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 ハイキング感覚で駆け落ちしてるな
「なんだかおかしな感じがするなぁ」

 言葉とは裏腹に困った感じでもない声色と表情で氷人はあたりを見回す。

「この山にこんな道あったかな、マツ」

「…記憶にないが」

 氷人に答える聖明の視線は目の前にある山道だ。

 獣道はあったがこのように人の手が入っているような道はなかったはずだった。

「誰か手でもいれて住んでるのかな?ちょっと覗いてみない?」

「そうだな、この道のせいで進む道もおかしなことになってるし、いいだろう行こう」

「うん!」

 軽やかな足取りで二人は進んでいく。山の中は深くなり少し薄暗くなってきたがほどなくして家が現れる。

 茅葺屋根の小屋のようにも見える家だ。

「いまどき茅葺屋根だ。お金持ちかな?」

 茅葺の手入れがとてもお金がかかるのでそのような発想をする氷人。

「何かしらの団体かもしれないぞ」

「それもあるか~。人いるかな?道のこと聞ければいいね」

 氷人は戸をコンコンと叩く。

「―――はい」

 ゴソっと戸が開いておかっぱ頭の女児が顔を覗かせた。着物を着こなしている。

 はて?と氷人と聖明は視線を合わせる。

「旅の方ですか?どうなされました?」

「あ、うんと…見知らぬ道を見つけて歩いてたらここにきちゃったんだけど、山を下りるにはどっちにいけばいいか教えて欲しいのだけど…」

「あら。迷われたのですね。それでしたら来た道を戻ればいいだけです―――」

 言い終わる瞬間、遠くで雷鳴が轟く。女児は急に顔を強張らせて身を乗り出す。

「ですが!今日はここでお休みになられては?!」

「あ、僕たち野宿慣れして―――」

 急にあたりが暗くなり「あれ?」と氷人と聖明が見上げると同時に雨が降り出し雷も轟き始めた。

「はいってはいって」

 女児に言われるがまま二人は小屋の中へ飛び込む。

「最近ゲリラ豪雨が多いですよねぇ」

「そ、そうだね」

 雨の野宿は慣れているものの、さすがに大雨の中の野宿は控えたい。

 しかしこんな建物にその格好で横文字を使うチグハグさに氷人も聖明もなんともいえぬ違和感を覚える。

「僕たち狐に化かされてたりするのかな」

「狸かもな」

「狐だったら皮にして狸だったら狸汁だね!」

 ヒソヒソと言葉を交わしつつ女児が母親を呼んできて1泊だけご厄介になることになった。

 本来住んでいる家は山を下りた町にありここには手入れのためにたまに来ているというのだが、こんな小屋があったという記憶がない二人は相槌を打つにとどまってしまう。

 母親は細目の美女で、女児はくりくりした目が特徴的で女児は父親似なのかなと氷人はお味噌汁を啜りながらのんびり考える。

 父親といえば…と骸髏と金輪の顔を思い浮かべる。

 二人は今どこまで迫ってきているだろう。この雨で二人も足止めになっているはずだ。

 骸髏パパなら金輪パパを引きずって山に入っていそうだが、それでも金輪パパという足枷がある分遅くなっていることだろう…氷人はそう考えた。

 まるでお荷物扱いの金輪である。

 これは金輪が氷人にカッコイイ姿を見せていないせいだ。わりと偉いというところをみせていないダメパパである。

 例えるなら実際のすごさは大手企業の会長に気軽に声を懸けれるOBみたいな存在である。もちろん大手企業とは彼の所属する教会の総本山。

 三百年も生きているので金輪は無駄に組織に食い込んでいるのだ。しかし氷人は知らない。

 金輪パパ、泥だらけになってないかなぁ…なんて心配をしている氷人の横で聖明はにこやかな表情で母娘と談笑している。

 氷人のことしか考えていない男であるがこれでもコミュニケーションのお化けである。他者から見ると愛嬌のある好青年だ。

 相手の事情なども聖明が聞き出していた。

 そんな聖明を氷人は頼もしいと感じていた。

 なんだかちょっと変な雰囲気を感じつつも和やかに終わって就寝。

 二人はいつもより深く眠り込んだ。まるで薬を飲まされたかのように。

「…」

 ごそっと音を立てつつ、立て付けの悪い襖を開いて母親が侵入し氷人を抱え上げると足音もなく外へ運び出していく。

 そして小屋の裏にある穴倉へ向かい、その一番奥へ氷人を置くと逃げるように飛び出していく。

「娘役、殿方はちゃんと眠ってる?」

「バッチリ!」

「では参りましょう!」

 二人は駆け足で小屋に戻っていく。尻尾をだしつつ。









「うーん…?」

 氷人は目覚める。周りは真っ暗だ。しかし何かいる、というのを感じた。

 顔のすぐそばに、いる。

「…誰?」

『―――欲シイ、オマエノ、体』

「うーん、ごめんねぇあげれないよ」

 氷人は転がって距離をとって身を起こす。

『カラダァァァァァ!!!!!!』

「君は悪い子だね。マツが近づいたから起きたのかな?」

 言いつつ氷人は投げキッスをするような仕草とともに軽く息を吹きかけた。

 瞬時に何かが凍り付いていく。真っ暗だというのに氷はキラキラと輝いていた。何かは氷柱へと化していく―――

『アッ―――アッ―――』

 ビシビシビシと割れていく残酷な音とともに限界を迎えた氷柱は砕ける。砕けた氷は青いバラの花びらのように舞い散っていった。

「何だったんだろ、この子」

 山に住みついている悪い何か、だったのだろう。とても弱っていた。聖明が邪気を呼び込む体質なので活性化されたのだろうなとは思う。

 聖明を守ってあげなくちゃ!という思いが氷人にはあった。逆に聖明も邪気に生贄にされやすい氷人を守らなくてはと思っていたりするのだが。

「氷人!」

 拳に炎を纏わせた聖明が飛び込んでくる。人間松明である。

「あ、もう終わったよ~」

「よ、よかった…怪我はなさそうだな…」

 安堵する聖明。

「そっちも大丈夫?」

「あぁ、あの親子に寝込みを襲われたが氷人一筋だと説き伏せた」

「へぇそう」

 性的な意味で寝込みを襲われたのだが聖明は迷いなく母娘を捻じ伏せ事情を聴きだし駆け付けたのである。








 母親役は狐、娘役は狸であった。

「毛皮と汁だねぇ」

 氷人の呟きに震えあがる二人。

「普段はこのようなことしないのです!!
 迷い込んだ人間は来た道を戻させて帰らせてたんですが、なぜかアレが目覚めて二人の足止めを望むので仕方なく…!!!
 あと旦那様がかっこよかったので出来心で!!!!!」

「我々も出会いがなくて!!!!!!」

 頭を床に擦りつけながら狐と狸は謝罪するのである。

「うーん、たしかにマツはカッコいいもんねぇ。マツのフェロモンにやられちゃうよね」

「そ、そんなの出てない…ぞ?でてないよな?」

「でてるよ」

「はい、でてます」

「ムンムン来てます」

 そうして日が昇ったところで二人は下山していった。








 狐と狸は邪気の面倒も見ることもなくなったので気楽に過ごし始めていたのだが、嵐のように邪悪なものが現れたのである。

 あまりにも邪悪っぷりに本来の姿に戻って足に尻尾を挟んでキュンキュン泣いてしまう。

「氷人は?」

 白い邪悪が問いかけてくる。瘴気を撒き散らす邪悪な妖気が二匹に圧力をかけてくる。

「ここに二人組が来たはずだが」

 赤い邪悪が補足してくる。剣を抜きながら。

 こっちは白いのより妖気はないが、退魔師特有の圧を出しながらも邪道者が漂わせる嫌な匂いが混じった人間の気配がする奇妙な存在だ。

 控えめにいってその歪さから近づきたくない人種だ。

「少し前に下山されました!!!」

「怪我とかもしてないです!!元気に去っていきました!!!!」

 必死に答える2匹。

 するとスン…と二人の気配が収まってしまう。二人は邪悪な表情から一変して真顔になっていた。

「また行き違ったぞ金輪、お前の足が遅いから」

「お前があの氾濫してる川の中歩かせたせいだろ!!!?無理に突っ込まないで下で待ってりゃ会えてるわこれ!!!!」

 金輪の正論を六道は聞き流し、踵を返して歩きだす。

「あー!自分が悪いからダンマリですか~?????謝罪の言葉が欲しいですねぇ~????」

「殺すぞ」

「ぎゃあああああ!!!」

 ヘッドロックをキメられながら金輪は引きずられていく。

 そんなのを狐と狸は見送るのであった。正直山に住み着いていた邪気より怖かった。
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