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鬼譚収録。
おかしな夢を見る。
遊郭の女と橋から共に身投げする夢。
綺麗な女だった。好みの部類だ。
女は悲壮感もなく嬉しそうに微笑み、その細く白い手で俺の手を取り、そして案内するかのように手を引きながら真っ黒い川へ飛び込むのだ。
夢だからなのか、自分の身体があるのかないのかあやふやで。そのまま川へ落ちて意識が暗転する。
闇だ。何も視えない。何も聴こえない。俺は一体なんだっただろう?
虚無とはこういうモノなのかもしれない。
俺は一体何者なのだろうか? 虚無だろうか。いや、名前があったような気がする。
この周りを包む虚無に『俺』の意識が溶け込んでしまってるような気がして、もがいた。腕を動かす…腕はあるようだ、体もある。
掻くように体を動かすと何者かに手を掴まれそのまま引っ張られた。
光だ、虚無の中に光がある。
こわい、ひかりがこわい。『俺』が『俺』でなくなってしまう。
ひかりが、
****
祠の前に黒い沼がある。神子が黒い月と呼んでいるモノだ。その黒い月からずるりと鬼が這い出てくる。
「ぐ、が…」
びしゃりと口から黒い何かを吐き出しながら鬼は鋭い爪で地を掻き身を起こした。
「旋、大丈夫?」
「…」
鬼は顔を上げる。
そこには死人のような顔色の……兄の顔があった。
「に、にいさん…! 」
鬼は兄の脚へしがみつく。
「もう一生離さない!!! 渡しもしない!! 兄さん、兄さん…!!!!! 」
「うん、一緒にいようね…」
兄…飛頭蛮は鬼を抱きしめ鬼も抱きしめ返した。
ふと、鬼は視線に気づいてその方へ向く。
夢に出てきた遊女がそこにいた。楽しげに微笑んでこちらを眺めている。しかしその目、その瞳は…凍てつくように冷たい。
その寒さを知っている気がする。…血を失う感覚だ。思わず首を抑えるが、別に首には穴など開いていなかった。
首でふと鬼は兄の首を見る。
「兄さん、無くなった首がくっついている。治ったのか」
「くっついてはいないよ。でも体が戻ったから首を乗せているだけ」
「あぁ、そうなのか。取れないよう気をつけなくちゃ。また首をなくしたら厄介だ」
ぼんやりとした表情で鬼はそういう。飛頭蛮も頷いているのでおかしなことは言っていないはずだ。
鬼は再び女がいた場所へ視線を向けるがもう女はいなかった。
「さっきの女は…? 」
「女?鳥はいたけど女もいたの? 」
「鳥はいなかったよ兄さん、女だけだ」
「そうか。じゃあそうなんだろう…いないということは屋敷に戻ったんだ」
「屋敷? 」
「うん。みんなそこにいるよ。旋もおいで」
飛頭蛮は鬼の手を引いて歩きはじめる。
なんとなしに鬼は後ろを振り返るが先ほどあった祠も真っ黒い沼のようなモノも全て消えて森が覆い茂っていた。
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