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 アースは深夜、与えられている自室から抜け出し研究室へ転移した。
 ここで自分も生まれている。
 コツコツ…と足音を立てながら、一つのカプセルの前へ近づいた。
 コポリ…と水音が微かに聞こえる。
 カプセルの中には半透明の液体が入っていた。
「……」
 アースは端末に手をかざす。
 起動させず、直接不可視レーザーからデータベースにアクセスして現在の状態を確認する。
「…とくに問題はなさそうだな。つまり…」
 数歩歩み寄ってアースはカプセルに手を当てる。
「お前自身の問題だということだ、マーキュリー」
 コポリ…と再び音がする。
 返事ではないだろう、これはただの産声なのかもしれない。
 彼にはまだ「自我」がないのだ。
「しばしお前と『繋がる』。そこで自分を認識しろ」



    ****



 サンゴッドは調整ポットに寝かされている。
 大量のエネルギーを消耗する彼は普段このように装置に組み込まれて半スリープ状態にされているのである。
 しかし意識がないわけではなく、柔らかな微笑みをアースへ向けていた。
「ふふ、弟想いだねぇ」
「部下です」
「わたしから生まれたんだ、皆わが子のようなものだ」
 クスクス笑うサンゴッドだがアースは表情を変えない。
「わたしもね、お前と一緒だよ。わが子が出来損ないだからといって処分する親はいるかな?」
「マーキュリーは処分させません」
「信じているよ、アース」
 サンゴッドは目を閉じる。
「わたしがもっと優れた兵器で、この争いを瞬時に収める力があれば…お前に無理をさせることもなかったのだ…。
 全てわたしが悪い…」
「サンゴッドさま、そのようなことを仰らないでください。
 私は貴方のためだけに動くと決めたのです、貴方の手足として今、動いているのですから
 サンゴッドさまに何の非がありましょう」
「うん…ごめんねアース…わたし…絶対に…君のお願い、叶えてあげるから…」
「はい…ゆっくりお休みくださいサンゴッドさま」
 アースは部屋を出る。
 ふつふつと沸いてくる、人間への憎しみ。
 原因がわからない、この無限に沸き続ける憎悪はなんなのか。
 憎悪の理由なんて、いくらでも作れるが…度が過ぎている気がする。
(まるで他人の憎悪を取り込んでいるような気持ち悪さだ…)
 頭を振って、アースは意識をマーキュリーに集中させる。
 繋がってから数日が経つが、反応があまりよくない。
 意識のようなものは感じ取れるのだが、赤子のように支離滅裂。
 本能のみの存在とはこんなにも扱いにくいものなのか。


 ―――マーキュリー…


 ―――……


 返事はない。
(胎児に呼びかけているようなものだから当然か…)



   ****



 スペースルーラーズを製作した組織にも派閥があるらしく、
 サンゴッドの運用をメインにしたい、という本来の目的を通したいグループ
 アースをベースにサンゴッドを転用したいと考えているグループ
 この2つに分かれているようであった。
 なので開発計画は今スムーズに進んでいるとはいえず、アースも実戦は数えるほどしか経験していない。
 さまざまな問題を解決に導くのには、あのエネルギー結晶体の利用なのだろう。
 そちらの研究もなされている。
 一度サンゴッドのエネルギー源として組み込んだが暴走した。
 だからアースが作られた。
 プロトタイプより高性能な機体ならば、と。
 しかし、ダメだった。

 それがアースのプライドを傷つけている。


  ****


「これより第二回目の起動実験を行う。
 暴走した場合、N0.001が停止行動に移る。」
 研究員がマイクに向かってアナウンスする。
 試験場となっている小惑星は、軍の施設以外何も無い。
 荒野と表現していいその一角に整地された場所があり、ハッチが開いてコードに繋がれたサンゴッドがせり上がってくる。
「起動」
 コードが外れる。
 サンゴッドはゆっくりと目を開き、事前に指定されていた惑星のある方向へとバスターを向ける。

 眩い閃光が走る。

 なんと強力なエネルギー砲なのか
 アースはそれを見ながら心を躍らせる。
「ターゲット、ロスト」
「プロトタイプのエネルギー値は正常。…待ってください。乱れ始めました」
「なぜ安定しないんだ」
 研究員たちから落胆の声が上がる。
「やはり『器』を作るしかないのか…」
「アース、君の機体にはサンゴッドと同じエネルギーである『クリスタル』を埋め込んである。
 君の場合はリミッターがあるため暴走の前に排出されるが、その前に彼を止めろ」
「…了解」
 転移しサンゴッドの後ろに現れるとレーザーを放つ。
 しかしサンゴッドは振り返るように腕を振るってそれを掻き消した。
 出力が足りない。
 瞬間移動という能力のお陰で、サンゴッドの攻撃を避けるのは容易なのだ。
 このまま持久戦に持ち込み熱暴走で起動停止まで待つという手もある。
 しかしダメージを与えられない悔しさがあった。
「……」
 サンゴッドの表情は無表情で言葉一つ発しない。
 感情もなにもない、ただの破壊兵器だ。
 ならば自分は何なのだ、何故心があるのだろう。
 サンゴッドさまにも心があるはずなのだ、今彼の心はどこに?
「私に優しく語り掛けてくれる、彼は、何なんだ!」
 複数のレーザーを生み出し雨のように降り注がせる。
 これ有効かもしれない、防ぎきれずサンゴッドの装甲が抉れる。
 実際の時間は数分の攻防戦。
 しかし高出力で動くアースは放熱が追いつかず、放熱の役目を持っている髪は過熱で赤く変色し始めていた。
「うっ!?」
 胸からガシャリと開いてクリスタルが排出される。リミッターが発動したのだ。
 思わずそれを掴むアース。
 その隙を逃さぬサンゴッドはエネルギー弾を撃ち込む。
「うぅぅ…!!」
 咄嗟にアースはレーザーでそれを散らし威力を半減させて破壊を免れるが、数キロ先へ吹き飛ばされる。
「うっあぁぁ…まだ、逃がすものか…この力は、わたしの、ものだ…!!!」
 クリスタルを無理やり押し戻すアース。
 髪は加熱を通り越して火を噴き始める。
 眼球が黒く染まる。
 クリスタルの過剰な干渉による反転現象だ。
 サンゴッドも放熱現象が炎を吹き始めていた。
 再び転移するアース。
 サンゴッドの目の前へ。
「…」
 サンゴッドは動じることなく拳を繰り出す。
 パンッと軽い音を立てながらそれを手で受け流し、
「オラァ!」
 そのままの勢いでアースはサンゴッドの顔面へ腕を振るう。
 金属がひしゃげる音のあと、サンゴッドが地面を転がる音が響く。
 アースの左腕の装甲は歪み割れて腕自体はダラリと垂れる。
 サンゴッドは動かない。
 吹き出ていた炎が弱まっていく。
「…てい、止、した…?」
 アースは膝を突く。
 脚がガクガクと震えて力が出ない。
 ガシャリと、再びクリスタルが排出された。
 それを逃がさんとばかりに掴むが、そのまま地に伏せてしまう。
 そのままアースの意識は闇に沈む。



  ****




「…ここは」
 アースは目を開く。
 研究室の天井が見える。
(あぁ…修復されていたのか)
 身を起こし、コードを引き抜く。
 すべて元通りになっていた。
 クリスタルも体内にある。これからの後続機体に埋め込んでいくという計画が実行される、ということだろう。
(長く眠っていたようだな…サンゴッドさまも修復されているだろう…)
 アースはふとマーキュリーのことを思い出して、マーキュリーが製造されている場所へ飛んだ。
「あ!?」
 マーキュリーのいたはずのポットは空っぽになっていた。
「アース、起動したのか」
 近くにいた研究員が声をかけてくる。
「マーキュリーは…!?」
「廃棄した。」
「なっ…!!!!!?」
「アース?」
 アースは転移する。
 まだマーキュリーはいるだろうか、もう完全に処分されてしまっただろうか。
 一瞬の転移であったが、いろんな感情がぐるぐる回る。
 施設の廃棄場にアースは現れると、周りを見渡す。
 兵器の残骸だらけだが、一角に水溜りのようなものがある。
「マーキュリー!!!」
 アースは駆け寄って手を伸ばす。
 べちゃりとそれは音を立てるが、反応は無い。
 ただの液体金属だ。
「お前には意識があった!生きている、ただの金属ではないから!」
 グッ…と、アースの手に触れている金属に力が篭った気がした。
「マーキュリー…」
 アースは胸元を開いてクリスタルを取り出す。
 なぜかこれを与えればいい気がした。
 それをマーキュリーへ落とすと、クリスタルは溶け込むように消えた。
 唐突に、マーキュリーである液体がうねる。
 それは上半身だけであるが、アースの姿を模した。
『「あ…あ。アァ…」』
 口を開いて、呼吸をするかのように声を漏らす。
『「声、聞こえる…?発声の波長は、これぐらい…?」』
 聞き取りにくい声でそう呟く。
『「お、まえ…?オレにずっと、呼びかけてたの…。いろんな声がいっぱい聞こえてて、何をいってるのか
  わからなくて、うるさかったけど
  おまえの、声だけはっきり聞こえてた。」』
「そうか…。改めて挨拶をしよう。私はアース。お前はマーキュリーだ」
「マーキュリー…」
「名前は与えるが、姿かたちは自分のものを探せ。」
「お前の姿を取るのはダメなのか?何か不都合でも?」
「それはお前の姿じゃないからだ」
「…ふーん?まだ知識が足りなくて理解できないけど、少しの間借りるのはいいか?」
「推奨はしないが」
 ぐじゅり、と下半身も作り上げてマーキュリーはアースの姿を完全に模した。
「アース、ありがとう」
「…礼はいらない。これが私の役目だ」
「ううん、言いたかっただけだ。」
 マーキュリーは空ろな目をアースに向ける。
「それにずっとお前と繋がってたから、お前のこと解るよ。
 オレさ、奪うから。全部。お前のために全部奪ってやる、それがオレのお返しだ。
 お前の声を聞いてる時、暖かかった。寒いところはもう嫌だ。寒いのは嫌い。」
「あぁ…」
 アースはマーキュリーを抱きしめる。
 マーキュリーも、これから生まれてくる後続機も皆守らなくては。

 皆を守りながら、神を導いて―――

 人類を滅ぼす。

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