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百鬼夜行奇譚

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山の祇

 昔から独り旅をしながら狩猟をして生きていた。
 その生活は修行のようなものであったので苦でもなかった。苦も修行のひとつだった。
 しかしある日、仲間が出来た。
 彼も旅をしながら狩猟をしていたが、己の修行とは違いただ生きるために狩って暮らしている男だった。
 それでも会話があると辛さが違った。
 彼の声は不思議と自分の気持ちを落ち着かせてくれる。
 一緒にいると心が安らいだ。




「マツ、獣の匂いがする」

 彼…凍原は小声で囁いて弓を番う。

「来るのか凍原」
「来るね」

 槍を手に握り締める。
 凍原の鼻は良かった。勘と言って良かったかもしれない。
 ひゅっと風を切る音とガサリと草木が蠢く音。
 マツはすぐさま飛び出して駆ける。そして矢の刺さった獲物に槍を突き刺した。



   ****



「僕は君の修行の邪魔をしていないかな」

 焚火を見つめながらふと、そんなことをいう。

「別に」

 邪魔に思った事など一度もなく、簡素に応える。

「そうかい?ならいいんだけど」
「…一つ、確認だが。顔を隠しているのは咎人だからか?」
「…いや、生まれて一度も罪は犯したことはないよ。」
「そうか、ならいい。俺はお前に干渉しないし、お前も俺に干渉しない…それでいい」
「そうだね、うん。それでいい」

 目を細める凍原。
 そうして交代で眠った。
 マツは凍原の顔を見たことがあった。恐ろしく美しかった。
 海を越えた北の血の者か、その血が色濃く出た子なのかもしれないと判断した。
 だから顔を隠してこのような生活をしているのだろうと。
 彼からこの場所まで奪いたくはなかったのでマツは何も言わなかった。



    ****



 ある冬。突然の吹雪に二人ははぐれてしまい、マツは凍原を探したが見つけることができなかった。
 それから毎日山に入って探すが見つからなかった。
 翌年も、翌年も、諦めることはできなかった。
 もしかするとどこかで生き伸びていて、一人で旅をしているのかもしれない。
 しかし彼はここに居るような気がして。
 山の神に攫われたのだろうか。山の神は人を勾引すのだ。
 彼が恋しい。
 彼と共に、もっと一緒に暮らしたいのだ。
 胸が焼きつくように苦しい。






 そしてある冬。
 あの時と同じ吹雪に襲われた。
 しかしマツの目は執念に燃えていてこれぐらいの吹雪で諦めはしなかった。
 歩みを進めていくうちに、足を滑らせる。

「っ!?」

 引っ張られるような感覚と共にマツは崖から落ちた。
 雪深く積もった出っ張りに体をぶつけながら転げ落ちて地の底に横たわる。

「っ…」

 体中が痛い。槍を支えに身を起こす。
 あたりは凍っていた。
 夏は川が流れているのかもしれない。
 不意に視線がそれを見つけ体が強張る。

「とう、げん…」

 絞り出た声は枯れていた。
 氷の壁の中に凍原が眠る様に座っていた。

「凍原!凍原ンンンンンッッ!!!!」

 必死に槍で叩くが恐ろしく氷は硬かった。

「うわああああああ!!!!返せ!!!凍原を返せ!返せぇぇぇぇぇ!!!」

 山の神に叫びながらマツは何度も何度も槍で叩く。
 山の神に奪われた。
 仲間を奪われた。
 もう頭がそれだけで真っ白になっていた。
 叫びのせいなのか、それとも落ちたときの衝撃が原因か。
 上からの雪崩にマツは気づくことができずに飲み込まれていった。



    ****



 嫌な夢を見る。
 身体が軽いので凍った泉の上を滑るように歩いていたら嫌な視線を向けられて。
 目を合わすのが嫌。怖い。なぜそんな怖い顔をしているのか、恐ろしくて見たくない。
 けど見てしまう。
 憎悪の籠った眼を向けてくる、何かがいる。不知火のようにぼんやりとしているのにはっきりと解る。
 知ってる、知ってる人のハズなのにうまく思い出せなくて余計に怖い。
 思い出せないことがいけないことのようで。
 だから怒っているのだろうか?思い出せないから?
 目を逸らすといつも襲い掛かってくる。
 胸倉を掴まれて槍を突き刺してくる。
 痛くて苦しくてそこで目が覚めて、また最初から。

 夢の繰り返し。

 夢が終わらない。

 どこからどこまでが夢なのか解らない。

 またあの目だ。

 怖い、怖い――――

『凍原を返せ―――』

 何を言っているんだ、それは僕だ。

 僕なのに、どうしてわからないの?




 …僕は、なんだ?





 ―――友人が山の神になってしまった話。

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