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50年ぐらい昔の話
ある日当主が幼児を連れてきたときは驚いたが、それが息子だということで咲たちはもっと驚いた。
息子…猛黒と懐けられた幼児は幼児らしからぬ威圧感を放っていた。当主の息子だと言われても不思議ではない。
ただ少し野性味を感じさせて咲は不安になった。その不安は的中するのだが。
「こやつ獣みたいなものでな、お前らちょっと教育してやれ」
「それは父親の仕事じゃないですカ?」
漆発のもっともな意見は黙殺された。
「ちょっと無茶しても壊れたりせんぞ」
「…ふーむ」
柝は猛黒をしげしげと眺める。
「どう作ったのか興味深いですが…」
「普通じゃ普通」
「奥方はどちらに?」
「しらん。こいつをわしに押し付けてどっかいったわ」
「本当かな~?あやしい~!当主さまって悪い人だしー?」
立場上、帝威一族に土地を奪われた氏神となる咲はにやにやしながらつっこむ。
「しらんしらん!わしゃあもう行くぞ!」
そういって屋敷を出て行ってしまう。
「あれは絶対奥方とらぶらぶだね。」
「そうデスカ?」
「帝威家って素直じゃないんだよ!目の前でイチャラブしないからね?恥ずかしがって」
「面倒くさいデース…」
「君もあぁなるんだねぇ…お名前なんていうの?」
「…」
猛黒は唸りながら咲を警戒している。
「…まず言葉わかるかな?彼…」
「さぁ…」
「お前、なんだ?」
言葉は喋れるらしい、咲を睨んだまま問うてくる。
「雷神の咲だよ」
答えるや否や、咲はふっとび壁にぶちあたった。
「えぇー女の子の顔面思いっきりいったねぇー」
ドン引きの男性陣に気にすることなく猛黒は手を見つめながらにぎにぎしている。
「はー、幼児でも帝威家ってことね…」
周りにパリパリと電流を流しながら咲は立ち上がる。
「あ、竺。お前下がって。漆発、フォロー頼む」
柝はそういって竺と共に漆発より後ろへ下がる。
「雷神、どうせ名前だけだろ。この猛黒さまの方が強ェ!!」
バリィ!!!
猛黒に雷が落ちる。
室内であるが、どこからともなく現れたのだ。そして周りに火が移ることもなかった。
咲は容赦なく雷を落とし続ける。
「えいっ」
軽い口調で柝が小瓶を投げると、雷がそれを猛黒の上で貫く。
轟音と爆炎。
さすがに物理的なものなので部屋のなかはめちゃくちゃだ。
「どうかな?」
「それで終わりか」
「おっ」
煙の中から飛び出てきた猛黒の膝が咲の顔面へ叩き込まれ、咲はぐったりと倒れた。
そしてそのまま猛黒は地蹴って柝にとびかかる。
「ウヒャー」
間に入った漆発と竺は軽々と投げ飛ばされて猛黒は柝の肩を捕まえた。
「さっきのは痛かったぞ」
「魔物用の爆弾だったからね。よく効いただろ?ぐっ」
猛黒に首を噛みつかれそのまま引き裂かれてしまう。
「なんだ?本当にただの人間だったのか?」
ブッと柝の肉片を吐きだしながら猛黒は見下ろす。
その時風を切る音と共に猛黒の体にワイヤーのようなものが巻き付いた。
「捕まえマーシタ!」
漆発の腕が伸びて猛黒を捕まえていた。
「ぬ!?」
引き裂けない。
呪符を巻きつけたワイヤーロープだった。
これで魔物の力は無効となり、人間本来の力で引き裂くしかないのだが幼児の猛黒にそのような力はまだない。
たったったったっと足音が近づいて部屋に入ってきたのは先ほど噛みつかれ絶命した柝だった。
「!!??」
「よーし、そのまま座敷牢へいれてしまおう。咲、大丈夫か?」
「も~~~!凹んだり歪んだりしないとはいってもね!受肉しちゃってるから痛いんだよーーー!!!」
咲は怒りながら飛び起きた。
****
座敷牢に入れて数日が立った。
観察していて解ったことだが、猛黒の理性には波がある。
完全に理性を失って暴れることもあれば、大人しくなって受け答えができるときもある。
こりゃ手間がかかる、と当主が家来たちに押し付けるのもわかった。
押し付けられた家来たちにはたまったものではないが。
柝の肉体のストックもじりじり減ってきている。
他の家来ではなんてこともない猛黒の一撃が柝にとっては即死なのである。こればかりは、肉体が普通の人間である柝にとってどうしようもない。
「長く生きてるけど、こんな短い期間に何度も殴り殺されるのって経験したことないなー。心折れそう」
資料を纏めながら柝がぼやく。
「私の眷属になる?」
「いやー、そうなると私の研究が止まってしまうし…もうしばらく死を体験するよ…」
「ぜったいに心折れないと思うわー…」
咲は柝に呟く。
「ところで若様はずっとあのままなのかな?」
「そうならないようにするのが我々の仕事」
柝は資料を捲りながら、
「猛黒様は優秀な能力を持っておられるよ。それが邪魔してあんな野生児になっているだけで。上手くコントロールさせればいいだけなんだが」
「難しい…」
「猛黒様もそれ、解ってるみたいだ。」
「え、そうなんだ」
「知性は高い。頭で理解はしているけど身体をコントロールできなくて苛立っている、それが余計に悪循環を生んでいる」
「アアアアアア!!!!!」
雄たけびを上げながら猛黒は牢に拳をうちこんでいた。
しかし拳は結界に弾かれる。
それでも何度も何度も殴り続けて猛黒の手は血に染まっていた。
「グゥゥッ…」
猛黒の眼に知性が戻る。
(このままじゃだめだ、このまま理性がなくなってしまったら俺は一生ここで暮らすハメになる)
そもそも、あのじじいに勝つには自分にまず勝たなくてはいけない。
「ご飯だよー」
咲がお膳を運んでくる。
「お肉好き?人間の肉の方がよかったらそっちも用意できるよ。柝のお肉が余ってるので」
「…なんでもいい」
猛黒は差し出されたそれらを手で鷲掴んで貪るように食べる。
(うーん、ほぼ動物だぁ…)
「若様、お箸って使ったことあります?」
「?」
「うん、フォークの方が使いやすいかな。今度皆で一緒にご飯食べましょう。私と柝は暇なんですけど漆発と竺はお店があるので夕食の時ですね」
「なんでそんなことする」
「気晴らしになるかなって思ったんですけど。」
「氏神なのに変なやつだな」
「まぁ長生きしてると色々暇になってくるので。若様もまだ若いし、気長にやっていきましょうよ。
成長していけば心も成熟していくでしょ。たぶん」
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