テスタ=コーシチェーリプは生きることが嫌だった。
 人工的に生み出されたが人生の目的を定めることができず、かといって流されていくだけの現状も嫌だった。
 何もせずとも何かしらの仕事が与えられただ寿命が尽きるまで生きる…それは安定しているが、嫌だった。
 そんな中で学び舎で他人との交流をしていくうちに宗教に目覚めた。
 宗教のために生きるのはしっくりきたし、そのための活動も苦ではなかった。
 それは世間的には怪しげな教団であったのだがテスタには合っていたのである。
 しかし明るい人生を歩みだすと邪魔が入る。
 大学の廊下を歩いていると後ろから肩を掴まれた。

「テスタ、また集会に行っただろう?」

 ラヴィル=カリツォ=スターリング、少し前に知り合った男だ。
 『外』からきた天然体で、魔素に強い体に組み合わせて作られる人工体のテスタと違い魔素に弱くたまに咳き込んでいる。
 『外』では空気中の魔素の調整ができないからここに引っ越してきたのだろう、そういう天然体が多いのだ。
 何かしら教団から引き離そうとしてくる迷惑な男で、黙らそうと暴力を振るったこともあるが懲りてくれない。
 なので兼ねてから考えていたことを実行することにした。

「俺が何をしようが他人のお前には関係ない。」
「それはそうだが…しかし、あの教団だけはかかわらないでくれ」
「…じゃあ抜ける。」
「本当?」
「ああ、ただ俺一人で抜けるって言いに行くのはちょっと…お前ついて来いよ」
「それぐらいだったら…」

 テスタはニッコリとほほ笑んだ。



    *****



 集会所はとある建物の地下。壁も天井も床も黒く塗りつぶされて特殊な蝋燭の明かりしかない。
 部屋の中央には赤い魔法陣があるのだが暗さで見えなかった。
 教団の教徒たちは白いローブを着ていてテスタもそれを着ていた。

「……」

 異様な雰囲気にスターリングはテスタを見る。
 テスタはスターリングに見返り微笑んでみせる。

「やろうか」
「!?」

 背後から床に押さえ込まれるスターリング。その首筋に注射を撃ち込まれる。

「な、にっ…テスタぁ…!」

 顔を上げながら名を呼ぶスターリングだが薬が効いて口から唾液を垂れ流している。

「抜けるわけないだろう、ここは俺の生きがい!俺はこのために生きているからなぁ!」

 全身が痺れる感覚に襲われて動けなくなったスターリングの身ぐるみを剥ぎ、片足を持ち上げて太ももの内側にもう一発注射を打ち込んでいく。抵抗を試みてガクガクと戦慄いていた脚は力を失う。

「あ…あ…」
「お前も生贄にしてやる…我が神は天然体で満足できるかわからないから、俺と一緒に生贄になろうな?そのためにこの穢れた身体を清めような?」

 スターリングの顔を持ち上げながら恍惚とした表情でテスタは言う。
 テスタは―――どうせ死ぬならと、生贄になることを望んだ。
 どうせ死ぬなら何かの役にたって死にたい―――と。それは生贄であった。それが目標となったとき、生きがいになった。

「始めようか」

 ローブを脱いで全裸になる。
 身を清めるとはすなわち淫行のことであった。男女構わず交わり淫行に耽る。神は肉と肉を繋げ、すべてを一つにしてくれるのだ。
 これはその神を生み出すための儀式の一つに過ぎない。

「アッ……ァッ…ぁッ……んぅ、ぐ、ぅ、ぅ……」

 抵抗の意思なく犯され揺さぶられながらその口にまで見知らぬ男の男根を捻じ込まれてもスターリングは生理的な涙を流すばかりで、打ち込まれた薬がよく効いていた。
 あれは幸せな気持ちにしてくれる薬で、スターリングは今とても幸せな気持ちに浸れているだろうとテスタは思った。
 幸せな気持ちのまま身体も気持ちよくなっているのだ、それは深く身体に刻み込まれる。
 今は意識が混濁しているが時間がたてば喋れるようになってくるだろう。
 その時はきっと生贄のすばらしさに気づいてくれるだろう。
 テスタも幸せな気持ちになりながら信者たちと楽しんだ。そしてスターリングも意識がはっきりしてきたのか泣きじゃくりながらテスタを呼ぶ。スターリングの手を掴み、微笑みながらテスタは濡れたスターリングの口にキスをする。
 あのうるさかった口はただ喘ぐばかりになって今はテスタの舌を受け入れている。

「うっ…う、う…」

 スターリングの下半身が大きく震えてびちゃびちゃと水音が跳ねた。

 ―――あぁキスでイッたのだ。

「ずっとキスしてやろうか?」

 そろそろ清めの儀式の終わりも近い。テスタは信者たちを引かせてスターリングを抱き込むと再びキスをしながらスターリングを犯し始めた。喉の奥で呻き声を上げながら、スターリングはとろとろと弱い射精を続ける。薬で止まらなくなっているのだ。
 初めてずっと一緒に、一つになっていたいと思った。



    ◇◇◇◇



 テスタはスターリングを逃がさないために常に一緒にいるようになった。
 それに逃げ出せないように枷もつけた。スターリングの体内にヒドラと呼ばれている魔法生物をディルド代わりに突っ込んでいる。
 これは契約者と繋がっており普段は粘液による感度の改造や拡張などを行い、命令によって刺激を与えるというものだ。
 枷ではあるが生贄のためもっと淫行で幸せになってもらわないといけないのでこのような処置をしている。
 スターリングの空色の瞳は生気を失っている。薬のせいかもしれない。錬金魔薬は魔素を含んでいるので魔素に弱い体質のスターリングには体の負担になるからだ。
 テスタはふと、スターリングの家族が気になった。自身は人工体なので気が回らなかったが天然体のスターリングには家族がいるはずだ。
 しかしスターリングはここには一人でやってきたらしい。

「人を探してた…お前を、探していたんだと…会って分かった」

 虚ろな目でテスタを見ながらスターリングは言う。

「俺を?」
「そう…ずっと、声が、お前を探せって…会えたけど…お前はあそこに…あそこはだめだ、死んでしまう」
「死ぬためにいるんだ」
「だめだ、だめ…」
「一緒に死ぬんだよ、俺とお前は」
「俺がいるのに死ぬのか」
「そうだよ、死は解放なんだ」
「違う気がするんだ、あれは―――」
「お前に何が解るっていうんだ!犯してやる」
「ひぃ!」

 テスタの声にヒドラが反応してスターリングは顔を歪ませ腹を押さえる。媚薬が分泌されて腹部が熱い。欲しくなる、犯してもらわないとおかしくなると体が訴え始める。
 スターリングは力を失ってテスタに押し倒され、すんなりとズボンを降ろされてヒドラが引きずり出された。

「あぁぁぁぁ…!!!」

 突き刺さる様な快感が腰から付き上がってきて悲鳴を上げる。体が求めているテスタのそれを受け入れて、中は蠢き締め上げる。

「おかしく、なる…!テスタ、やめて、テスタぁ…!!!」
「理性を捨てろ、その理性が無くなったら完全な生贄となれるんだぞ」
「やだ、やっ…その、薬、やめっ…」

 テスタは慣れた手つきでスターリングに注射を打ち込む。
 快楽に堕ちていくスターリングにテスタは満足げに笑う。

「一つになろうなラヴィル…好きだよラヴィル…もっと繋がっていたいんだよぉ…」

 優しく囁くテスタ。
 彼はスターリングに愛着がわいていたのだ。
 同じ生贄になるからだと思った。一つになるからだと思った。
 早く一つになりたかった。注射器に薬剤を入れる。
 スターリングの理性を壊すのに、躊躇いはなかった。



    ◇◇◇◇



 魔法陣の上でテスタは虚ろな目で遠くを見たまま動かないスターリングを見下ろしていた。
 薬漬けにして彼を壊し、みんなで丁寧に清めた。本当なら意思がある状態でここにいて欲しかったが無理だろうと解っていた。後悔はない。
 目の前には祭壇があり赤い魔核が安置されている。これが神を呼び出す役目を持っており心臓を捧げることで神を呼び出せるのだ。
 テスタは儀式用の短剣を翳しスターリングの胸へ突き刺す。引き抜くと一筋の赤い線が引き、血が溢れ出す。
 スターリングの血の暖かさと匂いに興奮を覚えながらテスタは自分の胸元に短剣を突き刺し、ぐちぐちと掻き混ぜるように傷口を広げながら心臓を抉りだそうとする。
 薬のせいか痛みはなく気持ちよさがあった。しかしそれは手を握られて止められる。
 その握ってきた手はスターリングであった。
 スターリングは頭上に二重の光輪を宿しその目は闇に染まりながらも空色の瞳は輝いていた。

『моуямеро』

 よくわからない言葉を囁いてくる。

『оwарасерукара』

 振り返り、魔核を見ながら左手から生み出した光輪を投げた。魔核は砕け、そこから血が濁流のように溢れ出る。


 この血は俺の血だと―――解った。


 何度も何度も、初めの頃は青かった魔核に己の心臓を捧げることを繰り返して赤く染めていったのだ。
 そこに死はなかった、なかったのだ。安息の死はなく地獄のような繰り返す不死しか――――
「あ、あぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
 テスタは絶叫する。解ってしまって、すべてを理解して―――叫んで、記憶を捨てた。


 その後、高濃度の魔素反応に調査が入りテスタたちが発見され救出された。奇跡的に死者はいなかった。
 その場には溢れ出たはずの大量の血は跡形もなくなっていて魔核も消失していた。



    ◇◇◇◇



 スターリングは元に戻っていた。薬で壊す前に戻っていたのである。あの二重光輪も不気味な目も夢だったかのように思えた。
 しかし現実であったはずだ。テスタはスターリングの血の暖かさと匂いを覚えている。
 スターリングは何も言わない。ただ一言、助けられて良かったと言っただけだった。

「『外』にある俺の家に行きたい?変わってるな、『外』は…息苦しいぞ」
「それはお前の体が弱いからだろう」

 テスタはスターリングを抱きしめる。暖かい、血と同じ暖かさが心地よかった。

「あと…俺の家、修道院なんだけど…」
「…天然体なのに?」
「天然体だからってみんな親がいるわけないだろ。その、兄弟はいるけどさ…血は繋がってないけど…」
「ふぅん…挨拶しないとな?」
「…怒られそう」

 テスタはそのままスターリングに被さってキスをしはじめる。一つになりたい気持ちは未だにある。ただ儀式のあと、死によって混じり合うのではなくこうやってくだらない話をしながら触れ合う方がいいかもしれないと考えを改めた。
 スターリングと触れ合うことが生きがいになってしまったのかもしれない。死のことばかり考えていたのに生きることばかり考えてしまう。
 天然体で魔素に弱いスターリングの方が先に死んでしまうかもしれない。魔素中毒による魂の崩壊や体内に魔核ができて死んだり、色々あるのだ。少しずつサイボーグに改造していった方がいいかもしれない…とテスタは悶々と考える。
 スターリングのあの不可思議な現象はおそらくあれっきりだろう、それは何故かはっきりと認識できた。

「ラヴィル、好きだ。サイボーグになってくれ」
「嫌だ…寝てる間に勝手に改造とかやめてくれよ。俺は今の体が好きだから」
「…俺も好き」
「そうだろう、そうだろう…変な気起こすなよ」

 スターリングはポンポンとテスタをあやしながら言う。

「俺はね、テスタが幸せならそれでいいんだ」