「珍しいな、一人で飲んでいるのは」

「エアー少佐…」

 いきつけの酒場のカウンターで一人飲んでいるジャイロを発見したエアーは声を掛けながらその横へ座った。

 いつもジャイロは誰かと一緒に飲んでいることが多い。

 飲みすぎると手が付けられなくなるから、などとクリスタルから聞いたことがあるが…。

「何か悩み事があるのなら、聞こうか?」

「……」

 ジャイロは眉間に皺を寄せて強くグラスを握り締める。

 彼の中で話すか話さないか迷っているのだろう。

 エアーは注文した酒がくると一口飲みながら呟く。

「中尉、私は少し後悔しているんだ。中尉を誘って軍から引き抜いたことを。

 あの時は中尉の能力しか考えていなかった。中尉のことを考えていなかった。

 すまないと思う」

「少佐は俺の能力を買ってくれたんでしょう?いいんです、軍にいたって…」

 ジャイロは仰ぐように酒を飲み干して次を入れる。

「どこにいても同じなんだと気づいたんです、少佐。」

「同じ?」

「そうです、俺は自分に対して何も不満もない、周りに対しても不満なんてない。

 ただ生きてるだけだからどこにいたって同じなんです。

 でも少佐が俺を認めてくれたからここにいるだけ…。

 それで、あとから沸き上がってくる感情が生まれてきて…」

「…それは」

 エアーは目を細める。

「口に出さなくて良い、きっとお前のプライドが傷つくことだろう」

「……」

「いつからそうなった」

「……ジュピターと知り合ってからです」

 それはつまり、つい最近ということ。

 ジャイロは苦悶の表情から歪んだ笑顔になる。

「あいつが幸せそうな顔をするだけで、俺はこの感情を押し殺さなくちゃならなくなる…

 何も感じていなかったのに、今更です少佐。俺は何度も死に掛けたけど、それでも何も感じなかったのに」

 肘をついて頭を抱える。

「傭兵を辞めてもいいんだジャイロ。」

「……」

 頭を抱えたまま首を振る。

「お前はナパームと違う人種だ。戦いの場に身をおかないほうがいいのかもしれない。

 ここにいればいるほど苦しくなる。それが嫌なら、おまえ自身が変わることだ。

 …どちらも苦しいことだがな」

「少佐はどうして傭兵団に…?」

「成り行きだ、ほぼ強制だったがな」

 フフフと笑う。

「だが不思議とメタルの横にいるのが普通になっていてな、きっと相性が良かったんだよ。

 今ではいい相棒だ。お互い無茶苦茶な相棒を選んでしまったものだな」

「…まったくです」



   *****



「あ、ジャイロ」

 ドアを開くとジャイロが立っていて、ナパームだと思っていたウェーブは驚いた。

 アルコールの香りと、ジャイロの目が据わっているのに気づく。

「酔ってるのか。入れよ。吐かないよな?

 お前この間盛大にやらかしたからな…」

 この前の酒盛りを思い出してウェーブは眉をしかめながらジャイロを中へ招き入れた。

 ジャイロは倒れるようにソファへ身を沈める。

「水は?」

「いらん…」

 ジャイロはゆるやかな動作で身を起こしながら身体を引きずって近くにある棚の引き出しを開け始める。

「何探してるんだ」

「薬よこせ、あぁこれだ」

 容器に入ったそれの蓋を勝手に外し仰ぐ。

 錠剤がバラバラと床に零れ落ち、ジャイロは口で受止めた分をガリゴリとかみ締める。

「あー勿体ない。俺も飲むんだぞそれ…」

 床に落ちた錠剤を拾いながらウェーブはいう。

 ナパームのおかげで精神が安定してきたとはいえ、異常に攻撃的になるときがあるウェーブは薬に頼ることがあった。

 しかしこれでも回数は減ったほうで、今では健康的な方だ。

 クールダウンするために飲む薬、と位置づけているが用法は間違っているのだろうなとウェーブは思う。

「拾ったの飲む気か」

「飲むよ勿体ないだろ」

「汚ねぇー」

「ゴミ漁るよりマシだからいいんだよ…」

 奪い返した容器に錠剤を戻しながらウェーブはジャイロを見る。

 ジャイロが酔うと手が付けられないのだが、今日は大人しいらしい。

 ナパームが来るまで一人で面倒が見れそうで安心する。

「ウェーブ…」

「えっ」

 ジャイロが寄りかかってきたかと思った瞬間、抱きつかれてキスをされる。

「ジャイロ、やめろって」

 引き離すがジャイロはキスを諦めず、ウェーブの手を掴みあげて床に押さえ込んでキスを続けた。

「ッ…ぅ、ンゥ…」

 舌が蹂躙し、絡んできたと思ったらそのまま吸い上げられ舌を甘噛みされる。

 脚で抵抗しようとすれば、ジャイロの体が完全にウェーブの身体と密着してくる。

「っふ、…ぁっ…んぅぅっ……」

「ウェーブ…」

 目だけニッコリ微笑むジャイロに顔を掴まれる。

「じゃ、じゃーろ…何…」

「酔った勢いでキスしたと思ってるだろう、俺はいたって冷静だ」

(酔ってるよ…酔ってる…)

「お前を犯すことも出来る」

「…シたいのか?」

 ちょっと意外そうな顔でウェーブはジャイロを見直した。

「お前はどうしてそう貞操概念が欠落しているんだ!!!!」

「そ、そういう生き方してんだから仕方ないだろ!!身体売っとけばとりあえず食えるんだよ俺の住んでたところは!!

 まぁ俺こんな容姿だからモノ盗ったり生ゴミ食ってたけどさ!?」

「なんだとぉ!お前はエロすぎるわ!!!」

(じゃ、ジャイロもナパームと同じ美的感覚なんだろうか…)

 ウェーブは心の中で思わず思う。

 余裕があるのはジャイロが酔っているからだというのもあるだろう。

 このままジャイロに抱かれても構わない。

 抵抗すると逆に怖いというのもあるのだが、抱かれてしまうことに慣れてきたのもある。

(昔の自分じゃ考えられないなぁ…ナパームがネプチューンと一緒に変なプレイばっかするからだ…

 俺のせいじゃない…ナパームがえっちだからだ…)

 ウェーブは若干ナパームのせいにしながら脚をジャイロに絡ませて下半身を擦り付ける。

「!?」

 ジャイロの表情がわずかに変わる。

 やはり本気ではないのかもしれない。

「ジャイロ、キスしてくれるか?」

「……」

 さっきとは違い、控えめにキスをし始める。

 ジャイロの腕が回ってくる。

 いつもと違って不思議な感じがする。

 そうだ、ナパームとネプチューンも力強く抱きしめてくるのに、ジャイロは怯えるように弱弱しい。

 ふと、ドアが開く音にウェーブは気づく。

「…!?」

 ナパームが二人をいて表情を変えるが、ウェーブが手で制すると冷静な表情に戻り足音を消してゆっくり歩み寄ってくる。

「ジャイロ…何か不安なことでもあるのか?俺が聞こうか?なぁ?」

 自分も不安に襲われて必死なのに他人の不安を聞こうとするなんて…と自嘲気味に微笑む。

 ジャイロの場合は自分と違って明確なものがあると感じたから宥めるような声色で極力刺激しないよう

 あやすようにジャイロの背を撫でる。

「……死にたく、ない」

 吐き捨てるようにジャイロは言う。

「死にたくないんだ、ジュピターが…幸せそうな顔しやがるほど死にたくないって思ってしまう、

 今までそんなことなかった!何の感情も浮かばなかったのに!あいつのせいで!」

「…一緒」

 ウェーブはジャイロの耳元で囁く。

「俺もお前と一緒…」

 それは嘘ではなかった。

 自分もジャイロと同じように死ぬことに対して何の感情も浮かばなかった。

 今は違う、死にたくない。

 独りで死ねなくなってしまった。

「ジュピターのところに一緒にいてあげるのはダメなのか?」

「……」

 ジャイロはウェーブの顔を見る。

 歪んだ笑顔だ、無理やり笑顔にしている、そして首を小さく横に振る

 それは怯えているかのような震えのようでもあった。

 おそらく口に出して言えないジャイロの心の暗い部分がそうさせているのだ。

 誰にだってある、他人に喋ってはいけない自分の闇の部分。

「ウェーブ…ウェーブ…」

 ジャイロは泣き出しながらウェーブの胸に額を押し当てる。

「今日は随分と甘えるな」

 ナパームは屈みながら呟く。

「叫びながら暴れられるのよりはいいんじゃないか。あれは後片付けが大変だ」

「禁酒させよう禁酒」

「それは可愛そうだ、俺だったらたえられない。

 …ナパーム、ベッドに運んでくれないか」

「あぁ」

 力を無くしていくジャイロを抱き上げるナパーム。

 まだジャイロは意識があったが、焦点が合わせられないのかぼんやりした表情でブツブツと母国語でなにかうわ言を呟き始めていた。

「さっき薬飲んだから動けなくなると思う。飲むって言うか食べられた…」

「滅茶苦茶するなぁ…」

「酔ってたし」

 ジャイロをベッドに寝かせたナパームはウェーブを抱き寄せる。

「ウェーブはジャイロに優しいよな、妬くぞ」

「ナパームに妬かれるとあとが怖いな…」

「俺ウェーブに優しいよ」

「それが怖いな」

 ウェーブは笑ってナパームに擦り寄る。

 不安で不安で仕方がない、幸せを感じていると不意に黒いものがこみ上げてくる。

 ジャイロはどうなんだろう、同じなのだろうか。

 早く気づいて欲しい、その黒い感情は一時的であるが消せるということに。

 ナパームが優しく微笑んでくれるだけで、自分は救われている。



  ****



 ここはどこだろう。

「お前、自分以外の人間が苦しんでる姿好きだろ」

 ぎょろりとした目が見下ろしている。

 緑と黄色と赤色の気持ち悪い鳥。

「苦しんでる姿を見てると興奮するんだろ?」

 鳥ではない、ジュピターだ。

「俺と一緒だ」






「あ、あぁぁ……!!!」






 身を起こすジャイロ。

 ズキリ、と頭に痛みが走る。

「う、うぅ…」

 ベッドに倒れる。

 自分のベッドではないことに気づく。

「ジャイロ、気づいたか」

「ウェーブ…?ここは、ウェーブの部屋か…」

「顔が真っ青だな」

 ウェーブの手が顔にかかった髪を払ってくれる。

「……二日酔いだ」

「珍しく、今日は甘えるな。いいよそのまま寝ててさ」

「ん…」









END