ブラスト:破良爛発(はら・あさき)
アシッド:薬研寺酸漿(やげんじ・かがち)
「死人帰り」
 破良爛発(はら・あさき)は花火師であった。
        
         ある夏の夜に花火が暴発し致命傷は免れたものの大きな怪我を負った。
        
         その治療をしたのが薬研寺酸漿(やげんじ・かがち)であった。
        
         腕はいいが怪しげな噂がある一癖のある医者であったが爛発はこの医者を気に入っていた。
        
         今日も傷の具合を見てもらいに酸漿の住んでいる長屋にきていた。
        
         傷は火傷であり、酷く焼け爛れて耳も形を残していない。最初は酷かったが今では薄皮も出来てきて痛みも違和感だけになっている。
        
         酸漿の長い指で軟膏を塗りたくられるのが好きだった。
        
        「先生の薬はよく効くねェ」
        
        「当然だ。俺の作る薬だからな」
        
        「…先生は毒を人に与えて遊んでるっていうのは本当なのか?
        
         そういう噂があるんだけどさ、俺アンタのことそういう人だって思えねぇから腹が立ってさ」
        
        「……」
        
         酸漿は目を細めて爛発から視線を外す。
        
        「先生!」
        
        「この世にない薬を作れば毒にもなるだろ。別に遊んではいないが、毒を与えたことなら何回かあるな」
        
        「それは病気を治そうとして色々試した結果だろう!?なんで怒らないんだよ!」
        
        「―――失敗は失敗なんだよ。お前に与える薬も今までの犠牲の積み重ねだ。怒るということは今までの積み重ねを無かったことにする
        
         …それは俺にはできないねぇ」
        
        「…そう、言えばいいじゃねぇか。なんで、さ…言われるままなんだよ」
        
        「正直興味がない」
        
        「は?」
        
         酸漿は不機嫌そうに爛発を見る。
        
        「そんなことより俺は薬を作っていたいんだ。お前との会話も惜しいぐらいに」
        
        「なにそれ!」
        
        「診察は終わってるんだ、帰れ」
        
        「……」
        
         呆然とした表情になる爛発だが、酸漿は本当に薬を始めてしまうので緩やかな動きで立ち上がると放心した様子で出て行った。
        
        「…あの子は一体なんなんだ」
        
         酸漿はため息を吐きながら呟いた。
        
        
        
          ****
        
        
        
         酸漿の仕事は2種類ある。普通の医者としての仕事と、あとは『店』に堕胎の薬を持って行く仕事だ。
        
         もちろん直接買いに来る客にも売ったりする。
        
         そのような仕事をしているから後ろ暗い噂が立つのだ。しかし先代以前から噂があったのでそういうものだと酸漿は解り切っていた。
        
         しかし納得できない者が一人いて、そいつがしょっちゅう喧嘩してはここにやってくる。
        
         また生傷を作って今日もきた。
        
        「ワザとか」
        
         酸漿は爛発にいう。
        
        「んなわけないだろ!ちょっと、その…相手が多勢すぎたんだよ」
        
        「相手を見ろ。ただでさえお前半分聞こえてないんだから」
        
        「……」
        
         しゅんとして大人しくなる爛発に酸漿は薬湯を差し出す。
        
        「これなに?」
        
         いつもと違うものに戸惑う爛発。
        
        「疲れを取って身体を元気にする薬」
        
         薬湯を見つめている爛発には酸漿の悪い笑顔が見えていない。そのまま受け取って素直に飲む。
        
         そうして飲み干した時に酸漿の悪い笑顔に気づいた。
        
        「え、なにその笑い方…これまさか腹下しとかじゃないよな?」
        
        「俺は嘘つかないよぉ」
        
        「怖いんだけど!!」
        
        「俺の薬が怖い?」
        
         からかうように言う酸漿。
        
         爛発は言い詰まって呻く。
        
        「まぁそのうち効いてくるはずだから、ゆっくりしてなぁ?ここにいたいんだろ?お前さぁ」
        
        「そ、れは…」
        
         少し頬を染めて、爛発は俯いた。
        
        
        
        
        
        
        
        
         ごりごりと手際よく酸漿が薬を作る音と、青年のうめき声のようなものが混ざる。
        
         爛発は酸漿に背を向けて、座っているが、今にも倒れそうに震えていた。
        
        「んっ…っ…ふっ…」
        
         涙をぽろぽろ零しながら爛発は触るまいと着物の裾を握り締めて耐えているが、勃起しているそれは刺激が欲しいと訴える。
        
         酸漿は何も気にしている様子はなく爛発に意識を向けることもない。
        
         爛発は酸漿を盗み見る。
        
         生白い手はしなやかな動きだ。すこし猫背で、垂れた髪の隙間からうなじが覗いている。
        
         ごくり、と生唾を飲む爛発。
        
         爛発は最初から酸漿が好きだった、一目見たとき惹かれるものを感じて、会話をするうちに恋をした。
        
         このような仕打ちをするのは酸漿の悪い性格のものだと思う。
        
         そうだ、酸漿が悪いのだ。
        
         自分の気持ちに気づきもしないで、このような悪戯をして。今は完全に無関心で。
        
         思った瞬間、爛発の身体は動いていた。
        
        「え?!」
        
         細く軽い身体を押し倒すのは簡単だった。
        
         そのまま爛発は酸漿の脚を押し広げて身にまとう物を剥ぎ取る。
        
        「嘘―――」
        
         硬い爛発のそれを無理に捻じ込まれる。
        
        「いっ…」
        
         悲鳴を上げかけるが爛発の手が口を塞ぐ。
        
         手に爪を立てるが爛発は怯むこともなかった。
        
        「酸漿さんが悪いんだ、酸漿さんが!俺の、気持ちも知らないで!こんな、こと!」
        
        
        
        
        
        
        
        
        
         酸漿の抵抗がなくなるまで爛発は酸漿を犯した後、朦朧としている酸漿の意識を戻させてあれやこれやと薬を聞き出して
        
         それらの薬を爛発は惜しみなく使った。
        
         酸漿に精力が高まるだとか興奮させるだとかの薬を無理やり飲ませて怪しげな効果のある軟膏をたっぷり塗りこんでから甚振る様に
        
         再び犯してやると酸漿は普段とは完全に違う艶めかしさと色気のある声で啼きはじめる。
        
         ずっと聞きたかったが場所が長屋であることを思い出して爛発はその口を閉じさせた。
        
        「酸漿さん、ここ好きだろ?なぁ?」
        
         感じる部分をごりごりと抉るように擦ってやると酸漿は涙を流しながら身悶え呻く。
        
        「酸漿さんの薬すげぇな?こんなになっちゃうだなんてさ。はは、ははははは!」
        
        「ゆる、じて…あさ、きぃ…もぉ、ゆるし…てぇ……」
        
         猿轡が緩んだのか、酸漿が哀願しはじめる。
        
        「なんでだよ?ほら酸漿さんも興奮して自分で腰振ってんだぜ?」
        
        「ちが、身体、勝手に…俺じゃない、俺じゃ…ひっ!ひぃ…!!」
        
         体位を変えられ、爛発の上に酸漿が来る形になり自分の重みでより深く挿入してきて酸漿は腰を揺らす。
        
        「酸漿さん…好き。もっと気持ちよくなってくれよ?」
        
        
        
        
        
        
        「君の気持ちは知ってたよ…」
        
         かすれた声で酸漿は呟く。
        
         散々甚振られた後…もう日が昇ってしまっているが、目覚めた酸漿は爛発に言う。
        
        「答えることはできないだろう…俺は男だし、毒も使う薬師だ。からかってればそのうち諦めてくれると思ってた」
        
        「好きなんだからあきらめるわけねぇだろ…俺はね、酸漿さんの全部が好きだよ。真面目なところとか、不真面目なところとか、さ」
        
        「君は若いから…そうだな、俺に飽きるまで、好きにすればいい」
        
        「飽きるわけねーって!もう一回やるか!?」
        
        「ひっ!薬はやめろ、効きすぎて不味い!」
        
        「自分で作った薬だろ!」
        
        「そうだが、やだ、のみたくない!うぐ、うううう!」
        
        
        
           ****
        
        
        
         ある日。
        
        「あれ?酸漿さんがいない…」
        
         外に出るときにいつも背負う薬箱もないので出かけているらしいとは解ったが、今日は診察があるとは聞いていないし急患も聞いていない。
        
        「あれか…」
        
         裏の仕事にいったのだろうと思った。
        
         しかし一晩待っても帰ってこない。
        
         不安になってきた爛発は街の中を探し始めた。誰か見ていないか聞き込みもして、幾人か知っているようであったが皆口を閉ざす。
        
         それでもなんとか爛発は聞きだして、そして辿りついた。
        
         森へ数人の男と共に入っていったと。森の中を通って近隣の村へ行くときもあったので不思議ではない。
        
         しかし皆何故口を閉ざしたのか…酸漿を連れて行った男たちは村の者ではなくこの街の者だ。
        
         裏の仕事で酸漿に関わっている店の者だ。
        
         血の気が引いた爛発は一目散に森の奥へ走った。街に住んでいれば森の奥に沼があるという知識は得られる。
        
         あの沼は底なしだから近づくなと小さなころから言いつけられていた。
        
         だからそこだと思った。
        
        「っ…」
        
         沼は大きい、沼は澱んでいて薄暗いせい奥まで見渡せない。
        
         しかし酸漿はいた。沼の手前にいたのですぐ目に入った。
        
         沼に上半身を沈め脚だけ地に出ていた。
        
         爛発は膝から崩れた。
        
         露出している酸漿の脚はあの生白い色から一転して人の色をしていない。
        
         背負ったまま突き倒されたのだろう、沼から少し薬箱が見えるが土で汚れている。
        
         脚も暴れているのを抑えたのだろう、黒ずんだ手の痕が無数についている。
        
         沼に突き倒されて薬箱を踏みつけられ脚を押さえられながら溺死したのだろう。
        
         爛発は完全に放心して、動けなかった。
        
         現実を受け止めれない。酸漿を引き上げなくてはと思うが、顔を見るのが怖かった。
        
         どんな顔をしているのか、とても怖かった。
        
         その恐怖のせいか、背後の気配に気づけなかった。
        
         ガンっと頭に衝撃が走る。
        
         倒れながらもなんとか視線を後ろへ向ける。
        
         数人の男たちがいた。
        
        「嗅ぎまわってる小僧がいるって聞いたが花火師のとこの―――」
        
        「お、まえらが…酸漿さん、を…」
        
        「そいつはヘマしたんだから当然の報いなんだよ。ガキにはわからねぇと思うがな、大切な商売道具を殺しやがったんだこいつは」
        
        「う、そ…だ…」
        
        「おい、やれ。」
        
         太い木の棒を持った男が動く。
        
         顔面にその衝撃を受けて爛発の意識は飛んだ。それでよかったのかもしれない、その後何度も殴られたことを爛発は知らずに済んだ。
        
        
        
        
        
        
         そうして街から二人の人間が消えた。
        
        
        
        
            ****
        
        
        
         ある日。
        
         爛発は気づくと、酸漿に抱きしめられていた。
        
        「…かがち、さん?」
        
         あの酸漿の顔だった。いつも見ていた寝顔そのものの。
        
         酸漿は目を開いて、にこりと微笑む。
        
        「あぁ、やっと俺が解るようになったか。そら、立ってみ?」
        
        「え?えぇっと…」
        
         ぐいっと沼から押し出されて爛発は立ち上がって身なりを見る。
        
         沼に浸っていたせいなのか泥だらけだ。着物もなぜかボロボロで酷い。
        
        「やっと関節の動かし方も思い出したか。結構大変なんだなぁ…まぁいい。 おいでおいで」
        
        「え、酸漿さんそこから出たほうがいいんじゃ?沼、だよな?底なしだって聞いてるし」
        
        「底はあるよ。ほら、ね?大丈夫だから。ここ俺の家にするから。ほら街に帰ると怖いよねぇ?」
        
        「…あ」
        
         よく思い出せないがぞわぞわしてきて爛発は震えた。
        
         怖い、たしかになぜか怖かった。
        
        「でも、中はいるの嫌だよ…汚れるし」
        
         言いながら爛発は淵に腰かける。
        
        「酸漿さん、お腹すいた」
        
        「うん、そうだろうと思った。」
        
         沼に手を突っ込んで酸漿は黒いよくわからない塊を引きづり出してきて爛発に手渡す。
        
         それを爛発は抵抗することなく貪りはじめた。
        
        「食べ方がまだ爛発になってないな…まぁいいか」
        
        「これなんだっけ酸漿さん」
        
        「沼で死んでいった動物の肉だ」
        
        「あぁ、そうなんだ。美味しいな」
        
        「そうか、美味いか。いっぱい食べるといい。でもそのうち無くなってしまうから、無くなったら爛発は食べ物を取りに行ってくれ」
        
        「あぁ、いいぜ。墓を掘り返せばいいんだろ?」
        
        「そう、そう…」
        
         目を細めて頷きながら、酸漿は爛発の頭を撫でた。
        
        
        
            ****
        
        
        
         沼は澱んでいた。元は妖怪か何かが住んでいたのかもしれない、毒のような沼になっていたところに酸漿は頭を抑え込まれて死んだ。
        
         そのあと色んなものがぐちゃぐちゃになった。
        
         自分の魂に何かよくないものたちが染みこんでくる、悲鳴を上げた、抵抗しようにも出来なくて必死に泣き叫んだ。
        
         苦しくて寒くて、悲しくて辛くて―――
        
         魂がバラバラになったと思う。自分が何者かわからなかった。
        
         解らないまま沼から這い上がったときに見た爛発の死体で酸漿は叫んだ。
        
         怒りだった。憎しみだった。悲しみを越えて殺意になった。
        
         ばらばらになっていた酸漿の魂は再び主導権を握り、酸漿は自分の体に戻れた。
        
         手を伸ばして爛発を沼に引きずり込む。
        
         獣に喰われたのだろう、一部欠けているし、蟲も湧いてしまっている。
        
         欠けている部分は泥で補おう、蟲も爛発を食ったのだから爛発に喰われてしまえ。
        
         酸漿は秘術として代々受け継いでいる薬があった。
        
         それを使い、爛発に塗っては足りない部分を泥で補うという行為を繰り返す。
        
         そうして出来上がった爛発の躯はすぐに目覚めたが爛発を思い出してくれなかった。
        
         歩き方も喋り方も解らない状態で、酸漿は必死に教えた。
        
         この秘術の欠点である。躰は生き返らせるが魂まで戻ることが少ないのだ。
        
         そしてやっと爛発は自分を思い出してくれた。
        
         生き返った爛発に酸漿は喜んだ。
        
         手始めに爛発を殺した人間どもに復讐しよう、その人間たちの肉を爛発と一緒に食べてお祝いしよう。
        
         あとは静かに爛発とここで暮らすのだ、この沼で永遠に。