こ  れ は 夢 だ





 心のどこかでそう思う。

 そうだ、夢だろう。

 身体が勝手に動いている、自分の意思とは別の意志で動いている。

 そしてこの思考も夢に引きずり込まれる、夢だから抗うことなどできないのだ。



 どこを歩いているのだろう。



 目の前にぼんやりと浮ぶ人影は誰だろう、距離がつかめない。

 近くにいるはずなのに遠くに見える。



 人影が急速に色づく、
あぁグレネードだ。



 常にボディラインがハッキリと解る特殊スーツに身を包んで常に腰にバーストお手製の手榴弾を下げている

 彼とは任務を組んだことはないが、向こうから話かけてくる。

 それは支離滅裂で会話といっていいのかわからないものであるが。



 一体どこを歩いているのだろう。



『お前と俺は似てるよなぁウェーブ』

 グレネードが振り返ってギョロリと目をこちらに向ける。

 身が竦む。

 グレネードはヒャハハハハといつもの笑い声を上げ始める。

 昔なら何とも思わなかった「あぁ、そうか」と思うだけだ。

 しかし今は違う、恐いのだ。「あぁ、そうか」と思ってしまう自分が恐い。

『この世界はいっつも足元がグラグラだ、すぐ壊れる。

 そう壊れるんだよウェーブぅ!!!!』



 あぁ、地面がひび割れている。



『壊れるならとことん壊してぇーんだよなぁー!!!

 お前もそう思うだろぉー!?だって俺もお前も―――』



 地面が崩れ始めてグレネードの声が掻き消される。

 聞きたくなかったのかもしれない。

 叫んでいる自分の声は、出ているのか出ていないのか、わからない。



 独りにしてほしい。

 独りになれば何も考えなくていい、自分を知らなくてもよくなる。



 あぁ、ここは海底か。



 身体は動かない。ただ海の底に自分がいて、漂っている。



 海は自分を傷つけない。海は好きだ。



『人魚の話、知ってる?知らない?教養ないんだねぇ』

 バブルが目の前に居た。

 岩の上に座っていつもの表情でこちらを見ている。

『要はね、その時人魚がいなかったのさ。

 人魚に助けられずに王子は海の中で死んだの…。

 でも未練があったんだろう。地上に未練があって記憶と引き換えに地上へ上がったのさ。

 僕はこの脚を手に入れた、記憶と引き換えに』

 愛しそうに脚を撫でながらバブルは語る。



『未練って何だったのかな?バカだよねぇ忘れるなんて。』

 フッ…と視線を遠くへ向ける。

『彼女は…誰だろう』




 視界が暗転する。




 暗闇だ、あぁ苦しい。苦しいのはおかしい、海の中は苦しくないはずなのに、息が―――



    



『ウェーブ…』

 ネプチューンに抱かれていた。

 後ろから愛しそうに優しく抱きしめられている。

 身体は動かない。



 ここは ネプチューンの 
 だ


 死しかない、何もない海だ



 綺麗な魚を見せてくれる、綺麗な珊瑚を見せてくれる



 あぁしかしそれは自分を喜ばせるためだけのもので



 その奥を隠しているだけなのだ、あぁ知っている。彼の海は赤錆と腐敗しかない。



『愛しています…』



 苦しいからそう囁くのか。



 お前の海は苦しいから









 目の前にキングが立っていた。

「…口、吐き出したらどうだい?飲んでも大丈夫だけど美味しくないからね」

「…!? げほっ!げほげほ!!」

 ウェーブは培養液を吐き出す。

 どちらかというと、不味い。

「もう大丈夫そうだね、パイレーツも問題ないし君も人工細胞が定着しただろう。

 調整は今日で終わりにしようか」

 キングはウェーブの濡れた腹部へ触れながら言う。

 大きな傷は既に塞がり、もう傷跡もなかった。

「君…調整中はずっとうなされてるようだけど夢を見てるのかい?」

 カルテに何やら書き込みながら聞きにくる。

「あぁ…内容は、よく覚えてない。あまりいい夢じゃない気がする」

「ふーん…。精神的に不安定そうだよねぇ、そっち方面のクスリ出そうか?」

「い、いらない…」

「そうか、残念だ」



 夢の内容は、おぼろげに覚えている。

 いつも過去の記憶と夢がぐちゃぐちゃに混じっている。

 グレネードのあれは、あいつと自分の中にあるものが同じだからあんな夢を…見てしまうのだ。

 自分も壊さなくてはいけないと本能に『命令』される。

 きっとソレに快楽を感じてしまったらグレネードと同じ世界へ堕ちてしまうのだ。

 ギリギリの所で自分は立っている、不安定な所に。

 バブルは実際あのような会話をした。

 しかし彼は自分から記憶を捨てたのではないし、命を繋ぐためにサイボーグ手術を受けたのだ。

 彼に否はない。

 しかし彼のいう『彼女』が思い出せないのが悔しいのだろう、ただそれだけだ。

 ただそこに自分の不安が混じっただけで。



 ―――もし自分が変わってしまったらナパームは同じように接してくれるだろうか?



 変わりたくない、変わりたくない…しかし周りが変化して行く。

 独りの海はもう既にナパームがいないと寂しい海になってしまった。

 だからもう誰も入れたくない、これ以上耐え切る自信が自分にはない。



 もし自分が堕ちてしまったら、もしナパームが死んでしまったら



 不安で息が苦しい。

 耐え切れるだろうか…。

 ネプチューンでさえ、苦しいと吐き出しているじゃないか。






「やはり精神安定剤を飲んだ方がいい」

「あ…」

「何を恐がっているのか解りかねるがね」

 キングは目を細める。

「いい…いつも、こうだから…」

「そう、あぁそうだ先ほどナパームが迎えに来たそうだよ。今バナ子と遊んでるんじゃないかな?」

「えぇ!!!?」

「早くいってあげたほうがいい。ナパームはどうなってもいいがバナ子の生傷が増えるのは宜しくないからね」

 ウェーブは身なりを整えると慌てて出て行く。

「危なっかしいものだね」







END