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アルモニカの彼氏

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 ニトロは普段から通っているお気に入りのバーで飲んでいた。
 仕事が一区切りついて先に自分だけで一人打ち上げである。撮影が全て終わればまた全員で打ち上げをするだろうがニトロの演じる分は終わっている。受けた仕事が終わるまで酒は止めることにしているのだ、スタントマンという職業柄ミスと不慮の事故で大怪我はありえる。不慮の事故は仕方がないが、ミスは極力減らしたかった。故に禁酒である。解禁した久しぶりの酒は美味かった。
 カウンターでちまちまと飲んでいると横に誰か座ってくる。
 細身だが身長が高く、肩幅があるせいか大柄な男に見えた。その男はサングラスをかけている。このバーは薄暗いのに。

(目が悪いかカッコつけてる人だぁ)

 ニトロはぼんやりと思う。ぼんやりと見上げているせいでニトロ本人はチラっとみた感覚であったが結構見つめていた。
 男は注文した酒を一口飲んでニトロを見る。
 ニトロはス…っと視線を外してちまちま飲み始めた。怖い。カタギの気配を感じない。
 いろいろな人がいる業界なのでたま~にそういう人がまぎれているときがあったので解った。怖い職業の人だ。
 違ったら大変失礼にあたるが酔っているニトロの思考はふわふわである。仕事明けなので余計に。

「前にアンタをここで見かけたことがある」
「え?」

 唐突に声をかけてこられてニトロは困惑する。

「しばらくみなかったが、また来てくれたんだな」
「あぁ…?えーっと…仕事の間は飲まないことにしてるんで…?」

 疑問形になりつつも男に答える。

「そうだったのか、じゃあ次の仕事が始まったらまた来なくなるのか?」
「はぁ、まぁ…」
「…」

 男はバーテンダーにまた酒を注文するが、それをニトロの前に差し出してくる。

「もうその握ってるのは飲み終わってるだろ?それ奢りだよ」
「え?あぁ、どうも…?」

 ただただ困惑しながらニトロは空っぽのまま握っていったコップから手を放して男の酒を受け取る。
 なぜ絡まれているのかもわからないし、奢られてるのもよくわからないがお酒はおいしい。
 ―――知能の低い結論しか導けなかった。
 久しぶりの酒のせいで酔いがいつもより早く回ったのかもしれない。
 男との会話の内容もよくわからない、反射的に答えているだけで酔った頭は理解していない。
 よくないなぁとニトロは思い、そろそろここから逃げようと思った。

「…そろそろ、時間が」
「明日は休みなんだろう?」

 そんなことを口走ってしまっていたのか。ニトロは顔を顰める。

「眠いんで」

 キリリッと答える。解ってくれただろうか?ニトロは男を見上げるが男は口元を手で隠しながら吹いていた。
 なぜ笑われるのか、酔いの限界が来たら誰だって寝るだろう。

「解った、道端で寝そうだから送っていく」
「えぇ…?」
「露骨に嫌そうだな…フフ、俺の言うことは聞いた方がいいぞ」

 男はニトロを立ち上がらせ自然と抱き寄せてくる。
 足元がふらついているので有難がったがなぜか釈然としない気持ちがある。気持ちはあるのだが、そのまま身を委ねてしまうのだった。



   ◇◇◇◇



 少し意識が飛んでいたと思う。ちょっとだけ寝てしまった、そうちょっとだけ…ちょっとだけだと思った。

「へぁ…?」

 間抜けた声が喉の奥から出る。

「なんだ、起きたのか」

 男の顔が目の前にあった。それよりも体が熱い。肌同士で触れ合っている部分が熱い。男の体温を認識してニトロは呻いた。
 裸で抱き合っている上に、ニトロは男に犯されていた。合意などなかったのでこれはレイプである。

「やめ、ろ…抜け…!」
「なんでだ?お前も良いっていった」
「泥酔状態の合意は無効なんだよ!ひぇっ!あ、ぁぁっ!」

 男に両手を掴まれ押さえ込まれるがそれがより深く入ってくる。
 ニトロはひぃひぃ泣きながら身悶える。

「やっぱ意識ある方がイイな…そそる」
「鬼畜ド変態やろぉ!」
「…名前は教えたが」
「知るか!覚えてない!」
「……」

 男がずっとつけているサングラス越しに睨んでくるのでニトロは怯んだ。怖い。圧がスゴイ。

「お前から誘った」
「嘘だぁ…!」

 言った言わないは今更真意などわからない、だがニトロは抵抗の意思は見せておこうと思った。
 むしろさっさと終わらせた方がいい気もしてきた、また眠くなってきたせいだ。
 神経を尖らせながら集中しアクロバティックなスタントをこなしたあと酒も入って疲れも出てくる…眠くなっちゃうのも仕方がないのだ。

(…セックスで気持ちよくなりながら寝るのもありか…?)

 ニトロの思考は完全に止まっていた。
 なんだかどうでもよくなってきたニトロは体の力を抜く。

「あ!お前寝る気か!?正気か?」
「寝る…もう好きに使ってくれ…」
「寝るなバカ!」

 男は怒りながらニトロにキスをする。もう男に身を任せたニトロは素直にそれを受け入れて気持ちよさに表情が蕩けた。
 さっきよりちょっと必死さのある腰の動きにニトロは声を抑えることなく喘いだ。その方が身体が楽であった。
 男の熱が身体の奥で放たれてニトロは男にしがみつきながらか細く声を上げる。
 気持ちが良い、眠い時じゃなければよかったのにとも思う。

「…また、ちゃんとしたとき、やろぉ?」

 そう呟きながらニトロは寝落ちた。

   ◇◇◇◇

 気が付く。体はだるい。二日酔いの痛みもある。
 目だけで周りを見るが、ホテルらしき部屋の中は自分以外誰もいなかった。
 ニトロは身を起こす。全裸のままだ。あのレイプは夢ではなかったのだ。あまり覚えていないけれど。
 本当に眠たかったのだから仕方ない。

「ん?」

 なにか握りしめてるのに気づいて手を見ると数枚の札が握りしめられていた。

「ア、アイツ!!!金渡してきやがった!!!!!」

 なんだか金で買われたみたいな気がしてきて腹立たしく思うニトロ。次あったときに返してやろうと思う。

「あ…結局名前はなんだったんだ…連絡先も知らないし」

 本人は言ったというが、酔っ払いに対して信頼を置き過ぎである。酔っ払いは話なんぞ聞いてないのだ。
 またあのバーにいれば会えるかもしれないが、次の仕事が決まっているのでまた行けなくなる。
 ニトロはイヌに噛まれちゃったな…と思いながらシャワーを浴びる前に何か連絡が入っていないかとスマホを見た。
 なぜかアドレス帳が開かれていて「ん?」と首を傾げながらよく見ると見知らぬ連絡先が追加されていた。

 ―――ターボ

「アイツ!!!!人のスマホに勝手に登録してる!!自己主張激しいんだよッ!!!!」

 スマホをベッドの上に投げ、ニトロは頭を冷やしにシャワーを浴びに行く。
 いつ連絡をしようかと頭を悩ませながら。


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