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文章は司さんです→pixiv
忌譚に収録している物です
 ある村に怪異の話があった。

 その村に行く山道を夜に歩くと、闇の中から何者かが現れて身に食らいついてきて、肉を食いちぎろうとしてくるのだという。食い殺される者もまれにいるものだから、村人は困り果てていた。怪異退治を頼もうと村から出ようとすると、何者かは昼間でも現れて村人を襲うのだ。このまま近隣と切り離されてしまうのではと皆が困っているところに、一人の旅人がやってきた。

 旅人は活気のない村を気に留め、村長に話を聴いた。話を全て聴いた旅人は、一つ頷きこう言った。

「ならば、自分が退治しよう」

 村人は驚いたが、断る理由などありはしなかったから、どうかお願いしますと旅人に頼んだ。旅人はまた頷いて、夜を待ち、怪異が現れるという山道へと向かった。

 月明かりのない夜に提灯を持ち、旅人が歩いて行くと、提灯の明かりの中に人影が現れた。人影は美しい娘の姿をしていて、旅人を儚げに見つめた。

「ああ、よいところに明かりが……。どうか、その明かりをお貸しくださいまし。大事な、大事なものを落としてしまい、難儀していたのでございます」

 娘は旅人に手を伸ばす。すると旅人は、腰の刀をさっと払って娘に斬りつけた。娘は悲鳴一つあげるでなく、その場から高く高く飛んだ。けもののようにひらりと降りた娘は、べろりと赤く長い舌を垂らして旅人を見た。

「退魔師かえ」

「いかにも」

 娘はにたにた笑って、身体を膨れ上がらせた。旅人よりも大きいほどだ。その顔は美しい娘ではなく、恐ろしいあやかしに変じている。妖怪肉吸いは大きな口を開け、旅人に襲いかかった。旅人は慌てることなく刀をふるい、肉吸いを迎えうった。肉吸いはにたにたしながら、旅人の持つ提灯をはたき落とした。落ちた提灯は見る間に燃え上がり、辺りを暗くした。

「あわれだねえ、これでお前は私を見つけられまい」

 提灯を踏みつぶして闇に紛れた肉吸いはけらけら笑い、闇の中に佇む旅人の背をめがけて跳びかかった。すると、ぼうと闇の中で何かが光ったではないか。何ぞ、と肉吸いが訝しむ暇もなく、光は肉吸いめがけてふるわれた。ぎゃあ! 肉吸いはしたたかに打ち据えられて吹っ飛んだ。そこに刀が振り下ろされて、肉吸いの舌と地面は縫い止められる。あがあがともがく肉吸いが見上げると、ぼうと光るのは旅人の左手であった。肉吸いはこれを見て、たちまち思い出したことがあった。徒手空拳でもってあやかしを退治る侍がいると。その拳は魔を退ける力を帯びる時、こうして青く光るのだと。まさか、こやつが。

「き、き、きさま」

 旅人は何も言わず拳を振り上げた。肉吸いは叫んだ。「助けてくれ! 命だけは!」

 旅人はうっすらと目を細め、こう問うた。「お前はその言葉を向けられて、一度でも聞き入れたことはあったのか」

 肉吸いは答えられなかった。旅人の拳が振り下ろされて、静かになった。


 こうしてある村の怪異は去り、村人は平穏な生活をまた送れるようになった。

 旅人は村人たちの礼を受けながらも言葉少なに去っていった。村長は礼の品を受け取ろうとしない旅人に、せめてお名前をお聞かせくださいと乞うた。旅人は少し考えて、ゆっくりと答えた。


正法院奏(せいほういんかなで)
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