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「おはようジャイロ!」
        
         写真に向かってジュピターはいう。
        
         彼なりにジャイロを覚えていられるよう、少し前からこのように写真に向かって挨拶をするようになった。
        
         効果が出ているのかどうかは解らないが気持ちの問題である。
        
         あとで思い出すとはいえ、記憶を落としてしまうのはジュピターにとって重荷であった。
        
         自分が気づいていないだけで色んなことを落としてしまっているのかもしれない。
        
         現に製造されたころの記憶が再生できない。
        
         そのせいか、自分がスタードロイドであるという認識が薄いらしくこのまま地球人として暮らすことに抵抗を感じなかった。
        
         もとより故郷は自分たちの手で滅ぼしているのだ、帰る場所などない。
        
         そして知的生命体の駆逐への執着もそんなにない。
        
         任務という感覚があったし何よりスタードロイドではなくなってきているのだ、自分の生まれてきた理由を全うしなくてもいい気がした。
        
         すべては意味の無いものなのだから、自分を殺してまで生きることはないのだ。
        
         自分の望むままに、自分の命を全うすればいいのだ、そしてその後に無に帰ればいい。
        
        「……」
        
         ジュピターは自分の手を見る。
        
         いつみても自分であるという現実味が無い、これが昔からだったのか記憶障害を起こしてからなのかは解らない。
        
         自分の考え方にしても、きっとジャイロは受け入れてくれない。
        
         ジャイロは自分を殺している。
        
         彼は自由に生きているが、根元の部分を隠しているように思えた。
        
         それは自分に対して見せぬように隠しているだけなのかもしれない。
        
        
        
         何故自分はそこまであの男に執着する?
        
        
        
         思い出せない。
        
        
        
         そもそも、理由などないのかもしれない。
        
         本能的に自分と近いと感じたのだろう。
        
         一緒だと、感じ取ったのだ。
        
         そして欠けている状態である自分が、その埋め合わせに彼を求めているだけなのかもしれない。
   ****
「俺がお前を求めるのに理由はいるのか、と考えたけど別にいらないよな」
        
         星空の広がる空中庭園で、ジュピターは夜空を見上げながら呟く。
        
        「無意味だからか」
        
        「そうそう」
        
         ジャイロに頷くジュピター。
        
        「…お前はそうやって理由を考えては放棄して全て一緒くたにして捨ててしまうな。
        
         楽といえば楽か。鳥頭だし丁度いい」
        
        「な、なんだよそれ…」
        
        「どういう生き方をしていたのか知りたくも無いが、お前は極端だってことだ」
        
         ジャイロは息を吐く。
        
        「…わかんねーなぁ。あぁ、でも俺がこんな感じだからサターンは、あぁ作られちゃったのかなぁ…。
        
         でもあいつ考えすぎてノイローゼみたいになるんだぜー。面白いだろ。
        
         アースを崇拝して持ちこたえたみてーだけどさ。
        
         あぁ、そうか…今の俺もサターンみたいな感じなのか?お前を心の拠り所にしてる?」
        
        「……消えうせろ」
        
        「いーじゃねぇか別に」
        
         ジャイロにべったりくっつくジュピター。
        
        「俺が色んな物落としても、お前拾ってくれそうだし」
        
        「そこまで面倒をみる筋合いは無い」
        
        「見てくれてんじゃねーか」
        
        「お前が勝手にそう思っているだけだ、俺は迷惑だ」
        
        「そうか、じゃあ死ぬまで迷惑かけちまうな」
        
        「こいつ…」
        
         ジャイロは立ち上がろうとしたがジュピターが腕を放さない。
        
        「俺は今のお前で満たされるけど、お前が満たされるにはどうすればいい?
        
         あのさ、痛いのは慣れてるから好きなように切り刻んでも多少大丈夫だぜ?戻れるし」
        
        「俺を異常者扱いするな」
        
        「でもお前、そういうの好きだろ?」
        
        「……」
        
         ジャイロはベンチに座りなおすと、ジュピターを抱きしめる。
        
        「もう、喋るなバカ鳥…」
        
        「?」
        
        「頼む…」
        
         ジャイロはか細くなった声を絞り出す。
        
        「この感情はなんだろうジャイロ、俺にはわからねぇ感情だ」
        
         呟きながらジュピターはジャイロの背に腕を回す。
        
        (でも解らなくていい気がする…)
        
         ジャイロに対して抱きたくない感情なのかもしれない―――
        
        
        
        END
        
  
 
 
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