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草案。司さんに肉付けしてもらって鬼譚に収録。
「あら、貴方 どうしたの」
そう言って声をかけてくる女は見知らぬ女であったが、なんだか懐かしい感じがした。
奏はその女から視線を外して止めていた足で歩み始める。
「お待ちなさいな、どこまで行きなさるの?」
「…」
どこまでいこうとしていたのだろう。
頭の中に靄がかかっているようだ。あの村からずっとこうだ、自分は一体どうしたい?
「…峠の神社まで」
するりと出される声に奏自身も驚いた。
嗚呼…自分はあの神童の元へ行かねばならないと思っている。
そこまで向かおうとぼんやりと考えて歩く姿は亡者と変わらないかもしれない。
「峠?峠というと、あの光来神社?」
神社の名は知らないが、「光来」の名は聞き覚えがある。おそらくそこだ。
なぜか女の顔が晴れ晴れとする。
「まぁ!巻さまのお知り合い?あ、失礼しました禄さまのお知り合いですよね。
わたしの名は潮美。龍宮潮美と申します」
「正法院奏という」
「正法院さま、あぁ!巻さまからお名前を聞いたことが!!巻さまにお会いに行きなさるのですね!」
「…?」
なぜ熱弁しはじめるのか奏は不思議に思うが、こういう喋り方の女なのかもしれないと思いなおす。
「今から峠を目指すと野宿になりますわ、宿はお決まりですの?」
「野宿のつもりだ。かまうな」
「それはできませんわ。巻さまの客人を野宿させるだなんて。宿がなかったのでしたら私の長屋でお休みになられて」
「いや、それは」
「同居人がおりますが、気になさらず」
「…」
なんだか押しの強さに負けて奏は潮美に連れられて行った。
****
同居人はなかなかの美男子であった。名を竜という。
しかし酔っているのか少し目をとろんとさせていて、身なりもよれよれだ。
残念な好青年…と見えるが奏からは「憑かれ者」に見えた。
憑かれた者の中には、魂が壊れて戻れなくなってしまう者もいる。
彼からはそのような気配を感じた。
「…彼は何かに憑かれたことが?」
「憑かれた、というか…天狗に攫われたことがありまして。」
「大人になって捨てられたか」
「そうです、さすが禄さまのお知り合いはその辺に長けておられますね」
「天狗いいやつだよ?まぁ攫ったのは悪いことだけど…俺は別に困ってないし…
ところで潮美、それお前の男?」
「違います、巻さまの男に手を出す親友がいると思い!?」
「…?」
何の話をしているのかさっぱりわからない奏。
「今日はここに泊まっていただいて、明日お送りしようかと」
「なるほど、じゃあちょっと片づける」
竜は唐傘の骨組みを隅へ寄せ、散らばった紙を拾い始める。
「夕餉の支度は竜がしてくれてるので問題ないし…あ!酒がない!!!!」
「気付いたら無くなってた」
「飲み干したでしょう!?…買ってきなさい」
「ふぇぇ…」
竜は酒代と酒壺を持たされてトボトボと出ていく。
「二人は夫婦ではないのか?」
「違います。…そうだったらいいんですけどね、竜があぁなんで。中身が幼子のままなんですよ」
潮美は苦笑する。
「あぁ、話で聞いたことがある。天狗に攫われた子は高位の術を得て帰ってくるが、心が未熟だと」
「可哀想な話ですわ。」
食卓はあら煮に焼き魚と魚尽くしであった。いつもこうらしい。
潮美が海女なのでいつも魚がでるという。
「そうそう、そういえばナミさんにあら煮を教えたことがあって」
唐突に潮美がつぶやく。
「あぁ、お前の好きな男な」
「違うわよ、寂しそうだから心配なだけです。だからあら煮を教えてあげたら、後日に「弟が喜んでた」って
ちょっと嬉しそうに言ってくれたのよね…あれは嬉しかったわ…」
「最近そいつ海にでてないんだろう?」
「うん、見てない。」
兄弟…で大津兄弟を思い出してしまう奏。
彼らの家はここから離れている、帰りに立ち寄って手を合わせればよかったかもしれないと少し悔やんだ。
無意識にまっすぐ歩いていたのだ、自分は。
「ここに来るまでに見かけませんでしたか?大津ナミさん。髪の長い人で、銛を抱きしめて歩いてるからよく目立つの」
「大津…」
奏は思わず顔に出そうになったが、考える素振りで潮美から顔を反らした。
潮美の話している兄弟は、もしかするとあの兄弟のことだろうか。
わからない、奏は生きている頃の旋次郎の兄の姿を見たわけではない、躯だけだ。
「知らない、な」
「そうですか…やっぱり病気って噂本当なのかしら…」
「見舞いにいってやればいい」
「うーん、そこまでの仲じゃないのよね…」
「そこまで神経が細いのか、その男は」
「うーん…」
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