menu

猛黒くんと静堂さんの昔のお話
 猛黒は森の中を歩く。月明かりも届かぬ森であるが眼の良い猛黒には然したる問題ではなかった。

 大陸が違うと拠点としている島国の森とは雰囲気が違うものであった。

 微かに血の匂いを感じてそちらへ足を運ぶと、人間の死体が転がっている。

 猛黒はそれに興味を抱くことなく、あたりを見回して彼を探す。

 死体から少し離れたところに神父の服が落ちていた。

「……」

 猛黒はゆっくりとそれを持ち上げると服の間からころりんとコウモリが転がり落ちた。

 そのコウモリを拾い上げる。怪我をしており弱々しく鳴いていた。

 拾い上げた服を視線の高さまで上げ、破れ具合を確認する。

 裂かれたようなあとがある。

「銀剣か。面白いな。咄嗟に斬ったのか?ふふ…災難だったな静堂」

 コウモリに語りかける猛黒。

 普通、銀という柔らかい素材の剣など持たないだろうに。運悪くハンターと鉢合わせてしまったということだろう。

「じじいの商売も済んだしさっさと帰るか。ここは島国よりもおっかねぇ」

 異物に対して人間は容赦ない。この地の人間は特に。

「ったくじじい一人でやれってーの。なぁ?」

 借りている屋敷に戻ると家来たちが寄ってくる。

 静堂を見て心配な顔をするものや、「死体じゃなかったジャン!?」なんて今更な反応をする相棒もいて

 静堂も大変だなと猛黒は思う。

「静堂手当するジャン?」

「あぁ、俺がやれるから。お前らもう解散しろ」

「了解ジャン!」

 素直に従う家来たち。

 巻がいたら「猛黒が手当てとか心配」なんて自分を棚に上げたことを言い出しそうだが、

 あやかしたちに人間のような手当はいらない。

 猛黒は自室に静堂を連れ込むと両手の中に納まる弱っている静堂の身体を確認する。

 銀剣に付属しているなにかしらの魔法でごっそりと魔力を持って行かれているのが解った。

 猛黒はナイフの先で人差し指を傷つけてゆっくり溢れてくる血を静堂の口元へ持って行く。

 静堂はその指に噛みついた。

「いつもウザいけどこうしてると可愛いもんだよなー。一生そのままでも俺はいいな」

「そ、それは困ります」

 人の姿に戻る静堂。いつもピシっとした格好ではなく、髪は垂れ下がっているし全裸である。

 猛黒は静堂の怪我をしていた箇所に空かさず手を触れ撫でまわす。

「塞がってるな。嫌な魔術の気配もない」

「触って分かる猛黒さまって規格外ですよねぇ…」

「普通わかるだろ、相手の魔力の量とか」

「きっちりしたことは解らないですよ。それだけ猛黒さまはすごいということなんですね」

「それだけ舌が回ってれば大丈夫か。ほら、まだ魔力足りないだろ」

 おもむろに猛黒が自分の胸元を緩めて首元を曝け出すのでギョっとする静堂。

「いえいえ!そこまでしなくても!!」

「バーカ明日海渡りだぞ。砂になりてぇのかよ」

「そ、それはそうですけど猛黒さまの血を頂くだなんて恐れ多い…」

「なに遠慮してんだよ普段図々しいくせに。家来の面倒を見るのは俺様の役目だぞ」

「うう…では、失礼して…」

 恐る恐る、といった感じで静堂は猛黒の首筋に歯を立てる。

 ズキっとした痛みが一瞬走るが、それが続くことはなく痛みが別のものへ変換されていく。

(あぁ…吸血鬼に噛まれるとこんな感じになるのか…)

 猛黒の意識は残っているが、身体がだらりと力を失う。

 柝に弛緩剤を打たれた時と少し似ている気もしたが、気分が高揚している。

 噛まれたからといって吸血鬼になるわけではない。これは吸血鬼の種類によるものだ。

 静堂は仲間を増やせないタイプの吸血鬼なのである。

 ぐっ…と静堂が猛黒を抱きしめはじめる。なんだかマジになって吸血している気がする。

「っあ…はぁ…ぅっ…」

 自分の口から空気が抜けるが艶っぽい声になっていて少し恥ずかしいが、静堂はたぶん聴いていないだろう。

(じじいも何度か噛まれとけって言ってたし…この気持ちいい感じも2、3回しか味わえないか…)

 最強になるための一つで何かと免疫をつけてしまうのである。

 免疫ができたあともこうやって血を分け与えることがあるかもしれない。

 その時ただ噛まれるだけの感覚になっているのかと思うと、つまらないものである。

「ッ!」

 ガバっと静堂が勢いよく猛黒を突き離す。

「す、すみません!夢中になってしまいました!」

「…これ、ぐらいで、枯れるわけねぇ、だろ…」

 呂律が怪しいが意識ははっきりしている猛黒は静堂に言う。

「受け答えできるんですねぇ、すごい…」

「おれ、だから、な」

「お顔がすこし怪しいですけど」

「うる、せぇ…あ」

 静堂から解放されるが踏ん張れずずるずると床に倒れてしまう。

 慌てて静堂は猛黒を抱き上げベッドへ寝かせた。

「お休みになられてください猛黒さま」

「…落ち着かない」

「でしょうね、吸血って催淫効果ありますからね。あ。けっこう興奮してますか?」

「わからん…」

 身体があついなぁ、程度であるのだが静堂と一緒に居たい気がする。

 そういう効果があるのだろう。

「おちつくまで、いっしょにいろ」

 ぐいぐい静堂の腕を引っ張る。

「ええええ…まぁ、それでいいならいますけど狭くないですか?」

「うるさい…かんおけの、なかよりいいだろ…」

「では失礼して」

 静堂はベッドの中へ入る。少し狭いので猛黒を抱きしめる形になったが。

「猛黒さま、助けていただいてありがとうございます」

「お前の、面倒を、見るのが、俺の役目だ」

「……」

 静堂は猛黒の頭を撫でる。

「おいやめろ」

「少しぐらいいいじゃないですか。今の状態だと気持ちいいでしょう?」

「ぐっ…」

 猛黒は落ち着くまで静堂になでなでされた。
top