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鬼譚収録用の草案
油井はムっとした表情を浮かべたまま神社の裏へ回って森の奥へと進む。
滝の音がする。
目指す場所はその場所である。そこに目的の人物がいるのだ。
「いた…」
滝に打たれている奏を発見する。
「オラァ!バカヤロウ!!!」
油井はじゃぶじゃぶと足元を濡らしながら奏を捕まえに行く。
「傷治ってからにしろってんだヨゥ!」
「いや、大丈夫だ」
「まだ傷口くっついてないっていってんだろ!あんまりオレっちのいうこときかねぇんなら全部巻にさせるぞ!」
「うっ…」
しぶしぶ奏は油井に引っ張られていく。
「オレっちは医者だから、力の取り戻し方はしらねーけどヨゥ…先に体を治してからにしろってんだ」
「……」
「寝てるのが一番いいんだが、そんなに動きたいんならお使いでも行って来てもらおうか?」
「…お使い?」
****
「奏さんとお買いものだなんて夢のようです」
「巻はいつも一人でこの街に?」
「はい、知り合いもたくさんいますよ」
巻は微笑んで奏に答える。
油井のお使いとは薬の仕入れであった。
いつも巻が行っているらしいが今回は奏と一緒ということでとても嬉しそうである。
活気のある街だ、人間と妖怪が共存しているとは思えないほどに。
「……」
奏は若干焦りを感じた。
まったく気配を感知できないのだ。
今まで見えていたもの、感じていたものが解らなくなっている。
「奏さん、ここです!」
「…」
立派な店だった。しかし薬屋には見えない。
「貿易商人の店…?」
「はい、海の向こうの薬とかも入りますからね。おじゃましまーす!」
「イラッシャーイ!」
数人の店の者たちが出迎え、奥から響いてくる独特な口調の声の主がやってくる。
ひょろりとした体型の異邦人。
「この人がこのお店の店長さん。」
「漆発(しちば)デース!猛黒様の家来もやってマース!」
「…」
ということは人間ではないということに奏は気づく。
「巻サン、頼まれてたモノは揃えてマース!」
「油井先生から追加の発注書を預かってます」
「ガッテム!!!!!!」
部外者である奏は二人のやり取りを聞きながら、ぐるりと周りを見渡す。
さまざまなものが置いてある。
(土鎌も…生きていれば商人になっていたか……)
あの男ならけっこうなやり手になるかもしれない、と想像してしまう。
みこは土鎌の死体を抱いてどこへ向かった―――?
「っ…」
奏はぎゅうっと自分を抱きしめる。
悪寒がする。何かを感じているのだ、自分は。
「奏さん?大丈夫ですか?」
巻に顔を覗き込まれていることに気づく。
「顔色悪いデスネー?屋敷で休んでは?朧車呼びマース」
パンパンと手を軽く叩くと車輪の音とともに店の前に人力車が止まった。
「朧車、この二人を屋敷へ運んでくだサイ」
「承知」
****
「ふーん、調子を早く整えろよ、まさか一生そのままでいるつもりじゃないだろうな?」
猛黒は奏をにらんで言う。
「お前は俺らのルールをしらねぇから言っておくが、どっちつかずっていうのは大嫌いだ。
ただの人並みに戻るんだったらさっさとそこのじゃじゃ馬でも嫁に貰って隠居しろ。
まだ退魔師を諦めてないんだったらそのまま死ね」
「……」
「ちょっと!勝手なこといわないでよ!奏さん、私はお嫁さんOKですから!」
「そういう話だったか…?いや、猛黒の言うことも解る。」
「ならいい」
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