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鬼譚収録用草案。決定稿の司さんに書いてもらった話がとてもいいのでお勧めです。
 新月の夜。

 眠る奏の影がざわめいて、影がコポコポと沸き立つ。

 それはそのまま肥大化していき髪の長い人の形を取ろうとしたが、崩れて赤子ぐらいの大きさの塊になる。

『……』

 それはしばらくもにゅもにゅと蠢いていたが形を取るのを諦めたのか周りを徘徊し始める。

 本来ならばこの男の闇をエネルギーにして具現化する予定だったのだが想像以上にこの男に邪気がない。

 喰い足しにもならぬほどの量の負の感情をもとにカタチにはなったのだがまったく足りない。

 これでは夜に動き回るぐらいしかできない。

 それは困るのだ、神の命により監視するよういわれているのだから。

 闇色の塊…虚無はその部屋を後にする。

 何か食べたい。

 静かな屋敷の中を徘徊していると、ふと両腕のない人形を見つける。

 ちょうどよかったので人形にたかっていた邪気を食べる。

 やはりまだまだ足りない。

『……』

 ずるりと人形の中へ入り込む。

 弱り切っている宿り主に問いかける。何が望みか、と―――



   ****



「……」

 禄は腕の無い人形を睨んでいた。

「どうしたの禄?こんな朝早くから」

「んー?別に何でもないよ」

「あの人形とお話していたの?」

「まぁね?今日は僕が正法院さんを起こしにいってくるから」

「うん?お願い」

(禄何か隠してるなぁ…)

 言わないということはいえば厄災が訪れる可能性があるのだろう。

 巻は深く聞かずに台所へ向かった。







 奏は珍しく起きていた。

 しかしどこか遠い目をして、自分の両手を見下ろしている。

「おはようございます正法院さん、今日は起きれたんですね」

「あぁ…夢、が。みこの夢が見れなかった…いつもこの手でみこを抱きしめていたのだが…」

 そこでハッとした表情になる奏。

「私は今、何を言って…?」

「…」

 禄は少し荒く足音を立てながら奏に歩み寄ってそのまま奏の上に乗る。

 そしてそのままパチーンと禄は両手で奏の頬を挟み掴んだ。

「正法院さん、こればかりは…貴方が捕えているそればかりは僕にはどうしようもありません。

 外からじゃどうにもならないんです、貴方が手放さない限りはそれはずっと貴方を蝕む」

「…何故、私はみこを捕えているんだ?これでは、あの兄弟や…土鎌のようだ…」

「死を拒むのも死から目を背けるのも、簡単なことなんです。誰でもできる。

 でも正法院さんはその方の死を拒んでいるというよりは、もっと他のことに目を背けているように視えます」

「……」

 奏は左腕を握りしめる。

 禄は手を離して立ち上がる。

「禄…私は、この手でみこを…あやかしを討った。討ったという、そのことが…悪だったように思えて…。

 救えなかったのだ、私は彼女を救いたかったのに討つことしかできなかった…!!!」

 堰き止めていたものがドっと溢れ出すかのように奏が叫ぶ。

「教えてくれ禄、私はどうすれば良かったのか…!」

「討つということはこの世から霊魂を解放するということですよ。

 正法院さんがそうすることは間違っていない」

 乱暴なやり方ではあるが、この世に縛り付けているよりも退治する方が良いに決まっているのだ。

 あやかしに心残りがあり、その解決ができなかったことに対してなら…これは誰にも、どうすることもできない。

「なぜそんなに悔やむのですか、彼女の魂は討たれたことにより解放されたでしょう?」

「みこは……みこ…は…あのあと、どこへ…?」

「正法院さん?」

「何処へ行った?」

 正法院の目が見開く。

「土鎌と何処へ?私はなぜ引き返した?この身すり潰しても追うはずなのに」

「正法院さん、思い出してください。」

 ざわりと空気がざわめいている気配がする。

 これだ、今までわからなかったのは奏に憑いている存在がどっちでもない『虚無』だったせいだ。

 しかし虚無は奏の心を食べて色が付いた。

 邪悪な色に。これならば、『視える』。

 『みこ』という女性を討ったことによって生まれた奏の心の隙間に巣食い、感情と記憶を混濁させているのだ。

 理由は解らない、口封じならばとり殺せば良いのだ。

 そこまでの能力がないのか、もしくは来なければ良い、その程度としか思われていないか―――

「…私は、みこを討ってしまった……」

 奏は頭を左右に振り涙を溢していう。

(駄目だ、振り出しに戻ってしまった…)

 禄は巻の代わりに奏を抱きしめてよしよしとあやす。

(まず正法院さん自身が持ち直して貰わなくては…本当に救いたかったんだろうなぁ…)

 憑かれる隙をあたえてしまうほどの衝撃だったのだろう。

 禄はあやしながらも質問をすると、奏はぽつぽつと答えてくれる。

 あやかしの村を探していたこと

 その村は火事で廃村になっていること

 その村でみこを討ってしまったこと

(あやかしの、村…)

 あやかしは基本的に群れることはない。鬼や河童など同種同士が集まって集落を形成することはあるが魑魅魍魎ではないことだ。

 猛黒のあやかし街というのがあるがあれは特別だ、ポっと出で作れるものではない、猛黒の一族が苦労して築いてきたものだ。

 もしかするとそういう下地があったのかもしれない。

(廃村…土着神あたりで、火事のあった村を探せば正法院さんに場所を聞かなくとも解るかな…)



  ****



「きゃっ!?びっくりした」

 棚を見上げるとあの腕のない人形が座っていた。

 巻はハー、と息を吐く。

「朝っぱらからやめてよーたまに勝手に動く子いるけどさー…触っていいのかしら…」

 巻はひょいっと掴みあげて御櫃の上へ乗せそのまま御櫃を持ち上げて膳を並ばせてある広間へ行く。

「まだ二人来てない…何かあったのかな」

「ごめん巻ちゃん遅くなって」

 禄と奏がやってくる。

「…奏さんほっぺが赤いですけど」

「強く叩きすぎちゃった」

「まぁ禄、ほどほどにしないと…」

 巻は奏を起こすのにほっぺをパチーンとしたと判断したらしい。

「あれ?巻、その人形なんでここに?」

「台所にいたのよ、思わずここに連れて来ちゃったけど」

「危ないよ、戻してくる」

「うん?」

 禄がサッサと持って行ってしまうので巻は首をかしげた。

(昨日まで危ないって言って無かったのに…)

「奏さん、あの人形どう思います?危ないですかね?」

「え、あ…すまない、わからない」

「あ、ごめんなさい…いっぱい食べて元気になってくださいね」

「うっ…」

 大盛りのご飯を受け取る奏。
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