シスターダリア

 とある山中に古くから建つ修道院がある。
 アッシュ姉弟が暮らし金輪と氷人が幼少期に育った場所だ。
 そこに金輪は六道を連れて帰省していた。しかし金輪は瘴気で虚ろう目を鋭くしてイライラした様子で落ち着きがない。
 六道も同じく死んだ魚の眼のような瞳を鋭くさせている。

「大の大人がうざったい、うざったいわ」

 シスターダリアも苛立ちながら二人の尻を箒で叩く。

「なにをする!割と痛い!」

 尻を押さえながら叫ぶ金輪。

「うろうろしてないで手伝ってちょうだい。氷人は年明けに帰ってくるんでしょう?
 来ないものはこないのだから年を越す前に掃除を終わらせたいの。骨の魔物は瘴気を零すからこの部屋から出ないで」
「六道だけずるい…」
「ある意味軟禁状態だぞ。クソ、不王連れてくればよかった」

 不王の魔術で受肉すれば瘴気が封じれるので割と役に立っていたのだ。
 その不王は別行動をとっている。
 ふてくされる六道を置いてダリアは金輪を引っ張っていく。

「スターリングさん、台所からやっていきましょう」
「…はぁい」

 根は真面目な金輪はダリアの指示通りに掃除をこなしていく。もともと住んでいたのだ、慣れたものである。

「シスターダリアはダイとここに住んでいて寂しくないのか?」
「? 不思議なことを聞きますね。氷人で騒がしさに慣れましたか?」
「そうなのかな、でもまぁ…外に出たいとか思わないのかなと思っただけだ。」
「仕事があるときは出てますから別に」
「そんなものか」
「えぇ、たまに話し相手もいますから」
「そんなやついるの?」
「えぇ、いるんです」

 頷くダリア。金輪は特に興味がなかったのか相槌を打つだけにとどまった。

「シスターダリア、あとは各自の部屋を回ればいいか?」
「はい、お願いします。私は地下へ行きます」

 入念な大掃除をする箇所を終わらせた二人は普段掃除をしているところを回るだけになったので別れた。
 ダリアとともにいたせいか金輪に溜まっていた瘴気は吸いとられ、顔色が良く動きもいい。普段の彼に戻ったとダリアは思う。
 地下は少しじっとりとしていて冷える。もともと墓として作ったが墓として使われることは一度もなかった。
 死体を置いておくとどうなるかわからないモノが出来たせいである。
 ダリアはランプを持って天井に作られた蜘蛛の巣を箒で絡めとっていく。
 そうして奥まで辿り着くと箒とランプを床に置いて奥にある井戸のような石を積んだ囲みを覗き込む。
 真っ暗闇で奥がわからない。誰も入ったことがないのでわからないが底はないだろう、別のどこかに繋がっているはずだ。

「…ぉぇ」

 控えめにダリアは口から黒いものを吐瀉していく。今まで吸い込んできた良くないモノたちだ。金輪の瘴気も含まれている。
 ダリアは邪気を吸う能力があるのだが、延々吸えるというわけでもなかった。限界が来ると戻してしまう。
 そこらに戻せるものでもなく、この修道院の性質を利用してこの穴へ捨てていた。
 ふとさすさすと背中を撫でられる感触に気づく。

『たくさん出てるねぇ』

 遠くからのような近くからのような掴めない声が耳元でした。
 意識して認識しようと思わないと自分がここに一人でいると思ってしまいそうになる。
 それほど『彼』の存在は薄い。
 おそらく今日は金輪がここにきているせいだ。
 吐き気が治まったダリアは振り返る。長い赤毛の男が微笑んでいた。
 いつしか彼が地下に来るようになった。いつからだったか…最近だったような、昔からだったような。
 神に成れたスターリング、彼はそういう存在だった。

「シスターダリア、今日は俺の瘴気を吸ってくれてたんだな、いつもすまないな。あの頃はどうしても…まぁ、言い訳はやめとこう」

 スターリングは指先をダリアの口元に伸ばし、穢れを拭っていく。

「スターリングさんは偉くなりますから、これぐらいどうでも」
「うーん、もっと体を労わってくれ。横で不王が騒いでうるさい。え?レディ?ダリアが?」

 どうもズレた別次元にいる不王と会話しているらしい。
 いつものことなのでシスターダリアは無関心だ。
 スターリングは困惑顔でダリアの手を掴み上げてキスをしてくる。
 体が軽くなった。浄化してくれたらしい。

「キスする必要ありますか?」
「不王がうるさいんだよ」
「はぁ…貴方らしいですね。偉くなっても。変わりませんね、ずっと」
「……」

 スターリングは再び微笑んだ。本人は変わってしまったと思っているのだろう。
 しかしシスターダリアにとってはスターリングはスターリングなのである。
 人間の領域を超越し、神の世界に達したとしても。彼女にとってはスターリングであり、だからこそシスターダリアでいようと思う。
 この修道院で繰り返す人生を牢獄だとは思わない。
 横に友がいるから。友がこの牢獄を生み出しているとしてもシスターダリアにとって関係のないことである。
 偉くなることを勧めたのは彼女であり、手伝うと約束したのも彼女で、友はやり遂げたのだ―――褒めてあげるべきだろうか

「…そうですね、偉くなりましたからね。よしよししてあげます」
「あ、ありがとぉ…」

 ダリアに頭を撫でられ困惑気味のスターリング。

「そろそろ戻るね、あまりいると歪んじゃうから…」
「えぇ、そちらの不王によろしくと」
「骸髏には?」
「別にどうでもいいですね」
「そう…」

 スターリングの存在が消える。

「……」

 ダリアは名残惜しそうにキスを受けた手を撫でていたが、ランプと箒を拾って上へ上がっていった。