――


 ジェミニ…






 キュィィ…キチキチキチ…

 アイカメラが小さな起動音を立てて焦点を合わせてくる。
 この動作に不快感は感じない、スネークにとっては割と好きな感覚だ。
「メンテナンス終了だ。どしたー?冴えない表情(かお)だぞ」
 マグネットが顔を覗かせてくる。
「…夢を見た」
「へぇ、ロマンチストだな」
 ロボットなのに夢なんか見るはずない―――なんていう反応をしないのがこの兄機である。
「リアリストなんだけどな。メモリーの動作不良か、な…。
 でも見たことない顔だった」
 スネークは手で蛇の頭を撫でながら呟く。
「誰の夢をみたんだ?気になるならおにーちゃんにいってごらん!」
「ジェミニだよ。ま、関係ないから忘れとく」
 メンテナンス台から降りるスネーク。
「ん。次スパークを呼んできてくれ」
「了解っと」



   ◆◆◆◆



 サード区休息所。
「ふふ、美しいよ『私』。今日の紅茶は特別良い葉を使ったんだ」
『嬉しいよ『俺』。良い香りだ、味も素晴らしい。君は何をしても完璧で素晴らしく美しい』
「君にそう言われると良い気分だな。ふふっ…ふふふふ」
『ふふふふ…』
 ティーカップを持ちながら、ジェミニとホログラムは静かに笑う。
「おうジェミニ。珍しいなここで紅茶飲んでるの」
 スネークがやってくる。
「あー片付けるのめんどーくさいから。」
『ここに置いとけば誰か片付けるし』
「いや片付けろよ。横着すんな」
 ジェミニはたまにこういうことをする。
 いつも片付けているのに極たまに、らしくない行動をする。
 そうやってストレスでも発散しているんだろうと皆思っているが、だいたいその通りなのだろう。
『じゃあ蛇が片付けろよ』
「報酬は紅茶一杯分な。ありがたいだろう、俺が淹れた紅茶だ」
「いらねーよ」
 ジェミニと向かいになるソファに座って端末を弄り始めるスネーク。
「仕事か?部屋ですればいいだろう」
 紅茶を飲みながらジト目で呟いてくる。
「別に急ぎじゃねーから。シャドーが帰ってきたら合流して遊びにいくんだ。
 部屋にいるよりここにいる方がさっさと合流できるじゃねーか。」
「…シャドーと遊ぶのか……」
「お前も一緒に遊びたいのかよ?」
「別に」
「あっそ」
 だと思ったよと呟きながらスネークはずっと端末を弄っている。
「……蛇を見ながら飲むのは味がしないな」
『まったくだ、味がしない。不味い』
「本当、不味い」
 カップをゆっくりとひっくり返すジェミニ。

  ばしゃばしゃばしゃ

 床に中身が飛び散った。
「……は?」
 ポカンとするスネーク。
「何してんのお前」
「不味かったから捨てたんだ、見て解らないのか」
「お前どっか壊れてるな。あとでメンテいってこいよ。あれ?さっきしましたねー。壊れてるのもとからですねー」
「……」
『……』
 ひそひそと、ジェミニとホログラムは耳打ちし始めた。
 スネークは胸糞悪くなってくる。
 だいたい、あのホログラムは実体を持っているがジェミニが動かしている腹話術人形のようなものだ。
 全てジェミニの頭の中で制御している。
 普通のロボットでは出来ない器用なマネが出来るのも、ジェミニが(そして同じものをスネークも)高性能の電子頭脳を詰まれているからだ。
 ジェミニは高出力ビーム(後に改造された後はジェミニレーザーに置き換わるのだが)の演算処理とかく乱戦闘のために。
 しかし実質ジェミニはレーザーの反射角度の計算とホログラムにその能力を使っているし、
 スネークも広範囲探索と戦闘に対する後方支援のためにだけではなく、イタズラやサーチスネークの制御に使っている。
 製作者の意図とちょっと違った使い方をしているわけだが、ワイリー博士はロボットの自律行動に割と寛大なので何も言われない。
「なースネーク」
 ひそひそ話が終了したらしい、ニヤリとした笑みを絶やさずジェミニが声をかけてくる。
「あぁ?」
「俺のこと美しいと思う?」
「いや、別に思わないけど?」
「美しいだろ?美しいんだよ。でも俺の足汚れたから綺麗にしろ」
 言って紅茶の水溜りと化した床へぱしゃり、と足を下ろす。
「『な?』」
 双子は同時に首を少し傾げて呟く。
「お前ほんと、どっかおかしいんじゃないか?」
「正常だけど?」
『そうだな、特に不具合はないし。それにお前が『俺』の足を舐めて綺麗にする姿を見るのも滑稽で面白い』
「そう、滑稽で面白そうだなってさ、ふふふふ」
『ふふふふ…』
 同じ笑顔を向けてくる。
「ばかばかしい…」
 端末を仕舞って立ち上がるスネーク。
「………?」
 一瞬、夢の中のジェミニの顔が脳裏に浮かんだ。
 暗くて暗くて暗くて、憎しみしかないあの瞳―――
 目の前のジェミニに視線を戻す。
 今背を向けたらあんな目をするのだろうか。
 撃つのだろうか、自分を撃つのだろうか、スクラップの一つにされてしまうのだろうか。
 ジェミニにとって自分はゴミになってしまうのだろうか。
 不必要なゴミにジェミニは興味を示さないのではないか。
 自分は『ゴミ』ではない、『嫌われている蛇』だ。
「スネーク?」
 目を細めて名を呼ぶジェミニ。
 足が動く。ジェミニの元へ。
「…素直だな。さっさと舐めろよ」
「お前、俺に触られるの嫌だろ?いいのかよこの長い舌でテメェのキレーな足を舐めてもよ?」
「よく自分をわかっているな。でも俺は今そのキタネェ舌を使って舐めろって言ってるんだ、理解できるか蛇?」
「お前やっぱどこか壊れてると思う」
 言いながらスネークは膝を突いて差し出されるジェミニの足に舌を這わせ始めた。
 クスクスクスと、双子の笑う声が聞こえてくる。

 ―――俺は一体何をしているのだろう

 紅茶の味がする。
 ジェミニの味はしない。

『ふふふふふ…』
「!」
 いつの間にかホログラムが背後にまわって屈みこんできていた。
『ほんと、長い舌だなぁお前』
「えっ…」
 ホログラムの手が伸び、スネークの長い舌に触れる。指先が、舌を撫でる。
 なぜかその刺激に頭の中が痺れるような感覚がした。
 そしてホログラムはスネークの頭を掴むと床へ力いっぱい抑えこむように押し倒し、ジェミニが足でその舌を踏んだ。
「あがぁぁ…!!?」
「痛い?潰れてないから大丈夫だろ?あんま暴れると踏み千切るぞ」
「ひっ…ぃ……!!」
『紅茶美味いかー?ふふふ、お前ほんと腰が細い』
 がちゃがちゃとベルトを外し始めるホログラム。
『イケたら解放してやるよ』
 ホログラムが性器を模したソレを手で刺激し始めた。
「イけなかったらずっとこのままな、ふふふふふ」
『ふふふふ、このままでもいいと思うけどな』
「確かに、今の姿は蛇そのものだな。気持ち悪い」
『あぁ、蛇そのものだ。気持ち悪い』
「っ……」
 喋れないスネークは反論することもできないまま、喉の奥から唸ることしかできない。
「っ……」
「感じてるみたいだよ『私』」
『へぇ、まぁ私に弄られているから当然だな』
「あぁ、本当にお前気持ち悪いな」
 ジェミニの目が暗い。
 夢と同じあの目だ。
 でも違う、スクラップ相手に見る目じゃない。

 ―――俺を、蛇を嫌う目の色だ

「ッ…!!!」
 ぽたぽたと、廃油が溢れる。
『お前マゾだったのか、変態だな』
「こういうの好きなのか?ふふ、気が向いたら相手してやろうか?」
 ホログラムを消し、足を上げて舌を解放する。
 舌が痛い、少し痺れる。
「片付けとけよ。一杯分味わっただろ?」
 ジェミニは機嫌よさげな表情で言うと立ち上がり、その場から去っていった。



    ◆◆◆◆



 シャドーが待ち合わせ場所にしていた休息所にやってくるとスネークは掃除をしていた。
 床を雑巾で拭っているのだが、動作が酷く機械的に見えた。
 自分たちはロボットであるけれど、酷くそう感じてしまった。
「スネーク殿?」
「あぁ、シャドーか」
 尻尾を揺らしながら振り返ってくれるスネーク。
 その目は蛇の頭のせいで見えない。
「…紅茶?ジェミニ殿の片づけでござるか?」
 床に残っている液体とテーブルの上に放置されているカップを見て判断するシャドー。
「手伝うでござるよ。」
「あぁ、そのカップ片付けてくれよ」
 床に視線を戻して言うスネーク。
「心得た!」
 シャドーは頷いてカップを持つ。
(…絶対何かあったでござるなー。スネーク殿が放心してるでござるよ……)
 あとで聞こう、そう思った。

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