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※忌譚収録
目が覚める。
右目の違和感に思わず手で目を押さえてしまい、激痛に襲われる。
「うっぐぅ…」
沙汰は唸る。
「まだ起きてはダメだ」
凛とし、透き通った声に沙汰は目を見開く。
声の方へ目を向けると、美しい娘が座っていた。
知っている娘だ。
美しく、愛しく、恋焦がれた娘。
村長の娘。
脳裏を過ぎる炎
閃光、轟音、業火
泣きながら手で土を掘って、娘を埋めた
埋めた
何故ここに
夢?
夢を見ていた?
「いき、て…?」
「生きている、お前は生死を彷徨ったのだ。火事で崩れた柱がお前の顔に落ちたのだ。
わたしの家で養生しろ」
娘が生きていたのかという問いのつもりだったが娘は沙汰のことだと思ったらしい。
娘には傷一つなく、自分は重症なのだから仕方ないかもしれない。
「…」
両手を見る。
包帯が巻かれていた。
「爪が生えるまで我慢してくれ」
「…あの、覚えていらっしゃいますか」
「ん?」
「私は街に出て、商いを成功させて貴女を迎えに参ると」
「…覚えているよ。まだ思っているのか?」
「はい…」
「残念だが、わたしは…この村から出ることができなくなってしまったよ」
「え…」
「お前は、その傷が治ったらこの村から出て行くといい…
火事であらかた麓の村まで下ってしまった」
「貴女がここにいるのでしたら、私も共に残ります」
「…そうか」
娘は沙汰に手を伸ばし、頬を撫でる。
「今はゆっくりお休み」
「…」
すぅ…と沙汰は眠りに落ちてしまう。
「わたしも…お前と街で暮らしたかったのだ…」
*****
「火事の規模はどれぐらいだったのでしょう?」
「酷い雷だったろう?しかしすぐに雨が降ったので半分は残ったよ。
あぁ、祠には近づくな。あそこが酷いのだ、絶対に近づいてはならぬ。
燃え残った木々が倒れてまた怪我をされても困る。」
「はぁ…」
沙汰は茶碗と箸を置く。
「ごちそうさまでした」
「たいしたものではないがな…」
「あの…村長は?」
「…死んでしまった。気にするな、わたしにはお前がいる」
娘は器がのった盆を持ち上げながらいう。
「村を見てもいいですか?」
「…見てもいいが、何故だ」
「身体を動かしたいのです」
「…そう」
村は静かだった。
そんなに大きくも無い、小さな村だがあまりにも静か過ぎる。
「どこかに行っているのか…?祭りの時期でもないのになぁ」
沙汰はぼんやりと呟きながら足を止める。
焼けた家が見えたからだ。
そのうち自分の家も含まれているだろう。
(あれ…?燃え方がおかしい…?)
村長の家がのこっているのは何故だろう。
こっち側と祠の辺りが燃えたというが、その間に位置する村長の家が残っているのは…?
「うっぅぅ!!!!」
酷い頭痛に襲われ沙汰は膝を突き、そのまま嘔吐し始める。
「大丈夫か?」
娘がそっと肩に手を添えてくる。
「すみ、ません…頭が…痛く…」
「傷のせかいもしれない…戻ろう」
「はい…」
****
娘は麓の村からさらに先…街まで出て薬を買っているらしい。
かなり回復してきた沙汰は娘に代わって自分が薬を買いに行くようになった。
「もう傷も完全に塞がってる、薬も今回の分でもういいだろう」
「そうですか」
沙汰は医者に相槌をうつ。
「ところで、妙な噂を聞いたのだが…お前さんはあの山の村からきているのだろう?」
「そうですが…?」
「その村はもうないというんだ」
「え…?火事はありましたけど、なくなってはいません」
「火事で逃げてきた村人がね、全部燃えてもうないと言ってるらしくて。
今度街から役人が確認にいくそうでね。麓の村の者は山に入りたがらないだろう?」
「そうですね…」
自分の村は閉鎖的だ。
交流も麓の村とのやり取りで生計を立てているようなものである。
狩猟の一族が住みついて村を作ったともいうし、何かしら逃れてきたものを麓の村のものたちが匿い、
山に村を作らせたとも聞く。
「ところで、あの綺麗な奥さんは元気かね?」
「え…?」
奥さん、とは―――
娘のことだろう。
沙汰は自分の体温が上がっていくのを感じた。
「夜に買いに来るからびっくりもしたよ」
「あ、あぁ…私の看病をしていたからでしょう…そうか…無理をさせていたかもしれない…」
献身的な娘の行いに感動を覚えながらも、罪悪感が沸く。
早く恩返しがしたい。
沙汰は医者に別れを告げ、村へ早足で向かった。
****
医者の言っていたことは本当だったらしく、ある日村に様子を見に来た街の者たちがやってきた。
「君はたしか土鎌の息子の…生きていたのか?」
「父のお知り合いで?すみません名乗らず。土鎌沙汰と申します。
怪我はしましたがなんとか。
とりあえずまずは村長の家へご案内します」
出迎えた沙汰はそういって来訪者を村へ招き入れる。
「君は、本当にここで住んでいるのか?」
「?」
街のモノたちの表情がおかしい。
「はぁ、人はいませんが家は残っているので」
「村長の家は残っているのか?」
「はぁ?」
ひっかかる物言いに沙汰は眉をしかめる。
ここらの家はまだ残っているじゃないか…
「…?」
違和感。
足が震える。
息が苦しい。
村長の家の前に着くと、声が響く。
『酷い』
『この有様は…』
あるじゃないか こ こ に
家は、ちゃんと、ある―――
『村全て焼けてしまっている…』
「うああぁぁぁぁ!!!!」
沙汰は近くにいたモノに体当たりをする。
そこで懐にあった護身用の刀に気づき、引き抜きながら馬乗りに躊躇いなく振り下ろした。
『ひぃ!?』
「村はあるだろう!焼けてなんかいない!俺はずっとこの家で住んでいた!!!」
刃を向けながら叫ぶ。
『気でも狂ったのか』
『ぎゃああ!』
沙汰は別のモノに襲い掛かる。
『化け物だ、人に化けたモノノケだ!』
残ったものは一目散に逃げていく。
「…はぁ…はぁ…」
沙汰は虚ろな目で死体を掴み、村長の家の土間へと引きずりはじめた。
山の中を走る、走る。
まだ夕暮れ時だ、灯りがなくとも麓まで降りられる。
グチャッ
「!!?」
全員何かに足をとられもつれるが、倒れることは無かった。
目の前の白い粘着質の何かに身体を捕らわれる。
「なんだこれは!?」
「ひぃ!!」
悲鳴を上げた者の視線の先を見ると、そこには巨大な蜘蛛の顔があった。
巨大な蜘蛛の巣に捕らわれたのだと、このとき気づいた。
「ぎゃ―――」
悲鳴を上げかけたその瞬間、蜘蛛の牙がその頭を砕いていた。
****
「沙汰…帰ったのだけど、何をしているの?」
「開けるな!!!」
思わず声を荒げてしまい、沙汰はしまったと思った。
「…申し訳ありません、開けないでいただけますか?
狩りをしたので獣を捌いているのですが、汚れた姿を見せたくないのです」
「そう…終わったら言って。湯の用意もしておく」
「ありがとうございます…」
沙汰は少し安堵の息を吐き、再び視線をそれへと戻す。
さてこの肉をどうしたものか。
食べてしまえばいいだろう。
塩漬けにでもして保存しておけばいい。
不要な部分は勿体無いが捨ててしまおう。
「この包丁よく切れるなぁ…」
振り下ろしながら沙汰は独り言を言う。
あぁそうだ、これから食事は自分が作ろう。
少しでも娘の負担が減るのなら…
この肉、気に入ってくれればいいのだけれど。
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