途中で力尽きたので供養
 此処は地獄である。
 ナミ…飛頭蛮はそう思う。
 大きな屋敷であるが、ここから外へは出れない。出るためには白い鬼の許可がいる。
 最近外へ出れるようになったが、それでも自由さは感じない。
 飛頭蛮は自分の首を拾い上げると胴の上へ戻して部屋を出る。
 静かだ。薄気味悪くも思う。明かりがないせいだろう。しかし夜目が効くので問題はなかった。
 屋敷の外は庭がある。縁側からその庭を見ることは出来た。
 空は昼夜問わずに墨で塗りつぶしたかのような真っ黒で、昼ならば真っ赤な太陽が見え夜ならば真っ白な月が見る。
 生前に見ていたモノとは違うモノが浮いている。
 今は夜なので月だ。
「…法師」
 縁側で腰掛けている海難法師を見つけて飛頭蛮は名を呟く。
 飛頭蛮は海難法師に対して何の感情も抱いていない。海へ引きずり込まれかけ、気が狂うほど呼びかけられたのは事実であるがこの首を突いたのは自分自身であるし、崖から落ちたのも自分のせいだ。
 それに怒りだとか憎しみだとか、そういう感情はこれっぽっちも沸いてこなかった。
「おや、お目覚めですかナミさん」
 ニコニコと微笑む海難法師。
 彼は自分を好いている。愛していると語りながら交わってくる。
 それらは本心だろう、しかし自分に真名を明かしてくるほど心を開いているわけでもない。
 自分はその程度なのだ。
 所詮は玩具なのだろう。
 だから自分も海難法師に対して心を開くわけでもなかった。ただ一緒に生活をしているだけだ。
「一緒に月でも見てませんか」
「…ここの月は嫌いだ」
 眉を顰めながら呟いて法師の横を通り過ぎる。
「では、今度一緒に外で」
「弟と一緒ならいい」
「えぇ、ぜひ緑鬼とご一緒に」
「……」
 飛頭蛮はその場を後にして台所へたどり着く。
 少し戸を開くと中に白鬼がいた。 赤嶺の包丁を振り下ろしている。明日の食材の下準備中らしい。
 いつもの白い着物もしくは小豆色の着物は身に着けず脱いでいる。
 着物を汚すと化け蟹が煩いのだ、自分も服を汚してしまうので良くわかる。
「白鬼、ちょうだい」
 声をかけると白鬼の手が止まり、振り返りざまにギロリと睨まれる。
 飛頭蛮は特に白鬼に何も言われなかったので台所へ入った。
 血の匂いが充満していて、人間だったら咽ていたかもしれない。
 白鬼は包丁で食べて良い肉を差す。
 飛頭蛮はそこで散らばっている腕を一つ掴みあげて噛みついた。
 背後で再び白鬼の捌く音が響きはじめる。
「お前、外で魚も食べてるだろう?そんなに足りないのか?」
「……」
 白鬼の問いかけに飛頭蛮は肉を貪りながら視線を向けた。
 白鬼は食材に目を向けたまま手を止めていない。
「足りない」
「飛頭蛮とはそういうものなのか?まるで餓鬼だな」
「……お前はお腹空かない?」
「みこさまが飢えていなければ俺はどうでもいい…みこさまは俺の料理が好きだと言ってくれる…それだけでいい…」