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※忌譚収録(本では前の話と合体されてます)
 恐ろしい鳥を見たのは子供のときだったかもしれない。
 引き潮の時に、崖下の岩場を一人冒険したことがある。
 普段いけない場所に行くのは子供の好奇心の的であろう。
 そこでみたのだ。
 恐ろしい鳥を。
 嘴からは鋭い牙が覗き、爪は鋭く岩をも砕きそうで人などひとたまりも無いだろう。
 バサリと広がる翼は2丈あまりの長さに見えた。
「うわぁ…―――!!!!」
 旋次郎は悲鳴を上げながら引き返した。
「魚にも牙あるから、鳥にもあるんじゃない?」
 兄はそういって微笑む。
 怯える弟の頭を優しく撫でながら。
「この前、リュウグウノツカイが打ち上げられてたけど旋は見た?」
「怖くて見てない…」
「そっか…。よくわからないカタチの魚っていっぱいあるから、鳥にもあるだろう」
「そうかなぁ…」
「そうだよ。神サマの使いかも知れない」
「怖かった」
「忘れろ忘れろ」
 撫でるその手を強めてクシャクシャと髪を掻き回す。
 それが心地よく感じ、旋次郎は目を細めた。
 後日、怪鳥がいたあたりからどこからか流れてきた死体が見つかったと、兄弟は知った。
  ****
 大人になった旋次郎は波の代わりに彼が獲って来た魚を街で売り生計を立てるようになった。
 親はおらず、嫁を迎えることもなく、ただ二人は二人っきりのこの空間が好きで一緒に暮らしていた。
 ずっと続けばいいと思っていたが、ある嵐の日から狂い始めた。
 晴天だったのに急に天候が変わり嵐に代わる。
 海に出た兄を心配しながら旋は帰りを待っていた。
 ガタリッ
 逃げ込むように兄は帰ってきた。
「兄さん…?」
 ただならぬ様子に旋次郎は兄を抱きあげる。
「人が、人影のようなおそろいいものが、オレを引き込もうとした…!」
 そこで兄は気を失い、しばらく熱にうなされ寝込んでしまった。
 目が覚めた兄は完全に何かに怯え始めるようになる。
   ****
 はじめは抱きしめるだけだった。
 ただ抱きしめて、震えが止まるまで抱きしめて―――
 いつしか交わるようになった。
 波から求めてきた…、それともそう思い込みたかったのか……
 いつしかそれは波を落ち着かせるための安定剤となっていった。
「声が、声…!いやぁぁ!!!」
 嵐の日は一層正気を失う。
「兄さん!落ち着け!兄さん!!あれは波がぶつかり合う音だ!」
「ひっぃ…!!!」
 旋次郎は正気を失っている波を押さえつけ腕を帯で縛り上げる。
「うっ…ッ……」
 もう一本の細い帯を猿轡代わりにし、旋次郎は波の脚を押し広げるよう体重をかけながら犯し始める。
「ッ…!!!」
 波の目は焦点があっておらず、旋次郎を認識しているのかわからなかった。
「オレ、に抱かれているのだぞ、兄さん!オレに!誰でもないオレに!!」
 だから正気に戻ってくれと、旋次郎は小さく呟く。
 事後の波の姿はあられもない姿で、旋次郎はぼんやりとそんな波を見下ろす。
 兄が女であればどれだけ良かったことか…
 幸せな家庭が築けただろうに…
「せ…ん…」
「兄さん…」
 兄を抱きしめる。
 肉のあった身体は、今は折れそうなほど細くなっていた。
 
  
 
 
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