menu

奇譚収録用草案。決定稿は司さんの文章で収録されています。
「珪に手紙が来ている」

「わたしに?」

 刻から手紙を渡されて、珪は眉を寄せながら開いた。

「知り合いか?」

「仕事仲間から…少しの間出かけます。力さんの面倒は…」

「珪が帰ってくるまであの医者を呼んでここに泊まらせておく」

「……」

 不満げな珪の表情に刻も不満げな表情をした。

「珪があの医者と不仲なのは知っているが、僕はあの医者と不仲じゃない。

 そんなに嫌なら仲直りしたらどうだ。珪はあの医者に何をしたんだ?謝ればいいのに」

「謝って済ませられることじゃないんですよ」

「医者は済ませるかもしれないじゃないか。あいつは大層なお人よしだ」

「…解りました。刻の好きなようにしてください。私は街へいってきます」

「すぐ帰ってこれる?」

「そのつもりです」



    ◆◆◆◆



 とある街の花街を珪は歩く。

 何年振りだろうか、刻を引き取ってからここに戻ってきていなかった。

 手紙の主がいる店に入る。

「ようこそお越し…あら?」

「主を呼んでくれ。玻璃と伝えればわかる」

 珪の女のような格好に首をかしげた店の者に珪は告げる。

 そうして伝わったらしく主のいる部屋へ通された。

「太ったな。よぉく儲けていると見える」

「怒ってるな玻璃。まぁしかしなんだ、その格好だと締まりがねぇ」

「解ったよ、着替えてくる」

 こうして珪は髪を降ろし男の格好に戻った。

 店主の前で胡坐をかいて座り、手紙を投げ出す。

「連絡はするなと言っただろう。もうわたしには金も権力も人脈も何にも無い。てめぇにくれた」

「そういう話をしたかったわけじゃねぇよ。お前は手切れ金を払って出て行ったんだ。俺らとはもう関わりはねぇ」

「じゃあなんで手紙をよこした」

「相談だよ。」

 店主は神妙な顔つきになる。

「妙な噂がたってんだ、客が消えるってな」

「はぁ?金払わずに出て行ってるのか?」

「そうじゃなくて神隠しの類だよ。女が言うには朝起きたら荷物だけ残して消えてるってな、そういう噂があるんだとよ」

「……意味がわからん。なんで『噂』なんだ?」

「だから相談なんだよ。『向こう側』の連中がなんかやろうとしてんのかもしれねぇと思って…。

 抗争は起こしたくねぇだろ?だがあっちが抗争を起こしたがってるのかもしれねぇ」

「…あぁ、わたしに探ってこいと」

「お前はもう俺らと関わりがねぇからな。向こうで遊んでてもそれを言いがかりにできねぇよ」

「してくるほど頭が悪かったらどうする?」

「その時はその時だな!ハッハッハ!」

「……」

 珪は手で顔を覆う。

「そういや、おまえ連れてった娘は元気か?」

「あぁ、元気だ。手に余るときがあるけどな。わたしの帰りを待っている。ここには長居しない。

 あとわたしは金がない」

「貯めてるくせに…ほらよ、資金だ。これしか払えないから追加ナシだ」

「これっぽっち…」

「調べるもん調べてきたらすぐ終わるだろ?」

「…チッ」

 玻璃は店を出て、向こう側…水路を挟んだ向こうへ向かうため歩み始める。

 変な噂が立っているのはそもそもどっち側からなのだろう。

 旧友は向こう側からだと思っているのだろが、もう少しちゃんと調べてからにしてほしかった。時間は貴重なのだ。

 刻も言っている、時間は有限だと。あと時は金なりというのだ、金にならないことはしないほうがいい。

 橋を渡ってその区画へ向かう。

「…?」

 なんだか知ってる空気を感じた。力の眠る部屋へ入るときのあの重たい空気を一瞬感じた。

「おにいさん、うち休んでいかない?」

 客引きがどんどん声をかけてくる。

 玻璃は適当にかわしながら奥へ歩いていく。

(なんだろう、ちょっと気分が悪い…)

 奥へ向かう足取りが億劫になる。

「旦那、顔が真っ青だが大丈夫かい?」

 女なのか男なのかわからぬ声をかけられて、顔をむける。

 緑の色の着物を来た男が二人。

 一人は声をかけてきた方で人懐っこく笑っており、もう片方は虚ろな表情で人のことなど言えぬ顔色の悪さだった。

「わたしの心配より相棒の心配をしたらどうだ」

「あはー、死人の顔色は生まれつきだよね~旋ちゃんの!

 おねえさん、この人休めさせてあげてよ」

 何やら男は勝手に近くにいた客引き女に声をかけて何か(銭だろう)を握らせている。

 しかし男の言うとおり休んだ方がいいかもしれない、急に気分が悪くなるなんておかしなことだ。

 部屋を借りて適当に当てられた遊女が気の毒そうな表情で顔を覗き込んでくる。

「水いりますか?白湯のほうがいいですか?」

「水でいい」

「おにいさん格好いいですねぇ、具合のいい時に買われたかったです」

 冗談めかしにいいながら女は水を運んでくる。

 それを飲んで一息つく珪。

「すまないな、こんなことなかったんだが」

「…最近おにいさんみたいなお客さん多いんですよ」

 女は困った風にいう。

「私もなんだか気分が悪くて…。友達もなんだか気持ち悪くなってるし…」

「気持ち悪く?」

「あ、いえ。お店の悪口になっちゃうから」

「いいよ誰にいう相手もいないし。気晴らしになんか話しよう」

「…黙っててくださいよ?」

 ひそひそと遊女は喋り出す。

「少し前から一番奥にある旅籠で人が消えるっていう噂が出始めて…そこで働いてる友達に聞いてみたんですよ。

 でもそんなことないっていうんですけど…なんかその友達おかしいんです」

「おかしい?」

「上の空というか…あんな子じゃなかったのに。あの子の周りの人たちもなんか様子が変わっちゃって近寄りがたく…」

「上の空…」

 力の顔が脳裏に浮かぶ。

 さきほどから嫌なことばかり思い出してしまう。

「その子って買える?名前教えて」

「おにいさん物好きねぇ」

「色々あってね」



    ◆◆◆◆



 とある大部屋は宴会のようであったが、客は二人だけだった。

「旋ちゃん、楽しんでる?楽しんでるよね?あははっ」

「シキ、うるさい」

 不愉快そうに呟く旋次郎にシキと呼ばれた男は笑顔のまま細めていた目だけ開いた。

「楽しくないの?」

「…兄さんは何をしているだろう、寂しがっていないだろうか」

「アハハハハッ!海難法師が一緒なんだから寂しいわけないじゃん。君のおにいさんはこういう遊び苦手なんでしょう?

 今はお兄さんのこと考えずに楽しもうよ旋ちゃん」

「シキ、お前は…誰だったっけ…?」

「お前の友達だよ。ずっとずっと友達だった。小さいころからね?」

「覚えてない…」

「……」

 シキが手を鳴らすと部屋に拘束された女が運ばれてくる。

 何も身に着けておらず、猿轡を噛まされているせいでうめき声しかあげれない。

 そんな女を目の前に差し出される。

「旋ちゃん、食べていいよ」

 シキの声とともに旋次郎の手が動いた。

 両手で軽々と腹の部分の皮を引きちぎり、臓物を鷲掴んで頬張りはじめる。

 周りで踊る遊女たちはその光景に反応はない。

「いっぱいたべる子好きだよ…いっぱい食べようね…白鬼の手料理なんかより、この俺のゴハンが一番おいしいよね?

 お前は海で生きてたからお刺身が好きでしょ?アハハハハッ!

 …お前が殺して死体をどんどん増やしてくれれば、俺は幸せ…」

 シキは旋次郎の背に身を寄せる。

 その姿は美しい女の姿になっていた。

「いつまでも…いつまでも…」

「……」

 振り返った旋次郎は汚れた手でシキを掴み押し倒す。

「ふふ…」

 シキは微笑みながら旋次郎を受け入れた。



    ◆◆◆◆



 深夜、西の遊郭の通りは誰も通らなくなる。

 "でる"からだ。

 おかしな格好の童を先頭に美しい花魁が練り歩く。

 それを見た者は姿を消すという。



    ◆◆◆◆



「妖気を隠すこともないのが、なんだか罠のような気もして怖いですね」

 禄は神妙な面持ちで呟く。

「罠じゃねーのか?」

「化け蟹を倒したとはいえ、次は自分だと恐れる妖怪はいないだろう…」

 奏は左手を握り締めて呟く。

「澱んでいる場所へ行きましょう。猛黒、いきなり暴れないでね」

「デカブツに言え」

 3人は街の奥へ歩んでいく。

「わぁ困った」

 禄は足を止める。

 街は川を挟んで西と東に別れている。手前は普通の街並みだったのだが奥は遊楽の店が並び始めていた。

「猛黒こういうところ嫌いでしょ?」

「いや、別に。なんかあぁいうところ根城にされると腹立つ……」

「遊郭で何度か退治したことがある。澱みやすいからな」

「陰の気が多いですからねー。まぁ猛黒は子ども扱いされるから嫌いなんでしょうけどね」

「煩い…」

「しかし、澱みすぎている」

 奏は目を細める。

 この澱みはあの村を思い出させた。

 重い空気、死臭がする。

 拳を握りしめて奏は歩み始め、禄と猛黒が慌てて追いかける。

 人はまばらだ、日が昇っているのにまるで雲に覆われているかのような、そんな雰囲気がある。

 そうして一番奥にある旅籠の前で三人は足を止めた。

 死の匂いがする。妖気もあるのだがそちらよりも死臭が濃い。気分が悪くなるほどに。

「これは手遅れだな、人間は」

「っ…」

 猛黒の呟きに奏は唇を噛んで一歩ふみ出た。

「あ、油井のところの陰陽師と退魔師じゃないか」

 ふいに声がかかった。

 奏たちは振り返ると、遊び人風の男が立っていた。

「お前たちもここに?ということは妖怪が騒ぎを起こしているのか?」

「珪さんも、どうしてこんなところに。力さんのところにいるのでは…」

 禄が相手の名を呼ぶので奏は首をかしげる。

 力のところにこのような男がいただろうか、と。 

「……珪さん、どうしてそんな恰好を?奏さんが困惑しています」

「この街ではこの格好なの。まぁ、もう『子売りの玻璃』ではないけれど呼ばれて厄介ごとに巻き込まれてね」

「…男だったのか」

「まぁ、はい」

 奏の呟きになんともいえぬ表情で頷く珪。

「で、今からいくのかい?」

「はい」

「…人間は残ってる?」

「僅かにいます」

「…私が中を探ってもいいかしら?」

「危険かと。」

「一応目で見て報告しないといけなくて」

「じゃあ僕たちから離れないでください」

 というわけで4人で暖簾を潜ろうとしたら中から若い女中が出てきた。

「お客様ですか?ここは子供はお断りしています」

 禄と猛黒を見ていう。

「んなっ!?」

 吼えそうになる猛黒を抑える禄。

「僕たちそんなに幼い顔してるかなぁ…まぁいいや、楽しんで来てね正法院さん、珪さん」

 なんて禄がいうので、二人は渋々中へ入った。

 そして珪が女中に何か話してそれを了承していた。

「何を?」

「初めて会う知り合いがいるので指名した」

「なんだそれは?」

 二人は薄暗い廊下を歩きながら小声で話す。

 何かの気配はするのだが、珪は薄気味悪いとしか感じられなかった。奏なら何か見えているのだろうか?とも思う。

 そうして部屋に案内された。

「…何か見えてます?」

「見えていたら祓っている。…ただ、気分が悪いだろう?」

「えぇ」

「ここではなく台所を見るべきか…」

「?」

 考える様子の奏の横顔を珪は見つめるしかできない。

 そこでスっと襖が開いて女中が酒と肴を運んでくる。

 女中、ではなかった。

 五芒星を弄った模様が描かれた布で顔を覆った童であった。

 息を呑む珪の目の前にギラリと鈍く光る刃が走る。

 奏が刀を抜いて童の顔へ剣先を突きつけたのだ。

「それ以上近づくな」

『旦那様が持て成せと言う。』

 それだけ言って、童は手に持っていたお膳を投げ捨てる。

 中身はひっくり返るが赤黒い何かだった。

『喰えと言う。』

「……」

 奏は一呼吸おいて童を切ると、それは一枚の鳥の羽となる。

『今朝〆たばっかりの肉だぞ』

 外から声がして、その声の主がやってきた。

「旋次郎…」

「そっちの男が指名した女がそれなんだ、指名したから出してやったんだぞ?」

「旋次郎、なぜそのようになってしまった」

 奏は刀を構えながら呟く。

「…地獄」

 旋次郎は歯を見せながら笑う。

「地獄だ、ここは地獄。俺は兄の後を追って地獄に来たのだ!兄さんがね、地獄なら二人で暮らせるねって、だから俺は地獄を作るぞ!

 シキも手伝ってくれてる!シキがいれば地獄が作れる!!!!!!」

「ここは常世だ。死体の山を築いてもそれは地獄などではない。

 常世は常世、地獄にはなりやしない。なぜそうなってしまった、シキというものに吹き込まれているのか?」

「お前はまた俺の邪魔をするのか!兄さんと暮らそうとするとお前は邪魔をしに来る!!!!!

 お前なんぞ兄さんのエサにしかならないんだからなぁ!」

「っ!」

 旋次郎の爪を刃で弾く。

「玻璃、お前まで守りきれそうにない、一旦引く」

「ひえっ」

 奏に担がれてそのまま窓から外へ飛び出す。

「!」

 鳥の顔――以津真天が待ち構えていた。

 ギザギザの歯が生えた嘴が奏の腕に噛みつく。

「クソ鳥がぁ!」

 ゴスペェルと融合し飛行形態となった猛黒が以津真天の顔を蹴り飛ばす。

「玻璃さん!」

 落ちてきた玻璃を赤犬の式神が受け止める。

「そのまま玻璃さんを安全なところまで」

『ワォン!』

 返事をして赤犬は駆けていく。
top