ナパームとウェーブはスラム街を歩く。

 なかなか物騒な雰囲気だが、ナパームの体格と威圧感のお陰か視線は感じるがそれだけで済んでいた。

 ナパームの姿はいつもの軍服ではなく私服だ。

 ウェーブも私服である。

 今日は任務ではなくウェーブの私用でこの場に来ていた。ナパームは付き添いである。

「えぇっと…たしかこの先に…」

 ウェーブは不安げな表情を浮べながら曲がり角を曲がると、ホッとした表情を浮べる。

「まだあった…」

「あそこが診療所なのか?」

「あぁ、うん…」

 二人はそこへ歩みを進める。

 古びた建物のその一階が診療所だ。

 ドアは鍵が掛かっていなかったのでウェーブたちはそのまま中へ入った。

「…あれ、いない。出かけてるのかな」

「用心が悪いな」

「ここ鍵壊れてるんだよ」

「そうなのか…」

「金目のものないからそのままにしてるらしい…」

 ウェーブは目を細めながら呟き、手に持っていた包みをテーブルの上へ置いた。

 この診療所にいるのはオイルという肌の黒い男で、ウェーブはその男に縁があったのだ。



    ****



(オレ、死ぬなぁ…)

 ウェーブは目を閉じ身を丸めながら痛みに耐える。

 男達に取り囲まれ罵詈雑言を吐かれながら暴力を振るわれていた。

 それは仕方がないことだ、ウェーブが盗みを働いた、その応酬だ。

 気が済んだのか、男達はウェーブを放置して去っていく。

 身体が動かない。

 全身が痛い。

 意識が遠のいていく。

 いつものようにゴミを漁っていればよかったかな、なんて後悔しながらウェーブはそのまま意識を手放した。






 目が覚める。

 身体は相変わらず動かないがベッドの上にいることに驚いた。

「ヨゥ、気がついたのか?」

 軽い口調で側にいたらしい男が声をかけてきた。

「ッあ、ぅ…」

 ウェーブはビクっと震えながら声になってない声を上げる。

「オマエ肋骨と足とあと色々やられてるから動くなよ。

 まぁ動かそうにも動かせねぇだろうけどヨ!名前は?」

「ッあ、名前…ウェーブ…」

「ウェーブ、っと」

 なにやらカルテらしきものに書き込んでいる。

「…医者?」

「オゥ、医者だぜ。免許ねーけどな。オマエ倒れてたから拾ってやったんだ、感謝しろヨ」

「…オレ、治療費…払えない」

「知ってるよ。別に儲けたくて診療所やってんじゃねぇぜ。

 オレっちは怪我人をほっとけないだけだヨ。ほっといたら後味悪いだろ?」

「…わからない。」

「ハハッ!オマエは患者だからヨ、医者のこと心配してんじゃねーよ。

 自分の身体の心配しな!」

 その医者はオイルといって、ひっそりと診療所を経営しているらしかった。

 痛みが酷くなれば薬と称して酒を飲ませてきたりなかなか怪しい感じではあったが、

 基本的に暇なのか外へでていかない日はウェーブのためにか側にいた。

 何故このような行為をしているのかウェーブの知るところではないし、聞かないのがここのルールだろう。

 ただ人と接するのを極度に嫌うはずの自分がここにいられるのが不思議だった。

 医者と患者という区切りを付けられているからなのかもしれない。



 このままここにいても良かったかもしれない。

 ただやはりその当時の自分はここに居場所を見出すことが出来なかったのだ。



  *****



「ここで待っていても、仕方ないかな…いつ帰ってくるかわからないし」

「いいのか?挨拶したいだろ?」

 ナパームが顔を伏せるウェーブに言う。

「いい、別に…いいんだ…行こう」

 ウェーブはナパームの手を引いて診療所を出る。

 もうここには来ないだろう。

 少し寂しく感じるとは自分も随分と心に余裕ができたものである。

「あ…」

 前方からやってくる人影に気づいて声を漏らすウェーブ。

 見知った顔だった、昔とまったく変わりの無い姿だった。

「オイル――――…ッ!!?」

「!!!?」

 名を呼びながら硬直するウェーブと、ナパームもオイルの横にいる存在に気づいて硬直した。

「お!?ヨゥヨゥ!!!なんだよ久しぶ―――」



「うあああああああああ!!!!?」

「撤退!!!撤退ぃぃぃー!!!!」

 泣きながら悲鳴を上げるウェーブを抱えたナパームは彼ら反対方向へ走り去っていく。



「…??」

 オイルは眉を顰めて二人を見送る。

「酷い…僕よりあっちのメタルの方が恐がる対象じゃないかなぁ」

 オイルの横でぶつぶつ呟きながらふてくされる一人の少年。

「んー?ロック、お前あいつらに何かしたのかヨ」

「何もしてないよ!ちょっと彼らの上司ともめただけで…」

 トラウマ与えちゃったかもしれないけどね…なんて言いながらロックは肩を落とす。

「ふーん?しかし逃げなくてもいいだろうがヨ」

「そうだよね。でも彼ら診療所からでてきたね?」

 オイルとロックは診療所に向かう。

 テーブルの上に置かれた包みにすぐ目が行った。

 オイルはそれを手にとって中身を確認する。

「お、酒じゃねーかヨ。ウェーブめやっと治療費払いにきやがったな」

「へぇ、あのウェーブと知り合いなんだ?」

「昔ちょっとな。ロックと知り合いとは知らなかったけどヨ」

「僕は最近であったから…」

「ライト博士と一緒に飲もうぜ!」

「ダメです!」

「チェッなんだヨ…仕方ネェーボンバーと飲むかぁー」



   *****



「な、ななななななんで一号機が、いちごうきがいたんだ!!?」

「びっくりだな!!?咄嗟に逃げてしまったすまないウェーブ!!」

「い、いいよ俺たち装備整ってないし!?」

 ウェーブとナパームは大変動揺しながら会話をする。

 周りを巻き込んでのメタルとロックの戦闘―――非人間同士、アンドロイド同士の戦闘―――

 それは生身の彼らの心に恐怖を与えるのには十分であった。

「意外と世の中って狭いのかな…」

「かもな…」










END