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蟹さん視点
「牛鬼」

 敷き詰められているのかと思えるほど無数に地に落ちている椿を踏みながら化け蟹が声をかけた。

 椿は牛鬼のご飯なのでそれを踏むのには抵抗があるのだが、避けて歩くこともできないので仕方がない。

 樹の元にいた牛鬼は視線を化け蟹に向ける。

「お前も白鬼と一緒だな、メシを撒き散らしよって」

「わざと撒いているわけではない…」

「掃除させろ」

「キリがない。で、どうした?」

「しばらく屋敷を空けようかと思ってな。お前はテコでも屋敷を出ないだろう?挨拶でもと思ってな」

「そうか」

 化け蟹は外でいくつか池を持っている。

 そこを周っていくのだろう。妖怪の中ではこまめな方である。

 化け蟹は牛鬼の横へ腰かけると酒を取り出す。

「まず一杯」

「うむ」

 彼とは長い付き合いになる。

 お互い世話焼きだったからかもしれない。良い場所を見つければ知らせ合っていた。

 化け蟹は牛鬼がもうここを離れないのを寂しく思う。

 たしかにここは居心地がいい。強大な神の加護もある。

 しかし化け蟹は落ち着かないのだった。有難い環境ではあるのだが、落ち着かない。池の中にいるわけではないからだろうか?

 それとも外の住処が気になるのだろうか?

「お前は美しいものを追い求めているからだ」

 化け蟹の疑問に牛鬼は静かに答えた。

「ここにはお前にとって美しいものはあるか?」

「…なるほどなぁ」

「たまに戻ってきてくれ」

「帰って来るとも!台所を掃除してやらねばならんしな!」

「あぁ、あれはお前がいないと大変なことになる」

「おひいさまも優しすぎる!もう少し叱ってやれば直るぞあれは」

「……」

 牛鬼は曖昧な笑みを浮かべて化け蟹の言葉を流す。

「お前、おひいさまに甘い」

「甘いって…」

「まぁおひいさまの優しいところがいい所か。飽きられんようにな」

「うむ…」

「さて、白鬼のメシで腹ごしらえして出ていくか。あいつは台所を大変なことにするが鍋はべらぼうに美味い」
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