草案メモ。
霧の濃い場所に正法院奏は立っていた。
一寸先も見えないほどの真っ白い霧だ。周りも静かで虫の音も聞こえない。
まずここがどこなのかわからなかった。
気づくとここに居た。そしてここから動きたいとも思わなかった。
奏は静かにその場へ腰を下ろす。
夢の中のような気持ちにさえなってくる。本当に夢なのかもしれない。
ふと、地面へ目を向けると小蜘蛛がいた。
それが妙な気分になる。撫でてやりたくなる、愛おしく想いたくなってくる。
―――殺せ
不意にいつもの声が聞こえた。
いつも自分の中から聞こえてくるのに、今は周りから聞こえて奏は思わずあたりを見回す。
『殺せ』
ハッとする奏。
いつの間にか男が立っていた。
まるで霧が人になったかのように、真っ白な姿だ。
白い肌に浮かんでいるのは鮮やかな青藍色の隈取。その眼光は鋭い。
そしてその顔は、奏の顔であった。
しかしそれは自分だとは思わない。自分の姿を誰かが模しているのだと、それだけは解った。
『殺せ』
腰に垂らしていた剣(つるぎ)を抜いて剣先を奏―――よりも下、小蜘蛛のいたほうへ向ける。
「殺せ、とは…なにを…」
思わず小蜘蛛を庇おうと手を伸ばし、指に絡むそれの感触に驚いた表情を浮かべながら目を向けた。
自分の指に絡む美しい髪―――
気を失っているかのように目を閉じて倒れているみこの姿がそこにあった。
『それを殺せ』
「嫌だ」
奏はみこを抱き上げる。
『殺せ』
「嫌だ、触るな…!」
奏は庇うようにみこをそれから守りながら、背を向けて駆けだす。
『お前に力を与えているのは誰だと思っている。解っているはずだ。
お前はすべて解っているくせに知らないふりをしているな』
「いうな!」
『それは狂気ぞ。いつかの男のようだな、今のお前は!』
「言うな!!!」
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「あれ?巻、正法院さんを起こしにいったんじゃ?」
「うん…でも魘されてて起こしづらかったの」
「そう。じゃあ頃合いをみて持って行ってあげて」
「そうするわ」
巻は禄の前の席に座ると、手を合わし食事し始める。
「奏さんどうしちゃったんだろ…禄は何か聞いてる?」
「かなり無理して妖怪退治をした、としか。魂が癒えないことには体も調子が戻らないだろうし」