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 カリンカはとある部屋へ向かう。

 客室用に開けてある部屋で、そこには今ジェミニマンがいる。

「ジェミニマン、おはよう」

 ドアを開いて挨拶をする。

「…あら?」

 カリンカは首をかしげた。

 部屋がカラッポだ。

「どこへ行ったのかしら…」

 中へ入り、周りを見回す。

 行き倒れていたところを拾ったのだから荷物らしい荷物なんてない。

 彼が消えるともうこの部屋は普段の客室としての使用感の無い部屋へ変ってしまう。

 しかし彼のメットが無造作に置かれているのでこの場から消えたわけでもなさそうである。

「まさか外に散歩じゃないわよね…」

 窓から見える雪原。

 カリンカはため息を吐きながらコートと帽子を取りに自室へ戻った。


   ****


「やだ、ホントに外に出てるじゃないの…」

 サクサクと雪を踏みしめながらカリンカはジェミニの足跡を辿った。

 風もなく晴れてキラキラ輝く雪。

 しかし寒いものは寒い。

 少しロボットが羨ましく思う。こんな寒さでも平気なのだ彼らは。

 カリンカはジェミニを見つけた。

 その姿を見てドキりとした、雪の中へ埋もれるようにしてジェミニが倒れていたからだ。

 目を閉じて眠るように。

 何故かその姿からミレイの「オフィーリア」を思い出した。

「美しい?」

 唄うようにジェミニの唇が薄く動く。



 あぁそのまま沈み込んで消えてしまいそう―――



「俺は美しいだろう?ふふ、ふふふ…」

 目を開いた彼はうっとりした表情に代わってカリンカへ視線を向けていた。

「何してるのよ。服がべちゃべちゃになるわよ。あとオイル凍っても知らないんだから」

「…俺の美しさが際立つかと思って。ふふ」

「バカやってないで朝ごはん食べましょうよ」

 カリンカはジェミニに手を伸ばす。

「…俺は何百キロもあるんだが」

「そういえばそうだったわ」

 しかしジェミニはカリンカの手を掴みながら自力で立ち上がった。

「着替えた方がいいわね」

「雪は見た目だけだな。すぐ溶けてしまう、やはり鉱石の方が素晴らしい。まぁ見ている分には問題ないか、雪も」

 髪を掻きあげながら呟く。

「貴方いつもそんな感じなのね」

「そうだけど?」



    ◆◆◆◆



 カリンカは身の回りの世話をするロボットが作った朝食を食べ、向かいに座ったジェミニはE缶を飲んでいた。

「チビ子」

「名前で呼ばないと返事しないから」

「…じゃあ、お嬢でいいか」

「まぁいいけど。なぁに?」

「E缶は味気ないからお前と一緒のモノが食べたい」

「……」

 キョトンとするカリンカ。

「ロボットなのに、こんなのがいいの?E缶が一番ロボットにとってエネルギー摂取の効率がいいのよ?」

「あぁ、それはそうだが…いったろ、味気ないと。いつも俺はマグネットに朝ごはんを作ってもらっていた。

 オムレツ、うんそうだな…オムレツが食べたいな」

「DWNってみんなそうなのかしら。そういえば、スネークもそんな感じだったわ」

「スネーク…」

 ジェミニの表情が僅かに変わる。

 その表情は『困惑』だ。

 どう反応したらいいのかわからない、そういった感じだった。

 なのでカリンカは気にせず話を続けた。

「スネークがお父様の研究所に遊びに来たときは食事を出したのよ。『寒くて寝そうだから暖かいモノが食べたい』なんていうんですもの。

 おかしな子ね、人間じゃあるまいし。出してあげたけどね。

 一番笑ったのは、眠気に負けてスープに顔を突っ込ませたことかしら。そのまま寝るからびっくりしたわよもう」

「子供みたいなバカだな」

「えぇ、楽しかったわ…今度トード呼んできてあげましょうか」

「何故?」

「スネークの話でも聞けばいいわ」

「……今は、いい」

「そう、聞きたくなったら言ってね。」

「……」

 ジェミニは眉を顰めたまま、カリンカから視線を離して窓へ向け、ずっとそっちを見つめ始める。

 カリンカは黙ってジェミニを観察しながら朝食を取る。

「…出て行っちゃったりしないの?ジェミニマンは」

「ん?お前がしばらくここにいてもいいと言ったんだ。今のところ行く当てはないから居る。

 いつ出て行くかは未定だな。」

「よかったわ、明日の朝食はオムレツにしてあげましょう」

「あぁ」

「しばらくいるんだったら護衛の仕事を引き受けてくれるのね」

「あぁ、そういえばそんな話だったな。いいだろう。

 というか気になったんだが、DCNのやつらを使えばいいんじゃないのか?」

「あの子たちはお父様のロボットだもの。私は自立したいと思ったの、親離れしないとね」

「ふぅん。人間はよくわからないな。」

「ロボットには解らないことだと思うわ」

「ふふ、お前は人間とロボットを分け隔てているから好きだよ」

 目を細めるジェミニ。

「気に触った…?」

「いいや。そう接された方が俺は楽だ」

「そう…」

「これからしばらくお前と一緒に過ごすと思うと変な感じだな。ふふふ…。」

「本当ね。変な気起して襲わないでよ」

「安心しろ、俺は俺にしか興味が無い」

「うん、知ってる…」

 呆れた表情で答えるカリンカ。

 とりあえず今日のスケジュールで空いている時間を使ってジェミニが喜びそうなケーキでもご馳走してやろうか…

 なんて企みながらカリンカはゆっくりと紅茶を飲み干した。
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