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 起動したときから心は乾いていた。
 何かが足りない感覚。
 しかしそれを補おうとする気はなかった。
 無駄だと本能が判断していたからだ。
 おそらく誰も自分を理解できないだろう。
 そんな気がする。
 皆の目が自分と違っているから、きっと皆は自分の足りない部分を持っているのだろうと思った。



   ****



「……」
 ジュピターは高速で紅く染まっている空を飛ぶ。
 もっと速く飛びたい。
 もっと速く、速く、速く……
『ジュピター、あまり遊ぶな』
 アースからの通信が入る。
「ちゃんと目的地は爆破するよ」
『作戦を解っているのならばいいが…』
「心配性だなぁ」
 ジュピターは笑う。
 単独での任務だからアースが心配しているのだろうということはわかる。
 しかしコレぐらい軽くこなせなければ、おそらく廃棄であろう。
 無論自信はある。荒野と化す事だって可能なはずだ。





 まずはソニックブームを利用した衝撃波による破壊。
 すぐに身体を反転させながら爆薬をばら撒いて本格的に破壊をしていく。
 飛来する防衛ロボを電撃で打ち落としながらジュピターは微笑む。
 狩りのようなものだ、とても楽しい。
 楽しいのにやっぱり渇きは誤魔化せない。
 相手が弱すぎるのか。
 ふつふつと湧き上がってるこの感情は怒りか。
 なぜ苛立ちを覚えるのか、よくわからないままジュピターは『力』を発動させる。




    ****




「ふむ、リミッターで『力』は制限されていたが、ここまでやれるのか」
 アースは巨大なクレーターを見て感心した声色で呟いた。
 敵の主要基地があった場所だ。
「……」
 アースは風で揺れる髪を押さえながらクレーターの中心へ向かった。
 そこにぽつりと緑色の影。
 ジュピターが首を垂らし立っていた。
「ジュピター」
 声を掛けるとジュピターは首だけをぐるりとアースに向ける。
 その目は闇。
 紅い瞳はそこになく、瞳の部分が白く発光していた。
 不意に向けられる敵意にアースは瞬時に察し、ジュピターの電撃を瞬間移動で回避する。
「アァァァァァ!!!!」
「…遊びたいのか?仕方がない小鳥だ」
 アースは薄く笑いながら攻撃を回避していく。
 アースの放つレーザーはジュピターをじわじわと追い詰めているのだが、
 ジュピター自身がそれを気にもしないため微かな不安を煽ってくる。
 『力』を行使した故の弊害だ、心が『力』に飲み込まれている。
(問題だ…どうやれば使いこなせるようになるんだ…サンゴッドさま…。)
「ぐ!?」
 一瞬の隙を与えてしまったらしい。
 ジュピターの足の爪が腹部に食い込む。
「がぁ!」
 身体を持ち上げられ、そのまま地面へ叩きつけられる。
 その華奢な機体でこのパワーなのは『力』のお陰なのか。
 何度も何度もジュピターの爪が突き刺さってくる。
「下がれ」
「ギィィ!!!!」
 不可視レーザーをジュピターの全身へ繋げ神経回路をハッキングする。
 ジュピターはよろめくように後ろへ下がり、アースは身を起こす。
「アァァ!!」
 拒絶。
 不可視レーザーの繋がりを断ち切ってきた。
 舌打ちするアース。
「疲れるからやりたくはなかったが、我慢してもらおう」
 アースも『力』を発動させる。



    ****



「わぁ、空が綺麗」
「気が付いたかジュピター」
 アースが声を掛けてくる。
 横になったまま身体が動かないジュピターは視線だけアースの声の方へ向ける。
 アースはジュピターの横に座っていた。
「任務失敗?」
「あぁ、お前は『力』に飲まれたよ」
「そうなんだ…楽しかった気がするけど」
「そうか」
 アースはジュピターの顔を覗き込む。
「?」
「どうして『力』に飲まれてしまったと思う?
 私には解らない…私は必死に抵抗しているからお前たちより多少使えるだけだ」
「そうなんだ…俺抵抗してないや…だって、「壊せ」って命令してきたら従うしかないだろう?」
「命令してくるのか」
「うん。アースは?」
「…別の命令だ」
 悲しそうな顔をしながらアースは答える。
「そっかー。人によって命令変えてるんだなクリスタルって。
 なんだろうな、不思議だよな…」
「マーキュリーは、あれは鏡のようなものだと言っていたな…」
「鏡?」
「成したい事を形として命令してくるということだ…。お前は壊したいわけだな」
「そう、だな…」
 アースはなにやら思案し始める。
 そんなアースをジュピターは眺める。
 アースはきっと破壊を一般的な破壊と考えているだろう。普通はそうだ、普通は。
 しかしジュピターは違った。
 『自分も含めて』破壊しなくてはならない、この『世界』を。
 クリスタルに命じられなくてもジュピター自身、この世界はどうなってもいいので抵抗は感じない。
 対象が他人でも家族であっても、だ。
 この世は価値がないからサンゴッドさまは破壊されるのだ。
 その手伝いを我々はしているだけで。
 起動したときから心は哀しみで満ちている。
 幸せが枯れている。
 幸福だと感じたいのに感じることがちっともできない。
 自分の幸福は他人とは違うのかもしれないと気づいた。
 だから諦めて、哀しみに満ち枯れ切った心に折り合いをつけて生きている。
 早くこの世界が滅べば自分は楽になれるかもしれない。
 自分の命が断たれれば楽になるかもしれない。
 どんどん心が乾いていく。
「ジュピター…大丈夫か?」
 アースが心を感じ取ったのか、胸元に手を添えて優しくなでてくれる。
 起動直後から彼はジュピターを気遣っていた。
 破滅的思考を感じ取っていたのだろう。
「大丈夫…」
 本当は大丈夫ではないのかもしれない。
 しかしジュピターは静かに答えて、目を笑みへと細めた。

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