menu

鬼譚には蹈火さんが直したぞ、というくだりだけ収録。
 禄は鍛冶屋に立ち寄る。

「お邪魔します。蹈火(とうか)、いる?」

「お?禄か。珍しいな。包丁の手入れならいつも巻ちゃんが来るのに」

 奥から蹈火が顔をだす。

 燎原蹈火(りょうげん・とうか)…禄の父に世話になった縁で今も禄と交流を持つ鍛冶師である。

「包丁じゃないんだ」

「ん?まぁ上がってくれよ」

「うん」

 禄は頷いて蹈火のいる奥の座敷へと上がる。

 蹈火は禄が持っている風呂敷の包みが用件だろうと思った。

「実はこれを直してほしくて」

 蹈火の思った通り、禄は包みを広げて中のモノを見せた。

 それは折れた刀だった。

 折れた、という表現は適切ではないかもしれない。何か強い力で砕かれた、そんな印象を蹈火は抱く。

 綺麗に拭ってはいるが、柄の部分に染みが出来ている。血だろう。

「…打ち直せば使えるが、短くなるぞ」

「いいと思う。あまり刀に執着してない人だから」

「こっちの短い方はどうする?短刀にしといてやろうか?」

「任せるよ」

「こいつの主は無事なのか?」

「今僕の屋敷で療養中だよ」

「そうか。なら怪我が治る前に仕上げるよ」

「いつもありがとう蹈火。」

 微笑む禄。

 いつもその全てを見透かしてそうな目にドキリとする。




 天性の才能、というものなのだろう。禄の眼はそういう類なのだ。

 決して千里眼ではない。

 自分と同じく観察力が高いだけ、なのだ。

 自分の場合は『火加減』がよく解り、禄の場合は『この世の理』がよく解るだけなのだ。

「あっつぅー…」

 蹈火は手を止め汗を拭う。

 この刀の主は見たことがないが、この刀は知っている。

 折れる以前の姿を知っている。

 禄が持ってきたので手入れをした。

 その時も持ち主は怪我をしていた。

 禄と同郷の者なのかもしれない。



   ◆◆◆◆



 数日後、刀を直した蹈火は光来の屋敷の前にいた。

 神社にいるかもしれないと思ったが、刀の持ち主はこちらに寝かせているだろうと思いなおしたのだ。

「禄、燎原だ。いるか?」

 玄関を開けて声をかけるが返事はない。

「油井ー!巻ー?」

 返事がない。

「困った、玄関は空いているから裏庭かな…」

 蹈火は玄関から入るのを止めて裏へ回ろうと庭先へ向かった。

「…」

 思わず足を止める。

 見知らぬ男が縁側に座っていたからだ。

 身体は所々包帯が巻かれ、硬く目を閉じてなにやら思案しているようであった。

 しかしふと、蹈火は気づく。

 男の横に、男に寄り添うように、美しい女がいた。

 いつの間にいたのだろうか。

 その女は男に微笑んでいる。揺れる美しい髪は男に絡まりそうなほど長い。

 ぞくり、と悪寒が走る。

 思わずその感覚から逃れるように身を仰け反る。

 いつの間にいたのか、自分の横にまた知らぬ男が立っていた。

 この男も怪我をしているのか、右顔に包帯を巻いている。

 悲しそうな表情を浮かべていた。

「あれ?蹈火じゃないの。どうしたのそんなところで」

「巻ちゃん!」

 蹈火は巻に思わず返事をし…もう一度立っていた男の方へ視線を向けたが消えていた。

「…刀を持ってきた」

「あら、連絡くれたら買い物ついでに取りに行ったのに。

 奏さん、奏さん」

 巻が奏と呼ぶ縁側に座っていた男へ駆け寄っていく。

 そこにはもうあの美しい女はいなかった。










「蹈火が見たのは刀に残留していた思念かもしれない」

 禄は静かに答える。

「哀しいことがあったそうです…まだ彼は肝心な部分を語ってくれない。

 その『美しい女』が正法院さんの心を縛ってしまっているのかもしれないね」

「あの男は大丈夫なのか?憑かれているのでは」

「僕から見ると憑いているというよりは残滓をワザと捕まえてるように見えるんだ。」

「あの女に惚れてたとかか?」

「正法院さんはそこまで器用じゃないんじゃない?」

(たまにキツいな禄)

「あれはたぶん、罪悪感に縛られてる…かな」
top