とある戦場の地。
 兵士たちの死体が集められている場所にて、神輪は這い出た。

「あー、久しぶりの体だ…。名無し鬼とリンで経験積んでて良かったな。材料もこんなにあるし…肉体の再構築楽に済んだ」

 満足げに微笑みながら言う。その姿は生前祓魔師として活動していたころの姿だ。全裸であるが。
 この時代のもので間に合わせなくてはいけないので仕方がない。
 死体から服を貰おうかと思ったがどれも血や臓物で汚れていたり焼けている。

「まぁいいかー」

 神として数十億年も過ごしていた神輪はもう金輪(にんげん)時代の感覚がなくなっていた…。
 不王がいれば良くないと注意していただろうが彼は神界に置いてけぼりである。
 神輪は目的さえ果たせればそれでいいのである。
 さっさと目的の場所へと向かった。
 戦争が激しい。終末戦争だ。文明が滅ぶことを神輪は観ていたので知っている。なので滅ぶ前に魂の救済をしなくてはいけないのだ。

「ここだな」

 個人が所有する倉庫のような建物がある。この中に地下シェルターに繋がる出入り口がある。
 神輪は隠された入り口を知っている様子で見つけ出しこじ開け始める。
 肉体は通常の人間よりサイボーグに近い。材料があったのでハイスペックにした。この時代は科学技術も錬金魔導技術も水準が高い。
 高すぎて神の代理戦争という名の宗教戦争だ、神ってどこの神だろうと神輪は考えながら入り口を引っぺがした。

「内側から溶接されてる…」

 死ぬ気だったんだな…と言葉を飲み込みながら地下へと降りた。
 もう既に酷い死臭がしている。若干焦りを覚える神輪。もし遅かったらまたリスタートだ。
 ちらほらと転がり始めている死体は眠るように死んでいたりミイラのように干からびていたりしていた。
 シェルターの一番奥―――祭壇のような広間に出る。信者がごっちゃりと死んでいた。

「骸髏…?骸髏…?」

 神輪は慌てながら骸髏の姿を探す。

「―――何者だ!」

 祭壇の陰から人影が現れる。祭壇の奥が儀式台だと把握した神輪はその瞬間に地を蹴っていた。

「サイボーグ兵―――あがっ!?」

 司祭らしい男は首を蹴り飛ばされる。アンドロイドでなければ即死だ。この時代生っぽいアンドロイドもいるので神輪は警戒したがそのまま崩れたので警戒を解いて台座へ視線を向ける。
 儀式用の短剣が突き刺さった骸髏がいた。

「あ、あぁぁぁぁ…」

 遅かった。しかしまだ死んではいなかった。神輪が来たせいで手元が狂ったのかもしれない。
 狼狽えながら神輪は骸髏の胸に突き刺さる剣を引き抜き治療をしはじめる。
 自分の生命エネルギーを与えてしまうと縁が出来てしまってリスタートだ、魔力をかき集めてそれを生命力とした。

「邪教の生贄になって…あのコアに吸収されて核になっちゃうんだよな…」

 治療しながら神輪は頭上に安置されている紅い宝玉をみる。知っているものだ。これによってボーンゴーレムがアレになったり取り込むことによって自分は神になったりした。今も宝玉は神側の体内にある。

「不思議なもんだな。俺はてっきりお前は俺より昔の人間だと思ってたんだよ。まさか未来とは…しかも邪教団に飼われている。
 おまえいっつも邪悪だな」

 治療を終わらせた神輪は適当に信者からローブを剥ぎ取って身にまとい骸髏を担いでシェルターから出た。
 骸髏は薬で眠らされていてまだ起きないだろう。
 宝玉はそのままにした。あとでここに攻めてくる軍が兵器に転用でもするだろう、この時代はそういう魔導兵器がメインだ。
 あの宝玉は人間の魂を取り込むのが好きなので気が済むまで吸えばいいと神輪は思う。
 本来吸うはずの骸髏をいただいてしまったからだ。
 これで骸髏はボーンゴーレムとして生まれ変わることも無常大鬼として苦しむこともなくなるのだ。

「止まれ!」
「む…」

 神輪はやだなぁ、という表情を浮かべながら足を止めた。
 兵士たちに囲まれてしまう。

「生き残りの神官か!」

 恰好が恰好なのでそうなってしまうのかもしれない。骸髏は実際邪教の神官だ。

「改宗するので通してくれないかなぁ?」
「ふざけるな!近くにシェルターがあるはずだ、場所を―――」
「あっち」

 素直に指をさして教える神輪。
 兵士たちは若干戸惑ったが確認のためか数人走っていく。

「見逃してくれる?」
「ふざけるなと言っただろう!抵抗するなら撃つ、手を上げて膝をつけ!」
「しかたないなぁ…穏便に行きたいんだ俺は…」

 神輪は手をあげて―――法輪を生み出し投げた。それは兵士たちの銃身を切断していく。

「魔導か!?引け!白装兵前に!」
「おお…白神の使徒」

 神輪は懐かしく感じた。白づくめのサイボーグ兵たちが前に出てきたのだが、感じる波動が白神のそれだ。
 恐らく何かしらの法陣を組み込んで白神の力を引き出しているのだろう。たまに白神が『穴が開いて霧が漏れる』といっていたので、それの原因がこういうことなのかもしれない。神輪も白神に扱かれた手前、この程度ならなんでもない。
 むしろ生身の僧兵の方が白神の手ほどきを受けている分強いのではないだろうか?時代である。
 白装兵の放つビーム砲は法輪をはじく。兵は大したことはないが兵器は強力といったところだ。

「面白いものみたしさっさと退散しよう」

 神輪は骸髏をいったん地に寝かせてから跳んだ。
 この体は楽だ、思う様に動いてくれる。素手で蹴散らし混乱しているところで骸髏を拾って逃げた。



  ****



「俺の力を利用した兵器とかないんかな…ないよな…」

 白神の偉大さを感じ、自分の知名度の低さに神輪は泣いた。
 ともあれ神輪は戦火の届かぬ地に逃げていた。ここは魔素汚染がひどくて放置されている場所だ。
 生活する家の周りの魔素を追い払っているので骸髏が死ぬことはないだろう。
 地獄への裂け目が出来ていてその魔素が流れているようで、神輪は過去の苦行を思い出してウンザリした表情になったが。

「でもなんで魔素が逆流してるんだ…?いや考えるな…俺は骸髏と安らかに過ごすので…そういうのは別の者がどうにかするべき…」

 本来の真面目な性格が祟っている。
 骸髏はまだベッドに寝かされたまま目覚めない。
 致命傷を負ったのだから仕方ないことだろう。
 神輪は骸髏の手を握り寝顔を眺める。寝顔は宝玉の中で見た顔と同じだ。まったく同じ。愛しさまで感じてしまう。
 恐怖心がいつしか愛しさになっているだなんて…。

「…逆レイプできる」

 わるい顔になる神輪。本来の真面目な性格はどこへ行ってしまったのか。だいたい六道のせいだ。
 サクっと骸髏の服を脱がして馬乗りになる。骸髏の白くて薄い胸板を撫でる。傷跡は綺麗になくなっていた。

「…ガリだな?」

 もっと筋肉があった気がしたのだが、あの体は不王が生み出してくれていたものだ。
 本来骨しかねぇ。

「誤算じゃないか…そんな俺の筋肉…」

 撫でまくるが筋肉はそれで戻ってはこない。そもそも幻術であり筋肉はない。

「う…?」

 意識が戻る骸髏。

「だ、誰だ…?」
「金輪円迦とお前に名付けられた」
「…はぁ?」

 骸髏は神輪を見上げながら声をあげる。

「お前は知らないのは当然だ、未来…過去?うん?どっちになるんだ…?まぁいいか。細かいことは気にするなよ」
「なぜ、お互い裸なんだ?俺は儀式をしていたはず…」
「失敗したに決まってるだろ。蘇生したんだぞ、俺を敬え」
「なんてことを!」

 神輪に掴みかかる骸髏。

「神に命を捧げて!完成するはずだった、それを!」
「成功したせいで俺もお前も苦しんだんだ。それにお前が俺に救済を求めてきたんだぞ」

 結局のところ、骸髏の望みはそれであった。六道として残虐を極めつつもほんのひとかけの…わずかに残った人間の部分の望み。
 六道を壊して核を取り込んで、やっと伝わったたった一つの望みだ。

「……お前は、なんだ?」
「金輪円迦だが?」
「……」

 骸髏は顔を伏せる。
 神輪は神を名乗る気はなかった。自分たちは金輪と骸髏であるから。名付け合ったその名前しか繋がりがないから。

「まぁ、することもないし死ぬまで一緒に過ごそう。いまからえっちなこともしようかと思っていたし」
「ハァ!?なんでお前と!?」
「そんなこというの?お前に仕込まれたのに…」
「さっきからお前の言っていることが解らないんだが!」
「話半分でいいよ。お前はこれから俺と過ごすってことだけ理解してくれれば」
「やめ、俺はこんなことしてる場合じゃ―――」

 ガチッと両腕が光の輪に拘束され、口もその輪を噛まされてしまう。

「うー!?」
「舌噛まれたら面倒だからな。何億年ぶりだろ…久しぶりだからがんばろう?」



   ****



「ふーっ…ふーっ…」

 骸髏の目は涙で濡れて虚ろ。荒い息遣いのまま噛まされている輪の隙間から唾液が流れて止まらない。

「がんばれ、がんばれ」

 神輪は余裕の表情で骸髏の顔を撫でながら骸髏のナニを咥え込んでいる腰を動かす。

「うぅーっ…う、うう…」

 ガクガクと骸髏の腰が震え―――熱を出し切るとそのまま神輪の上へ倒れ込む。
 今日で何日目だろうか、ヤりまくっているわけなのだが神輪の誤算がまたここで生まれていた。
 調子にのってサイボーグスペックにしてしまったせいで骸髏に殴られようがどうされようが平気なのである。
 むしろ普通の人間である骸髏の方が怪我をしてしまう。

「立場が逆転しちゃったな。でも俺は地獄に連れまわさないからお前はいいよな。骸髏」

 拘束を消し去って骸髏を抱きしめる。

「おれ、は…骸髏なんて名前じゃ、ない…」
「…俺だって金輪って名前じゃなかったよ。お前が付けたから大切にしてるんだ」
「知らない…俺はお前なんか知らない…」
「…ふふ」

 神輪は骸髏の様子に自分を重ねて微笑んでしまう。骸髏の反応は当たり前なのだ。
 地獄から帰ってきた後は気が触れてしまっていた自分を看病していたのが骸髏だったりする。

「そのうち、慣れるさ」

 自分だってそうだったから。



   ****



 空が赤い。夕方などではない。空気中の魔素や大気汚染でそういう風に見えるのだ。

「地獄みたいな空だな」
「…地獄にいったことあるのか」

 神輪の呟きに骸髏が問いかけてくれる。

「何回も?いった…というか連れ込まれたというか…赤い空、黒い空、白い空、いろいろあったな。

 あぁいうベッタリした赤い空だったよ。ここ地獄か?」

「…地獄炉のせいだろうか。異界からエネルギーを引き出す動力炉が何基かあるんだ。環境汚染が問題になったりもしていた。」
「それだ…魔素がおかしいのそれだ…。恐ろしいもん作るなこの時代の人間」
「我が神は愚かな人間どもを粛正するために呼び出されるのを待っておられるのだ」
「へ、へぇー」

 骸髏の口からそういうこといわれると困っちゃう神輪。
 明らかに救済の神ではないので邪教が邪教である所以だろう。神というか悪魔の類かもしれない。

「…金輪」

 骸髏が金輪の手を握ってくる。
 痩せてて骨ばっている手だ。食事もこの生活だと満足にできない。崩壊した基地などに忍び込んで食料を調達してはいるのだが。

「ヤらないのか?」
「ん…」

 神輪は少し躊躇ったが、受け入れた。
 魂の救済とは難しい。
 神輪は悩んでいた。このまま救済未完でリスタートしていいのか?と悩んでいた。
 最初は繰り返せばいいと思っていた。しかし相手は人間なのだ。
 六道のように繰り返し繰り返し繰り返し…奈落の底が金輪の骨で埋まるほど繰り返して…同じようなことをしていいのか?と神輪は思うのだ。相手は人間なんだと痛感する。自分の時はどうだった?嫌だった、苦しかったはずだ。今だってちょっと怒ってしまう。
 それを自分も同じように繰り返していいのか?
 しかしどういうことをして救済になるのかも解らない。
 魂を浄化して終わりではないのだ。骸髏の望みはそれではなかった。
 この世界のタイムリミットも近づいて来ている。できれば失敗したくなかった。骸髏のために。

「お前、どこで製造された?」
「せいぞう?」

 首を傾げる神輪。

「…製造ナンバーもないんだよな。お前、サイボーグだよな?にしては感情があるし…なんなんだお前は」
「この体は俺が作ったからな。」
「自己改造?魔導士っぽさはまったくないのにな…」
「昔は祓魔師だったよ…」

 数億年前の話だが。今も有効だろうか?総主教さまが与えた位は永久ではある。神輪の所属していた教会は今存在していれば。

「祓魔師?お前の話は要領を得ない。」
「骸髏はずっと邪教団にいたの?」
「…そうだ。親も知らない。気づいたらいた。この世界は滅べばいいと思っていた…なのにお前が邪魔して―――」
「…滅ぶよ、この文明」
「は?」

 神輪は少ししょんぼりした表情で骸髏を見る。

「骸髏が死んでも死ななくても滅んでしまうんだけど…骸髏はどうする?生きたい?」
「…?」

 神輪は骸髏の手を握る。

「俺は骸髏の魂を救いたい。何を望む?叶えるよ。生きたいのならその体を作り替えるし」
「わけ、わかんねぇ…!」

 手を振り払う。

「お前何なんだよ…何企んでんだ…?」
「企んでない、本当…やっと思い出してきたんだ人間の感覚…ずっと麻痺してた。死が遠くにあったから」

 白神のように擦り切れる心を受け入れるほど神輪の心は強くない。彼はただ考えないようにしていた。周りも優しく付き合ってくれていた。だがここで一人になって、骸髏といて人間の頃の感覚を思い出してしまった。

「どうしよう骸髏。俺はお前を救いたいんだ、どうすれば心を開いてくれる?俺はお前のこと何も知らなかった」

 涙をこぼし始める神輪。

「化け物のお前しか知らないんだ、人間のお前のこと何も知らない。何も、何も…」
「俺だって、お前のこと何も知らないんだぞ…変なサイボーグとしか…」
「俺ね、化け物になったお前にすごくひどい目に合わされて…でも、でも…救いたいんだ…人間のお前を」

 骸髏の細い体を抱きしめる。

「お前の話はさっぱり解らん…どうして俺はお前みたいなやつに救いを求めたんだ?大方お前しかいなかったんだろうが」
「う…」
「いつ、滅ぶんだ?」
「近いうちに…」
「……俺は、長生きしたいわけじゃない。何もしないでくれ」
「うん……」



   ****



 骸髏は震えていた。今日死ぬからだ。

「金輪、お前も死ぬのか?」
「うん、この体はそういう風に作ったから。」
「みんな死ぬ?」
「ちょっとは残る。」

 金輪は骸髏を抱き寄せる。

「骸髏、ずっと一緒にいるから―――」
「名前で呼んでくれ」
「え?」
「骸髏って呼んで、俺を通してその化け物の俺を見てるだろ…俺を見ろよ」

 神輪を見上げながら骸髏は言う。

「名前知ってるだろ?お前の名前は?前の」
「…スターリング」

 骸髏の唇が神輪の唇に重なる。

「ずっと一緒にいてくれ、スターリング」
「…そのつもりだ、コーシチェーリプ?…ううん言いなれない」
「なんでだよ。俺の名前はそっちだ」
「ごめんごめん、慣れるよ。…ごめん、俺は何もできなかった」
「そんなことねぇよ。なんもできねぇのがお前なんじゃないの?」
「え、えぇ…?」
「変なサイボーグ。俺を蘇生させて救ってる時点で、俺は救われてると思うんだ…」
「あ…」

 骸髏は不意に崩れる。
 高濃度の魔素の波が通った。体内循環している魔素が崩壊してそのショックで身体は機能を停止させる。
 神輪は要がなくなった体を崩壊させ精神体となり骸髏の魂を抱きしめる。
 宝玉に囚われていない魂は死者の憎しみに苛まれることなく次の転生へ向かうだろう。

「また、会おう。次も変な邪教にハマってんなよ?」

 抱きしめていた魂を開放する。
 神輪は意識を上へと向ける。浮遊感とともに懐かしい感覚になった。
 神界に辿り着けば元の自分に戻っていた。目の前に不王と1000の下僕たちが膝をついて頭を下げている。

「ただいま」
「ご帰還喜ばしく思います…骨と淫蕩に耽っていただけのように見えますが下郎?」
「いやせっかくの肉体じゃないか。遊ぶだろ」
「下郎…」
「お前神に向かって下郎って呼ぶの止めない?」
「神の自覚を持ってほしいですなー?」
「持ってる持ってる。少し眠る」

 神輪はその場で目を閉じる。意識を心の奥へ沈めれば宝玉が見える。その中へ入ると骸髏が眠っている。

「どうだったろう?ダメだったらまたやるよ、何度でも…うん、何度でも」

 眠ったまま返事のない骸髏を抱きしめながら言う。
 そうして神輪が目を閉じれば骸髏が今度は目を開く。

「……何度もやれるタマじゃないだろ、バカが」

 抱き着いている神輪の頭をぐしゃぐしゃと骸髏は撫でた。少し微笑みながら。


コーシチ(骨)
チェーリプ(髑髏)