奏さん死後の話

 一国のお姫様という話だったのでそれなりの人数を連れてくるのかと思ったが神社に訪れたのは姫と付き人二人だった。
 氷北領の冷姫。付き人の赤烏陽光と功刃広直。
 あとでわざわざふもとの町に家来衆を待機させていたと聞いた。
 神社の隣にある光来家の屋敷に案内された冷姫たちは光来兄妹と対面する。

「無理を言い出して申し訳ないと思っている」

 冷姫は巻にいう。
 その顔色は化粧で隠されているが荒れている唇と少しこけた頬は旅の疲れのためだけではないだろう。
 巻は初対面の冷姫に複雑な思いを抱く。
 禄から冷姫の人なりは聞いている。
 初めは手紙であった。正法院奏の子を養子に欲しいと。双子だと聞いて話だけでもしたかったと。
 文から感じる冷姫の想いにどう答えればいいのかその時巻は解らなかった。
 愛する夫が残した唯一のものが我が子たちである。
 まだ幼い子たちである。



「手紙でも伝えましたが、改めて――私には子もおらず、婿を迎える気もありません。
 今回のお話が駄目であっても遠縁から養子を迎え入れますのでそこは気を遣わないでください。
 どうしても私は奏殿との『縁』が欲しいのです、私にとって奏殿は特別でした」

「奏さんのことを、愛していた…?」
「それが愛なのかは解らない、しかし特別に思っています。これは尊敬なのかもしれません。
 いえ…私はあの方に憧れていました。
 あの方との縁があれば私は満足するのです。
 子に不自由はさせません。しっかりと正法院奏の子であり光来家より養子に迎えたと記しましょう。
 妖かしに憑かれやすい我が一族は退魔の一族の子を歓迎しますので虐げられることもありません」
「…その、わたしはこの子たちには自由にさせたいです。
 なのでお姫様、預けるという形にはできませんか?」

 これが巻なりの譲歩であった。
 まだ子供たちは幼すぎる。親の都合に振り回されるのは仕方がないこともあるが、今回は断ることもできる。
 しかし冷姫の気持ちも汲んであげたかった。
 だから将来のことは子供自身に決めさせてあげようと思った。
 冷姫に預け、見極めさせて、そのまま養子になりたければなればいいし戻ってきたければ戻ればいい。
 そのまま別の道にだって行ってもいい。
 奏の子なのだ、もしかすると放浪したくなるかもしれない。その時家に縛り付けるのは可哀想であった。
 冷姫もそれに思い至ったようで静かに微笑んで頷く。

「お手紙も書きたいですし、いつでも会いに行きたいです」
「そうですね、そのように。母親は貴女なのですから」