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六花さんの話
 六花凍司がとある山から帝威家の屋敷に運ばれてきたのはだいぶ前になる。

 猛黒の父が見つけたとか、山に住む村人がたまたま立ち寄った猛黒の父に相談したとか、だいたいそのような流れだろう。

 猛黒はその辺の事情はどうでもよかった。

 ただ面倒くさいのを押し付けられた、という感覚しかない。

 積荷から降ろされる男は眠ったままで肌の色も死人色。髪も長い睫も氷が張っていた。

 しかしただの死体ではないことは猛黒には解った。

「これは何ですか?」

 海渡りの静堂と切は物珍しそうに見ているし、咲は「へー」と感嘆しているがたぶんあまり興味ないだろう。

 柝は興味深く観察している。

「凍った死体だな。雪女に食われて本当なら凍死してるハズなんだが、珍しいことに少し人間の魂が残ってる」

「なんだ、静堂と一緒じゃん」

「だから私は死体じゃありませんって」

 切の言葉に静堂は不愉快そうにつっこみをいれる。

「柝、どうだ?どっちだ?」

「まだ何とも…。見た感じ朧車と似たような存在になりそうだ」

「意識が戻ってから決めるか…氷室へ運んでおけ」

 猛黒はそれだけ命じて振りかえる。

 轟の視線が一点…凍った死体を見つめている。

「気に入ったか?」

「仲間にするのか?」

「こいつ次第だろう。いつ目覚めるかわからねぇし。一生氷室の中かも」

「そうか、仲間になればいいな」

「そうなることを祈っとけよ」

 猛黒は屋敷の中へ戻る。

 雪女の喰い差しは本当にいつ目覚めるのか猛黒でもわからない。

 禄に見せれば適切な処置などを判断できるだろうが、そこまでやる義理はない。

 父からの手紙では男の身なりは寝巻のままで、身に着けている物がなくどこの誰かも解らなかった。

 もしかすると結構な間、眠り続けていた可能性があるという。

 面倒を見るのが大変であるが捨てるのがもったいないサンプルだから屋敷で保管しろと、そういうことだ。

「クソじじい~~~~」

 猛黒はむしゃくしゃして握り拳を作る。

 猛黒が凶暴で攻撃的な衝動を知性で押さえつけることができるようになったと解った途端、父は街の管理を押し付けて出て行った。

 有能な家来たちがいるので独りで全部抱え込むということにはならなかったが、それでも苛立ちはある。

 本来の自分はこういった、頭領となって統治するようなタイプではないのだ。

 父と立場を入れ替えたい、と切に思う。



   ****



 夏に騒動があった。

 真夏なのにひんやりとした冷気を感じた。

 心地よいなんてものではない、鋭く冷たい凍てついた空気に猛黒は飛び起きる。

 武器だけ持って寝巻のまま部屋を飛び出た。

「何事だ!」

 先に来ていた家来たちに叫ぶ。

 家来たちはどう対応すればいいか迷っていたらしい。

 広い庭は一面銀世界。

 結構な雪が積もっていた。成人男性の膝ぐらいまで。

 そう、その銀世界の真ん中に例の男が立っていた。

 男は目を見開きながら、自分を抱き込み震えていた。

「どうします?」

「寝起きが最悪なタイプだね。」

 静堂と咲が呟く。

「若、貴重な資料なので穏便にすませてほしい」

 柝が我儘をいう。さらりと自分じゃなく他人に任せやがった。

「は~~」

 猛黒は銃を置いて冷たい雪の中に素足で飛び込んだ。

 冷たい。夏なのに。やはり靴は履いておくべきだっただろうか?一定の範囲を極寒にする能力というのは聞いたことがない。

 雪女は極寒に生息し、吹雪きを操るぐらいだ。

「……」

 髪が、服がぱりぱりになっていく。

「あぁ、熱を奪う能力か。面白いな」

 猛黒は自分の手を見ながら呟く。

「おい、落ち着けよ」

「寒い…寒い……」

「寒いからって他人の熱を奪うんじゃねぇ。お前名前は?」

「…?」

 男は猛黒の問いに顔をゆがませる。

「…な、まえ…?なまえ……」

「思い出せないか?なければつけるぞ」

「とう、じ…」

「トウジか。まぁ目が覚めたばかりだ。おいおい思い出してくるだろ。今は氷室へ戻れ」

「…」

 凍司の体が揺らぐ。

 限界だったのか、意識を失った凍司はそのまま倒れかけるのだが、寸前のところで轟が抱きとめた。

「ちょうどいい、運んでおけ」

「御意」

 大切そうに轟は凍司を抱き上げて運んでいく。

 その後ろ姿を見送って…猛黒は後を追ってこっそり氷室の中を覗く。

 中で轟が凍司を抱きしめていた。

「あたた、かい…」

 凍司の声がこぼれる。

 妖力を注いでいるということが猛黒にはわかった。

(あーあーあーあー…)

 頭を抱える猛黒。そんなことをして人間性を失ってしまったらどうするのだ。責任取れないだろお前…と心の中で突っ込む。

 しかしどっちみち、何らかの方法で妖力を得なければ凍司はそのまま本当に死んでしまうだろう。

 それに餌を与えてしまったのならもう仕方がない。

 なんか轟が凍司に接吻をしているが。

 猛黒は扉をそっと閉じて顔を顰める。

「轟ってあぁいうの好きなんだね?」

「同じ匂いだからだろ…」

 いつのまにかいた咲に答えつつ猛黒は屋敷へ戻っていく。

「轟は確か七加峠でぶいぶい言わせてたんだよねー。若様が殴り飛ばすまで悪霊だったから、気をつけておくよ」

「あぁ…」

 轟はとある峠で荷台を崖から落とす怨霊の類だった。

 通称『七加の呪い』…深夜に朧車が徘徊し、その峠を越えようとすると引き殺したり突き落としたりしていた。

 猛黒が出向いたときに、殺された恨み辛みで暴れていたことが解ったのだが、その恨みをぶつける相手を思いだせない鬱憤で暴れていたのだ。

 迷惑の塊であるが、怨霊は皆だいたいそのようなものである。

 猛黒なりに調べたが轟の恨む相手は数百年前の人間であり、今更どうしようもない。珍しくないことであるが。

 凍司だって数百年前の喰い差しかもしれないのだ、どこか轟を引きつけるものがあったのだろう。

「…蒸し暑いな」

 凍司を氷室に戻した途端、敷地に夏が戻ってくる。

 先ほどの雪が解け始めていて、少しじめじめ感が増しているような気もした。
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