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「ネプチューンを副隊長とする」
 アースの発表に不満そうなのはサターンだけだったような気がする。
 副隊長の任命理由はこの中で一番『新顔』だからという理由であった。
 突然のことに戸惑ったものの、元々頭の回転は速いほうであるネプチューンは察してそれを受け入れた。
 能力面で定めると彼らは不平不満を言い始めて力比べを始めるであろう。
 こういった理由ならば彼らは納得せざるおえない。
 そしてそれは誰でも察することができ、アースなりの計らいであることは明白なのだ。
 それでもサターンが不満そうなのは特別な感情があるからだろう、だからこそアースは彼を避けたのかもしれない。
 幸運なことにネプチューンは副隊長としては有能であった。
 他人を観察する能力もあり、彼のマイペースは冷静さにも繋がってくれた。
 ただただ、作戦のときのみ、アースを補佐することだけを勤めた。
 彼自身を支えるのはきっとサターンなのだろうと二人を眺めながら感じていたからだ。



   ****



 任務のない日はぼんやりしている。
 赤錆に塗れた部屋で。
 ぼんやりしているとよく手からソルトウォーターが溢れて床を溶かしてしまう。
 当初は修繕していたがいつしか面倒くさくなってしまい、そのままにして過ごしていると気づけばこうなっていた。
「…あ」
 手を上げるネプチューン。
 今日もポタポタと滴る透明な液体は音を立てながら床を溶かしていた。
 そのまま壁際に歩み、手を壁に当てる。
 ジュっという音が上がる。
 脆い、このまま指先に力を入れれば壁をえぐり取れるだろう。
 全て溶かせるのだろうか。
 自分に対しては作用しない。


 仲間には有効なのだろうか


 考えてはいけないことを考えてしまう。
 それはネプチューンにとってはただの疑問であるが、世には考えてはいけないことがある。
「相変わらずの部屋だなネプチューン」
「!!?」
 背後からの声にネプチューンはビクっと震え、振り返る。
 アースが立っていた。瞬間移動で来たのだろう。
「びっくりしますよアース隊長。ドアから入っていただかないと」
「コントロールできないのか?」
 アースはネプチューンの訴えを無視して腕を掴んで手を見る。
「いいえ、精神的なものかと…気が緩むとこのように」
「問題だな」
「そうでしょうか」
「…いや」
 アースは目を細めて何か考えるそぶりを一瞬し、ネプチューンを見直す。
「問題は、ない。何も問題はない…」
「はぁ」
「何か、気になることでもあるのか?何か考え込んでいるようだったが?」
「はい…えっと、どこまで溶かせるのだろうかと…。
 仲間に命中したとき、仲間も溶けると問題ですよね?」
「そうだな、それは問題だ」
 アースは視線をネプチューンの手へ向けた。
 そしてそのままネプチューンの手と自分の手を指を絡ませて握る。
「やってみろ」
「は!?」
「実験だ。やってみろ」
「え、えぇと…解りました」
 ネプチューンは戸惑いながらソルトウォーターを溢れさせる。
「……ッ」
 溶ける音と煙が上がる。
 アースの装甲を覆う手袋がとけているだけではないとネプチューンはわかった。
「アース隊長!」
 ネプチューンは顔を真っ青にさせて手を離そうとするがアースは握る力を強めた。
「痛くない」
「嘘をおっしゃらないでください!」
「私たちはロボットだぞ?修理できるんだ、致命傷でなければ問題ない。」
 手を離すアース。
 ズブズブと音を上げている爛れたアースの手が目に入る。
「そんな顔をするなネプチューン。お前は不思議なヤツだな。
 溶かすのが好きなくせにそうやって優しいそぶりを見せる。本心からそう思っているのが問題だ」
 心の中を覗かれているような感覚に、ネプチューンはゾクリとした。
 アースはいつもそうだ。
 こうやって目を合わせているはずなのに、アースは違うところを見ているような気がする。
 心の中を覗いているような目なのだ。
「ネプチューン」
「は、はい…?」
 改まって詰め寄ってくるアースに思わずネプチューンは後ずさる。
 しかしコツンと壁に背びれが当たる。
「あ、あの…」
 アースの溶けていない方の手がネプチューンの顔に触れる。
「お前も心の『底』が深いな…我々はそういう風に出来てしまったのかもしれない。
 みんなそうだ、一歩踏み外せば皆、誰かの寝首を掻いてしまうような危うさがある。
 だがネプチューン、お前はそのことは気にしなくていい、私が何とかする。私がお前たちを導く立場だからな…」
「いえ、わたしは副隊長です。貴方の背負っているものはわたしのものでもあるはずです。
 わたしは大丈夫です、誰かがいればわたしはわたしでいますから」
「そうか…」
「好奇心から、誰かを襲ったりはしませんよ…。この手を見ると辛いんです」
 ネプチューンは溶けたアースの手へ手を添える。
「痛いでしょう?」
「…痛い」
 ふふっと笑いながらアースは答えた。
 初めてみる笑顔だった。



    ****



 一部がレプリカの体になったが能力はまだ健在で、ネプチューンはやはりぼんやりすると鉄を溶かす。
 レプリカの部分はさすがに耐えれないのか溶けてしまい、神経回路を焼く。
「こんな痛みに耐えたんだから隊長ってやっぱりすごいですねぇ」
「またやったのか」
「はい、リラックスすると出ちゃうんです」
 ウェーブに答えるネプチューン。
「身を焦がすような恋ですね?」
「ただの自滅じゃないか…あと、オレに惚れられてるの、困る。
 オレお前のことどうとも思ってない」
「いいんです、別に。わたしが貴方を愛している…それだけでいいんです。
 たったそれだけでもわたしはとても幸福なんです。
 もちろんいっぱい子供を作れればいいんですけどね?」
「なんでいつもそこに行き着くのお前!!!」
「だって憧れるんですよ、幸せな家族~。」
「ぜんっぜん解らん…」
 ウェーブは首筋から銛の先端で器用にコードを引っ張り出すとネプチューンの前に差し出す。
「ほら、繋いでくれ。濡れた手で触るなよ…」
「はぁい♪」
 コードを繋ぐネプチューン。
 ウェーブはネプチューンを修理することができない、だからせめてもの応急処置としてこうやって『接続』を
 するようになった。
 ウェーブと感覚共有を始めると感覚が麻痺してくる。
 麻痺させていると言ってもいいだろう。
 ウェーブからデタラメなデータを一方的に送りつけてもらうことで痛みを別の物に置き換える。
 前に「えっちなデータでもいいんですよ?」と冗談を言ったら銛でつつかれた。
 しかしだいぶ柔らかになったと思う。
 こうやって話ができるようになったのは奇跡。
 いや、こちらの内面を知ってから彼は馴れ馴れしくなってくれた気がする。
 呆れられているのかもしれない、同族だと思ってくれただろうか?
 もしかするとただ哀れに思われているだけかもしれない。

 自分はただ泳ぎたいのだ、自分の海を、自由に。
 それは赤錆と腐敗で汚れた自分以外を溶かす死海なだけで。
 孤独な海だ。
 そこから見るウェーブの海はとても綺麗にみえる。
 彼の海は暗い海らしいけれど、自分から見れば青く輝く美しい海だ。
 でも触れれば死ぬかもしれない。
 彼もそう思ってる。
 息が詰まって死ぬだろう。
 ロボットが息が詰まるだなんて変な話だけれども。
 暗い海から暗い目で見つめてくるウェーブを美しく感じるのだけれど、
 彼からは自分という存在は哀れなモノとしか認識できないだろう。
 確かに哀れだ、この海でしか生きられないのだから。
 お互いに、哀れなのだ。
 お互いに、水槽に入ってる。
「ウェーブ」
「なに?」
 そっと彼のバスターに手を添える。
「触れ合うことに幸せを感じます」
「そうだな」
「好きです」
「うん」
「愛してます」
「うん…」
「本当に、愛してます…本当に…」
「こっちにくると、苦しい」
 目を伏せるウェーブ。
「はい…苦しいですね。本当に、苦しい。でも、好きなんです。
 哀れんでくださいウェーブ。愛してなんていいません。わたしは貴方に哀れんで欲しい。
 せめて心を向けていただけるのなら、わたしはその感情だけでいい。貴方の全てが欲しいだなんて言わない。
 少しだけでいいんです。少しだけ、ナパームさんに使わない部分を、わたしにください」
「………かわいそうなネプチューン」
「ありがとうございます…ウェーブが優しくて良かった」


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